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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その30

 改めて見ると、その“山”は異様だった。

 まぁ突然現れた出自からして異様でないはずがないのだが――周辺の大地は抉られたように窪んでしまっている。“地形変動”と雪音が推測した通り、砂山を作るように大地を盛り上げたらしかった。


 さらに侵入対策なのか、山の斜面は切り立った崖のようになっている。前衛の身体能力を以てしても登るのは正直面倒、登攀中に狙い撃ちされる可能性も大いにあった。


 だが『風見鶏』のメンバーも移動できなければ、その発射台にも意味はない。


 故にこそ、進入ルートは存在していた。

 山の四方で一箇所だけ、緩やかな斜面となっている一本道が――。


「……来ましたね」

「フン。随分と遅かったな、“戦鬼”に“子鬼”。待ちわびたぞ」


 しかし当然、そこには守護者がいた。

 それも『風見鶏』が誇る鉄壁と名刀――アルフレドと漆黒が。


「……」


 最強の矛と盾の共演に、レイの背を冷汗が流れる。


「のまれてんじゃねぇぞ、レイ」

「っ」


 雪山での惨敗が脳裏を掠め小さく息を乱したレイを、鷹が静かに叱咤した。


「こっからはテメェが肝だ。みっともねぇ真似はすんじゃねぇよ」


 視線すら寄越さぬ、その程度は乗り越えろというメッセージ。


「……押忍ッ」


 師匠にそこまで言われては無様を晒すつもりはなかった。


 丹田に力を込め直すと、射殺すつもりで“敵”を見据える。

 敵は強大だが、恐れている暇などないのだ。意識さえ切り替えれば、この体は必ず応える。それだけの修行は積んでいる。


「――ハ。おい、黒いの」


 それを待っていたわけではないのだろうが。

 ただでさえ迸らせていた武威を更に引き上げて、鷹が一歩前に出た。


「今は遊んでる暇はねぇ。どけ」

「聞けぬな。貴様らしくもない。力を以て押し通れ」

「ああ、そんじゃまぁ。そうすっか」


 軽い――散歩に行くような気軽さの裏に。


「押ォッ忍!」


 “往くぞ”という師の言葉を読み取ったレイは、真っ直ぐ駆け出した。


 事情を鑑みれば、余計な問答の時間すら惜しい。説得して平和裏に通れるのならばともかく、最強を誇って譲らぬ漆黒が退くはずもないのだから。


「フン」


 他方、漆黒達にも動揺はない。

 当然の帰結だと大地へ根を張り、挑戦者を迎え撃つ。状況は奇しくも二対二、実力の近しい鷹を漆黒が、レイに向かってはアルフレドが――。


「ハッハァ!」

「!?」


 否。

 まさに激突の直前、鷹は漆黒からアルフレドへ標的を切り替えた。


 信じられない俊敏さで接敵すると、同時に振るわれた蹴りで抉る――敵もマトモに食らうような無様こそ見せなかったものの、尋常ならざる威力を受け止めきれず派手にはじけ飛んだ。


 これによって、二対二の均衡が崩れる。


 傍から見れば『キズナ』が一手先んじた形だが、その代償に鷹は漆黒に背を向けており。


「貴様ァ!」


 当然、容赦のない刃が激情のまま振るわれた。

 鷹を以てしても完全に躱すことは叶わない、完璧な――致命的に成り得る一斬を、しかし。


「うおっりゃああああああああ!」


 同じく横合いから飛び込んだレイが、ギリギリで受け止めた。

 首の皮一枚、少しでもタイミングが遅れていれば一緒に真っ二つだっただろう。


「上出来だ、レイ!」

「は、はい!」


 今更ながらの恐怖に体が竦みかけたが、嬉しそうに笑う鷹を見てそんなものは霧散した。


「オルァ!」

「ぐっ……!」


 反撃を受け、漆黒もまた吹き飛ぶ。

 彼の技量であれば受けきることも出来ただろうが、間合いが近すぎることを察し、あえて食らったのだ。攻撃の衝撃を推進力として距離を取る匠の技だが、今度ばかりは間違いである。


「行けっ!」

「っ!」


 何故ならばこの瞬間、確かに道は開かれたのだ。

 わずか数秒しか顕現しない、頂上への直通ルート。ギリギリの状況で作り上げたチャンスにレイは迷わず飛び込む。


『こっからはテメェが肝だ。みっともねぇ真似はすんじゃねぇよ』


 駆け抜ける彼女の脳裏へ、鷹の言葉が蘇った。


 弟子たるレイがその意図を間違えるはずもない。漆黒達を自分が抑えるから、上の連中を狩ってこいという鋼の指示を。


(任せてくださいっす、師匠!)


