外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その31
「中々に落ちんのぅ」
再びの破壊光線を放ちつつ、咲耶はぼやいた。
視線は遥か彼方――遠距離射撃を受ける『キズナ』本陣を見据えている。
ヒビキが創り上げたこの発射台は、およそ理想的な配置だった。
何しろ双方の術者が持つ技能、そして地形の全てが計算に入れられた場所と高さなのだ。こちらの技能は届くが、あちらは届かないという絶妙極まりない位置取り。
あっさり落ちても不思議ではない状況だが、『キズナ』の対応は想像以上に素晴らしかった。
勝負を決めるつもりだった最初の二連撃で仕留められなかったばかりか、それ以降、三度に渡る砲撃を見事に凌がれている。
「アイテムが使えれば終わっていたにしても、敵ながら天晴れじゃ」
運も敵に味方していた。
飽和攻撃を仕掛けられれば、もう勝負は決していただろう。だが残念ながらこのクエストではMP回復アイテムが使用不可だったので、そこまで濃い密度は維持できていない。
(とはいえ、もうすぐ終わりじゃが)
防御の仕方からすると、あちらはゼロと小雪が踏ん張っている。
だがMPの総量では後衛の専門職たるこちらに分があった。回復手段が限られる現状、その差は時間経過と共に厳しいものとなってゆく。
健気な防戦は驚嘆に値するが、咲耶はただの前座だ。
「まかろん様。そろそろ良いかのう?」
本命はあくまで彼女。
『風見鶏』――否、EGF全魔術師系プレイヤーの頂点『大魔道師まかろん』である。
「臨界までもう少しかかる」
事実、彼女が収束しているMPは遥か理の外。
咲耶を以てしても恐れを禁じえない。どの技能を選択するにしろ、あの波動が放たれた瞬間、地獄が顕現するのは確定的に明らかだ。
「……承知した」
咲耶の役割とは、攻め立てることでゼロと小雪のMPを削り――まかろんが練り上げている特大魔術の邪魔をさせない、いわば露払いである。
つまり咲耶をいくら防いでも意味がないのだ。
大魔道師の本気に露払いが必要かは置いておくにしても。
「では今暫く、儂が動くとしよう」
声音に幾らかの憐憫を含みつつ、大榊を振る。
瞬間、炎を纏った巨大な車輪――四回目の砲弾たる火車が幾つも生まれ出た。
充分とはいえないMPでも色々とやりようはある。『風見鶏』の術者でも継戦能力に長けた咲耶は、幅広い魔術技能を取得していた。MP消費の少ない、効果的な技能運用という面ではまかろんをも上回る。
「防いでみるといい。仮に為し得ても結果は同じじゃがの」
「咲耶」
「ほ? 如何した? まかろん様」
一斉に火車を解き放とうとした彼女を、珍しくまかろんが止めた。
感情を映さない黄金の瞳。
吸い込まれそうな黄昏が、咲耶を真っ直ぐ見据え――。
「来る」
「はい?」
「訂正――来た」
否。彼女が見据えていたのは、咲耶の背後。
「ううっしゃあ!」
正確にはそこから――下界へ繋がる唯一の道より飛び出した、一つの影だった。
「っ!?」
狐耳をビクリと反応させて振り返れば、そこには見知った姿がある。
全速力で駆け抜けて来たのだろう。息を切らせながら、しかし漲る生命力は髪の毛一本まで衰えていない。むしろ覚悟を決めたかの如く、いつもより充溢しているように見えた。
「レイかっ!」
どことなくユーゴに似ているせいか、それとも己と背格好が似ているせいか、友として呼んで差し支えない人物である。無論、実力もそれなりに知っているつもりだが――。
(まさかあの二人を突破するとは……!)
