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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その32

 実のところ、この決勝戦にゼロはあまり乗り気ではなかった。


 元々、クエスト攻略とか勝ち負けに対して興味が薄いタイプである。

 日々面白おかしく過ごせれば満足な自分にとって今回の決勝戦は特に雰囲気が固く、モチベーションは相当低い。


 正直なところ、今すぐ脱落して寝転んでしまいたいが――そんな想いとは裏腹に、ゼロは全力で本陣を防衛していた。


「まったく! 勤勉な敵さんは嫌ですねぇ!」


 愚痴から解るように、彼のモチベーションが上がったわけではない。

 だが、ゼロにとっては己の気持ちなどさして重要ではなかった。一護達が成そうとしている“何か”を邪魔するほど、自分は恩知らずでも恥さらしでもない。


 主人に名指しで任せられた以上、全力を尽くすのは当然。

 そうでなければ、『キズナ』の一員と胸を張ることが出来ないのだ。


(とはいっても、厳し過ぎますが……!)


 ここまで風見とイカヅチに補助を頼み、ゼロと小雪の阿吽の呼吸で防いでは来たが――それでも限界は近い。既に両名ともMPは枯渇気味で、モノによっては中位技能ですら放てないような状態だった。


 万全でさえ分が悪い相手である。これまでの冒険で培ってきた技術・知識・能力を駆使し、辛うじて渡り合える難行だけに、破綻の時は着々と近づいていた。


「~~~っ(ふんすっ」

「ええ、解ってますよ。ユキ」


 しかし諦めるわけにはいかない。

 隣に小さな体で闘志を燃やす小雪がいるのだ。


 一人の男として、惚れた子の前で情けない姿など見せられない!(注:わりと手遅れです)


「ここを生き延びて! ご主人に時間外労働手当てを貰うまで! 僕はがんばりますよ、ええ……!」

「へえ。『キズナ』はそういう制度があるの?」

「「!?」」


 照れ隠しに吠えた言葉を返され、冗談でなく全身が総毛だった。

 返事の出所は『キズナ』本陣から程近い木々の陰。にへらと胡散臭い笑みを浮かべつつ、そこから現れたのは――。


「あ、ヒビキちゃんだ」


 のんびりとした風見の呟き通り、ヒビキだった。


「マスター……この状況でそれは大概かと……」


 どこか諦めたイカヅチの感想には全力で同意したい。

 発射台に気を取られている内に接近を許してしまったのだろうが――いくらなんでもこの状況でそのコメントは、あまりに大物すぎた。


「私もいますよ。風見さん」


 何故ならば、現れたのはヒビキだけではない。


「お~。ユネちゃんだ~。おひさ~」

「……だからマスター。いえ、貴方はそういう御方でしたね……」


 当然のことながら彼の忠実なるフェロー、ユネも一緒だ。


 ヒビキだけなら何とかなっても、漆黒と並び称される彼女は手に負えない。勝つためには鷹か一護クラスの前衛が必須で、MPの足りない今は小雪と二人がかりでも歯が立たないだろう。


 ただでさえ砲撃により、“チェック”の状態だったというのに――。


「……やれやれ。仕方ありませんねぇ。ユキ、援護をお願いします」


 ため息をつきながら、ゼロは一歩前へ出た。

 徹頭徹尾勝てる気はしなかったが、それ以外の方法はない。今は少しでも時間を稼ぎ、援軍を待つ時間帯だ。


「やる気かい? ゼロ君」

「謹んでお断りしたいところですが、仕方ないでしょう。まがりなりにも、お姫様のお相手が出来るのは僕だけですし」

「お姫様……えへへ、マスター。お姫様ですって(てれてれ」

「うーん。ユネはお姫様っていうには地味じゃないかなぁ?」

「今日のマスター意地悪じゃないですか!?」


 爆発しろとゼロは思った。


 まぁこのまま夫婦漫才をしていてくれれば、大変楽な時間稼ぎだから良いのだが――当然、そうはいかない。しばらくそのまま見ていると、やがてヒビキが感心したように呟いた。


「それにしても、よくこれだけ罠を設置したねぇ……大変だったでしょ?」

「漫才の裏で探査(トレジャー)技能(アーツ)ですか。本当に抜け目のないお人ですねぇ」

「そりゃあね。誰だって『キズナ』は甘くは見れないよ」

「強者の余裕というやつを是非」

「あはは、強者? 誰が? 僕のことは知ってるでしょ?」

「勿論ですとも。“日陰の軍神”でしょう?」

「“最弱の廃プレイヤー”だよ」

「ご謙遜を」

「謙遜じゃないんだけどなぁ……まぁずっとしゃべっていても仕方ないし、おしゃべりはこのくらいにしようか」


 空気が軋む。

 主との目配せすらなく、ユネは唐突に動いた。良い主従においては以心伝心(その)程度、出来て当然だが、一護と雪音レベルでのそれは想定外。


「ハァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

「ぐっ……!?」


 結果として一歩遅れた状態で、ユネの初撃を受け――瞬間、ゼロは全ての反撃を諦めた。


 彼女が繰り出す太刀筋は、流れるように極めて美しい。

 だが、その威力は並大抵の盾を両断するほどの剛撃だ。無理に反撃へ出れば、カウンターを合わせられても不思議ではない。


「はっはっは! 防御に徹した僕は面倒くさいですよぉ!」


 故に、専守防衛こそが最善とゼロは結論付けた。


 充分といえない体勢で受けてしまった不利は無視できるほど小さくないが、時間稼ぎだけなら話は別だ。『キズナ』唯一の純防御役(タンク)であるゼロは、一護や鷹の薫陶を受けている。


