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女子モテの親友と受難な俺

初の幼馴染視点。初シリアス。なんか長くなっちゃいました。

 月都鷹は不良である。


 威圧的な風貌と喧嘩無双の無頼漢、しかも勉強嫌いの劣等生とくれば、積極的に授業を受けるはずもない――との暴論で、彼は屋上に来ていた。


 来たはいいが気分が乗らない、昼寝してサボろうという魂胆である。


「鷹?」

「あん?」


 だが、屋上へ到着した鷹が聞いたのは、聴きなれた声だった。

 振り向けば、いつもの昼寝ポジション――貯水タンクの所から見慣れた顔が覗いている。


「よう。一護」


 幼馴染の一人、端正な顔立ちの友人がそこにいた。挨拶がてら横まで移動すると、彼、伊達一護は何故か呆れ顔で出迎える。


「登校場所は屋上か。いい身分だな」

「いいじゃねぇか。間に合わなかったんだよ……で、お前は何してんだ?こんなトコで」

「いや、別に……」

「ハ」

「……なんだよ」

「さてな。言いたくねぇなら別に聞きやしねぇよ。お前にゃお前の事情があんだろ。知らねぇけど」

「……そういう言い方は卑怯だぞ。まぁ、お前にならいいか」


 ため息をついて一護は便箋を取り出した。

 ピンク色の封筒に、妙に丸っこい文字で『伊達一護様』と宛名書きされている。


「ほー」


 どこからどうみてもラブレターだった。


「雪音ちゃんや葵のベタベタっぷりを見といて、まーだお前にラブレター送る子がいたとはねぇ。感心感心」

「からかうな。これでも俺は真面目に悩んでるんだ」

「なーに言ってんだ一護。お前、1年に1度はラブレター貰うような野郎じゃねぇか。もう慣れちまっただろ?」

「……鷹、それ本気で言ってるか?」

「半分な。後半は冗談だ」


 一護がラブレターを貰いまくっているのは事実だが、それに慣れてしまうような奴ではなかった。だからこそ毎回毎回、貰うたびに悩んでしまっているのだが。


「ンで、今回は何年だよ?今までの黄金率は年下6、タメ3、年上1だったか?」

「…………1年」

「ヒュゥ♪」

「なんだよ」

「いーや」


 一護の妹である雪音がこの赤樹学園へ入学したのは、ほんの一ヶ月前だ。だが史上稀に見るお兄ちゃん子である彼女の評判は、既に学園中へと知れ渡っている。


「入学1ヶ月でもう1人目かよ。しかも1年なら尚更お前と雪音ちゃんのラブラブっぷり見てるだろうに、随分と根性入ってる子だねぇ」

「俺らは普通より少しだけ仲の良い兄妹だ。ラブラブとか言うな」

「少し、か」

「す・こ・し・だ」

「へいへい。ンじゃ、そういうことにしとくわ」

「………………」


 何かを言いたげな視線は無視した。ラブレターを当人へ突っ返しながら、話を先へと進める。


「で、どうすんだよ」

「……断るさ。よく知らない娘と適当に付き合えるほど、俺は器用でも人でなしでもない。それに――」

「それに?」


 少しだけ言い淀んだ後、一護の発した言葉は囁くような声量だった。


「……身内に決着ついてないのに、他の子と付き合えるわけないだろ」

「…………ま、そりゃそうか」


 まったくもって抽象的な表現だったが、言いたいことは理解できる。幼馴染、もしくは自分たちに近しい者であれば理解できる程度の情報はあった。


「で、答えはいつだ?」

「放課後、焼却炉前だってさ。もしかしたら遅くなるかもしれないから、あいつら連れて先にキヨスクへ行っててくれ」

「……先に行くと思うかよ? あいつらが」

「だからお前に頼んでるんだろ?」

「……面倒くせぇなぁ。ったく。わーったよ。努力はしてやる」

「それで充分だよ。それじゃ俺は戻るけど」

「俺ァ三時限目から行く。それまでは寝てるわ」

「ん。じゃ、また後でな」

「あいよ」


 ひらひらと手を振る。

 視界の隅に手の影だけを残し、驚くほど迅速に一護は屋上から立ち去っていった。


 それなりに迷いは晴れたらしい。


「………………」


 しかし、本当にどうするか。

 どうしようもない気もするが、とりあえずその場になってから考えるとしよう。


◆◇◆◇◆


 そして放課後。


「えー!? 兄貴来れないの~!?」


 幼馴染の一人。一護が遅れると聞いた神楽葵の第一声が、それだった。思わず耳を押さえたくなる声量に顔をしかめ、鷹は頭をかく。


