外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その7
いくら作戦を立てたとしても、その通りにいくはずがない。
それは今までの冒険で何度も味わってきたことだ。言われるまでもなく解っているし、そういったものを飲み込んで、何とか修正の効く範囲でやりくりするのが、参謀的な地位の役目と思っている。
だが、それでも。
「うぅ~~~!!!」
それでも――これは酷過ぎる。
思い切り涙目になった雪音は、単純に言うと拗ねていた。しかも一緒に居残ったメンバーが狼狽してしまう程度には、本気で拗ねていた。
「~~~(オロオロオロオロ」
「あ、あのー……雪音様。ユキが、ですね? ちょっと洒落にならないレベルでうろたえているので、出来れば落ち着いて――」
「ゼロ君!」
「はい!」
「だったら教えて。どうしたら好転するかな?」
「すみません、僕には全然思いつきませんですよ、ええ! お怒りはごもっともです!」
「……ゼロ。あなた……」
「そんなこと言われてもしょうがないでしょう!? 怒った雪音様とか、マトモにお相手出来るのはご主人くらいですよ!?」
背後で何か失礼なことを言われていたが、それどころではない。
雪音の視線はモニターに釘付けだった。
苛烈さを増す戦場は手に汗握る超激戦で、二人の超人が一進一退の攻防を繰り広げている――のだが、そもそも漆黒と戦うことからして作戦にそぐわない暴走なのだ。
考えうる満点は戦いを中断し、漆黒も伴った上で一護達と合流すること。例え漆黒が同盟を信じず拒んだとしても、三人がかりで戦えば『キズナ』の勝利は100%揺るがない――それは黒騎士も認めざるを得ない事実だ。
それを念頭に交渉すれば、妥協点を引き出すことは充分に可能なはずなのに――。
「葵ちゃんも……鷹さんも……もう~~~~!!!」
彼女たちの選択は、よりにもよって一対一。
『キズナ』側には何のメリットもない、最悪の選択肢である。
もちろん幼馴染たちの性格は雪音も理解しているが、だからといって許容できるものでもなかった。そもそも作戦が味方によって破綻されてしまうようでは、作戦自体がないようなものである。
「仕方ないよ~。鷹ちゃんも葵ちゃんも、基本おばかさんだし~」
「うう……風見ちゃん……」
いつもは苦笑いを浮かべるセリフも、今回ばかりは全面的に同意だった。
三人が戻ってきたらお説教しようと固く誓いつつ、ようやく雪音の脳が前向きに状況を検討し始める。
(……やっぱり最優先はお兄ちゃんの合流だよね)
良くも悪くも、漆黒周辺は膠着状態に陥った。
いくらなんでも鷹が敗北することは早々ないだろうし、ピンチになれば葵やレイも助力するだろう――多分。というか、そうしてくれなかったら本気で怒る。
『お兄ちゃん、聞こえる? あのね――』
◆◇◆◇◆
「あんのバカ……!」
雪音から連絡が来た瞬間、一護は思わず毒づいた。
もちろん雪音に対してではない。
その連絡の内容に――もっといえば、可愛い妹の立てた作戦を理解しながら、それを無視して戦闘を始めた幼馴染共に対してである。
「どうかしたんですか?」
呟きが聞こえたのだろう。
横にいるユネが心配そうに声をかけてきたので、一護は素直に頭を下げた。
「すまん。ウチのバカが漆黒と戦り始めたらしい」
「え? レイちゃんですよね? さっきから戦ってるって……」
「いや、レイじゃない。鷹だ」
「――――」
これほど絶句している表情は中々見られない。
口をぽかんと開け緋色の目を大きく見開いたユネは、十秒ほど固まると、冷や汗をかきながら声を発した。
「……さ、最強決定戦ですか?」
「どちらかといえば、怪獣大戦争だな……」
我ながらいい例えだと思う。
無論、ユネの言葉も間違いではないが、あの二人のバトルを評するには少々パンチ不足だ。
何しろ天下無双の“剣神”と万夫不当の“戦鬼”――両名共にEGF戦闘力スレが立てば必ず名が挙がり、ギルドどころかワールド全体でも最強に君臨する戦士の闘いである。怪獣どころか、バケモノといっても過言ではあるまい。
「……ユネちゃん。もっと飛ばして大丈夫か?」
だからこそ、急がねばならなかった。
あのレベルの戦いでは一瞬の不運や判断ミスが死を招く。
二人は恐らくほぼ互角だろうが、あくまでも“恐らく”だ。すぐに決着がつく可能性がないとも言えない。
