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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その15

 ギガントマウンテン攻略には、戦略が必要だ。


 (ゴーレム)は練度の低い雑兵、本体も攻撃性能は見た目ほどに高くない――しかしそれでも圧倒的な巨体(スペック)と数の暴力が、敵戦力を間違いなく“軍”規模まで押し上げている。


 故に求められるのは戦術ではなく、戦略。

 ギルド全員の奮戦は当然として、詰め将棋のように削るしかない。


 それが雪音の抱いた素直な感想だったし、今もそう思っている。


 援軍がありがたいのは確かだが、葵一人では何も変えられない――確かに、そう思うのに。


『へっへー! 捕まえてごらんなさぁ~い!』


 現実は雪音の想定を上回っていた。


 突如として現れた葵は、まさに獅子奮迅の大活躍。

 ゴーレム達を引きつけながら弓を射ち、罠を仕掛け、攻撃は軽やかな身のこなしで回避する――『機動弓兵アクティヴ・スナイパー』の異名に相応しい様は、ただ一人で戦況を押し留めてしまった。


(お兄ちゃんでも、鷹さんでもこうはいかない……)


 葵の基本戦法は完全なる一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)


 だが敵の只中にあってそれを為すのは、多方面の技能(アーツ)を習得する葵ならではだ。ゴーレムの鈍重さを利用して『罠』技能で足止め、遠距離からの狙撃に徹することで、本来は不可能な数を同時に相手取っている。


(デタラメだよ、葵ちゃん……!)


 色々複雑な想いはあるが、おかげでやれることは増えた。


 葵が想定以上を見せたのであれば、雪音はそれを踏まえて状況を打破しよう。ギルドで功を競う意味などないが、一護に褒めてもらえる可能性があるなら話は別である。


 目的地をギガントマウンテンの心臓部と仮定。

 現在位置に敵の数と速度、葵の進軍ルートと技能(アーツ)構成に鷹の個体性能(スペック)――把握しうる全情報を頭の中で検討・吟味して、雪音は一つの策に至った。


『お兄ちゃん……!』


 正直、実行を躊躇う策だが、意を決して呼びかける。

 『白浪』の運転に全力を傾けていた一護も策の内容に戸惑ったようだが、やがて苦笑しながら頷いた。


『……解った。任せろ』


 それで充分。

 兄が、一護が“任せろ”と言ってくれたなら心配することは何もない。


「安心して行って来い!」

「うん、行って来るね!」


 最後はペアリングではなく肉声で。

 ご褒美の前払いとして頭を撫でられた雪音は、『白浪』から身を投げ出した。


「っ!!!!!」


 文字通り墜ちて行く己の体。


 どんどん加速し、荒れ狂う大気が全身をくまなく叩く。“神話級”装備に護られた体は物理的なダメージこそないが、“墜落”という根源的な恐怖は如何ともしがたかった。


 仮想の世界とはいえ、怖いものは怖い。

 1,000M以上からのノーロープバンジー。冗談抜きに気絶してもおかしくない。


『葵ちゃん!』


 だが雪音は踏み止まった。 

 根源的な恐怖はあれど、一護への信頼感は恐怖など遥かに上回る。すくみそうになる体と精神を立て直し、策に必要な手を着実に打っていく。


『私に合わせて! 足止めをお願い!』

『え? ゆっき、何――』

『鷹さん!』


 返事は聞かない。

 この二人なら状況に応じて動かす方が上手くいく。余計な情報を与え、いらぬ気を回させる方が悪手だった。


『駆け抜けてください!』

『よく解んねぇが、了解ィ!』

『あたしもよく解らーん! でもりょうかーい!』


 頼もしい限りである。

 既にデッドラインギリギリだ。これ以上は待てぬ――というか、よく間に合ったと自画自賛しながら、雪音は己の秘奥を解き放つ。


「すべてを無に帰せ、破滅の落とし仔――リヴァイアサン・ストリーム!!!」


 瞬間、猛然と濁流が奔った。


 回復役(ヒーラー)である雪音の奥の手、『リヴァイアサン・ストリーム』は水魔術の上級技能。本来は上空から降臨させて敵を圧壊させる魔法だが、今回、雪音はそれを極大化させた上で真横に放った。