「来ねぇわけじゃねぇよ。遅れるってだけだ。遊んでりゃ来るってよ」

「ありゃりゃ」


 もう一人の幼馴染、八重葉風見のように大人しくしてくれていればいいものを、葵は不満たらたらだった。もうこれは強引に話を進めるしかない。


「さっさと行くぞ。雪音ちゃんも待ってんだろ」

「ちょっと待った!なんか納得いかないからゆっきー呼ぶ!」

「は?」

「みー、電話!」

「もうしたよ~。こっち向かってるって~」

「……速いな、おい」


 よく解らないが、向かっているのであれば特に止める理由もない。どちらかといえば同じ部屋にいてくれた方が監視しやすいし、そういう意味では逆にありがたかった。


「でっかいの、兄貴が遅れる理由ってなに?」

「さぁな。そこまでは聞いてねぇよ」

「気になる!」

(………なるほどねぇ)


 否。動物的勘とでもいうべきか、葵はなんとなく嘘を感じ取っているようだ。変なところで鋭いのがやりにくい。


(こりゃミスったな)


 まして一護が関わった場合、雪音の勘の良さはバケモノレベルになる。合流ではなく、早々にキヨスクへ行くのが正解だったようだ。


「こんにちは」

「あ。雪音ちゃん。おつかれ~」


 しかし鷹が間違いを悟った瞬間、幼馴染軍団最後の一人にして一護の妹――伊達雪音が教室へ入ってくる。


 タイミングの悪さは自覚しているとはいえ、待ってましたとばかりに駆け寄る葵を見ると後悔の念が鎌首をもたげた。


「え? お兄ちゃん、遅れるの?」

「ってでっかいのは言うんだけどね。なーんか怪しいんだよなぁ」


 疑いの篭った眼差しが心地悪い。二十人からの殺気に晒されようと、この半分もいかないだろう。


「……鷹さん」


 そんなことを考えている内に雪音が進み出た。相変わらず一護がかかると気迫が違う。なんとか留まったものの、ちょっとばかし後退したくなった。


「お兄ちゃん、どうしたんですか?」

「あー、いや。だから知らねぇんだって。あいつの行動なら雪音ちゃんのが詳しいだろ?」

「聞いてないです」

「……そりゃ残念」

「鷹ちゃーん。何か知ってたら言った方がいいよ~? 雪音ちゃん、本気で怒っちゃうし」

「せんべい食いながら適当な事いうんじゃねぇよ。風見」

「でも、みーの言う通りだょ。あたしでも怒る」


 雪音だけではなく葵まで前進。

 ひたすらバリボリ食い続けている風見はまったくもって当てにならないし、クラスの連中は全員が消えている。


「あー……どうしたら信じんだ? お前ら」

「本当のことを言ってくれたら、です」

「だね~」

「つまりハナから信じてねぇのかよ」

「しょーがないじゃん。でっかいの、嘘メチャメチャヘタだもん」

「………………」

「あ、黙った」

「……鷹さん。やっぱり何か知ってますね?」

「引っ掛けかよ! 油断も隙もねぇな!」

「ねぇ、でっかいの。グーで殴られるのとパーではたかれるの、どっちがいい?」

「どっちも嫌に決まってんだろーが」

「なら吐けー!」

「っと!? 危ねぇだろが! ホントに殴りかかってくんじゃねぇ!」

「うるさーい! 吐けったら吐くの!」


 なんかもう加速度的に追い詰められていた。

 葵は猛烈に、雪音は無言で抗議――幾らなんでも、これ以上はどうしようもない。


(すまん、一護)


 心の中で親友に謝って、鷹は観念することにした。


◆◇◆◇◆


 ――で、どうなったかというと。


「……(う~」

「……(どきどき」

「……(バリボリ」

「……(なーにやってんだかなぁ」


 鷹ら、一護を抜いた幼馴染軍団は焼却炉前に隠れていた。学園内でも有名なメンバーが不自然に集まり、やっていることが覗き見なのだから頭が悪い。


 興味がないわけではなかったが、それでもこんな覗き見は鷹の趣味じゃなかった。

 とはいえ今にも飛び出しそうな葵、爆発しそうに張り詰めている雪音、一人だけ緊張感のない風見――どうなってもおかしくない三人を見張るには、自分がいないとダメだろう。


(兄貴来た!)


 葵の視線を辿ってみると、確かに見慣れた姿が歩いてきていた。哀愁漂う物憂げな雰囲気は、これからの出来事を考えての憂鬱なのだろうか。


(ま、確かに気は重いわな)

(え? なに鷹ちゃん?)

