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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その12

 3回戦のお題を今一度確認しておこう。


 『ハンティング』――その名の通り、広大なフィールドに散らばる獲物(ターゲット)狩る(ハント)するクエストだ。獲物には捕獲難易度というランク付けがされ、難易度が高いほどポイントもまた高い。


 ギルド全体でこのポイントを集め、その多寡が順位に反映される――2時間という制限時間、100ギルドが同時参戦するフィールドで、如何に効率よく獲物を見つけてハントするか、戦闘力と知略の双方が試されるクエストである。


「うーん……」


 その難関クエストを駆け抜けながら、ゼロは唸っていた。

 始まってから一時間、ずっと唸り続けているといってもいい。


『小雪ちゃん、今!』


 普段の穏やかさからは想像もつかない、凛とした声。

 それはこの難関クエストにおいて絶対的な戦果をたたき出す、軍師(ゆきね)の指示だ。


「……っ!」


 主の指示に反応し、小雪が大規模魔法でターゲットをまとめて吹き飛ばす。


 数十を超える獲物のHPが一斉に0となり、大量のポイントとアイテムを撒き散らす――本来はターゲットを“見つける”ことから始まるこのクエストにおいて、それは異常に過ぎる光景だった。


(これほど容易く……流石は雪音様ですねぇ……)


 雪音が思い描いた3回戦の攻略法、この光景はその縮図である。


 クエストがスタートした直後、彼女は部隊を分けた。


 強大な戦闘力を持つ鷹と図抜けた機動力の葵は、各個撃破の単独班。

 一護、雪音、レイ、アカ、ゼロ、小雪――この六人は連携してターゲットを殲滅するため、それぞれに役割を与えられた。


 まず一護と雪音が“偵察班”。

 敵を見つけ出し、大型の敵には初撃を与えて引き寄せる。


 続くレイとアカは“強襲班”。

 偵察班が見つけたターゲットへ打撃を与え、ヘイトを稼ぐ。


 そしてゼロと小雪が“殲滅班”。

 二班が引き連れてきた敵をゼロが結界で隔離し、小雪が大魔法でなぎ払う――ヘイトによるロックオン習性を利用した、三班連携による一斉殲滅だ。


 無論、『キズナ』のメンバーは単独でほぼ全ての獲物を仕留められるが、小雪の持つ大火力を活かすには敵を“まとめた”ほうが遥かに効率がいい。


 各々が高水準の実力を持っていなければ成立しない策だが、雪音は全て計算に入れて役を割り振ったのだろう。でなければ、これほどの戦果は説明がつくまい。


(確か戦国時代には“釣り野伏”とかいう戦術があったんでしたっけ)


 厳密には勿論違うとしても、どちらも歴史に名を残す程度には有益な戦術ではないだろうか。流石は『キズナ』の名軍師、尊崇すべき主人の片割れだ。


(ケチをつけるとしたら、動きっ放しじゃないといけないってことですかねぇ)


 自分でいうのもなんだが、ゼロはかなりの怠け者である。


 だが今回の作戦を成功させるには、戦線をどんどん動かす必要があった。

 レイ達は獲物を見つけてUターンしてくるが、ゼロ達の移動が速いほど、戻ってくる距離は減る。そうすると獲物を見つけた地点までの復帰が速くなり、必然的に次なるターゲットも早く見つけられるというわけだ。


「……っ(くいっくいっ」

「はいはい、解ってますよ。行きましょう。またご主人にどやされたくないです」

「……♪(にこにこ」


 真面目な小雪に促され、物思いから復帰する。


 出来れば全力で遠慮したかったが、愛しいパートナーが隣にいるのではそういうわけにもいかなかった。これも雪音の策なのだろうか。流石すぎてもう言葉もない。


「さて、それでは――っ!?」


 苦笑しながら進もうとした瞬間、ゼロは小雪をかばって前へ出た。


 咄嗟に構えた斧槍を貫く衝撃。

 鳴り響いた反響音の更に向こう、樹上を伝う影をゼロの目が捉える。


「シルバーバック……!?」


 体長4メートルを超える巨大なゴリラ。

 異様なまでに盛り上がった筋肉の束とおろし金のような毛皮の生物は、魔獣種モンスター『ヘルコング』――“シルバーバック”とは、そのボス格の通称だった。本来は漆黒の体毛なのだが、年経て銀がかった白髪に変わった個体をそう呼んでいる。


