外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その13
ゼロの視線の先。
最早影すら追えぬ遥か彼方、天空を斬り裂く速き風――。
「しゃーないだろうが!」
結果もたらされる途轍もない風圧に耐えながら、一護は怒鳴り声に近い声を出した。
本当に怒っているわけではなく、それぐらいの音量でないと風切音にかき消されて『通信石』に届かないのである。
「大丈夫か、雪音!」
「う、うん……!」
“偵察班”たる二人は今、文字通り空にいた。
無論、人の身で宙を飛ぶのは難しい。それは現実でもEGFでも変わらず、まして長時間ともなれば、自力では絶無といっても差し支えないだろう。
一護とてそれは同じ。
故に彼らは、他者の力を――騎乗ペットの力を借りていた。
「辛かったら言えよ! 『白浪』は遠慮出来ないからな!」
一言で表現するなら“巨大な白いカラス”である。
ただしそのサイズは規格外であり、純白の羽毛と三本足は日本神話に名高い伝説を髣髴とさせた。
名を『白浪』。
一護の騎乗ペットである彼は、神獣種・神烏族という、並外れたスピードが売りの種族だ。
技能を発動した鷹や葵にさえ勝る速さ、巡航速度は騎乗ペットでもトップクラスの希少種である。
“偵察班”としての役目を果たすため、普段は引っ張り出さない愛機まで投入したわけであるが――。
「っ……ぅ……!」
(……っても、雪音が素直に言うわけないか。辛いだろうに)
速さと引き換えに、この種族は乗り心地がすこぶる悪い。
何しろ鐙や鞍といった上等なものは存在せず、申し訳程度に足場の支えと首輪へ繋がれたリードがあるだけだ。感覚としては飛行機の外で仁王立ちをしているようなもの、EGF世界での身体能力は現実を遥かに凌駕するとはいえ、後衛職の雪音がキツいのは目に見えているが、ここまで負担をかけるとは想定外である。
(仕方ない……!)
恥ずかしいので遠慮したかったが、もうそんな段階は通り越していた。
「ふぇ!?」
こちらの腰へしがみつく雪音を前に回し、強引に腕の間へと入れる――しがみつかせるのではなく、一護の腕の中にすっぽりと体を収めさせる形だ。雪音の体が前にあることで多少手綱が動かしにくくなるが、そんなことよりも抱きとめた体から伝わる、名状しがたい感触こそが問題だった。
「っ」
「お、お兄ちゃん!?」
その密着感たるや、恋人かはたまた夫婦か。
現実世界でも見ることのある二人乗りの形ではあるものの、体にかかっている風圧が並大抵ではない。ごく自然の成り行きとして、雪音の体は全身あますところなく一護へと押し付けられていた。
(くっ……なんだこの気持ちよくてあったかくていい匂いの生き物は!?)
妹です。
「…………えへ」
錯乱した一護は真意を語ることはなかったが、よく出来た妹はその意図をしっかり汲み取っていた。気恥ずかしさにはにかみながら、より安定したスタイル(建前)を狙って、一護の首へと腕を回す。
……一護は手綱を握っているので、確かに雪音が腕を回してくれると態勢は安定するのだが、代わりに一部が不安定になった気がしないでもない。理性とかその辺。
(ここが戦場って解ってるのか、まったく……)
この体勢に持っていったのは一護なので文句は言えないが、あくまでも戦場であることを忘れてはならない。桃色な空気で気を抜かれてしまうと、結果的にはこの恥ずかしさにも意味がなくなってしまうのだが――。
『ベアゴブリンのLv140が50匹群れてる。闘っていいか?』
『三分で仕留められるようならお願いします!(♪)』
全然杞憂だった。
むしろ判断に迷いがなくなった気さえしてくる。
『余裕。二分で終わる……ご機嫌だな、雪音ちゃん。一護、なんかしてやっただろ』
幼馴染は声音だけで何かを察するのやめてくれませんかね、ホントに。
再び騒がしくなった『通信石』から耳を背けて、一護は視線を雪音から前へ移す。この調子なら問題なさそうだし、さて、どこまで先行したもの、か――?
「……なぁ雪音」
「んぅ? なぁに? お兄ちゃん♪」
「俺の見間違いならいいんだが……アレって敵だよな?」
「ふぇ? ……え?」
きょとんとした雪音も視線を前に移し、そして同様に固まった。
「…………敵、だよな」
「…………敵、だよね」
なぜ疑問系なのかというと、目の前の敵がそれだけ“規格外”だからである。
外見だけで判断するのならば、ゴーレム系のエネミーだろう。
遠目からでも大地と鉱物、自然由来の成分をふんだんに纏っているのは見て取れたし、角ばった頭や窪んだ目など、従来のタイプに近い部分も多い。
だが――目の前に現れたヤツは、決定的に従来とは違っていた。
「あんなのレイドイベントのラスボスだろ……」
「うん……しかも1,000人単位規模だよね……」
何故ならば、その名を『ギガントマウンテン』。
まさしく、山のような巨人である。頭部が雲の上に突き出している辺り、身長は1,000Mを超えるだろう。全身くまなく桁外れの巨大さは、それだけで途轍もない強敵だと告げていた。
その捕獲レベルは勿論――。
「……100。こいつがMAXだ。予想通りだな」
「う、うーん……当たってたのは嬉しいけど、こっからどうしよう……」
「いやまぁ、誘導するしかないだろ。それが作戦なんだし」
一護がわざわざ『白浪』まで引っ張り出したのは、この大物を見込んでのことである。
同じフィールドにギルドが100もいれば、運営は必ず公正な対応をするはずだ。
初期配置で勝負がつくような運任せは厳禁――そんな状況でポイント差をつけるには“当たり”を用意するのが手っ取り早い。ついでにいえば当たり配置は全ギルドの等距離だろうと見込んだ上で、ひたすらマップ中央へ進撃したわけだが、大正解だった。
まぁ――それがこんなデカブツだとは、流石に想像していなかったが。
「とりあえず仕掛けるか。雪音、攻撃は任せたぞ。俺は操縦に専念する」
「う、うん。解った」
「行くぞッ!」




