外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その16
星が降る。
かつて存在した神の依代、破壊の権化が隕石となって大地へ迫る。
『咲耶ちゃん……!!!』
確信と共に雪音が術者を思い浮かべた瞬間、神代の一撃が大巨人へ直撃した。
幾重にも巻かれた注連縄、至る所に刻まれた神代文字。
太古の昔に分かたれた星神の一片が、己を遥かに上回る質量を容赦なく押し潰してゆく。
極大の発光エフェクトがフィールド全体を塗り潰し、風が吹き荒れ、ギガントマウンテンに寄生していたゴーレム群のHPが一斉に霧散した。
否、それだけではない。
『やってくれるじゃねぇかチビ狐……!』
『だー、もー! やられたぁ!』
あれほど苦労して送り込んだ二人が、爆風で吹き飛ばされている。
プレイヤー側のスキルだったためダメージはないようだが、スタート地点に程近い場所まで圧し戻されたのは、痛過ぎるロスだった。
ただの一撃で『キズナ』の優位は覆され。
「『イグニス・ジャベリン――」
さらに――更なる一手が、その先にある。
「――ファーストレート』」
寒気すら感じる、静かな詠唱。
だが言葉に続く紅蓮の瀑布は、決して静かでも寒々しくもなかった。
天空を覆うほどの炎が、とてつもない熱量を振りまきながら墜ちてくる。流星や隕石程度では比べ物にならない。太陽でようやく抗し得よう。
『今度は“まかろん”か!』
一護が、苦々しげに『風見鶏のとまりぎ』最強火力の名を呼んだ。
雪音もまったく同感である。
降りしきる炎の正体は、横18発×3列=54門にも及ぶ『イグニス・ジャベリン』だ。
あれほどの火力(文字通り)、熱量を同時展開できるのは彼女しかいない。小雪ですら24発が限界の技能を倍以上、どれほど常識外れか解ろうというものだ。
「っ!?」
無論、威力も並大抵ではない――先にも勝る閃光を放ち、太陽が山肌を蹂躙してゆく。
ギガントマウンテンは生き残った周囲のゴーレムを総動員したが、その程度の防御で足りるような攻撃力ではなかった。無数の石壁が呆気なく溶け、倒れ、突破され、ついに巨人のHPが目に見えるレベルで大きく削り取られる。
その量は目算で2割ほど――『イグニス・ジャベリン・ファーストレート』は広範囲殲滅に向く焼夷技能のため威力は分散しがちだが、かなりの戦果だった。
ひょっとしたらギガントマウンテンは、見た目と違って柔らかいボスかもしれない。ゴーレムの群生による防御は、その弱点を覆い隠すための擬態ではないだろうか。
(っ、なら、今の内に!)
連続しての大破壊から、強引に心を引き戻す。
『風見鶏』の乱入は想定外、手痛いロスだったが、それによってチャンスも生まれた。今、ギガントマウンテンのヘイトはこちらから外れ、守護陣も一時的に大きく減衰している。
ここから元の作戦に復帰できるかは分の悪い賭けだが、他の策が思いつかない現状、それが最善と判断して進めるしかない。
『鷹さん、葵ちゃん――』
雪音がその考えへ至るまで数秒。
「!?」
だがその数秒の間に。
音もなく飛来した一発の光弾が、ギガントマウンテンのHPを半分以上も削り取っていた。
「な――――!?」
派手なエフェクトもなければ五感に訴えかける脅威もない、そんな一撃である。
ギガントマウンテンどころか、ゴーレムにすらダメージを与えられるか怪しい、その一撃が――今度こそ決定的に大巨人を撃ち据えて、その体を大地へ叩き伏せた。
(いったい何が……!?)
