外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その29
天を埋め尽くさんとする光の群れ。
その圧倒的な威容の正体は、途轍もない高位術者が途方もないMPを注ぎ込んだ全力射撃だ。魔軍を掃討し、地形を変え、勝負を決める威力を秘めた、絶殺の秘儀である。
「――なめないで」
何もしなければ全てが終わっただろう。
だがそれを座して見送るほど、一護のフェローは無能ではなかった。
「くれますかねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
降り注ぐ流星群を、ゼロが瞬間発動した『聖天鏡壁』――魔力攻撃に絶大な耐性を持つ大結界が受け止める。
「く、う!?」
しかし十二枚の結界から成る防護術は、一瞬で十層までも砕け散った。
にもかかわらず、攻撃は未だ強大なまま。己が従者の漏らす苦鳴は、わずかな余裕もないと雄弁に語っていた。
「小雪――」
「大丈夫です、ご主人!」
援護を指示しようとした一護を、だがゼロ自身が制する。
少しでも強度を上げる為、結界へ濁流のようにMPを注ぎ込んでいた彼は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
見ていてくれと目で促され、結界へ視線を戻した一護は信じられないものを見る。
「よいしょおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「!?」
あまり格好の良くない叫び声と共に、“二つ目”の『聖天鏡壁』が顕現したのだ。
確かに二重発動は不可能ではないが、『聖天鏡壁』は三元技能である。再発動不可時間も低級の比ではなく、普通ならこんな短期間で連発は不可能なはずだ。
「っ!!!!」
しかし事実として、結界は二重となって大砲撃を受け止めていた。
それでも完全に止めることは叶わず、一層ずつ削られてはいたが――先ほどに比べれば、肌に感じるプレッシャーが明らかに落ちている。
この分ならば、ほぼ相殺出来る。少なくとも拠点防護が崩れる事態には陥らないはずだ。
(だけど、ゼロのMPは間違いなく空になる……)
目端が利き、広い範囲で戦闘が可能なゼロは『キズナ』有数の人材である。
このタイミングで失うには痛過ぎる戦力だったが――それ以前に対処を間違えれば、一瞬で詰みのこの状況。
「一護様!」
「見えてる! ホント、タチが悪い!」
悪態と共に、脳裏へ翻った白い残像を一護は振り払った。
文句は本人に会って言えばいい。
今は目の前が最優先――これで負けてしまえば、それこそ文句を言う機会もなくなるのだから!
「小雪、頼む!」
先には制された砲撃だが、今度は誰も止めなかった。
「冥府の覇者たる龍よ!」
だが、それも当然だろう。
ゼロが限界でなかったとしても、第二撃――『キズナ』本陣を蹂躙すべく、天空へ描かれた七芒星魔法陣は厄介にすぎる。
「地の底より這い出でて、遍く怒りを轟かせよ!」
最短最速で術式を組み上げた小雪が天空へ両腕を突き出すのと、魔法陣より大巨石が放たれたのはまさに同時だった。
「っ……!」
放たれれば神性を持ちえぬプレイヤーを問答無用で繋ぎとめ、第三戦では遥かなる大巨人すら撃ち据えた神の降臨を示す御業――『天津甕星』。
『陰陽術』、『召還術』、『星霊術』、『土魔術』の四元技能という、正真正銘の超高位術を。
「『冥龍咆撃』!!!」
小雪の放った吹き荒れる烈風が、龍と化して受け止めた。
『冥龍咆撃』――地下深くへ封じられている地獄の管理者、かつて神々とすら覇を競ったと伝わる巨龍の一端を顕現する秘術である。『土魔術』、『風魔術』、『純粋魔術』、『古代魔術』から成る四元技能は、小雪が持ちうる手札でも最強の攻撃力を誇っていた。
「ひえぇぇぇぇぇぇ~!!!」
降り注ぐ神罰と怒れる龍の咆哮が拮抗し、強烈なスパークと衝撃波を吹き散らす。
最高クラスの技能が激突した余波を結界に食らってゼロが情けない悲鳴をあげたが、こればかりは我慢してもらうしかなかった。
それより問題は、第三撃があるのかどうかだ。
ゼロと小雪というカードを切ってしまった以上、同レベルの攻撃が来れば防ぐ手立ては存在しない。壊滅しない程度に減衰するのが精々で、結界への大ダメージは避けられないだろう。
即ち『風見鶏』が誇る後衛術者。
まかろんと咲耶に匹敵する隠し玉があるのか、否か――。
「雪音!」
「わ、解んない! でも鷹さんとレイちゃんに行ってもらったよ、お兄ちゃん!」
流石の雪音も全てを知っているわけではない。
もっとも、解ったところで対策の取りようがないのは同じだ。故に第三撃がないように祈りながら、二人を発射台へと送り出したのだろう。
突如として現れた、あの山は危険だ。作戦会議で最も忌避していた高地、例え第三撃が存在しなくても大砲を放置しておけば、いずれは押し切られる。