『ひゃっほーう! いっけいけー!』


 葵の歓声も当然だろう。

 土石流を見るような景色だ。ゴーレムという乱立する巨重が、それを上回る大質量に耐えきれず、次々と押し流されてゆく――。


「っっっっっっと!!!!!」

「ひゃあっ!?」


 そこまで見届けたところで、雪音の体が自由落下をやめた。


「雪音、大丈夫か!」


 彼女を抱き留めたのは当然、一護である。

 飛び降りた(わかれた)時よりも些か表情に余裕がないが、それも仕方ないだろう。


 雪音が立てた筋書きはこうだ。

 ギガントマウンテンの攻略にはゴーレムが邪魔なため、大規模技能リヴァイアサン・ストリームで押し流す。そのために必要な水龍の精密コントロールは、『白浪』に乗ったままでは不可能――よって自由落下しながら技能を発動、雪音は地面と激突する前に一護が回収する。


 言葉にすると単純だが、言うほど簡単な作戦ではない。キーパーソンである雪音は勿論、一護の負担も見た目以上に高かった。


 ギガントマウンテンの迎撃を避けるのは前提だが、タイミングを合わせて超スピードの『白浪』を落下地点までコントロールするには、凄まじいセンスが必要である。


 このミッションを達成可能なプレイヤーは1割に満たないだろうが、雪音の信頼を裏切らず一護は見事にこなしてみせた。しかも雪音に衝撃が伝わらぬよう、技能(アーツ)を使って負担を軽減するという心遣いまで見せて、である。


「……うんっ! 大丈夫だよ、お兄ちゃん♪」


 どこまでも完璧以上な兄に惚れ直した雪音は、満面の笑みで頷いた。


 作戦も成功したし、まさに満点の成果である。

 まぁぶっちゃけ作戦が失敗していてもお姫様抱っこをしてもらえた時点で同じ表情をしたと思うが、そこは愛嬌だろう。


『しかし凄いな』

『……うん。想像以上かも……』


 だが、いつまでも余韻に浸っているわけにもいかない。

 気を取り直し、戦場へ雪音は視線を落とした。彼女のMPをすべて食い尽くし、大瀑布は既に消えている。


『でっかいの、そのままGOGO!』

『応!』


 しかしフィールドを横断する形で生じた空白はいまだに埋められず、その中へ鷹と葵の侵入を許していた。元より有数のアジリティを誇る二人、妨害さえなければギガントマウンテンの巨体といえど、駆け抜けるまでそれほどの時を要さない。


『うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ! 罠に、ごちゅーいっ!!』


 無論、敵も空白を埋めようとするものの、そこは葵の独壇場。

 その身に宿した無数の技能がフル稼働、迫るゴーレムの八割を足止めしていた。


『ハッハァ! 遅ぇんだよ!』


 そして、鷹にはそれで充分である。


 葵の援護射撃を絶妙なコンビネーションで最大限に活かし、鷹は残る二割のゴーレム林へと最速で飛び込んだ。元の数が数、普通に考えたら充分すぎるほどの迎撃密度だが、その程度で止められるはずもない。


『オオオオオオオオオオオオオラアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 ギガントマウンテン自身の最終迎撃すら、急加速ですり抜けて跳躍――ついに辿り着いた心臓部(ウェークポイント)を目掛け、必殺の一撃が振りかぶられる。


(やった!)


 瞬間、雪音は胸中で喝采をあげた。

 与えるダメージ以上に、この攻撃は重要だった――HP、防御力、ダメージ耐性――それらを数値から推測することで、ギガントマウンテンのステータスが、ある程度明らかとなる。


 まさしく攻略の第一歩。

 そこから始まる『キズナ』の猛攻を幾パターンか思い描いた雪音は、しかし次の瞬間、色を失った。


「降れよ! 『天津甕星(アマツミカボシ)』!!!」


 何故気づかなかったのか。

 声に導かれるよう天を仰げば、そこには巨大な七芒星魔法陣――ユークリッド幾何学上、正確に描くのは不可能とされる図形から、神の怒りたる巨大な岩塊が解き放たれる。


『うっそだろ!?』


 その光景を、一護も雪音も、鷹さえも見ているしかなかった。


 何故ならば顕れたのは神の領域、その一端を示すモノ。

 この技能(アーツ)――『陰陽術』、『召還術』、『星霊術』、『土魔術』の四元技能(クアッド・アーツ)・『天津甕星(アマツミカボシ)』が発動した一時、世界の理は幽世のそれへと成り代わる。理から脱却できるほどの神性を持つ者以外は、エネミーもプレイヤーも動くことすら罷りならない。


『咲耶ちゃん……!!!』


 確信をもって雪音が術者の名を叫んだ瞬間、神代の一撃が大巨人へ直撃した――。

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