「ユキの攻撃を受けて、生き延びたのは大したものですが……」


 元々、HPも防御力も高い種族だ。

 小雪の魔法は強力だが範囲攻撃だったため、運よく即死せずにHPが残ったのだろう。


 小雪を狙ったのも、ヘイトの法則に従ってのことだ。

 『EGF』では当然の成り行きである。戦術的な観点から小雪を狙ったわけではなく、ヘルコング自身に落ち度はない。


 だが。


 だが、それでも――。


「……ちょっと、調子に乗りすぎですねぇ」


 この怒りは抑えきれるものではなかった。

 樹上からの再強襲――規格外の筋力を使ったダブルスレッジハンマー。ヘルコングが誇る最強の二撃目を、左手に装備した『愚天の蓋』が受け止める。


「僕のユキに触れないでくれますか!」


 吼えながら同時に『グラビティ・バインド』を発動。再び距離を取ろうとしたヘルコングは、しかし急激に増した重力へ耐え切れず、頭を垂れるよう跪いた。


「では、さようなら」


 盾役(タンカー)とはいえ、ゼロも高レベルの前衛職。


 急所目掛けて思い切り振り下ろした斧槍は、必殺の威力でシルバーバックのHPを削り取った。

 群れで来られると結構な強敵だが、単独、しかも小雪の魔法で削られた状態ではこんなものだろう。


「……まったく、余計な手間を食っちゃいましたねぇ」


 ため息と共にゼロは肩の力を抜く。しばらく警戒してみたが、今のが唯一の生存エネミーだったらしく、他に襲ってくる気配はなかった。


「進みますよ、ユキ」


 だがその瞬間、見落としていた異変に気づく。


「………」

「ユキ?」

「………………(ほけ~」

「えーっと、ユキ? ユキさ~ん、もしも~し、どうしましたか~?」


 何故だか知らないが、愛しい小雪が完全に固まっていたのだ。

 “麻痺”や“魅了”といった状態異常が脳裏を掠めるが、ステータスのスキャンには異常なし。まぁ小雪は元々魔法抵抗力も高いし、当然なのだが――。


(はて?)


 それでは最初の疑問に戻ってしまう。

 しばらく考え込むも一向に解らず、いい加減ショック療法(ほっぺたびろ~ん)を試そうとした、まさにその瞬間。


『ひゅ~♪ ナッシング、や~る~♪』


 完全なる野次馬ボイスが響いた。


 一瞬、無視しようかとも思ったが、あとで何をされるか解らない。色々と諦め、ゼロも小雪が持ったままの『通信石』に語りかける。


「……はて、葵様。何がですか?」

『とぼけないでょ。いやぁ、流石は兄貴のフェローだね。変なところまで似なくてもいいのに』

「僕ごときとご主人を一緒にしないでください。色んな意味で」

『そんなことないょ。所有物宣言なんて、中々言えることじゃないし。でも気をつけなょ? そういうのは好きな子もいるけど、絶対に受け付けない子もいるんだし――』

「いやいやいや。ちょっと待ってください葵様。だから何の話なんですか、これ?」

『蛙の子は蛙。ジゴロの(フェロー)はジゴロって話だょ。“僕のユキ”って言ってたじゃ~ん♪』

「――――あ、なるほど」


 思わぬところで腑に落ちた。


 確かに勢いで、そんなことを言った気がする。

 まったくもって本心なのだが、照れ屋の小雪にしてみれば思考がフリーズするほどの衝撃だったのだろう。


「ユキらしいですねぇ……」

『ん? なんだってナッシング? もうちょい大きな声でしゃべってょ。こっちも移動中なんだからさ』

「これは失礼を。では、改めて――ええ、ユキは僕のものですがなにか? もちろん、僕もユキのものですけど」

「~~~!?(ぼふん」

「ああ、頭から湯気なんて出して可愛いですねぇ、まったく。ユキが可愛過ぎて死にそうですよ。死んじゃったら責任取ってくれます?」

「~~~っ!?(ばぼふんっ」

「まぁ死ななくても責任は取ってもらうんですけどね、はっはっは!」


 心底愉快な笑い声をあげた瞬間、瞬間解凍された小雪が手にした杖で殴りかかってくる。

 だが軽い効果音が示す通り、盾役(ゼロ)後衛術者(かのじょ)の直接攻撃などこそばゆいだけだった。


『……楽しそうだな、ゼロ(ビュオオオオオオオオ』

『兄貴の教育が悪いからだょ』

『なんでもかんでも俺のせいにするんじゃない(グオオオオオオオオオオオ』

『ってかうるさいし! 荒ぶりすぎだよっ!!!』

『しゃーないだろうが!(ズゴオオオオオオオオオオオオオオ』


 ついでに、上手いこと矛先は移ってくれたらしい。

 ゼロは高みを仰ぎ見る。遥か先にいるはずの我が主を思いやって、悪い笑顔を浮かべるのであった。

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