外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その26
襲い来る白き光――その正体は純然たる破壊のエネルギーだ。
漫画やアニメでは見慣れた“ビーム”だが、視界全てを染め上げるほどの広範囲・途方もない高威力で放たれたとなれば、内心穏やかではいられない。
「自然は大切にしなょ」
「まったくだ。俺らが言うセリフでもねぇけどよ」
何しろ、進路上の木々は根こそぎ“消滅”させられてしまった。
なぎ倒すとか、燃やすとかではなく、触れた部分が一瞬で蒸発している。どんな超絶回復力を持つ植物でも再生は不可能だろう。
「チッ。流石にハンパねぇな」
その大規模破壊を、しかし葵と鷹はギリギリで躱した。
自分で言うのもなんだが神回避である。適切な技能と驚異的な身体能力は前提条件、運だの勘だのも全部踏まえ、ようやく成し得る奇跡を、そう呼ばずしてなんと呼ぼう。
「ちぇー。レッドは避け損ねたかー」
しかし――残念ながら、葵のフェローであるアカは光の中に消えた。
五感は勿論、簡易探索でも見つけられないので、恐らくリタイヤだろう。情けないと思う反面、そんな余分な感想はこれが最後だと葵は思い直した。
「やあ」
――何故ならば。
目の前に現れた面々は、それほどの大戦力だったのだから。
「どうも。久々だね、二人とも」
「……ハ。随分と少ねぇじゃねぇか。ンな程度の人数でいいのかよ?」
「あはは。もちろん」
鷹の軽口を、たっぷり余裕を持ってヒビキがいなす。
まぁそれも当然だろう。
現れた五人は完璧な布陣だった。
アルフレドが戦線を支え、漆黒が難敵を狩り、まかろんが軍勢を屠る。ヒビキが全体を統括した挙句、ユネがあらゆるフォローをこなす――充分に『風見鶏』オールスターと言っていいメンバーである。なんなら、EGFオールスターを名乗っても過言ではない。
(あたしとでっかいのでも、流石に厳しいにゃー)
少なくとも、豪胆な葵をしてそう感じるほどの難敵だった。
平時なら勝負してみたい気持ちがなくもないが、今回に限っては逃げるに限る。
(さーて、どうすっかにゃー?)
とはいえ、逃げるだけというのも癪だ。出来れば破格の値打ちを持つまかろんの首を獲っていきたいところだが……。
「囲んでタコ殴り? 趣味が悪いょ」
「ほざけ山猫。逆の立場であれば、嬉々として行うだろうが」
「心外な。黒子は下がっててょ」
「漆黒さんが黒子は無理があると思うなぁ」
適当な会話で時間稼ぎをしつつ、敵の配置を再確認。
『風見鶏』はヒビキとユネ、漆黒とアルフレドとまかろんという、2つのグループに分かれていた。漆黒なりユネなりが敵を阻んでいる間に、まかろんが火を噴く配置である。アルフレドは万が一にもまかろんを討たれないための保険だろう。
(うーわー。面白みも何もないじゃん。つっまんないの)
だが故に鉄壁の布陣。
打開策を見つけられない苛立ちを胸に、葵は鷹を見やった。
漆黒とくだらない言い合いをしている幼馴染は、口元に笑みを浮かべている。頼もしいのか無鉄砲なのか判断に苦しむが、いずれにせよ戦る気は満々らしい。
――と。
「ハ」
わずかに鷹と目が合った。
強敵への喜悦と冷徹な戦略眼に等分された視線が、葵のそれと重なる。誠に遺憾だが、その思考を読み取れぬほど、短い付き合いではない。
『しゃーない。合わせるょ』
『おう』
はたして視線のみで意思疎通を果たし、唐突に鷹が突っ込んだ。
狙いはまかろん――ではなく、ヒビキ。
この中では一番弱いのに、戦略的価値は高い。討ち果たせれば今後の展開で優位になるのは間違いない大将首目掛け、黄金の獣王が駆け抜ける。
「やらせませんっ!」
それはヒビキに反応出来ない速度だったが、二枚看板たるユネは別。
鷹の前に立ち塞がった守護者は、奇襲の出足を殺す完璧なタイミングで『ヒュペリオンソード』を振るった。
「ウラァッ!」
「っ!?」
だが単純な接近戦ならば、『術法剣士』であるユネを鷹は上回る。
迎撃をすり抜けながら一打を返すという離れ業で、その細い体を弾き飛ばした。
それは一瞬にも満たない、刹那のやり取り。
「しっ!」
「!? チイッ!」
だがその刹那に接敵した漆黒の剣閃を、鷹は辛うじて躱す。
ユネを遥かに上回る一撃はカウンターを叩き込む隙もなく、強引な回避行動は、鷹をして体勢を崩さざるを得なかった。
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
「がっ!?」
そこへ突っ込むアルフレド。
雄々しい叫びと共に、超重量級のショルダータックル――大型トラックがぶつかったような轟音を響かせて、鷹の巨体が吹き飛ばされる。
本来、そうして距離が離れてしまえば、まかろんの餌食になるが――。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」
そうはさせない。
絶え間ない矢雨で、葵はまかろんを牽制していた。物理と魔法という違いはあれど、数百を超える攻撃が宙を駆け、相殺し、戦場を激しく彩る。
(やっぱ無理か!)