しかも互いにインファイトを得意とする戦闘スタイル――最速最大の全力でぶつかり合うのは想像に難くなかった。モタモタしていたら同盟どころか、互いの最大戦力が脱落することにもなりかねない。
「……はい。大丈夫です」
それはユネも解っているのだろう。
素直に頷くと、彼女は『身体能力』技能でAGIをUPさせた。同じく一護もまたスキルを使い、全体的に速力を強化する。
『雪音。案内は頼む』
『うん。がんばるね』
バカ達を止めるため。
同盟の鍵を握る二人は全力を超えて、雪山フィールドを目指す。
◆◇◆◇◆
鷹と漆黒の戦い。
それは既に常人の立ち入れる領域ではなくなっていた。
「しっ!」
「ハァッ!」
稲妻のような剣閃が奔り、竜巻のごとき剛拳が唸りをあげる。
文字通りの火花を散らすのは、『鬼神鐵甲』と『神薙の黒拵』――神話級の名を冠された最強武具、そしてそれに恥じぬ遣い手達の戦闘は、究極の乱戦と化していた。
「オラァ!」
「むんっ!」
止まることなど一瞬たりともありはしない。
戦闘開始から十分も経っていなかったが、二人の剣戟は既に数千回に達している。時にモンスターや他のプレイヤーを巻き込みながら目まぐるしく位置を入れ替え、ぶつかり合い――自然災害にも等しき激しさのバトルに、フィールド全体が荒れ狂っていた。
「ラァ!」
「ぬるいっ!」
鷹が左へ踏み込んだ瞬間、漆黒の刃が牙を剥く。
あっさりとフェイントを見切った剣士の刃を急制動で躱し、牽制のローキック――を囮にし、圧倒的な速度での頂心肘。
「フッ!」
――にすら漆黒は即応し回避。渾身を躱された半身へ振り下ろされる袈裟懸けを、一瞬の足捌きで鷹もまた回避する。
(チッ、流石にやりやがる!)
解っていたことだが、やはり強かった。
鷹と近接戦で戦り合えるような輩は、甘く見積もっても十数人――それにしたって、主導権はこちらが握れる。今のように互角以上の相手など、精々数人だろう。
「墜ちろ、獣がァ!」
探りあいに業を煮やし、漆黒が動いた。
距離を詰めようとする鷹を拒絶し、発動する『刀術』技能の『無連刃』――紡がれる刃は秒間およそ二十発、その様は逃げ場のない鋼の雨の如く。
「ハッハァ!」
だが刃にて牢獄を創り上げる乱打業を、鷹は真正面より迎撃。
それも純粋な身体能力だけで――EGFの世界においても図抜けた動体視力と反射神経が、迫る剣閃の悉くを撃ち落とした。
「シッ!」
この機を逃がすつもりはない。
技能発動直後の硬直を狙い、鷹は一歩踏み込んだ。同時に繰り出した返礼の左ブローは、防御を許さぬ玄妙さで漆黒を捉える。
「ぐっ!?」
重装鎧の体を浮かせるほどの剛撃。
クリーンヒットといって差し支えない手応えに鷹は一瞬訝り、次の瞬間、視界の端から襲ってきた刃に戦慄した。
「っ!?」
完全回避は不可能。
咄嗟に頭を振って逃れるのが精一杯で、肩口に刃がめり込むのは止められない。さらに追撃の気配、跳ね上がった刃は肩口から正確に頭部へ――。
「ッ、ダラァ!」
だがそれを許すつもりはなかった。
鷹は体を後ろへ倒して迫る刃をやり過ごす。眼前数センチの神器を眺めつつ漆黒へ前蹴りを見舞い、彼方まで吹き飛ばした。
互いに体勢が崩れ、追撃は共に不可能――しかし悠長に倒れている暇もなく、即座に跳ね起きた鷹は頭上で手を交差する。
「ちぃっ!」
重い衝撃。
振り下ろしの必殺を止められた漆黒が、思わず舌打ちを漏らした。
「残念。惜しかったじゃねぇか……!」
「ぬかせ。まだまだこれからだ……!」
そのまま圧し切ろうとする漆黒と、決して抜かせぬと抗う鷹――意地と膂力のせめぎ合い、それはまるで戦国時代の鍔迫り合いの如し。
しかし刃を持つ漆黒と違い、あくまでこちらは無手である。
「雄々々々々々々々っ!!!」
「ぐううううっ!!!」
押し合いに付き合うのも吝かではなかったが、鷹はもっと確実な手段を取った。一気呵成に力を込めて押し返し、慌てた漆黒が押し込んだ来たところで――。
「ハッハァ!」
「ぬ!?」
漆黒の腕を取り、同時に背を向けた。
力の方向をコントロールして受け流し、腰を支点に足を払う。
流れるような動作には一片の無駄もなく、注ぎ込まれた二人分のエネルギーを推進力として漆黒の体が宙を舞った。
見る者が見れば解っただろう。
あれこそ柔道の幻技“山嵐”――!!
