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あるいは現在進行形のラブ歴史

久々の更新。まったりいきます

 日本には多種多様な文化や習慣がある。


 それは冠婚葬祭だったり花見だったり三秒ルールだったり――それこそ千差万別、太古より受け継がれてきた古いものから近年新しく生まれたもの、素晴らしいものからくだらないものまであるわけだが、その中で最も尊いのは“入浴”という習慣だろう。


「は~、いい湯だった……」


 命の洗濯を存分に終え、一護は大満足で微笑んだ。


 意志の強い瞳、すっきりとした輪郭、スマートな体躯――服装こそ寝巻き代わりのジャージだったが、風呂上りの黒髪は僅かに水気を帯びており、“水も滴るいい男”を端的に表現していた。


「~♪」


 上機嫌のまま階段を上る。飯も食ったし風呂にも入った。玄関の施錠もガスの元栓も確認してきたし、あとはもう部屋でリラックスタイムである。


(漫画でも読むか……あー、でも雪音がもう寝てるかな?)


 この年頃としては稀だと思うが、伊達家は兄妹が同部屋だった。


 時刻は十時過ぎ。

 明日が休みだからまだ起きてるかもしれないが、優等生の妹は平日ならおねむの時間である。


(……寝てたら俺も寝るか)


 若干寝るには早いが、起こすのも可哀想だし、たまにはそういう日があってもいいだろう。


(さて、どうかね?)


 気持ちゆっくりと扉を開ける。


 ひょっとしたら電気も消えているかと思ったが、そんなことはなかった。十数年を過ごした部屋は室内灯に照らされて、今日も見慣れた姿を晒している。


 ベッドが二つにタンスが四つ。本棚が二つと共用のテレビとゲーム機、パソコンとちゃぶ台――二部屋ぶち抜きの私室を無意味に見回し、一護はある一点で視線を止めた。


「……(ごろごろ」


 否。

 視線はただ止まったわけではなく、ベッドに寝転ぶ妹――伊達雪音に釘付けになったと言っていい。


 抜群の触り心地を誇る茶色の髪、翡翠石のようにきらきら輝く大きな瞳、触れれば折れてしまいそうな――だが出るところはちゃんと出ている奇跡のボディ。横顔でも解る整った容姿は、十把一絡げのアイドルでは太刀打ち出来ないほど愛らしかった。


「…………(ぱたぱた」


 難をあげるなら、一護のYシャツを寝巻き代わりにしていることだが……今日はさらに、もう一つ付け加える必要があるだろう。


「♪(ぐにぐに」

「……何で俺のベッドで寝てるんだ?」

「ふにゃあ!?」


 猫を思わせる悲鳴と共に、雪音がびくんと跳ねた。


 どうやら一護が入ってきたのに気づいてなかったらしい。

 なんか色々やってくれていた状態から一変、飛び起きるように体を起こす。


「お、お、お、お兄ちゃん! は、早かったね?」

「いや、いつも通りだけど……何してたんだ?」

「ちょ、ちょっとウトウトしちゃって……」

「……ごろごろ転がったり、足をぱたぱたさせたり、ぐにぐに枕に頬ずりしたりするのは寝相か? いくらなんでも無理のありすぎる言い訳だぞ?」

「う、ううぅ……ごめんなさぁい……」


 真っ赤になって半泣き状態である。うん、やっぱり完全に寝てなかったな、これ。


「……まぁいいけど。とりあえずベッドは返してくれ」

「は、はぁい……」


 促すと大人しく雪音はどいてくれた。

 体をひねった時に見えた健康的な太ももが破壊力抜群だったのは、墓まで持って行きたい秘密です。


「よっこらせっと……お前、結構寝てたろ。布団があったかい」

「うぅぅ……もう許してお兄ちゃあん……」

「はっはっは。冗談冗談――ん?」


 存分に雪音で遊んでいた一護は、枕の横に雑誌が置かれているのに気づいた。ファッション、アクセサリーの通販、連載コラム、その他諸々と一般的な女性向けの雑誌のようである。