 無茶は言っても、鷹は無理を言わない。

 ならば頂上に陣取るメンバーは、レイ一人でも屠れると信頼してくれているということだ。超困難なミッションなのは間違いないが、その信頼に応えることは決して不可能ではない。


「やるぞおおおおおおおお!!!」


 無駄に叫びながら。

 高揚する己を御することもなく、レイは頂上を目指して駆け抜ける。


◆◇◆◇◆


 他方、その場に残った鷹はといえば。


「……あんのアホ。叫ぶ意味ねーだろ」


 徐々に離れていく雄叫びに、苦笑を隠し切れなかった。

 今から攻めかかるというのに、自分の居場所を教えてどうしようというのか。少しは成長したと思ったが、相変わらず抜けている。


(ま、俺のフェローだからな。そりゃアホか)


 にやりと笑い、鷹は意識を漆黒達へ戻した。


 先刻までとは逆、今度は己が迎撃する側である。

 それぞれ吹き飛ばした二人は既に復帰しており、ある程度の距離を取ってこちらを見ていた。


「……追ってください。漆黒様。ここは私が」

「無駄だ。身軽さにおいて子鬼は我らの上を行く。一度突破されれば追いつけん。それに――あの男は貴様であろうと、些か以上に手に余ろう」


 悔し気に唸るアルフレドを、意外なことに漆黒が諭す。


 彼からすれば上手く出し抜かれた格好のはずだが、その声は冷静そのものだった。


「子鬼の力量は把握したつもりだったが、成長していたな。どんな手を使った? 戦鬼」

「ひたすら戦り合ったに決まってんだろーが。それ以外に方法なんざねぇよ」


 胸中で訝りながら、鷹は単純明快な答えを返す。


 一回戦からこっち、ひたすらに鍛え続けられたのがレイだ。

 本当に四六時中、鷹は実戦形式で彼女を転がし続けた。格上を相手する際のイメージを植え付け、勝負勘を磨く強制的なレベルアップである。


 それがなければ漆黒の一撃で、もろとも終わりだっただろう。


「ンなことより、随分と冷静じゃねぇか。もっと怒り狂うと思ったんだけどな」

「怒る? そんな必要などない。むしろ、我にとってこの展開は理想的だ」

「あ?」

「漆黒様!?」

「騒ぐな、アルフレド。天より零れ落ち、奈落へ至った一柱。暗き闇の底より死を誘い、遍く万物を斬り伏せる漆黒の黒騎士。この我が最強なのは当然だが――」


 漆黒の刀が鷹へ向く。

 絶殺の闘気は目に見えぬ刃の形となって、こちらを鋭く射抜いていた。


「――戦場の鬼たる彼奴だけは目障りだ。奴を排除することは“(プレイヤー)”最強の証になるのと同時に“(ギルド)”の勝利へも繋がろう」

「そ、それはそうですが……」

「故に我はこの状況を歓迎する。誰も文句をつけられない、究極無敵を証明する機会だとな」

「……ハ」


 鷹から思わず笑みが漏れる。

 漆黒の理論は、文句のつけられないものだった。確かにいくら雪音が策を巡らせようとも、己が落ちた瞬間、『キズナ』の戦闘力は一気に下がる。


 例えレイが上手くいったとしても、漆黒を含めたメンバーが本陣へ襲い掛かれば、遠からず陥落してしまうだろう。


「故に子鬼などは放っておけ。まぁ行っても構わんが、我は此処でこいつを仕留める」

「…………」


 意外なことにアルフレドは動かなかった。


 漆黒と共同で鷹を倒すべきと判断したのか、それとも他の理由があるのかは解らないが――二手に分かれられたら面倒だったので、今は良しとする。


「ハ。悪ぃな、黒いの。今日はタイマン禁止でよ。二人まとめて足止めしてやるから、遠慮なくかかってきな」

「……なんだと? 狂ったか、戦鬼?」

「ンなことはねぇよ。俺はいつも冷静だぜ?」

「とぼけるな。邪魔の入らぬ決着こそ我らが宿願。それを翻すなど、貴様らしくもない。どういう了見だ」