「がっ!?」
古今無双の戦上手も、ゲーム内にはない技術を使われては即応出来ない。鷹が現実世界で学びつくした功夫が漆黒の想定を凌駕し、その体躯が大地へ沈む。
「うらァ!」
「くっ!」
普通ならこのままKOに持ち込める場面だったが、流石にそこまで甘くなかった。
追い撃ちを間一髪で躱した漆黒は、同時に技能を発動――ありえない角度から跳ね上がった刃が迫り、後退を余儀なくされる。
「ハ! そんなに俺が怖ぇかよ! 逃げっ放したぁ随分と弱腰じゃねぇか、黒いの!」
「貴様こそ! 怯えて擦り寄ってくるな情けない!」
「そう言うなよ! 仲良くしよう――ぜ!」
体を起こした漆黒へ、言葉と共に乱打を見舞う。
戒めからは逃れたものの、奴の体勢は未だに不充分だった。鷹の猛攻を捌き切れず、反撃もままならぬ状態で徐々に押されていく。
「オラオラオラオラァ!」
「ぐ、く!?」
「ハッハァ! どうしたどうしたァ!」
この間合い――拳の間合いで戦う限りにおいて、漆黒に勝ち目はなかった。振り切れぬ刀の威力などたかが知れているし、そもそも直線で届く分、鷹の拳打が速度で勝る。
「貴様、あまり調子に乗るなよ……!」
「乗らせてんのはテメェだろ!」
紙一重で防ぎきっているのは大したものだったが、このままでは遠からず力尽きるのは目に見えていた。この状態まで持ち込んだ鷹が下手を打つことは有り得ず、延々と続く疾風怒濤の打撃は抗しえまい。
「呆気ねぇが、このまま終いにしてやるぜ!」
「――調子に」
そう。
鷹の相対している男が漆黒でなければ、だが。
「乗るなといった!!!!!」
余裕をかなぐり捨てた、獣のような咆哮。
そこに込められた覚悟と気迫は、思わず鷹が惚れ惚れとするものだったが――不覚を取ったのは、断じてそんな感傷的な理由ではなかった。
「っ!?」
ダメージを与えた手応えと、失策による痛みの双方が同時に伝わる。
鷹の一撃は完璧に漆黒を捉えた。
重装鎧の厚みなど関係なく、体の芯まで響かせる崩しの拳――まさしく血反吐を吐かせる一撃を与えた代償に。
「テメェ……やってくれるじゃねぇか」
その拳が、腕が、真っ二つに断たれていた。
拳の先から肘のあたりまでを、漆黒の魔剣が文字通りに斬り裂いている。防御力を無視した結果は奴の技量と、完璧なタイミング故だろう。鷹自身の一撃が凄まじかっただけに、カウンターを合わせられたダメージも相当だ。
「ク、ククク……流石に効いただろう、戦鬼?」
鷹が傷に気を取られた瞬間、後退した漆黒が笑う。
傷と失策のダブルパンチに、鷹もまた自嘲的な笑みを浮かべた。
「ハ。肉を切らせて骨を断つ、か? 随分と古臭ぇ手じゃねぇか」
「ふん。その古臭い手に引っかかったのはどこの誰だ?」
「俺だな。だが、テメェも効いてるはずだぜ」
「……ふん、かすり傷だ。こんなもの」
無論、強がりである。
漆黒のHPは大幅に減少していた。危険域にほど近いHP残量は、先ほどまでの猛攻が充分な成果を出していたと物語っている。
(……ま、お互い様か)
だがそれは鷹も同じだ。
反撃はともかく、クリティカル判定がまずかった。まだ辛うじて優勢だが、ダメージ量でいけば限りなく近いレベルまで近づいてしまっている。圧倒的優位な戦況だったことを考えれば、致命的といってもいい惨状だ。
オマケにあの魔剣は回復阻害か何かの特性を持っているらしく、腕も回復する気配がない。ずっとそのままということはなかろうが、まさしく片手落ちの状態で漆黒の相手をしなければならないとは――。
(いいねぇ。燃えるぜ)
まったくもって鷹好み。絶好の修行場だと、にやりと笑う。
これほどの難敵は久々だ。最近は歯ごたえのあるエネミーがいなかったので鍛錬も停滞気味だったのだが、これなら限界まで鍛えられるだろう。
「……何が可笑しい、戦鬼」
久々のワクワク感に浸っていると、逆に漆黒が固い声で問いかけてきた。もちろんフルフェイスなので表情は見えないが、雰囲気だけでそう察せられる。
「まさか貴様、まだ我に勝てる気でいるのではないだろうな?」
「あん? 何を当たり前のこと言ってやがる。俺は敗けるつもりで戦ったことはねぇぞ」
