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バカとテストと勉強会

 赤樹学園は進学校である。


 市内では純粋にトップの学力を誇り、若干の特待生を除けば、入学してくる生徒も各中学で名を馳せた猛者ばかり。受験を勝ち抜いてきた連中を相手取るテストは、そこら辺の実力模試を遥かに凌駕する難易度である。


「……さて、解っているとは思うけど」


 居並ぶ幼馴染を前に、伊達一護はこほんと咳払いをした。


 中肉中背、黒髪黒目。女生徒に人気の顔立ちを除けば、特徴のない青年である。普段は穏やかな表情を精一杯真剣に引き締めて、彼は最重要事項を話し始めた。


「明日からテストなので、勉強会を始めます」


 そう。赤樹学園は明日から実力テストに入るのだ。

 成績には影響しないとの触れ込みだが、三科目以上の赤点で土曜日の補習へめでたく強制参加。


 というわけで、一護ら幼馴染軍団も夕方より勉強会を開催する運びとなったわけだが――。


「つまんなーい!」

「ぎゃー!?」


 現実を認められず、反応したのは二人。


 悲鳴に先んじた抗議の声は、幼馴染のムードメーカーにして騒ぎの元凶――神楽葵からである。色鮮やかな紺碧の髪に健康的な肢体。美脚を見せ付けるようあぐらをかいていた彼女は、拳をつきあげてブーイング、全身全霊で不満を表明した。


「もっと楽しいことをすればいいと思います!」

「いきなり全否定すな。明日どうすんだよ?」

「大丈夫大丈夫。ほら、よく言うじゃん。“今でしょ!”って」

「……それで?」

「あれって“今(が良ければそれでいい)でしょ!”ってことっしょ?」

「全身全霊で違う」


 どこのパチモン講師だよ。


 葵にため息をついた一護だったが、残念なことにもっと酷いのがいた。


「風見もさっさと起きろ」

「うう、だってだってぇ……」


 補習筆頭、幼馴染最強のぽんこつ――八重葉風見である。薄桃のロングヘアとモデル並みのプロポーションをかなぐり捨てて、彼女は床へ倒れこんでいた。


 勉強会の宣言だけでノックダウン、ついでにびくびく痙攣している。


「無理だよ酷いよいじめだよ……テストなんてなくなればいいんだ……」

「小学生かお前は」


 この超絶アホ娘に比べれば、葵もなんぼかマシだった。


「鷹ちゃんもそう思うよね!?」

「あ?」


 唐突な風見の振りに漫画を読んでいた巨漢、月都鷹が顔をあげる。


 逆立った金色の髪の毛に、やぶ睨みの鋭い目つき。街の不良共を残らず震え上がらせる眼差しを受けても動じず、風見は駄々っ子のように言い募った。


「鷹ちゃんバカだし、同意してくれるでしょ!?」

「テメェにだけは言われたくねぇぞ!」

「みー。五点十点って知ってる?」

「五十歩百歩だろ」


 この二人の成績からすれば、葵の方が妥当かもしれないけど。


「ねーねーねー、鷹ちゃ~ん!」

「あー、うっせぇな。俺ぁ別にいいんだよ。テストが良かろうが悪かろうが、絶対ダブりゃしねぇんだし」

「でっかいの特待生(トクタイ)だもんねー」


 赤樹学園には一般入学とは別に、特待生制度がある。


 この制度の入学者は学業において配慮がされ、長期休暇中の補習と留年が免除されていた。

 破格の待遇だが、赤樹学園の特待生は“全国大会で優勝経験あり”が前提条件、さらに“特待生に相応しくない大会成績の者は退学”という天国か地獄か(デッドオアアライブ)の狭き門。


