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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その34

 フィールドを嵐が蹂躙していた。

 大地が砕け、木々は千切れ、空ですら悲鳴をあげて泣き狂う。EGFの中でもトップレベルの前衛3人による死闘は、自然災害と変わらぬ破壊を撒き散らしていた。


「ハッハァ!」


 ()の中心に位置するは宿敵(たか)


 鋼同士が打ち合う、甲高い反響音が戦場を彩っていた。

 漆黒の刃とアルフレドの剛撃を一秒に数十も受けて尚、敵の武装には一筋の傷もついていない。


 だがそれも当然だろう――鷹の遺産級武具『如意金剛』は基礎能力こそ低めだが、決して壊れない特性を持っている。当人が“足止め”と称するこの場においては最適の武装だ。


「ウラァッ!」

「くうっ!?」


 しかし、それだけではなかった。


 間合いに踏み込んだアルフレドが、容易に吹き飛ばされる。続き振るわれた漆黒の刃も見事に受け止められ、返しの一撃が唸りを上げた。


「舐めるなッ!」

「っとお! ハッハァ、やっぱやるじゃねぇか黒いの!」

「減らず口を叩くな、やかましい!」


 それを食らうほど落ちぶれてはいない。


 だが、鷹自身の棒術は相当の腕前だった。

 癪に障るが、得手を封印して生兵法を選択した愚か者――という評価を改めざるを得ないほどに。


(そういえば、中国拳法で槍術を最終到達点とする流派があったな……!)


 だとすればある程度の納得がいく。

 EGFだけでなく、現実(リアル)においてもあらゆる格闘技で名を馳せるこの男であれば、中国拳法の一つや二つ、学んでいたとしても不思議とは思わない。


「ハァッ!」

「ぬかせっかよ!」

「ちっ!」


 速度の緩急で後ろを取ろうとした漆黒を、轟音が遮った。


 技術はそれなりでも、限界(カンスト)近い身体能力で振るわれる攻撃力は侮れない。間合いの有利も向こうが抑えた今、漆黒であっても慎重にならざるを得なかった。


(ええい、厄介な!)


