外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その18
さて、ついに4回戦である。
持ち込み用アイテムを決めるまでに、予想通り色々な押し問答があったのだが、長い上に身内の恥を晒すだけなので割愛します。
いや、ホントにね……何でギルド対抗戦の前に身内対抗戦をやるんだっていう話ですよ……。愚痴で2話使ってもお釣りが来るレベル。
ということで、誰も幸せにならないあれこれは黙殺しておき、結果からいうと――『キズナ』は第2希望の建物に落ち着いた。第1希望はダメ元で最優良物件(イカヅチ談)狙いを出したので、比較的よい結果である。
「でも、ここで良かったん?」
せっせと店内を飾りつけしながら、葵が製作総指揮に問いかけた。
まぁ気持ちは解る。
この場所は一護ら頭脳班の総意で決めた場所ではあるが、解りやすく良い場所かと言われれば、そうではない。
立地的には、入口から6番目。とびきり甘く見たとして、精々並みの配置だ。お客さんが完全に回ってこないことはないが、前の店に取られる客の方が多いのでは――葵がそういう懸念を抱いても不思議ではない。
「葵ちゃん。私たちのアドバンテージって、なんだと思う?」
だがそれは当然、勘案済みだ。
雪音の問いに首をひねっていた葵は、やがて自分でも信じていない口調で答えを返す。
「あのバカみたいにバカデカい、バカ巨人のラストアタックボーナス?」
「どんだけバカなんだギガントマウンテンは」
「あはは……まぁそれもあるけど、私たちの最大のアドバンテージは風見ちゃんがいることだよ」
「みー?」
胡散臭そうに葵が幼馴染を見やった。
飾りつけをしながら食料アイテムを貪るぽんこつ娘は、しかしEGFにおいては『人形卿』の異名を取る、最高位の生産職人なのである。
「風見ちゃんに細工してもらえば、ただの素材も買い手がつくアイテムになるから。だから、広い建物を狙ったの」
「あー、ここを工房にするってこと? ゴロゴロがいないのは、その準備?」
「そういうことだ。ゼロと小雪もそっち手伝ってるぞ」
「えー。あたしもそっちが良かったー。なんで言わないの!」
「プレイヤーがいたらイカヅチも作業しにくいだろ。気を遣え、気を」
フェローはプレイヤーの従者だ。
彼らは主だけでなく、プレイヤー全般を尊重する。葵が無茶を言い出しても、イカヅチは可能な限り応えようとするだろう――例えそれが専門家たる己の意見と違っていたとしても。
「お気遣い、ありがとうございます。一護様」
「っと。ちょうど戻ったか、イカヅチ。どうだった?」
「見取り図よりも若干広いですね。嬉しい誤算でした。おかげで滞りなく終了しましたよ」
「肝心の加工も問題なさそうですか?」
「そうですね。あくまで私の見立てですが……素材によってはBランクの加工までは出来るかと。無論、マスターの腕があってのものですが」
「B……それってどのくらいなん?」
「市場価格で元値の2倍ほどですね。1.5倍に設定すれば間違いなく売れるレベルです」
「みーがちょいっといじるだけで1.5倍……まさか、みーが役立つ日が来るなんて……!」
「主。流石にそれは失礼でしょう」
葵の一言でぎゃーぎゃーメンバーが騒ぎ出す。
気負いもしない頼もしい連中だが、一護はそこまで楽観的になれなかった。
(さて、どうなるかな……)
何しろお題がお題である。
ある意味、今までで一番の難関だ。
戦闘力はともかく、各ギルドの商売力なんて想像もつかない。『キズナ』に風見とイカヅチがいるように、戦闘ギルドにも、それを支える職人がいないとも限らないのだ。
だが、ここで負けるわけにはいかない。
負けられない理由、負けたくない理由があるのだ。
(いざとなったら……切り札を使ってでも)
絶対に面倒なことになるので、出来る限り使いたくはないのだが――。
◆◇◆◇◆
そうして4回戦がスタートして、暫し。
「売れてるな」
「売れてますねぇ」
「売れておりまする」
バックヤードで揃ってつぶやいてしまうほど、売れ行きは順調だった。