「へぇ。珍しいな」


 こういう物に疎い一護でも知っているほど有名な一冊だったが、しかし雪音が定期購読している記憶はなかった。というか、そもそもこういう雑誌を読むタイプではないのだが。


「何か面白い記事でもあったのか?」

「あ、うん。葵ちゃんが貸してくれたんだけど……」


 赦免の気配を感じてか、雪音が再びこちらのベッドへ戻ってくる。

 一護のすぐ横へ腰掛けて、手にした雑誌をぺらぺらとめくった。


「ほらここ。占いとか心理テストとかが面白いよって」

「あー。女子ってそういうの好きだよなぁ……俺もたまにクラスで雑誌片手に訊かれるし」

「えええええええ!?」

「……なんでそんな驚く」

「だ、だって……そういうのを男の人に訊くのって、普通、好きな人にだと思う……」

「そうかぁ? 結構みんなでワイワイやってるぞ?」

「カモフラージュだもんっ」

「断定すな。そして拗ねるな」

「う~」


 よしよしと頭を撫でてなだめる。

 いやまぁそういう見方もあるって解るけど、告白されたわけでもないし、勘違いだったら寒すぎるぞ。


「それで、その雑誌の占いってどんなのなんだ?」

「あ、うん。今月の運勢が星座と血液型別で載ってるの」

「へぇ。血液型もか……それは珍しいな。ちなみに俺はどんな感じだ?」

「え、あ、う……聞きたい?」

「……その感じだと、あんまよくなさそうだな」

「えっと、あまりというか……その、聞かない方がいいかも」

「……いや、そこまで言われると逆に気になるから、一応頼む」

「う、うん……それじゃあ読むね。“ザ・天中殺。閻魔様の裁判無しに地獄へフェードアウト。まさに大惨事。見込みなし、救いなし、いいところなしの最悪の月となるでしょう。常に気を張って不測の事態に備えておけば一命は取り留めるかもしれません”」

「……」

「“ラッキープレイスはなし。ラッキーアイテムもなし。ラッキーパーソンは年下の異性。特に運気がいい相手なら相殺できるかもしれません”」

「…………」

「……えっと。お兄ちゃん?」


 動きを止めたこちらを心配に思ったか、雪音が小首をかしげて覗きこんできた。


 しかし、一護にそれを気にする余裕はない。

 なんていうか、あまりにもあんまりにもな結果に思考が停止してしまっていた。


「ひどいな。なんていうか――ひどすぎるな」


 それ以外の感想を持ちようがない。


 なんだその占い。

 既に占いというかイチャモンの領域じゃないか?


「ご、ごめんなさい……」

「いやいや。お前が悪いわけじゃないだろ」

「でも嫌な気分にさせちゃったみたいだし……やっぱりごめんなさい。」

「聞いたのは俺だ。気にすんな」


 しゅんとしてしまった雪音の頭を撫でる。

 ああまったく、可愛いなぁうちの妹は。


「……ま、ただの占いだ。回答が48パターンしかないんじゃ、1億人以上は俺と同じどん底ってことだし、気にせず過ごすさ」

「…………」

「だーかーら、落ち込むなっての。お兄ちゃんの言うことが聞けないのかお前はぁぁぁ!!」

「にゃあああああああ!?」


 優しく撫でるのではなく、今度は悪戯っぽくぐしゃぐしゃかき回してやる。


 突然の暴虐にあわあわしながら、しかし雪音は一護を止めようとしなかった。世間男子諸君、髪は女の命だとよく言うが、うちの妹はぞんざいに扱っても怒るどころか喜びます。


「俺のはもういいから、他のを教えてくれ。例えばお前の運勢は?」

「ふに~~~~♪ ……んぅ? 私の?」

「そうそう。とろけてないで教えてくれ。少しは気も紛れるだろ」


 言いながらぺらぺらと雑誌をめくる。


 一護が8月1日、しし座のA型に対し――雪音は1月8日、やぎ座のA型だ。兄妹で誕生日の月日が逆になっており非常に覚えやすい。ちなみにロマンチストの妹に言わせると、奇跡とか運命だそうだが。


「お、あった。えっと……“運気全開、全力全開。嬉しいことが立て続けに起こる素晴らしい月となるでしょう。あえて気をつけるなら、嬉しすぎて死なないように注意かも?”」

「……あ、あはは」

「……“ラッキープレイスは自室。ラッキーアイテムはYシャツ。ラッキーパーソンは家族”……なんか色々引っかかるけど、とりあえず最高に良いことだけは解るな」

「う、うん……そうみたいだね?」


 ちらりと横を眺めると、雪音は目を泳がせていた。

 一護を差し置いて自分が良い結果というのが居心地悪いらしい。


「まぁ良かったじゃないか、うん。お兄ちゃんは悔しくないぞ?」

「お兄ちゃん……それじゃ風見ちゃんも騙せないよ……?」


 明らかな負け惜しみに、雪音の目が悲しそうに歪んだ。


 一護の嘘が聡明な妹に通じた試しはないが、風見にすら通じないといわれるとは……地味にショックである。


(……少しいじめるか)


