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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その19

 店の外は予想以上の賑わいだった。


 散歩する老人、店を冷やかす若いカップル、目的地を目指して足早に過ぎ行く親子、商品を奪い合うご婦人たち――まさに溢れんばかりの人、人、人。


「すごい人出だな……」


 老若男女の区別なく祭りを楽しむ『庭の民』の中を、伊達兄妹がてくてくと歩いている。


 当然のように腕を組み、寄り添いながら進む姿は間違いなくデート――だというのに、あまりそう見えないのは二人の表情が引き締まっているからだろう。


「こんなに人がいたんだね……」

「ああ。繁盛してるのは俺たちの店だけじゃないってことだな」


 何故ならこれは敵情視察。


 断じて単純な散歩ではなく、情報収集が目的なのだ。

 基本ゆるゆるな『キズナ』ではあるが、そこら辺は意外としっかりしている。(注:ただし腕を組む理由はこれっぽちもない)


「風見もいるし、そのまんまいけるかと思ったんだけどなぁ……」

「うん。ちょっと有利くらいに思い直した方が良さそうだね」

「ちょっと、か……ちなみにお前の見立てだと、どんな感じだ?」

「んぅ……今のままだと……3割くらいかな。多分」

「……そうか。まぁそんなもんだよな」


 恐らく、単純な売り上げなら早々負けはしない。


 だがそもそもスタート地点で『キズナ』は4位なのだ。決勝に進めるのは当然2チームであり、一気にブチ抜いて上位に食い込むには、かなりの差をつける必要がある。


「残念ながら俺はさっぱりだけど、なんか良いアイデアはあったか?」


 既に一護たちは大体の店を回り終えていた。


 中には途方に暮れている連中もいたが、多くのギルドは多彩な売り方で商品を捌いている――単品売りは勿論のこと、『キズナ』のような加工販売、2個セット販売、何を勘違いしたのかハンマープライスの店まである始末だ。


 これだけ色んなやり方があると、何がいいのかさっぱり判断がつかない。


「うーん……方向性はなんとなく思いついたけど、まだ解らないかなぁ……」

「解らない?」

「うん。戻ってイカヅチさんとも相談しなくちゃいけないし、それに――」


 瞬間、雪音の表情が引き締まった。

 視線の先にある最終目的地を認め、一護もまた緊張を隠せない。


「ここよりも良い方法を考えなきゃいけないから」

「……だな。よし、入るぞ」

「う、うん」


 雪音の腰が少し退けているのも当然といえよう。

 何故ならそこはEGFきっての魔人の巣窟、『風見鶏』の店舗なのだ。


 鬼が出るか蛇が出るか、下手すると両方ありうるのが始末に負えな、い――。


「……」

「……」


 入って数秒。

 それこそ入口から数十センチで、一護達は固まってしまった。止まった二人に注がれる『庭の民』の視線を感じながら、それでも動けない。


「ま、マジか……」


 そう。

 このラインナップを見てしまっては、動くことなど出来ようはずもない。


 『ラグランジュの聖蹟』、『道化師イギーの耳飾り』、『失われしリュリシオン』、『呪装人形』――ショーケースを彩るは、余すことなき一線級のアイテム群。『庭の民』にはハイエンドすぎる装備の煌めきが、強烈に一護の心を揺さぶった。


「や、やられた……」


 凄まじい品揃えである。

 一級の商店にも劣らないそれらは、だが考えてみれば当然の帰結だった。


 “より良いモノを安く買える”。

 それが最高の店だというのは、古今東西変わらない。売り方や立地はあくまでも付帯要件であって、本質はその一点。


 そこさえ満足していれば、後は王道を突っ走るだけで勝ち得るだろう――。


「やぁ一護君。ご苦労様」


 あまりの事態に呆然とする伊達兄妹へ声をかけたのは、青年だった。


 間の抜けた声に騙されてはいけない。

 親しみやすい雰囲気も、つい侮りたくなるベビーフェイスも、あまりに低い基礎能力(ステータス)さえも、毒蛇の牙と思わねばならない。


 何故ならば、青年の名は“ヒビキ”。

 最強ギルドを率いる戦乙女の片腕にして、その快進撃を支える名参謀だ。長くEGFに親しんだ人物ほど、この男の底知れなさは経験則で知っている。


「釣れてるかい?」

「いーや、サッパリだ。コツをぜひ教えて欲しいね」

「あっはっは。デート気分で来る人が言うセリフじゃないよねぇ」


 確かに、妹と腕を組んで敵情視察は――うん、控えめに見ても余裕っすね。


「あ……」


 というわけで、一護は雪音の腕をそっと外した。

 雪音自身もヒビキの言う通りだとは思ったのだろう。寂し気な声を漏らしながらも、腕組みを再度ねだるようなことはなかった。


「……一護君。今の流れで僕がにらまれるのは納得いかないんだけど」

「知らん」

「まぁいいけど……何か買っていくかい? 他のギルドの人も、さっきからチラホラ買ってくれてるけど」

「そりゃあそうだろうな」


 単体で見れば『風見鶏』のアイテムは決して安くない。

 だが本来の相場から見れば、ほぼ半値だ。少し目端が利くプレイヤーなら、こぞって買い求めるだろう。ポケットマネーがOKなら、間違いなく一護も買いだめしている。


「赤字じゃないのか、これ」

「まぁ倉庫で眠っていたものだしね。有効利用だと思うようにしたよ」

「有効利用……オークションに出せば、こんな値段じゃないだろ?」

「でも面倒だし。お金は結構あるから、元々オークションするつもりもなかったしね」


 流石は最強ギルド。凄まじい余裕である。


(……決勝は『風見鶏』か)


 九分九厘そうなるだろうと思っていたが、店に来て確信した。

 元々のランキングもトップで、品ぞろえもこの状態ならば――負けようがない、負けるはずがない。余程の番狂わせがない限り、2位にすら落とせないだろう。


「さて、俺達はそろそろ戻るぞ。雪音」

「え?」

「そう? ゆっくりしていけばいいのに」

「かんしゃく玉が店番だからな。遅すぎると痛い目に遭うんだ。ああ、ヒビキがついてきて、ついでに高いモノを買ってくれればお咎めなしかも」

「あはは。僕は僕で店番だからね。後でのぞきにいくよ」

「よろしく。それじゃ、決勝で会おう(・・・・・・)


 返事は聞かなかった。

 初めて驚きを見せたヒビキを置き去りに、一護達は歩いてきた道をさかしまに辿る。


「……お兄ちゃん?」

「なんだ?」

「何を思いついたの?」

「…………別に何も」

「ふ~ん? そうなんだ~?(じー」

「カケラも信じてないな、お前」

「うん。だって嘘だもん」


 迷いも何もない、完璧なる断言だった。


 本当に隠し事が出来ない相手である。

 『ペアリング』の副作用にため息をつきかけ、そういえば現実世界でもほとんど嘘が通じないことを思い出した。雪音にゃん、マジ名探偵。


「私には、なんでも相談してくれると嬉しいなー……?」

「……解ったよ。まぁお前にならいいか」

「えへへ♪」

「でも本当に思いついたわけじゃないぞ。覚悟が出来ただけだ」

「覚悟?」

「ああ。覚悟だ」


 出来るだけ平静を装って、一護は語る。


 理解されるかどうか解らない。

 だがやるべきだと思ったのだ。王道を征く『風見鶏』を叩き墜とすためには、それを超える何かがなければならないのだから。


 故の覚悟。

 一護最大の理解者である雪音ですら、想像もしていない――何かが必要なのだ。

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