その光景に、今度こそ絶句する。
不可解だった。
理不尽だった。
有り得るはずのない、起こり得るはずのない出来事だった。
(何の技能――ううん、そもそも『風見鶏』であんな威力は2人しか――)
ワールド随一の始原魔術を操る大導師:まかろん。
既に失われた古の秘法を行使する術者:咲耶。
規模の割に人材の揃っている『風見鶏』ではあるが、それでもマスタークラスの術者はこの2人しかいないはずだ。
あるいはギルドマスターたる絢爛無敵の戦乙女であれば、可能かもしれないが――。
(いくらあの人でも、あんな……ううん、そもそもどんな技能で……)
思考が散ってまとまらない。
完全に雪音は混乱していた。
“現実的”で“成功率が高い”策を良しとする彼女は定石の読み合いは強いが、常識外れの手には滅法弱い。頭が良いばかりに、混乱してしまうと色々なことを考えてしまって、動きまでもが止まってしまうのだ。
『風見鶏』はまさに、雪音の弱点を突いてきたといえよう。
意地は悪いが効果的、作戦を立案した人物は余程まっくろくろすけのおなかに違いない――。
『でっかいの! 足の裏ァ!』
などと益体もないことを考えていたら、何かに気付いた葵が吼えた。
(足の裏? まさか!?)
ライバルの声に触発され、雪音の脳が再び動き出す。
ギガントマウンテンはゴーレムを守護壁に使っているが、あくまでも壁――ありていにいえば、障害物扱いだ。ギガントマウンテン自身の攻撃でもゴーレムは傷つき、破損する。
ならば、足の裏にはゴーレムは配置できないはずだ。
物理的には配置出来たとしても、ギガントマウンテンの巨重は“踏みつけ”という“攻撃”となってゴーレムを蹂躙するだろう。
(理屈は通ってる……! でも……!)
それは推測、ネガティブに捉えれば単なる当てずっぽうである。
少なくとも雪音なら実行しない策だ。
確実に“急所”かどうか解らない場所へ、乾坤一擲の全力攻撃を仕掛けるのはどうしても躊躇われる。
『っしゃあ! でかした、葵ィ!』
だが、鷹は全力で葵の勘へ乗った。
伝わってきた声音だけで、その本気度が雄弁に伝わる。『キズナ』最強を誇って譲らぬ男は、ここが勝負所と判断したのだ。
『善因善果、悪因悪果!』
当然、選択した技能もそれに見合ったモノである。
『因果応報、全ては還る! 天高き武神よ、我が血肉を喰らいて無双の力を授けたまえ!』
覚悟を示し、武神の威を纏う秘法。
その恩寵は一時なれど、刹那手にする力は比類なきもの――五元技能『神罰覿面』だ。
『あんのバカ、どんだけつぎ込んだんだよ!?』
技能発動によって失われた鷹のHPへ、一護が驚愕を漏らす。
『神罰覿面』は捧げたHP量に応じて、次撃のATKが飛躍的にUPする強化系技能だ。
驚異的な上昇率を誇るものの、体力と引き換えという特性上、使う局面を間違えれば一気にピンチを招く諸刃の剣――だというのに。
(7割、ううん、あれだと8割以上……!)
それを鷹は限界まで注ぎ込んでいた。
わずかなアクシデントで離脱になりかねない暴挙。マトモな神経では不可能な決断を以て、絶対の一撃がその拳へ宿る。
『葵! 足場寄越せっ!』
『命令すんなっ!』
口では反駁しながらも、援護は的確。
空中へ飛び出した鷹の足元へ、葵の矢がピタリと届く――低級『弓術』スキルの『石矢』を飛来する足場として用い、砲弾がさらに加速した。
『ハ! 上等ォ!!』
無論、ギガントマウンテンも見ているだけではない。
先だっての攻撃で尻餅をついていた大巨人は、その体勢から前蹴りを放った。単純明快、だが巨大質量故の超威力が、鷹へ轟音を立てて迫り来る。
共に物理特化。
故にこの衝突は、どちらかの破壊でしか収まらない――!