 完全に八つ当たりだったが、流石に看過できない発言だった。


 口は災いの元だと可愛い妹に教えるのは、兄貴の立派な仕事――ということで、手始めに転がってふて寝したフリ。


「お、お兄ちゃん?」

「……」

「ね、寝るの? だったら電気消すけど……」

「…………」

「え、あ、う、あ、えっと、あの、その……ひょっとして怒っちゃった……?」

「………………」

「ご、ごめんなさいっ。謝るから許して、お兄ちゃん!」


 はっはっは、おろおろしているのが目を閉じていても解るぞ。


 中々に外道な一護は思いっきり状況を楽しんでいたが、予想よりも遙かに激しく雪音は慌て始めた。


「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんってばぁ……」


 ゆさゆさと体が揺すられる。遠慮しているのか手つきは控えめだったが、声には既に涙が混じり始めていた。


「……なんだ?」

「あ……」


 流石に泣かせてしまうのはやりすぎである。

 とりあえず完全無視は取り下げて、一護は攻め方を変えた。


「俺みたいな下賎の男に、幸運の女神様が何の御用ですか?」

「はうっ!?」

「ありがたやありがたや」

「え、えっと、その……お兄ちゃん?」

「はー、まったく。世の中は光に満ち溢れているというのになぁ、まったく……」

「ううう……お兄ちゃんが変なキャラでいじめるよぉ……」

「はっはっは」

「……いじわる」

「何をいまさら」


 口を尖らせていた雪音だったが、一護が体を起こすと、すぐに微笑んだ。


「えへへ。やっと起きてくれた♪」

「溜飲が下がったからな。まぁ完全八つ当たりだけど」


 我ながら思った以上に満足していた。まぁ例え本気で不機嫌だったとしても、この笑顔を見てしまえば怒りなんて霧散するだろうが。


「さて、そろそろ寝るか? 結構いい時間だけど」

「んぅ? でもお兄ちゃん、まだ濡れてるよ?」


 恐る恐る、小さな手が一護の髪を撫でる。珍しい感触がくすぐったくも気持ちよい。


(……たまにはいいか)


 占いのせいか、不思議な感じだった。

 普段なら絶対しないだろうことまで、なんとなく許してやってもいいかという気分になってしまっている。


「雪音、そのままな」

「え? そのまま、って――えええええええ!?」


 可愛い妹の叫びが聞こえた。

 唐突に一護が寝転び、膝枕状態になったことに驚愕したのだろう。下から見上げると面白いくらい、あわあわと忙しなく動揺していた。


「ほら雪音。手が止まってるぞ」

「え? え? え? え?」

「手だよ手。ほら」

「こ、こう?」

「何でほっぺたを触る」


 動揺しすぎだ。


「髪だよ髪。さっきまで撫でてただろ?」

「う、うん……でもいいの? お兄ちゃん、頭に触られるの嫌がってた気がするけど……」

「いいんだよ」


 強引に雪音の手を取り、髪の毛へと触れさせる。


「俺が頭触られるのが嫌なのは、信頼し切れない相手だけだ。お前以上に信頼出来る奴はいないし、なんていうか……そういう気分なんだよ」


 上手く説明できない自分がもどかしかった。

 若干照れくさい気持ちもあり、僅かに熱くなった顔を背ける。


「……えへへ」


 そんな兄をどう思ったか。

 小さく喜びを漏らした雪音は、一護の髪の毛を撫で始めた。丁寧に丁寧に――愛おしさを伝えるかのように、優しく。


「さらさらだね」

「……お前の髪には及ばないだろ」

「んーん。そんなことないよ。お兄ちゃんの髪の毛は、触って気持ちいいだけじゃなくて、お日様の匂いがするもん」

「……お日様の匂い、ね。勘違いだ、って言っても納得しないんだよな?」

「うん♪」


 笑顔での肯定。生真面目で素直だが、変なところで頑固な妹に一護は苦笑した。


(まったく……お日様ってんなら、お前の方がそうだろうに)


 太陽のような微笑と、安らぐ体温。

 少し横になってこれほど眠たくなるのは、雪音の膝枕を除けば――本物による日向ぼっこくらいだろう。


(ま、嬉しそうだからいいか)


 余計な思考をやめて、一護は目を閉じた。

 今しばらく、この心地良い感触に酔っていよう――。


 ……なんやかんや、仲のいい兄妹の夜は更けていく。

 ちなみにこの後、例の雑誌は雪音の定期講読リストに載ったというが、その理由は定かではない。

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