 結果として千日手。

 絶対に負けることはないが、容易に決着はつけられない――それが漆黒の抱いた感想である。こちらが数的有利なことを考えれば、ほぼ敗北にも等しい屈辱だ。


「っ――アルフレド!」

「!?」


 不意の天啓。

 相方に声をかけながら漆黒は後ろへ跳んだ。


 己だけ残っても無意味と判断したのか、続きアルフレドも後退する。無残な更地と化した戦場へ、久方ぶりの静寂が満ちた。


「……あんだよ、急に冷静になりやがって。つまんねぇの」

「ふん。やかましい」


 先ほどまでの憤怒は既にない。

 鷹の腕前を認めることで冷静さを取り戻した漆黒は、唸るように嘆息した。


「ふ。よもやこの我が怒りに囚われるとはな」

「勝手に嵌まったんじゃねぇか」

「……いや、そもそも我は天界における憤怒の化身。怒りは我が写し身か。誰の入れ知恵かは知らぬが、悪辣な手を使う」

「いやだから――」

「だがそれもここまで! 氷の静けさを取り戻した我が、負けるはずもない!」

「…………」


 鷹の発言を遮るとアルフレドまで曖昧な表情で沈黙したが、それはともかく。


 漆黒の太刀筋が怒りで鈍っていたのは事実だ。

 究極の一太刀とは、力任せの果てには決してなく――極限の鍛錬と絶対の自信、明鏡止水の心にこそ宿る。


 感情のままに振るう雑剣など、論ずるにも値しなかった。漆黒クラスならばそれでも十分すぎる力を持つが、同格に通じるかと言われれば明確に否である。


「違うか、戦鬼」

「まぁ違わねぇな。テメェが冷静になっちまったら、万に一つも勝てやしねぇ」


 己の敗北を鷹も認めた。

 護りに優れた棒術はあくまで時間を稼ぐモノ。漆黒達を倒すことが出来ない以上、いつかは押し負けるのは必定だ。


「それならどうする。徒手空拳へ戻すのならば、待ってやる――む」

「ハ。だから時間稼ぎ上等だっつって――あん? チッ。レイのやつ、落ちやがったか」

「そうか。こちらも咲耶が脱落したようだ」


 顔をしかめたのはほぼ同時だったが、伝わった速報はそれぞれ違う。

 こちらの状況をあっさり告げたのでアルフレドが不満げな視線を寄越したが、漆黒は黙殺した。相手が手札を公開したのにカードを切らないなど、己の矜持が許さない。


「これで損害は2対2。我らを相手に大健闘じゃないか。戦鬼」

「言ってろ。解ってんのか? テメェらが負けたら、凄ぇ恥ずかしいセリフだぜ。それ」

「いえ、我らの敗北はあり得ません」


 挑発に業を煮やしたか、アルフレドが会話へ割り込んできた。


「戦果を挙げたとはいえ、レイ殿は失敗いたしました。この上にまかろん様が在る限り、『キズナ』本陣は間もなく陥落します」

「……」

「仮にまかろん様をどうにか出来たとしても、あなた方の本陣にはヒビキ様達が強襲をかけています。『キズナ』最強の貴方が我々に釘付けとなっている以上、それを凌ぐことは不可能――故に、我らの敗北はあり得ません。すべての策は我らが上回りました」


 それは紛れもない理屈、積み上げた情報による的確な戦況分析である。

 ヒビキとユネが多少の抵抗に遭ったとしても、()の切り札を知っている漆黒達からすれば、鷹以外が対抗する術はない。


「……ハ。そりゃ結構だな、優男」


 あわよくば敵の戦意を挫けるはず――とアルフレドは思ったはずだ。


 だが生憎、漆黒達が相対しているのは“鬼”である。


「で? だからなんだよ?」


 理屈など通じるわけがなかった。

 極上の冗談を聞いたかのように、アルフレドの論理的思考は一笑に付される。


「まさか、そんだけで勝ったと思ってんのか? バカバカしい。だとしたらテメェら、俺らをナメすぎだわ」

「……どういう意味ですか」

「そのまんまだよ。雪音ちゃんの策を読んだから勝てる、俺を抑えたから勝てる――そう思ってんなら大外れだっつーの。俺らじゃねぇ。キズナ(ウチ)の大将はあくまで一護だ。鍵は全部、あいつが握ってる」

「……あの方の優秀さは認めましょう。ですが、それは万能性であって唯一無二ではない。武でも智でも明らかな上がおりますが、それでもあの方が鍵だと?」

「ハ。“最弱(ヒビキ)”を飼ってるお前らがそれを言うのかよ?」


 侮蔑の笑みを浮かべながら、鷹が『如意金剛』を消した。

 こちらがいつでも飛び掛かれる体勢にも関わらず、平然とアイテムウィンドウを開き、武装の変更を選択している。


「雪音ちゃんが惚れてんのも、葵が好き勝手に出来てんのも、風見が適当に過ごせてんのも、俺が命を張ってんのも――全部、一護がいるからだ。あいつが俺らをまとめて『キズナ』を作った。だから俺らは今、こうしてる」


 千載一遇のチャンスながら、漆黒は当然それを見逃した。

 己が動かなければ、アルフレドも警戒して動かない。


(それでいい。貴様は万全、全力の状態を叩き斬らねば気が済まん)


 奴が選んだ武装カテゴリは、当然“手甲”――EGFでも数人しかいない“拳聖”の資格を保有する鷹にとって、メインとなるカテゴリーだ。


 しかし――。


(『鬼神鐵甲』……ではない?)


 実体化したフォルムを見て、漆黒の顔が疑問に歪む。


「策だなんだ言う前に、俺らに勝ちてぇなら、あいつの器を上回ってみろよ。ま、無理だろうけどな」


 鷹が選択した武装は、名高き神話級武装ではなかった。

 無論、漆黒とて全ての武具を把握しているわけではないが『鬼神鐵甲』は“手甲”カテゴリ最強、それを超えるモノは存在しない。廃プレイヤーである漆黒の記憶に全然引っかからないとなれば、それほど大した性能ではないだろう。


「戦鬼、貴様――」


 またも下らぬ企みかと口を開きかけた漆黒は、しかし。


「だから――テメェらをここで終わらせて、そいつを証明してやるよ」


 瞬間、揺らいだ世界に絶句した。


 比喩ではない。

 全身を駆け抜ける悪寒は過去最大、かつてクエストで相対した武神をも上回る。


「な……」


 目の前の怪物に、EGF(セカイ)そのものが侵食される感覚。

 それ(・・)を漆黒は知っていた。知っているが故に、信じられず絶叫した。


「莫迦な……ここで消える気か、戦鬼!」

「バカ言ってんじゃねぇよ、黒いの」


 『天墜・降魔鬼勁』。

 発動したが最期、莫大な力と引き換えに自身を滅する秘術。


 この瞬間、間違いなく世界最強と化した戦鬼――否、“鬼神”が、牙を剥き出しに吼えた。


「消えんのはテメェらだ。言っただろうが。ここで終わらせてやるってよ」

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