外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その22
祭りが終わろうとしている。
否、まだ終わりではない。
最終戦はこれから始まる――その終焉こそが『祭りの終わり』と称されるべきだ。となれば、今から始まるのは『終わりの始まり』と言うべきだろう。
「……ふん。少し詩的すぎるか。俺らしくもない」
どうやら自分は興奮しているらしい。
椅子に深く腰掛けて、彼は自嘲気味に笑った。
EGF屈指の大商人ともなれば、海千山千の猛者達とのやり取りが日常茶飯事。交渉を円滑に進めるための演技ならばともかく、感情に揺さぶられるなど恥以外の何物でもない。
「…………ふむ」
彼――プレイヤー名:あきんどは、己を落ち着かせるため視線をわずか下げた。
天空へ映し出されていた巨大なディスプレイから目を逸らし、眼下に広がる永久楽土――彼自身の商売における全技能を全て注ぎ込み、築きあげた『商都サキモニウム』を眺める。
落ち着くには、やはり商売のことを考えるのが良い。
(やはり普段よりも多いな……)
蟻のように蠢く人の群れは、その一人一人が重要な顧客だ。
人数が増えれば、それだけ商売の種も転がっている。
このお祭り乱痴気騒ぎ、それも決勝戦を目前に控えた今のテンションは――。
「稼ぎ時だな。あの様子では売り子が足りていないようだが、油を売っている場合か?」
「へいへい。既に増員の手配はしてますよっと」
「仕事が速いのはいいことだ。が、相変わらず覇気がないな。ヘルメス」
「腹の底を見せるなと、誰かさんに厳しく仕込まれましたんでねぇ」
「ふん。いい返しだ」
くるりと椅子を半回転。
己の教育結果に満足したあきんどは、彼自身のフェロー:ヘルメスへ視線を移した。商売の神などという壮大な名前を与えた片腕は、今日も皮肉げな笑みを浮かべている。
「会長。トトカルチョの結果がまとまりましたぜ」
「ほう。波乱はあったか?」
「いーえ。大方の予想通りですよ。大雑把に括れば『風見鶏』が7割、『キズナ』が3割ってトコですねぇ。ウチの従業員も案外と面白みがない」
「結果によっては再教育が必要かもしれんな」
重々しくあきんどは頷いた。
今回、『唯一つの神宝』決勝戦が始まるにあたり、彼は『防人商会』の従業員へトトカルチョを命じている。それは商会内からも儲けようとする商売根性の発露だが、同時に彼らの目利きを試すためでもあった。
「資料は?」
「ほい、これでさぁ。両チームのメンバー構成とスキル構成、戦闘における傾向などなど。これだけで売れそうな代物ですよ」
「……ふむ。ちなみにヘルメス。貴様はどちらに賭けた?」
「俺ですかい? 公正を保つため実際には賭けちゃいませんが、まぁやるんだったら『キズナ』ですかねぇ」
「理由は?」
「いやぁ、ほら。同盟相手ですし?」
「……本当にそれが理由だとしたら、三階級ほど降格だ。副会長」
「冗談ですよ。今回のメンツなら、俺の目だと差がないと思いましたんで。賭ける金額が同じならハイリターンの方が利率いいですからねぇ」
「随分と買っているようだが、流石に分が悪いぞ」
二択を選ぶ理由としては、商人としてはまず合格。
しかし『風見鶏』と『キズナ』に差がないというのは、流石に異論があった。
「へぇ。となると、会長は『風見鶏』派で?」
「いや、賭けるなら『キズナ』だが?」
「……会長。いつものことですが、言ってることが変わってますよ」
「心外な。俺は常に一貫している。話が違うと思うのは、受け取り側の理解が足りんのだ」
「はいはい。それじゃ出来の悪い弟子にレクチャーお願いしますよ」
「うむ。分が悪いと称したのは、お前のまとめたこの資料を見てのことだ。遠距離が致命的、回復役の不在を加味しても、スペック上では『風見鶏』が上回る」
「でしょうねぇ。だからこそ比率が7:3なんでしょうし」
「だが勝負はスペックだけでは計りきれん。特にこういう大舞台において、あいつらの爆発力は俺にも理解不能なレベルにある。勝機は充分あるだろう」
「ああ、そういえば会長は現実でも『キズナ』の面々とはお知り合いなんでしたっけ」
「まぁな。現実世界でも退屈させない連中だ。『ヒュペリオンソード』を売り払ってまで掴んだ切符を、わざわざ無駄にはしないだろう」
「あー。そういやそうでしたね……いやはや勿体無い。倍は固い商品でしょうに」
忘れていたのか、一護の奇行にヘルメスが苦笑した。
今回のイベントでそこまでするメリットが、あきんどにはまったく見えない。だがそれだけ『キズナ』の意気込みを象徴しているとも言えた。
「以上だ。理解したか」
「一応は。しかしねぇ、会長。こう言っちゃなんですが、『風見鶏』にもいるじゃないですか。凄いのが」
「凄いの? 誰だ、漆黒か?」
「いえ。いやまぁ、あの人も凄い――というか、『風見鶏』は全員凄いですけどね……いるでしょう。その中で異彩を放つ、不気味なお人が」
「…………ああ。確かにあいつだけは読めんな。単純な戦闘力では計れない、計った瞬間に痛い目を見る類の物の怪だ。アレは」
不気味とは言いえて妙である。
あの男は自他共に認める最弱でありながら、『日陰の軍神』などという物騒な二つ名も併せ持つ異色のプレイヤーだ。
『キズナ』の爆発力と同等、あるいは上回るジョーカーにもなりうる存在である。
「ヘルメス。会員には改めて、決勝戦を良く視るよう伝えておけ。これだけ煮詰まった戦場は中々ないぞ。最高の教材になるかもしれん」
「へいへい、了解ですよ。っと、会長。その決勝戦、そろそろ始まりそうですが」
「む。もうそんな時間か」
時計を見ると、確かにもう少しで開始時間だった。
椅子のコンソールを操作して、壁一面へとモニターを映し出す。流石に天空へ表示されたものよりは劣るが、個人で楽しむ分には充分過ぎる大きさだった。
「お。個人用の視聴権、買ったんですか。会長」
「運営の思惑に乗るようで癪だったがな。喧騒と天秤に賭ければ、まぁ仕方ない出費だろう。俺にとって祭りは稼ぎの場であり、楽しむ場ではない」
「流石に商人の鑑、徹底してますねぇ。街角にもモニターが立ち並んでますよ?」
「リソースの無駄遣いだな。そうするくらいなら視聴権を安くしろと言いたい。俺に値段設定を任せれば、“個人用視聴権”だけで倍は稼いでやったんだが」
「まぁそいつは仕方ないでしょう。ところで会長。俺がご一緒しても?」
「好きにしろ。ただし、先に指示は出して来い」
「もちろん。それじゃすぐに戻りますんで」
気持ち早足で、ヘルメスは部屋から退場していった。
今の会話で受け取った指示を、各セクションへ伝えにいったのだろう。開始まで約十分、間に合うかどうかは五分である。
「さて。俺をガッカリさせるなよ、一護」
奇しくも決勝戦の確率と同じだなと思いつつ。
椅子に座りなおしたあきんどは、そう呟いたのだった。
次回より最終戦です。