次の砲撃が放たれる前に、高速・高火力の戦闘班がまかろん達を討つ――そういう手を取るしかないのだが。
「風見ちゃん! ヒビキさん達の配置は!?」
「えっと~、えっと~……わ、わかんない~! なんか真っ暗だよ~!?」
「くっそ! 対策しやがったな……!」
それは至極当然の流れであり、『風見鶏』が対策していないはずがなかった。
“戦隊”は始末されれば、すぐに風見へフィードバックされる。
それがなかったということは倒されたのではなく、発射台に意識を取られた瞬間にでも捕まったのだろう――元より機能の限られた偵察である以上、仕方のないことだった。
「雪音! 俺と出るぞ!」
「え!? い、いいの!? お兄ちゃん!?」
「構わない!」
一護達まで出陣すれば守りが手薄になるという、雪音の懸念も解る。
だが守りを優先しても、鷹とレイが集中攻撃で討ち取られれば終わりだ。戦闘班抜きで、『風見鶏』を真っ向から破ることなど出来はしない。
「ゼロ、ここは任せたぞ!」
「ぎょ、御意ぃ……MP0で自信ないですけどねぇ!」
「小雪ちゃん、お願い!」
「~~~っ(こくこく」
「いってらっしゃ~い!」
「何かあればご連絡いたします!」
結界の隙間を抜けて、伊達兄妹は風となった。拠点防備に不安は残るが、一度決めた以上、鷹達に追いついて加勢しなければ――。
◆◇◆◇◆
『キズナ』本陣より離れた、とある地点。
「うーん、流石は『キズナ』。防ぎきるかぁ……」
この世の地獄とばかりに破壊が撒き散らされる拠点を見ながら、ヒビキは感心して呟いた。
敵本陣を襲う二連撃は、勝負が決まってもおかしくない威力である。
片や流星群、片や隕石――しかも術者は、まかろんと咲耶というトップレベルの後衛二人。
拠点の防御力を以てしても十分にオーバーキル、いくら『キズナ』でも相応のダメージを受けるだろうと予測していたのだが、その予想はあっさりと裏切られた。
「いやぁ凄いねぇ。僕だったら消し炭も残らないよ。あっはっは」
「マスター……そういうことを笑いながら言わないでください。コメントに困ります。ぽかんってしちゃいますよ、ぽかんって」
「あ、それいい。ユネのレア表情見たい」
「なんですかそれ!?」
「素直な感想だよ」
「そもそも、そんなに珍しくないですー!」
「……それもそうかな?」
確かにヒビキが何かを思いつく度、結構な確率でぽかんとしている。
いや、もちろんそういう間の抜けた表情も好きなのだが――。
「まったくもう……それよりも。こんなところで休んでいていいんですか?」
「うん?」
真面目なユネは今の状況が気になる様子で、軽口にあまり付き合ってくれなかった。
どこか不安そうに体を縮こまらせて、木々の中へ身を隠す。細身のユネは元から充分隠れていたが、今はもう遠くからまったく見えないだろう。
「ねぇユネ。じゃんけん必勝法って知ってる?」
同じくヒビキも隠れながら、戯れにそう問いかけた。
この隠密が遊んでいるわけではなく、純然たる作戦行動なのだと教えるために。
「えっと……クロ様くらい目を良くするとか!」
「確かにそれなら大体勝てるけどね……みんなが実現可能な範囲で行こうか。不正解」
「えぇ!? 自信あったんですけど……」
「あったんだ……」
「はい……」
「えーっと、それじゃ実戦形式でいこう。はいユネ。じゃーんけーん、ぽいっ!」
「は、はい!?」
問答無用で始めたじゃんけん。
ヒビキの掛け声にあわせ、慌てたユネが出した手は――。
「はい、僕はグーを出しました。よって僕の勝ち」
「えぇ!? ずるいですよマスター!」
当然の抗議だった。
ヒビキはユネがしっかりくっきりはっきりと手を出してから、余裕を持って勝つ手を選んだのだから。
「うん、そうだね。で、それが必勝法」
「ほぇ?」
「“後出し”すればいい。そうすれば負けはない」
「――――」
あ、ぽかん顔してる。レア表情いただきましたー。いや、やっぱレアじゃないか。
「別にジャンケンじゃなくてもいいんだけどね。今回も一緒だよ」
この形に持ち込むまで苦労はしたが、その甲斐はあった。
MPを多大に消費している上、拠点防衛の要たるゼロと小雪は動かせないだろう。
風見とイカヅチは戦闘タイプではなく、鷹とレイは高地奪還へと出発した。
葵の姿が見えないため、残る手札は一護と雪音のみ――この二人が鷹達の援護に行くのか、それとも残るかが、ここからの分岐点といっていい。
だが、そのどちらに転ぼうとも――。
「僕達は後出しして、有利に戦えばいい」
――『風見鶏』の有利は揺るがない。
後出しで有利な手を選べばいいだけなのだから、揺らぐはずがなかった。
「さ、行こうか。ユネ。彼らが戻って来る前に拠点を落とそう」
「……はいっ。行きましょう、マスター!」
一護達が遠く去るのを見届けて、ヒビキ達は木々から大地へ降り立つ。
目指すは『キズナ』本陣、その陥落だ。