「……否定はしねぇし、悪ぃって言ってんだろ。こっちも我慢してんだ、誘うんじゃねぇ」


 漆黒の誘いは死ぬほど魅力的だったが、今日ばかりは応じられなかった。


 もちろん本音は完全決着と洒落込みたい。

 鷹が本当の意味で本気になれる戦士などEGFの世界でもそういないが、目の前の黒騎士は数少ない例外なのだ。


 純粋な力比べ、どちらが上かを証明するため死力を尽くす。

 それは武術家(たか)の根幹を成す部分。本来は幼馴染だろうと簡単に覆せぬ芯だが――。


「こっちにも譲れねぇ事情って奴があってな。俺の流儀は一旦置いとくことにしたんだよ」


 今回だけは別だ。

 己の望みを譲ってでも、今回に限り“ギルドの勝利”こそが果たすべき至上命題。鷹と互角である漆黒との死闘など、持っての他だった。


「……何故そこまでする。ヒュペリオンソードの一件といい、此度の貴様らはどうにも解せん」

「だろうな。俺も逆ならそう思うわ」

「それに勝利とは誇りの先に掴むモノ。己の矜持を捻じ曲げてまで得たところで意味がないことくらい、貴様は解っているだろう」

「さぁてな。生憎、小難しいことを考えんのは苦手でよ。優勝っつー結果さえありゃ、他は別にどうでもいい」


 問答を続けるにつれ、漆黒の空気が歪んでいく。

 抑えきれぬ熱を持つそれが怒りだと、遅ればせながら鷹も気づいた。


「……戦鬼。貴様、望みは優勝だと言ったな?」

「ああ」

「では優勝のため、ここで()とアルフレドを相手に散るというのだな?」

「アホか。俺が捨て駒になるわきゃねーだろ。テメェらを足止めするだけだ。ま、優男が俺とテメェの戦いを指くわえてみてるってんなら手は出さねぇけどよ」

「まさか。加わらぬはずがないでしょう」

「だろうな。つーわけで予定通り、まとめて――」

「――――もういい」


 底冷えのする、抜身の刃のような声だった。

 それだけで弱い生き物は自ら命を絶ちそうな、憤怒と嘆きに満ちた音。


「我の見込み違いだったようだ。貴様のような愚か者は、望み通りさっさと殺してやる」

「ハ」


 漆黒の激情に苦笑しながら、鷹は静かに構える。


 いつもの徒手空拳ではない。

 その手に携えられたのは、彼の長身を超える長さの棒だった。


「…………」

「ああ、こいつか? 無手じゃリーチがねぇ分、二人を足止めすんのはキツいからな。あんま好きじゃねぇけど、仕方ねぇ」

「……どこまでも舐めた真似を……!」


 瞬間、漆黒から凄絶なる剣気が迸る。

 味方にも関わらず、横にいたアルフレドがたじろぐほどの圧だった。


「貴様は殴ることしか出来ぬ男だろうが! そんな付け焼刃に何の意味がある!」

「ハ。そうでもねぇさ。俺が無手なのは、そいつが一番性に合うだけで、一通りの武具は使えんだよ。こう言っちゃなんだが、武に関しちゃ俺は天才だぜ? テメェと違ってな」

「……なに?」


 だがこちらにとっては都合がいい。

 どうせなら、極限まで激怒してもらおう。


「我流って考えりゃ大したモンだが、みのの旦那に比べりゃ雑だし、唯人さんと比べちゃ全てが足んねぇ――粗削りなハンパモン、テメェそのままの剣だ。だから俺が教えてやるよ。本物ってやつを」

「――――――――――吐かしたな」


 ゆらりと漆黒の姿が揺らめいた。

 もはや何を言っても聞き入れぬだろう。全身から放たれる殺気が何よりも雄弁に、その怒りを告げている。


「ハ」


 その殺気に応える形で、鷹もまた闘気を解放した。

 漆黒もアルフレドも凄まじい難敵――今までのEGFでも間違いなく五指に入る戦いに、しかし鷹の細胞は震えるほどに燃え滾っていた。


「来な。俺の全霊、見せてやるよ」

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