 如何にユネが相手でも、瞬殺されるほど寝ぼけてはいなかった。


(ヒビキ様はユキがいる限り、動けないでしょうしね……!)


 仮にヒビキまでゼロに向かってくれば、その瞬間、小雪の魔法が炸裂する。

 そうなれば彼は抗せないだろう――“日陰の軍神”でありながら“最弱の廃プレイヤー”でもある彼は直接戦闘に限りなく向いていないのだ。


 だからこそユネを差し向け、こちらの出方を図っている。


(さて、どこまでいけますかね……!)


 既に防いだ剣撃は百を超えた。

 徐々に回転数を上げるユネに対処しきれず、僅かならずHPは減っていたものの、このまま行けば数百合は持ち堪えられる――。


「一柱宿れ!」


 しかし、そうさせてくれるほど甘い相手ではなかった。


 元よりユネは術法剣士。

 素の状態でも充分一線級だが技能(アーツ)を使用しての戦闘こそがその本領、速度も威力も数段上へと引き上げられる。


「燎原の火は紅蓮の風を纏いて奔る!」


 つまりここが分水嶺。

 本気のユネを止められるかという、その一撃は――。


「ぐうっ!?」


 容易くゼロを吹き飛ばした。

 二元技能(デュアルアーツ)『クリムゾン・ペネトレイション』――紅蓮を纏って繰り出された神速の刺突が、『愚天の蓋』で受けて尚、ゼロの肉体を大きく弾く。


「もらいました!」


 追撃の一刀。

 しかしゼロもただでは転ばなかった。


「ひょわぁ!」


 振るわれた唐竹割りの一太刀を、くるりと回転してやり過ごす。攻撃の衝撃が大きかったからこそ出来た芸当、二度は出来ない回避だ。


「お返しですよぉ!」


 踏み込んできたユネと、その場で(ターン)したゼロ。

 前髪を何本か持って行かれてしまったが、代わりに千載一遇の機会が生まれている。


 この一瞬、二人の間合いは急速に縮まっていた。剣を振るう隙間もないほどに、神速を誇る彼女といえど、退く時間もないほどに。


(もらいました!)


 反撃は盾による殴打である。

 工夫も何もなく叩きつけるだけの一撃だが、全霊でぶち込めば細身のユネなど彼方まで吹き飛んでいくだろう。それだけで勝負が決まりはしないが、その間隙でヒビキを狙えば攻守逆転、少なくとも今より形勢は良くなるはずだ。


 これぞティンベーとローチンによる基本戦術の亜、種――?


「え?」


 しかし、間抜けな声を漏らしたのはゼロだった。

 全力で振るった盾はユネを打ち据えることなく、虚しく大気で唸るのみ。あるはずの手応えを求め視線を巡らせたゼロは、天を舞うユネの姿を捉えた。


「―――」


 緩やかに軽やかに。

 ないはずの退路が空に生まれている。


 強く踏み込んでいたが故に退路はないとの判断は、ユネを相手には短慮が過ぎた。彼女は踏込を利用して跳躍、こちらの打撃を飛び越えたのである。


(あ。死にますね、これ)


 それは予感でなく確信だった。

 ゼロの体勢は言うまでもなく最悪。あれだけ注意していたにも関わらず、カウンターで合わせられたのだ。もはや生存は絶望的だろう。


(すみません、ユキ。ご主人――)

「!? マスターっ!!!」


 リタイヤまであと僅か。

 その刹那を謝罪につぎ込んだゼロは、しかし次の瞬間、ユネの蹴りを食らって吹っ飛んでいた。


 華奢な体からは信じられないほどの一撃だが、それでも脳天を斬り裂かれることに比べれば遥かにマシである。


 解せないのは、確実に決められたチャンスをユネが断念したことだが――。


「ぐ、う……」

「~~~っ(あわあわ」


 ド派手に吹っ飛び、本陣まで強制送還を食らったゼロは、痛みをこらえて立ち上がる。


 そうして彼は見た。


「……どういうことかな」


 深く斬り裂かれHPを大きく減らしたヒビキと、それを護るユネの姿を。


「……まったく。遅いですよ。ご主人」

「悪い。でも、主役は遅れてやってくるだろ?」


 そして、その傍らに立つ(いちご)の姿を――。

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