外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その24
一方、『キズナ』の陣地では。
「葵ちゃんから通信だよ~。方向が解ったから向かうって~」
通信係に任命された風見が伝えた朗報に、小雪が胸を撫で下ろしていた。
とりあえず第一段階は成功である。
最終戦たるこのサバイバルゲームにおいて、相手の居場所は最高レベルのアドバンテージだ。普通ならば喜んで然るべき内容なのだが、拠点の空気は張り詰めたまま、緩む気配をまったく見せない。
「うん。ありがとう、風見ちゃん。それじゃあ“戦隊”をお願い」
「は~い。みんな~」
彼女のマスターは特にそれが顕著だった。
小雪の好きな笑顔は鳴りを潜め、ずっと緊張した面持ちでいる。風見は流石にいつも通りだったが、その軽さに似合わず、彼女の発動したスキルは戦局を左右しうるものだ。
「起きろ~」
無造作に散らばった素体――『魔法人形製造』技能によって創られる“原型”が、主の求めに応えて姿を成す。
(ふぁぁぁぁ……)
神秘的な光景に小雪は胸中で歓声を上げた。
“人形”と表現するのが相応しい、まっさらの素体が風見のMPを注がれて変化する。
あるものは羽根を生やし、あるものは牙を与えられ、あるものは鱗を纏い、またあるものはふっわふわの毛に覆われた。
これこそ『人形師』の上級技能、『分け身』。
自らのステータスを魔法人形へ宿すことで、即席の使い魔を作り上げる秘術だ。
使う素体や術者の力量によって大きく差が出るピーキーなスキルだが、『冠位人形師』たる風見であれば、EGFでも屈指の軍勢となる。
「みんな~、突撃だ~!」
創造主の意を受けて、幾種類もの獣達が走り出した。
彼らは『風見鶏』との戦闘に耐えうる性能は持ち得ないが、術者と視覚を共用できるという一点において、これ以上ない偵察性能を誇る。
葵の導き出した“方向”を調べさせれば、程なくして完全な位置が判明するだろう。
「……鷹さん」
となると、次は――攻め込むだけの戦力補充が必要である。
「ハ」
だがご指名を受けた『キズナ』最大戦力は、苦笑していた。彼が昂る戦場にあって、その姿は非常に珍しい。
「あんだよ。随分と暗いじゃねぇか、雪音ちゃん」
「そう……ですか?」
「ああ。緊張は構いやしねぇけど、苦虫を噛み潰したような顔してるぜ?」
「……」
「ま、気持ちは解るけどよ。ちっとミスりゃその瞬間、“詰み”だからな」
「……ですね。やっぱり、私には思いつかない作戦です。今でも本陣で迎え撃つのがベストだと思ってますから」
「普通に考えりゃそうだろ。相手のが火力高ぇのに攻城戦しようとしてるわけだしな――だがま、大物喰いするにゃ、こんくらいの阿呆がいるんだろーよ」
「……う~。解ってますよ」
文句を言いつつ、しかし雪音の表情が僅かに緩んだ。
緊張が取れたわけではないだろうが、少しは気楽になってくれたらしい。
「ま、心配すんなって。いくら俺でも、今回の攻撃で陥落せるたぁ思ってねぇよ。一人削れりゃ上等の、単なる嫌がらせだ」
「……本当にそう思ってますか?」
「おう」
「漆黒さんとかユネちゃんが出てきても、一騎討ちしちゃダメですからね?」
「…………わーってるっての」
完全に目をそらしての返答だった。
どこからどう見ても不安な態度に、雪音が頬を膨らませる。
「本当に大丈夫ですか? 鷹さん」
「大丈夫だって。心配性だなぁ、おい」
「日頃の行いです。1回戦もそうでしたし……嘘だったら、今度こそ怒りますからね?」
「いや、あん時も充分怒って――」
「はい?」
「――っと、なんでもねぇ。どっちにしろ、ンな怖ぇことしねぇよ。なぁ? 小雪」
「~~~!?」
まさか自分に回ってくるとは思わなかった。
慌ててまともに返答出来なかったが、それでも充分だったらしい――小雪の頭を軽く撫でた鷹は、既に戦士に変わっていた。
「そんじゃ行ってくらぁ。レイ、留守はしっかり護れよ」
「お、押忍! がんばってください、師匠!」
「ハ。言われるまでもねぇ」
飛び出したのは言葉と同時。
だが、その姿はあっという間に見えなくなった。そんなことはないだろうが、音よりも速く動いたのではないかと錯覚してしまう。
「……む~」
「……?」
不意の呟きに横を向くと、レイがこちらを見ていた。
『キズナ』で一番小さい小雪は大抵の相手を見上げる必要があるのだが、彼女だけは身長差が少ないので、真っ直ぐ向き合うような形となる。
「いいっすねぇ、小雪ちゃん……」
「?」
「いやぁ、そんな場じゃないことは解ってるっすよ? でも思っちゃうのはしょうがないじゃないっすか」
「??」
「なんていうか、こう……『隣の芝生は天然芝』って言うやつっすね!」
「???」
首を傾げすぎて、小雪は転がりそうだった。
『キズナ』で女子のフェローは二人だけなので、レイとはそれなり以上に仲が良いのだが、何を言っているのかサッパリわからない。
「レイ。いくらなんでも、言葉が足りなすぎですよ」
「あ、イカヅチにぃ。終わったんすか?」
「大体は。まぁ私のアーツレベルでは、気休めにしかなりませんが」
「それもそうっすね!」
「~~~(あわあわ」
いくらなんでも酷すぎる同意だった。
鷹や葵が相手だったら、即座にお仕置きという名の嵐が吹き荒れるだろうが――そこはフェロー組の長兄・イカヅチ。
「……事実とはいえ、そうハッキリ言われると流石に切ないですね」
ため息一つでレイの無礼を許すと、話の流れを先へと戻す。
「まぁいいです。それよりレイ。正しくは『隣の芝生は青い』ですよ」
「あ、そうそう。それっす!」
「まぁこの場合はことわざ自体が間違いですが」
「えええええ!? 羨ましい時に使う言葉じゃないんすか!?」
「羨ましさのレベルが違います。もし使うなら、マスターそのものを羨むべきですね」
「そうなんすか……確かにそれじゃ違うっすね。マスターは師匠がいいっす!」
「???」
「小雪。先ほど、鷹様が頭を撫でたでしょう? レイはそれが羨ましいんですよ」
「~~~(ぽむ」
その言葉で、ようやく納得出来た。
頭を撫でてもらうのは気持ちがいい。小雪にとっては雪音か一護、あるいはゼロがベストだが――鷹を尊敬してやまないレイならば、羨ましいのも当然だろう。
「イカヅチにぃ。そうハッキリ言われると恥ずかしいっす」
「でも事実でしょう?」
「……そりゃあそうっすけど」
ふてくされたように呟くレイに、それまで黙っていた雪音が笑った。
「それじゃあレイちゃん。最終戦がんばったら私から鷹さんにお願いしてあげる」
「ホントっすか雪音ねぇ!?」
「うん。張り切ってがんばってね」
「わたしも頼んであげるよ~」
「風見ねぇからも!? いやっほおおおおう!」
まさに飛び上がらんばかりである。
元よりレイは戦意で調子が乱高下するタイプだ。これだけ燃えているなら、本当に期待できるかもしれない。
「~~~(ふんすっ」
自分も負けずに頑張ろう。
小さな拳を握りしめながら、小雪もまたそう誓うのだった。