少なくとも、一護の予想をはるかに超えていることは間違いない。『人形卿』のネームバリューは、しっかりばっちり庭の民にも通じているようだった。
「もうこれ何もしなくていいんじゃない?」
「バカ言うな。今が勝負だ今が。波に乗ってる間に出来るだけ売るぞ」
葵に同意したら最後、怠け者がサボりだすのは目に見えている。
セール時のおばちゃんもかくやという怒涛の勢いは失ったものの、いまだに客はひっきりなしに訪れてきているのだ。その接客や足りない商品の陳列、レジ打ち、在庫の搬入などなど、やることは腐るほどある。そんな連鎖倒産している暇などない。
「うーん……イカヅチさん。そろそろじゃないですか?」
「はい。そうですね、雪音様。良い頃合いかと」
「ん? 何かするのか?」
「ええ。どなたか、他店の偵察をお願いいたします。敵を知り、というやつですね」
「……そうか。確かにそれも必要だな」
目の前のことで手一杯になっていたが、敵情視察はクエストでも重要だ。
この4回戦はプレイヤーが別ギルドの店舗を訪問するのも許可されている。というか、商品を買うのもアリなのだ。
まぁもちろん買った商品は転売不可、しかも代金はポケットマネーでなく、ギルドの売上から差し引きされるが――店の中に入るだけでも、相手の戦略を見抜く上では重要だろう。
そう、重要ではあるのだが――。
「はいはいはーい! あたし行く! あたし!」
「どんなアイテムをどのくらいの値段で売っているのか、どんな作戦で巻き返そうとしているのかを全部把握して来て欲しいんだけど、葵ちゃん出来る?」
「なにそれめんどくさっ!」
現実は雪音の言う通り、とても大変なミッションだった。
ただの偵察ではない。
結果によっては『キズナ』の売り方そのものを転換させる、重要かつ絶大なる役目だ。
そんな芸当、雪音かイカヅチくらいしか出来ないだろう――。
「お兄ちゃん。お願いしてもいい?」
「俺!?」
と思ってたら、妹の信頼の眼差しがこちらへ向けられていた。
「いやいやいやいや無理無理。俺にそこまでのスペックを期待するな」
「そ、そう? でもお兄ちゃんに見てきて欲しいんだけど……」
「何故に」
「記憶力が良くて、コミュニケーションが取れて、知り合いが多くて、閃きがあって、勘が鋭くて――」
うわぁい、久しぶりの過大評価だぁ。
指折り数える雪音には悪いが、そこまで期待されても応えられないので、一護はそっとその手を握った。(物理で止める作戦)
「お前かイカヅチのどっちかが行けばいいだろ?」
「私は……マスターの補佐がありますので空けられませんね。雪音様は如何ですか?」
「……あはは。私は勘が鈍いですから、一人で調べ切る自信はないです」
記憶力はあっても、雪音はアドリブに弱い。『風見鶏』の腹黒軍師を例に挙げるまでもなく、ここまで残ったギルド連中は大なり小なりくせ者揃いだ。
自分だけでは読めない――読みきれないと認めてしまっているのだろう。
「あ。じゃあ、あたしがついてけば!?」
「葵ちゃん……私の言うこと聞いてくれる?」
「自信ないっ!」
「だよね……私も葵ちゃんを制御する自信はないよぉ……」
「……まぁ無理だろうな」
「なら、ご主人と雪音様で行けばいいじゃないですか」
「え?」
「お二人とも自信が持てないのであれば、ご一緒すれば良いのでは? ご主人は雪音様が、雪音様はご主人が最適だと思っているのでしょう?」
それは――言われてみれば、もっともな意見だった。
一人で足りなければ二人で補う。
至極単純だがそれ故に効果的。最善手ではないだろうが、少なくとも一護が単独で赴くよりも遥かに合理的だ。
「確かにそうだな。そうするか?」
「え? あ――うんっ♪」
「待ったー! そんならあたしとでもいいでしょ!」
「お前はコントロール不能だろうが。100%ちゃんと雪音の言うこと聞くなら、交代してやってもいいけど」
「それは無理っ!!!」
「……力強く断言しやがって。それじゃあ却下。行くぞ雪音」
「えへへ。うん、行こ♪」
「悪いけどイカヅチ。暫く店は頼んだ」
「はい、お任せください」
「ずっこだ! ずっこだ~!」
駄々っ子の声は完全に無視。
えらく嬉しそうな妹を伴って、一護は敵情視察へと踏み出した。