(さぁてな。っと、お相手も来たみたいだぜ)

(え!? どこどこどこどこどこ!!!)

(葵ちゃん、静かに!)


 視線を向けると、ラブレターの主と思われる女生徒は、熱でもあるかのようにフラフラとしていた。その蛇行っぷりといえば、いつ転ぶか解らないほどジグザグ走行である。


(……ありゃ何の踊りだ?)

(照れてるんじゃないかな~?ほら、ほっぺた赤いし)

(結構可愛いね)

(……うん)


 風見が言う通りに照れているのか、それともテンパってるのか――まぁどちらにせよ葵の言葉通りにそこそこ見た目はいい。派手に目を引くようなタイプではないが、街を歩いていれば何人かは目に留めるだろう。


(あ! 兄貴が気づいた!)

(雪音ちゃん、顔色悪いよ~?)

(だ、大丈夫……)


 振り向いた一護と、壊れたロボットのように歩み寄る少女。二人の間の緊張は嫌が応にも高まっており、見ているこちらまで暑くなり始めている。


(何かムカついてきたょ。でっかいの、殴っていい?)

(バレんぞ)


 葵を適当にあしらっていると、ついに場が動いた。


「あ、あの! 突然呼び出したりしてすみません!」


 思ったよりも凛とした声。少し上ずっていたがよく通る声だ。ひょっとしたら運動部に所属しているのかもしれない。


「だ、だだだだだ、伊達先輩、手紙は読んでいただけましたか!?」

「……ああ、読んだよ」


 対する一護の声は、トーンも声量も低かった。端から見ている限りでは表情も多少暗いものがあったが、舞い上がっている少女はそれにも気づかない。一護の言葉を真っ正直に受け取り、ただただ照れるばかりだ。


「あ、あはは……そ、そうですよね。読みますよね! 私だって自分宛ての手紙があったら読みますもん!」


 だが当然、それでは話は進まない。

 一護にしろ下級生にしろ、どちらか動かなくてはいけないわけだが――当たり前のように、動いたのは女の方だった。


「あ、っと……先輩。改めてお願いします! 私と……私と、付き合ってください!」


 まっすぐな告白。間違えようもないほど完璧に、己の意思を伝える言葉。


(大した子だねぇ)


 鷹は思わず感心した。

 これほどの想いは中々あるものではない。言葉だけでも彼女の真剣さが、心底惚れているのが解ってしまう。


 ――だが。


「……ごめん。君とは付き合えない」


 それが全て報われるのであれば、この世にはきっと争いなんてなくなるだろう。

 誰もが幸せを掴み取り、世界中がありえない幸せに満たされているに違いない。


「え?」


 一護の返事に、少女が声を漏らした。己の想いが砕けることを考えていなかったのか、ぽかんと混乱の表情を浮かべている。


(……あのバカ)


 鷹も言葉がなかった。

 同じく眺めている幼馴染達も、思っていた以上にハッキリとした拒絶に呆然としている。


 確かに、一護からは事前に断ると聞かされていた。しかし、ただ拒絶するだけでは納得など誰も出来るはずがない。それは誰であろうと同じだろう。


「何で……ですか?」


 事実、少女は声を震わせた。


「彼女がいるんですか? 伊達さんですか? 神楽先輩ですか? 八重葉先輩ですか? それとも――他の誰かなんですか!」

「…………ごめん」

「答えてください! 謝られるだけじゃ、納得なんて出来ません!!!」


 目じりから溢れそうな涙。唇は固くかみ締められ、握り締めた拳は僅かに揺れている。憎しみさえ篭っていそうな強い視線は、どこまでも少女が本気なのだと示していた。


(……あー、クソ。ついてねぇ)


 今更ながらこの場に居合わせたことを後悔する。よりにもよって、雪音と葵がいる場所でこの話題はまずすぎた。


 万が一、ここで一護が下手なことを言おうものなら、二人が飛び出していってもおかしくはない。


(ミスんなよ、一護)


 心底念じて、鷹は天を仰ぐ。風見が平静のままなのだが救いだったが、彼女は戦力にはならない。結局、二人を止めるような状況になれば己が何とかするしかないのだ。


「理由、か」


 そんな心境を知ってか知らずか。

 黙っていた一護が、ゆっくりと迷うように口を開いた。視線は遠く、少女に語り聞かせるというよりは己で確認するためのような口調ではあったが。


「……自分で言うのもなんだけど、俺はいい加減な人間だ。好意に甘えて、よりかかったまま、中途半端を続けてる」

「っ」


 その言葉に誰かが息を呑んだ。

 僅かに漏れた吐息は誰にも指摘されることなく、気づかれぬままに大気へと消える。


「俺はそんな奴だから、誰かに愛されるような男じゃないんだ。いつか、俺の中で答えが出る――いや、違うか。答えが出せる日まで、俺は誰とも付き合えない。付き合わないって決めたんだよ」