一連の攻防は僅か数秒だったが、それだけで勝敗はハッキリした。
奇襲込みで押し切れなかった以上、ヒビキを脱落させるのも不可能だろう。業腹だが、一時撤退を決め込むしかないようだ。
「でっかいの! すっごいのいくよ!」
「応!」
無論、ハッタリである。
だが反応した『風見鶏』は、一瞬動きが遅れた――その間隙を縫い態勢を整えた鷹と共に、葵は離脱を試みるも。
「っ!?」
「あー。残念」
背後に広がる蔦のネットに、大幅な迂回を余儀なくされた。
あのままバックステップを続ければ絡め捕られていただろう――ヒビキが使えるレベルでは大した障害にはならないが、この状況では命とりになりかねない。
「だーもー! やりにくーい!」
「くっそ!」
「首を垂れるがいい!」
「おとなしくしてください!」
否。
回避しても同じだった。迂回したせいで漆黒とユネの二枚看板に追いつかれ、半ば包囲が完成しつつある。
あとは足止めをして、まかろんが大火力を放つ――その繰り返しで終わりだ。あの神回避を100%連発出来る自信は、流石にない。
だが、それはあくまで、大火力を発動させられた場合であり。
「まかろん、上!」
発動されなければ、何の意味もない……!
「っ!?」
破壊の光が発射される数秒前、まかろん目掛け、葵の隠し玉が降り注ぐ。
上空へ待機させていた矢は3つ。
ヒビキの警告で2つは避けられたが、残る1つがまかろんの右手を貫き、待機状態だった魔法はその衝撃で解除された。
『!?』
最も護るべき相手が傷つけられたことで、今度こそ『風見鶏』全員の意識が一瞬逸れる。
「でかした、葵!」
その一瞬の隙間を、見逃す鷹ではなかった。
白く染まった闘気は必殺の『天昇・神威発勁』――常識外れのステータスアップ技能を発動して葵を抱え、人知を超えた速度で死地から脱出する。
「くっ!」
「おのれ!」
独走状態になってしまえば、こちらのものだ。
幾つか発動の早いアーツが迫ってきたものの、先ほどに比べれば脅威と呼ぶにも値しない。葵が撃ち落とし、漏れた分は鷹が躱すだけである。
「あー、危なかった。しっかりしてょ、でっかいの」
「悪ぃ悪ぃ。あのメンツは流石に強ぇわ」
「まったく……いやぁ、でもアレだょ。また伝説作っちゃったと思わない?」
「あん?」
「『風見鶏の包囲を突破してきたけど質問ある?』とかスレ立てしよっかなー」
「……立てる必要もねぇだろ。生中継されてんだし」
「おお! つまり既に伝説が! いやぁ、照れちゃうょ♪」
「暴れんな!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら、二人はベースへ駆け戻る。
この姿もまた中継されて――大勢のプレイヤーへ笑われているなどと、露ほども考えぬままに。