彼女だけで成しえることではなかった。
恐らく他のメンバーが足止めをし、レイを送り出したのだろう。身軽さと速度を売りにする彼女は、スピード勝負にはうってつけである。
「久々じゃのぅ! どうじゃ、少し語らぬか?」
「遠慮するっす、咲耶っち!」
僅かなりとも会話で時間を稼ごうとした咲耶に対し、レイはあっさりと地面を蹴った。
単純。直情。しかしこういう場面では駆け引きが通じない分、極めて厄介である。まして彼女は完全なる近接前衛型。遠ければ何の問題もないが、近づかせれば不測も十分ありえた。
「まかろん様は術式に集中されよ!」
咲耶は即座に頭を切り替え、砲撃用の火車を迎撃へ転換、急ぎ一体を解き放つ。
「セヤッ!」
紅蓮の残影を引く車輪を、レイは左腕で迎撃した。『魔術霧散』の特殊能力を持つ篭手が唸り、僅かなラグと共にその姿を消滅させる。
「邪魔はさせぬぞっ!」
だが元より火車一体で止められる相手ではないと解っていた。体術の冴えは予想以上だったが、レイの出足をくじけただけ満足と己に言い聞かせ、続けて他の火車を駆る。
「喰らえぃ!」
この距離で前衛を相手取るのに最適な技能とは言いがたかったが、それを有効利用してこそ練達の術者。
手持ちの駒は五体――その全てが咲耶の意志を受け、宙空を縦横無尽に駆け巡る。
「甘いっす!」
だがそれらをレイは紙一重で躱した。
同時に立ち上る白きオーラは、名高き四元技能、『天昇・神威発勁』によるステータスアップの証である。咲耶の仕掛けた持久戦を嫌い、短期決戦に勝負を賭けたのだ。
最早、後衛では反応できない速度で迫る彼女を――。
「――かかったのぅ!」
「!?」
しかし、伏せていた罠が襲う。
咲耶とて闇雲に攻撃していたわけではない。火車を操ることでレイのルートを狭め、密かに仕掛けておいた罠まで誘導したのだ。
「くあっ!?」
とはいっても大したモノではない。
閃光を放つ目晦ましと、絡みつく石蛇による拘束の二重術式だ。発動は極めて速いがどちらも低位技能であり、時間稼ぎとしても一秒が精々だろう。
「終いじゃ!」
しかし――それで充分だった。
視界を潰され、右腕を蛇に囚われたレイを今度こそ火車が襲う。
「!?」
残る個体を全て動員した――前後左右、そして上方の五面多角攻撃。単なる直撃ダメージだけでなく、火車同士の共鳴自爆によって引き起こされた追撃の爆炎が、うずたかく天へと舞い上がった。
いかなる技能でも結果を出す、咲耶の本領発揮。
如何に前衛であろうと無視できないダメージを食らわせ、仕留める必殺の一撃――。
「なん」
――という咲耶の自負は、しかし。
「うりゃああああああああああ!!!」
紅蓮の中より飛び出すレイを見て、粉々に砕け散った。
「……じゃと!?」
ありえない。
火車の直撃を食らい、炎に巻かれ、尋常ならざるダメージを受けたはずだ。
だが彼女は全身やけどの状態異常、右腕は部位欠損の状態ながらも健在。HPも大きく減衰してはいるが、咲耶の攻撃規模からすれば軽い。
――となれば、答えは一つ。
攻撃は直撃しなかったのだ。故に本来の威力に届かず、レイの生存を許した。
(まさかこやつ、自分で……!?)
恐らく本能だろう。型にハマったレイは本命の攻撃を避けるべく、強引に戒めから抜け出したのだ。己自身の腕を失うという、狂乱じみた方法で。
「止ま、らぬ……かっ!」
苦し紛れに技能を発動するも、ここまで近づかれれば咲耶に勝ちはない。
「終わりっす!」
数瞬後に己はリタイヤするだろう。敗因はただ一つ、レイがこんなお祭りイベントに懸ける思いを見誤っていたこと――。
(じゃが勝敗は別じゃぞ!)
だが彼女は確かに聞いた。
「お疲れ様、咲耶」
待ち望んだ声を。
咲耶が役割を果たしたのだと告げる、大魔導師の声を。
◆◇◆◇◆
瞬間、レイは確かに絶望した。
「お疲れ様、咲耶」
窮地をしのぎ、好敵手を討ち果たした高揚など既に無い。
その声――彼女、大魔導師まかろんが発した言葉に比べれば、そんなものは一瞬で消し飛ぶほど小さなものだった。
何故ならばそれは宣告。
全てを無に帰するという、死神の言葉に他ならない。
「させないっす!」
まかろんが制御しているMPはレイの理解を超えていた。
だが、その危険性は痛いほど伝わってくる。一流の後衛である小雪を完全に凌駕し、理解不能の域にある大魔術技能が、常識の範囲内に収まるはずがない。
しかし――。
「無理。届かない」
世界最高の頭脳による残酷な宣告に、レイもまた届かぬと悟った。
まかろんまでが遠い。
思い返してみれば、咲耶は実に巧妙な立ち回りをしていた。
仮に己が倒されても、レイが間に合わないように――まかり間違ってまかろんを討ち果たせるとしても、彼女の魔術が放たれた後であるように、距離をコントロールしたのだ。
このままでは、本陣の陥落は免れない。
全てを悟ったまかろんの視界は、既にレイを捉えてはいなかった。
彼女は『キズナ』本陣だけを見据えている。
総毛立つ威力の超魔術も、自陣にのみ照準が合わさっている。
それを――そんなことを。
(間に合え……!)
――許してなるものか。
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!」
瞬間、レイを覆うオーラが清純なる純白から闇夜の漆黒へと染まった。
まだ誰も――鷹にすら見せていない彼女の奥の手、つい先日のレベルアップでようやく可能になった五元技能『天墜・降魔鬼勁』による破滅の衣。
今のHPでは僅かしか保たない、だがその刹那を稼ぐ自爆技能を力にレイは跳ぶ。
「っ!?」
そうして総てが光に染まり――。