「では、何故技能を使わない? 自ら枷をつけて戦うような蒙昧が、勝つつもりとは片腹痛いぞ」
「あぁ? ンなモン、ハンデに決まってんだろうが」
「……何だと?」
「俺と戦る前に葵らとも戦り合ってんだろ? それじゃ対等なバトルは出来ねぇからな。俺の方もハンデがなきゃ仕方ねぇ」
漆黒の指摘はもっともだったが、鷹もまた当然のように言い返した。
漁夫の利を攫う趣味はない。
故のハンデ、故の制限だ。
バトルの推移は漆黒が圧倒的に優勢だったのだろうが、連戦は連戦である。HPもMPも万全でない者に全力を出すなど、鷹の常識には一切そぐわなかった。
「――そうか。理解した」
だがそれは鷹の常識であり。
漆黒にとっては、まさに屈辱の極みともいえる内容だった。
「やはり貴様は気に入らん。よくよく神経に障る」
戦場の鴉をも打ち払う強烈な怒気。
死神の名に相応しいオーラを撒き散らしながら、漆黒は静かに憤怒する。
「確かに貴様は強い。この漆黒さえいなければ、最強の覇者として君臨していたかもしれん。だが所詮は獣の武――我が絶技には及ばんし、ましてハンデなどとは世迷言も甚だしい」
「……へぇ。言ってくれるじゃねぇか」
「事実だ、戦鬼。億に一つの勝機を掴みたければ、技能を使うことを薦めるぞ」
「使わせてみろよ。さっきみてぇなザマじゃ、一生かかっても無理だろうけどな」
「……二度は言わん。後悔するなよ」
「誰がするか。バカ野郎」
勝負を決めるつもりだろう。
激烈の殺気が渦巻く中、漆黒は『神薙の黒拵』を納刀。それは愚か者を一撃で断ち斬る抜刀術――不敗の奥義を放つ、必殺の構えだ。
かつて鷹でさえ避けられなかった、ワールド最速最強の一撃である。
(ハ。面白ぇ)
相手にとって不足なし。
かつて超えられなかった壁ならば、今超えればいいだけだ。
大技を繰り出せば、その反動も大きい。
抜刀術を受け止めた瞬間、鷹の勝ちは確定する。受け止められなければ負けも確定するのだが、それはまぁ考えなくてもいいだろう。
「…………」
「…………」
ほんの僅かな身じろぎすらも隙となりうる緊張感の中、しかし不思議と両者の呼吸は合っていた。今からおよそ三秒後に動き出し、中間地点で激突する。
そうして数秒。
互いの集中が限界に至り、まさに弾けるその刹那。
『!?』
二人の修羅は、同時に反応した。
極限まで高めた五感が迫り来る危機を感じ取り、時を同じくして迎撃へ奔る。
「っ!?」
鷹を襲った刃を『鬼神鐵甲』が完全に防ぎ切り、ほぼ無想で繰り出したカウンターが襲撃者を大きく弾き飛ばした。同じく漆黒も何者かの襲撃を完膚なきまでに跳ね除け、不機嫌そうに唸り声をあげている。
「……どういうつもりだよ。一護」
「ユネ。貴様……」
だが追撃は出来なかった。
真剣勝負の絶頂とも言える瞬間に水を差した大馬鹿者を、二人は厳しい表情で見下ろすだけである。
「どうもこうもない」
「いい加減にしてください、クロ様」
しかし襲撃者、一護とユネは当然のように怯まなかった。
瞳に毅然たる不満を宿らせて、戦狂いを叱咤する。
「伝えたはずだぞ。俺達は同盟を結んだ。戦う意味なんてカケラもない」
「クロ様もですよ。今すぐ戦いをやめてください」
それは仲間同士が対峙し、背中を敵に預けるという構図だった。
前代未聞、まさに冗談みたいな状況である。その異常事態に戦いはここまでと、鷹は天を仰いだ。
「“分け”だ、黒いの」
「なに?」
「しゃーねぇだろ。一護が来た以上、俺はもう突っかかれねぇ。テメェがユネ公をガン無視して同盟を突っぱねるってんなら話は別だけどよ。どっちにしてもサシで戦えねぇんじゃ、この勝負は“分け”ってことにしとくしかねぇだろ」
「……ふん。いいだろう。このまま続けて、負けた言い訳に使われても敵わんからな」
「ハ。ほざいてろよ」
この状況で続けるほど、漆黒もバカではない。
変わらずに毒だけは吐きつつも、素直に刀を納めた。二人共に闘気を鎮めたことで、戦場を埋め尽くしていた重苦しい威圧感が引いていく。
――この瞬間、同盟は成った。
そして同時に『キズナ』と『風見鶏のとまりぎ』の予選突破が確定した――。