 言い切って、一護は息をついた。改めて少女に向き直ると、再び頭を下げる。


「だから、ごめん。君とは付き合えない」


 長い長い沈黙――やはり震えたままの声で、少女は声を絞り出した。


「………………伊達先輩。最低です」

「解ってる」


 仮にも惚れた相手を糾弾する言葉を、一護は平坦な声で認める。己の選択を受け入れる。


「私は、先輩のちっぽけな意地のためにフラれるんですね?」

「ああ」

「女の子にとって、中途半端がどれだけ辛いかは……もちろん解ってるんですよね?」

「……ああ」

「……解りました。じゃあ」


 パァン、という甲高い音。少女の平手に飛び出そうとした雪音と葵は、しかしギリギリの所で思いとどまった。


(っ!)


 それは鷹が止めたからではない。

 見えていたはずの平手を、一護が避けなかったからだ。


「これで、勘弁してあげます」

「……やっぱ、痛いな」

「痛くないとダメですよ。私はもっと痛かったし……先輩が踏み躙っている人たちは、きっともっと痛いんですから」

「そう……だな。その通りだ」


 少女が踵を返す。

 一護には見えてないのだろうが、言葉ほどに強くはないのだろう。彼女は泣き顔のまま去ろうとし。


「……最後に一つだけ。答えは、出そうなんですか?」


 その途中、一度だけ立ち止まった。振り返りはせず、背を向けたまま問いかける。


「――出す。今はまだ出てないけど、必ず」

「……そうですか。先輩は優しいんですね。残酷なのに」


 一護の答えに満足したのか、耐え切れなくなったのか。

 少女はそれだけを返事とすると、二度と立ち止まらずに立ち去った。


「………………ふう」


 その姿が消えて更に数分。目を閉じていた一護がゆっくりと息を吐く。頭をかき、手のひらは右の頬へ。


 見えるはずのない赤が見えたように、彼は口元を自嘲に歪めた。


「やっぱ……慣れるわけねぇよ。こんなの」


 それだけの言葉を残し、一護もまた立ち去る。

 校舎に入る所まで見届けて、鷹ら幼馴染軍団は茂みから外へ出た。


「………………」


 だが、当然言葉はない。

 鬱屈した木々の中に押し込められて体力を消耗したわけではなく、ただ純粋に先ほどの光景が脳裏に焼きついているのだ。


 当たり前といえば当たり前すぎる反応に苛立ちを隠さず、鷹は頭をかいた。


「風見」

「あい?」


 そうして比較的ダメージの少ない(というか、ほぼノーダメージに見える)風見へと声をかける。


「先にキヨスク行ってろ」

「鷹ちゃんは~?」

「俺はしばらく一護を引き止めてく。後で合流するから気にすんな」

「……兄貴をなんで引き止めてく必要があるのさ」

「バカかテメェは。ンなツラで一護の前に出るんじゃねぇよ。雪音ちゃんもだ」

「……バカっていう方がバカなんだょ」

「………………」


 弱々しく言い返す葵と、あくまで無言を貫く雪音。


 もう一人の幼馴染が大丈夫と手を振るのを確認し、鷹はようやく歩き出した。


(ったく、どいつもこいつもバカしかいねぇのかよ)