 ある意味、当然といえば当然だった。


「むー! ずーるーいー!」

「うるせぇ。とっとと勉強しろ。俺ぁ漫画読む」

「あ、でっかいの。それ何巻? 次貸してょ」

「お前は勉強しろ」

「ぶー。兄貴のいけずー」


 文句を言いながら、しかし葵は大人しく問題集を開く。だらーっと寝そべるという態度ながらも、そのまま睨めっこを始めた。


「ほら、風見も。俺も自分の勉強しなきゃいけないんだから、さっさとしろ」

「ううう……やだぁ……」

「ちなみに一時間後にテストして赤点の場合は、雪音の飯抜きな」

「ちょ、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

「うっるせぇ!」


 全力で鷹に同意したい。驚きすぎだ食いしん坊め。


「雪音ちゃん見ねぇと思ったら飯作ってんのか」

「ああ。これが多分、風見には一番効くと思ってさ」

「がるるるるるるるるるる!!!」


 実際、風見は噛み付くように問題集へ取り掛かっていた。知識にはならなくても、明日一日保てばいい。記憶に薄ぼんやり引っかかる程度でも充分だろう。


「じゃ、鷹。こいつらサボんないよう見ててくれ。ちょっと下見てくる」

「あいよ」


 鷹がひらひらと手を振るのを見届け、部屋から出る。


 ああ見えて面倒見の良い男だ。

 ちょっと外すくらいは問題ないだろう。


「さて」


 一護も勉強はしないとならないが、それよりも先にやることがあった。


 さっさと階段を駆け下りて、目指すは台所。家中へと漂ういい匂いの元へと向かう。


「雪音~」

「あ、お兄ちゃん」


 果たして、そこには天使がいた。

 いや。天使のような笑顔を浮かべる少女がいた。


「どうだ?」


 極上の絹糸を彷彿とさせるさらさらの髪、まん丸で大きな翡翠色の瞳、柔らかな輪郭と微笑みは奇跡的な造詣で整っている。


「うん。もうすぐ出来るよ」


 にっこりと微笑みながら、一護の妹――雪音は小皿にスープを取って差し出してきた。


 味見してみると、口に広がる幸せの味。よく煮込まれたホワイトシチューは具のダシとルーが絶妙に混じりあって、これ以上ないほどの絶品に仕上がっている。


「旨い」

「えへへ。良かった」


 しかもそれだけではなかった。


 テーブルの上にはボウルに入った山盛りサラダ、サラミとチーズのシンプルなピザ、無数のおにぎりとサンドイッチ、味付けが違う幾つもの唐揚げ――その他諸々の料理が並び、今すぐバイキングを開けそうである。