『ファイナル……インパクトォッ!!!!!!』
耳を劈く烈音と、戦場を震わせる大震波。
二つの最強がぶつかり合い、発生した衝撃波が世界を揺らした。辺り一面へ撒き散らされた余波が周囲をなぎ倒し、猛烈な爆風となって吹き荒れる。
『――――――――ッシャアッ!!!』
正面対決、真っ向勝負を制した獣が勝ち鬨をあげた。
『神罰覿面』と『ファイナル・インパクト』――二つの高位技能による合わせ技、究極の物理破壊が巨人を浸食し、莫大なHPと共にその左足を粉々に消し飛ばす。
『す、凄い!?』
最早、ギガントマウンテンのHPはほとんど残っていなかった。
防御をゴーレムに任せるだけあって、本体の耐久力は低めらしい――まぁ立て続けに超級攻撃を四発も喰らったことを考えると、仕方ないような気もするが。
『みんな、追撃を!』
『はっはっはー! お任せDA☆ZE!』
だが手心を加えるわけにはいかない。
ギガントマウンテン戦のMVPはもはや望めなかった。
しかし4回戦を考えると、ラストアタックによるボーナスはなんとしても取っておきたい。
――現時点で、3回戦突破は間違いないとしても。
雪音の考えている通りなら、このラストアタックを取れるかどうかで、4回戦の難易度は大きく変わるはずなのだ――。
◆◇◆◇◆
――その人物は空にいた。
羽持たぬ人間には到達できない、遥かな空。地面から見上げても、広大な蒼穹に浮かぶ点にしか見えないだろう。
悠然と、堂々と、しかし最高レベルの追跡者であっても索敵不能の距離を用心深く保ちながら、彼はじっと彼方を見ていた。
「いやぁ、すごいねぇ」
賞賛する声はあくまで軽い。
スポーツの試合を眺めているようだったが、それは案外適切な例えである――彼方の激闘を観察する様は、観客となんら変わりなかった。
「なんならポップコーン片手に見たいくらいだよ」
「マスター。真面目にやってください」
「真面目なのになぁ」
同行者の――というか騎乗ペットの運転手が彼女であることを考えれば、むしろ付属物は自分なのだが――少女に窘められて、彼は肩をすくめる。
「えい」
「ふわぅ!?」
仕返しに強く抱き着くと、なんか面白い声が出た。
そのまま引っ付いていても良かったのだが、彼女がパニクって墜落する前に体を離す――我ながら匠の技、ベストタイミングである。
「ま、ま、マスター!? いきなり何をするんですかぁ!」
「うーん。まったく予想外だよねぇ。全力で後出しジャンケンしたのになぁ。まさか力技でひっくり返されるなんて思わなかったよ」
「え!? ひょっとしてなかったことにしようとしてます!?」
「前衛の一撃であの威力って反則すぎない?」
「マスター! 聞いてくださいよ!」
「破壊力ならまかろん並みだよね? アレ」
「うぅ……このまま押し通す気ですね……そうなんですね……」
「YES」
「今返事しましたよね!?」
「PVPなんかやったら一発だよ?」
「………………まったくもう。ずるいんですから、マスターは……」
どうやら許してくれたらしい(あきらめたともいう)。
我がフェローながら、心配になるちょろさだった。
彼女はため息をつきながら、こちらと同じく彼方を仰ぎ見る――ちょうどクエスト最大の獲物、大巨人が残りのHPを削られて倒されるところだった。
「マスターの予定だと、本当はもっと時間がかかって乱戦になるはずだったんですよね?」
「そうそう。で、その間に僕達は大量のターゲットをゲットってね」
咄嗟に思いついたにしては、最善の策だと思う。
到着は一歩遅れたが、そのおかげで『キズナ』が露払いをした直後に攻撃できた。おかげでMVPは取れたし、全ギルドがギガントマウンテンに殺到すれば、手薄になった他ギルドの勢力圏の獲物もかっさらえる。
まさに一石二鳥。なんなら一石三鳥の作戦だったのだが、即座に覆されたあたり、やはり『キズナ』は侮れない勢力だった。
「それじゃあマスター。予定が違った分、挽回に行かなくていいんですか?」
「まぁたぶん突破は間違いないしね。ギガントマウンテンもMVPが欲しかったっていうより、厄介な一護くんたちのポイントを減らしたかっただけだし。それに――」
「それに?」
うん、と頷きながら。
今年最強のドヤ顔で、彼は宣言した。
「僕が挽回にいっても役に立つわけがないでしょ?」
「マスター……自信満々にいうことじゃないと思います……」
「あっはっは。予想通りの反応をありがとう、ユネ」
気心の知れたフェローとじゃれ合いながら、二人は次第に戦域から遠ざかってゆく。
彼を象徴する白いマントが風に靡き、さながら天使の羽根のような虚像を残して――『風見鶏のとまりぎ』が誇る名コンビ、ヒビキとユネは誰に気づかれることもないまま、自らの勢力圏へ引き上げていった。