 バカの意地っ張り。

 己もそうなのだろうが、それでも毒づかずにはいられなかった。


◆◇◆◇◆


 しかしバカの総本山は間違いなくコイツだろう。


「よう一護」


 ミスター意地っ張り、キングオブバカ、究極の不器用男……あまりネーミングセンスのよろしくない単語が頭の中に浮かび、次々と消えていく。


「……どうしたんだよ?」

「ちっとばかし野暮用でな……ハ。また随分と派手にやられたな、おい」


 改めて一護の顔を確認すると、結構な赤みだった。腕の振り自体は素人だったから武道をやっているわけではなく、元々女子にしては筋肉があったのだろう。


「……どこから見てた?」

「全部だよ。悪ぃとは思ったが、見させてもらったぜ」

「ったく……やっぱ言うんじゃなかったな」

「とりあえず、お疲れさん……で、どうだよ? ちったぁ落ち着いたか?」

「……全然。てか、解らないか?」

「いーや、聞いてみただけだ。そんなツラじゃ何かあったって宣伝してるようなもんだし、一発でバレんだろ」

「だよな。お前、こういう時はやたら鋭いし」

「別に俺だけじゃねぇよ。雪音ちゃんも葵も風見も、俺らクラスの付き合いなら誰だって解るっつってんだ」

「……そういえば、あいつらは?」


 今になって思い出したのか一護は周囲を見渡したが、当然のように誰もいなかった。まぁ雪音達は今頃、キヨスクに向かっているのだから当然だが。


「先に行った。つーか、行かせた。流石にアレを見せんのはまずいだろ」


 というか、実体験として危険すぎた。まさか一護が真っ正直に理由を話すわけはないと楽観視して、全員に話してしまった報いともいえる。


「……悪い」

「気にすんな」


 だが、そんなことを一護にいえるわけがなかった。約束を護れなかったから、ではない。目の前の男は雪音達が聞いていたと知れば、必ず深く落ち込むだろう。下手をすると答えを焦り、とんでもない事態を招くかもしれない。


「正直に理由を話すなんざ、どういうことだよ? まさか毎回、話してんじゃねぇだろうな?」

「そんなわけないだろ。今回だって、話すつもりはなかった」

「ンじゃ、何でだよ」

「……真っ直ぐだったから」

「あ?」

「あの子の想いが真っ直ぐすぎから、応えた。俺が最低なことをしてる奴だって、解ってもらうために」

「………………」

「ってのは今、考えた」

「うおーい」


 軽くコケた。シリアスな雰囲気がぶち壊しである。


「冗談だよ。ほんとに、なんでなんだろうな。なんか今日は……話さなきゃいけないような、そんな気がしたんだよ」

「……ま、中々根性入ってる子だったしな」


 まさか気づいてはいないと思うが、そう思ってしまう程度の違和感はあったのだろう。鷹は一応、用心して話題に変えた。


「さて一護。そろそろ行かねぇか? 結構、時間経ってるぜ」

「ん? うお、ほんとだ。もう一時半過ぎてるよ……鷹。あいつら、いつ頃行った?」

「ンなモン覚えてねぇよ。だがまぁ、いくら遅く出ても流石にそろそろ着いてんじゃねぇのか?」

「だよな。こっからなら十分かかんないし」


 確か葵達と別れたのは十分から十五分前。

 テンションだだ下がりのままで向かっていたとしても、まぁそろそろ着く頃合だ。今から出発すれば、向こうもなんとか平静を取り戻すくらいは出来るはずである。


(ったく、何で俺がこんなめんどくせぇ役を)


 だが、まぁいつもの事といえばいつもの事だ。半分くらいは好きでやってるわけだし、自業自得というのが一番近い表現なのだろう。


「それじゃ行くか。言うまでもないけど、鷹」

「わーってるよ。あいつらには何にも言わねぇ」


 念押しした一護に苦笑する。


 知らないこととはいえ、半ば親友を騙しているようで心苦しかった。

 すでに全てを知っている彼女達に、言うことなど何もない。


◆◇◆◇◆


「ふう……」


 自室の窓枠に体を預けながら、鷹はぼんやりと空を見ていた。


 時刻は午前三時。キヨスクで結局閉店(午前0時)まで遊んでいたのだが、雪音や風見がダウンしたため、それ以降はお流れとなった。


「…………」


 ふと肩を回してみると、意外に凝っている。一日遊び呆けた程度で悲鳴を上げるような鍛え方はしていないが、流石に今日は精神的にキツかった。


 葵は元気半分、雪音は考え事が多く、一護も無理をして明るく振舞う。風見がマイペースなのが救いだったが、全部事情を知っている身としては非常にいたたまれなかった。


「……ま、何とかなったけどな」


 女性陣はちゃんと鷹の言いつけを守っていたし、一護が鈍感だったのも幸いだ。何度か危ない雰囲気はあったものの、特に揉める事もなく一日を終えようとしている。


(……しっかし、どうするつもりなんだかな。あいつらは)


 一護に雪音、葵――ついでに風見。伊達に十年以上もつるんでいない。ある程度だが互いにどういう想いを抱いているかは解っていた。


(ま、焦ってもしゃーねぇか。少なくとも俺の答えは出てんだし)


 とっくに砕け散った身としては、後始末に精を出すとしよう。


 この、ぬるま湯のような心地よい空間は全力を傾けるだけの価値がある。


「…………さて、寝るか」


 電気の消えた幼馴染達の家。

 雪音か、葵か、風見か、それとも他の誰かなのか――答えとやらを一護が出した瞬間、俺達の関係はどこかしら変わるのだ。


(いつまで、俺らはこうしてられんのかね)


 答えはない。

 夢の中だろう幼馴染達へ問いかけて、鷹もまた光を落とした。

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