「悪かったな。いきなり夕飯が大量になっちまって」

「んーん。材料はあったし、簡単なお料理ばっかりだから大丈夫。お兄ちゃんの頼みならなおさらだよ」

「……お前はほんとにいい子だなぁ」


 あのバカ共(あおいとかざみ)にも見習って欲しい。わりと本気で。


「一時間後くらいに飯でいいか?」

「うん。そのくらいには出来ると思うけど……一段落したら私もお部屋行っていい?」

「ん? そりゃ構わんけど、面白くないぞ? 勉強してるだけだし」

「うん……でも、私だけ下でお料理じゃちょっと寂しいから」

「……そうか。そうだな。すまん」


 謝るしかなかった。

 勉強が楽しいとは塵ほども思わないが、それでも幼馴染での勉強会はある種のレクリエーションのような雰囲気がある。


 そんな中、一人だけ台所でひたすらに料理となれば――疎外感を感じてしまうのも仕方がないと言えた。


「ごめんな、雪音。後でいっぱい労うから、それで勘弁してくれ」

「……いっぱい?(ぴくっ」


 ちょっと失敗したかもしれない。


 雪音の反応にそう思った一護だったが、しかし退ける状況ではなかった。


「お、おう。どんと来い」

「じゃあ……ちょっとだけ前払い」

「……はい?」

「前払い。ね?」

「いや、ね? と言われても」


 あまつさえ、にこにこと両手を広げられても。


「えっと、その……そうだ。お兄ちゃんがぎゅ、ってしてくれると、お料理がさらに美味しくなります」

「今お前“そうだ”って言っただろ……一応訊くが、なんでだ?」

「お、お兄ちゃん分がたっぷり追加されるからだよ♪」

「新成分を勝手に作るんじゃありません」


 仮にあったとしても効くのお前だけだぞ。


「……寂しいのに」

「ぐ」

「……がんばってお料理してるのに」

「う、ぐ」

「ちょっとだけでいいんだけどなー……お兄ちゃんがちょっとだけぎゅってしてくれたら、あと一時間がんばれるんだけどなー……」

「……雪音。お前、楽しんでるだろ」

「……えへへ。ちょっとだけ」


 可愛らしく舌を出す雪音。


 しかし冗談めかしてとはいえ、いつも素直なこいつがここまで言うってことは、言葉以上に拗ねているらしい。


「……仕方ないやつめ」

「あ……」


 諦めのため息と共に、結局一護は妹をハグした。


「えへへ、お兄ちゃ~ん……♪」


 すりすり嬉しそうに擦り寄ってくる雪音を数秒ほど抱き留めて、背中をぽんぽん叩く。


「ほい。おしまい」

「……んう~~~」

「駄々こねるな。俺も勉強するんだっての」

「…………は~い」


 苦笑しながら説得すると、存外大人しく雪音は離れた。


 思っていたより拗ねてなくて助かったと思う反面、ちょっと気になったので訊いてみる。


「ちなみに雪音、今ので終わりで良かったり?」

「しないもんっ」


 ですよねー。


「まぁいいけど……後で何をねだるつもりだ?」

「えっとね、手をつないでお買い物!」

「ああ。まぁ、そのくらいなら……」

「あと……だっこ」

「う、ぐ……またか?」

「まただよ♪ あとね、あと」

「まだあるのか」

「い、一緒のお布団で寝たいな……?」

「……おい。それはちょっと調子乗りすぎ――」

「じ~」

「…………あー、膝枕ならいいぞ」

「えへへ♪」


 くそう、毎度ながら甘えん坊め。


 大幅に負け越してしまったとはいえ、とりあえず交渉成立だった。これで後顧の憂いなく勉強出来るというものである。


「それじゃ戻るな。悪いけど、メシ出来たら呼びに来てくれ」

「うん。私、がんばるからね♪」

「おう。頼んだ」


 最後に一回頭を撫でて、一護は部屋へ戻った。


 漫画を読んでいた鷹、勉強していた葵が顔を上げる。風見は半泣きで教科書を読んでいるので一護が来たことに気づいてなかったようだ。


「あんだ? 元気になってねぇか?」

「ん? そうか?」

「どーせ、ゆっきとイチャイチャしてたんだょ」

「言いがかりはやめい」


 別にイチャイチャしてないぞ。甘えられてただけで。


「それより風見はどうだ?」

「あー……お察しくださいってやつだょ」

「ううううう」

「そうか」


 いつも通りだな、うん。


 とても失礼なことを考えながら、一護もまたテキストを開く。


 こっちもあんまり余裕がないのだ。

 遊ぶのはここまで、とにかく勉強しないと――。



 そして一時間後。


「ふう。ギリギリ超えたな」

「はっはー! 流石あたし!」

「お疲れ様です、二人とも」


 雪音も合流してのテキスト採点。

 七十点を合格ラインと定めたわけだが、とりあえず一護と葵はギリギリ超えた。


 あらゆる分野の問題がグチャグチャに入っているとはいえ、初歩的な問題ばかりだから、普通は解けるはずなのだが――問題は風見である。


「さーて、メインイベントだな」


 楽しくてしょうがないと鷹が笑った。


 そう、これからメインイベント――風見の採点が始まるのである。


「うううううう」


 風見の回答は面白いものばかりで、そのリストはちょっとした芸人並み。少々悪趣味だとは思うが、幼馴染達が揃って楽しみにするのも無理ないと言えた。


「さぁ、そんじゃいってみよー!」


 わくわくと用紙を開く葵、さて今回はどんな珍回答が――。


 Q.794年ウグイスと例えられる年号は?

 A.コケコッコー


 いきなりダメダメだった。


「せめてホーホケキョにしろ。平安京だよ平安京」

「……えいりあん?」

「お前の頭がエイリアンだ!」


 流石は入学そのものが学園七不思議に数えられる女は桁が違う。というか、本気でどうやってウチの学校に入ったんだコイツ。


「ま、まぁお兄ちゃん。次いこ?」

「そうな……まだ最初だもんな」


 最初からこの状況だから困るわけだが。


 Q.物質は○と○と○の三つの状態から成る。○の中に入るのは?

 A.愛しさと切なさと心強さと


「確かに切ないな!」


 お・れ・が!


「あっひゃっひゃっひゃ! 流石みー! 期待を裏切らない女だょ!」

「つ、次は合ってるよ! 多分!」

「これだけ信頼のおけない言葉もないな……」


 とはいえ読み進めねば。採点はまだ続くのである。


 Q.フランス革命を主導した指導者は?

 A.い○ちこ


「下町いらねえええええええ!」


 Q.“私はあなたを愛している”を英訳しなさい。

 A.I love U.


「ユーだけど! 確かにユーだけど! そのユーじゃねぇんだよおおおおおおお!!」


 Q.一般的に中学生の時期に発生する子供の体と心の変化をなんという?

 A.中二病


「確かに今の流行だがっ!!! っていうかお前、なんでそういう単語は知ってんだよ!?」

「勘?」

「無駄な勘だなおい!」

「葵。中二病ってなんだよ?」

「っ(びくっ」

「あー、あれだょ。自作のポエムとか身近な人を題材に超能力小説書いたりとか、そういうの。例えば兄貴が主人公で勇者の生まれ変わりでー、とか」

「ああ、そういや聞き覚えあんな。そういう意味かよ」

「っ(はうっ」

「……雪音? 何か汗かいてるぞ?」

「なななななななななんでもないよ?」

「そ、そうか?」

「う、うんうん、なんでもないんだよ?」


 とてもそうは見えないんだが。


「すごい汗だね雪音ちゃん! 顔面ポロロッカだね! ポロロッカ!!」

「それはアマゾン川の逆流現象だろ! よりによって一時間で覚えた単語がそれかよ!! もっとテストに出そうな内容を覚えろっての!!!」

「よ、良かった……話が逸れた……」


 採点は続く。勉強も続く。夜も続く。

 今日も騒がしく、幼馴染達の夜は更けてゆく。




 ……

 …………

 ………………テスト?

 そんなもん、言うまでもないだろうッッッッ!!!!

幼馴染も順番にスポット当てたいなぁと思いつつ、夢影でした。

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