外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その6
迫る闇色の人影。
猛然と距離を詰めてくる男は、EGF屈指の使い手である漆黒。
如何に葵といえど、追いつかれれば敗北は免れない――。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!」
ならば、三十六計逃げるに如かず。
自らを称して『機動弓兵』。その異名に決して劣らぬ勢いで、葵は退避しながら矢を続けざまに射ち放つ!
その程度で止まる相手ではないが、何もしないよりは遙かにマシだ。
「ぬるいっ!!」
「あ!? その矢、高いんだょ!? 弁償だ、べんしょー!」
「知るかァ!」
「だいたい、矢を叩き落すとかチートもいいところだょ! 反省しなさい! そして雪山の中へ消えるといいょ!」
「ええい、ゴチャゴチャと五月蝿い……! さっさと沈め、山猫!」
「いやだよーん!」
あっかんべーを披露すると、漆黒の鎧から蒸気が吹き出した(ような気がする)。
「後悔するなよ、山猫!!」
「アンタが――ね!」
挑発した上で、迎撃は二手。
まずは『弓術』と『風魔術』の二元技能『シルフィ・アロー』を発射。
今までと同じように打ち払おうとするも、この矢は『風魔術』の効果で軌道を後追い変化出来る必中の一撃である。
威力は低いが、ヘルムに命中させることで一瞬、視界を封じ――。
「受けてみるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
続く本命。
無駄に巻き舌で放つのは、定石通りに大威力。
『弓術』と『身体能力』、『信仰の心得』による三元技能『月女神の一矢』――弓矢スキルでは最大級の攻撃力を持つ上に、ランダムで状態異常を付与する必殺技だ。
狙うは咽喉。
上手くいけばクリティカル。単純にヒットするだけでも人体急所、中心線への一撃は多少なりとも追撃を鈍らせる。
百戦錬磨の葵に相応しい一撃は、しかし。
「!?」
漆黒の体をあっさりとすり抜けた。
外れたわけではない。
蜃気楼を射抜いたに等しい光景だった。ダメージを与えるどころか、体勢すらも崩せはしない。
(これ、兄貴の……!?)
その光景には見覚えがあった。
『心眼』の上級技能、『透徹』――完全攻撃無効のチート回避である。
一護の切り札でもあるため初見ではないが、あれは極端に短い時間しか効果が保たなかったはずだ。視界を制限された状態で超高速の矢を回避成功するなど、一流の達人ですら難しいだろう。
(やばっ!?)
想定外の回避をされ、葵は完全に手詰まりとなった。
あと僅かで漆黒の間合いに入ってしまうが、それを食い止める術はない。精々が瞬殺されないようにして、時間を稼ぐくらいしか――。
「っ!?」
だが、王手をかけたはずの漆黒が揺らぐ。
刀を振り切れば極大ダメージを与えられる場面で、彼は体を捻って横へ跳んだ。不可解な仕草に葵は訝ったが、次の瞬間、漆黒の行動を理解する。
「くぁー! 避けられたっす!」
上空から一直線に仕掛けたのは、言うまでもなくレイだった。
『メテオ・ダイヴァー』による死角からの強襲――音か気配かそれとも勘か、何らかの手段でそれを察知した漆黒が、咄嗟に回避したのである。
「ちみっ子、距離!」
「はい!!!」
千載一遇の好機。
躾が行き届いているレイは、葵の指示にすぐ反応した。漆黒を相手に近距離でとどまるのは危険と判断、二人で後方へ跳躍して距離を取る。
「ククク。思っていた以上に歯応えがあるな。子鬼に山猫。二人がかりとはいえ、我と斬り結んだことを末代までの栄誉とするがいい」
「まーた頭悪いこと言ってるょ……」
「いやぁ、でもその分、おっそろしく強いっすよ……もうちょっといけるかと思ったんすけどねぇ……」
「ふふん、当然だろう。我は天より零れ落ちた黒き影、漆黒なる闇の黒騎士なのだからな」
「意味不明の上に長い。あとちみっ子は根性みせなょ」
とは言ってみたものの――いかんせん、相手が悪過ぎた。
癪に障るが、二対一でも戦力はあちらが上だ。
このまま戦闘を続ければ遠からぬ未来に、レイと葵は共倒れすることになるだろう。
(同盟のことを伝えてもなー……こいつじゃ信じないだろうし)
何故なら、逆の立場だったら葵も決して信じない。
同盟を結んだなどと、敵から言われても疑うのが普通だろう。一護はああ言っていたが、その話に信憑性をもたせるには、せめて当事者が必要だ。
(…………逃げるかにゃ?)
わりと本気で検討し始めた葵だったが――すぐに気づくことがあった。
圧倒的不利な現状。
神算鬼謀(自称)の超軍師(やっぱり自称)、葵ちゃんを以てしても逃げるしかないと結論付けたこの戦場を、覆しうる存在が迫って来ている。
「さて、ではそろそろフィナーレといこう。心配するな。我が絶技であれば、痛みすら感じぬ内に――」
「あ、待った待った。その前に訊いていい?」
「……なんだ。良いところだと言うのに。命乞いか?」
となれば、後は時間稼ぎをするだけだ。
食い気味にセリフを遮ると、漆黒は存外素直に応じた。余裕の裏返しなのだろうが、今回ばかりはその油断がこちらの助けとなる。
「そのキャラって何?」
「……? 質問の意味が解らんが?」
「いや、だからキャラだって。その中二病満載の超絶ハイパーアルティメットウッザいキャラ。どうせどっかの漫画とかパクったんでしょ? 一から考える脳みそなんてないだろうし」
「……うむ。斬り捨てよう」
アルェー?(・3・)
会話に応じたはずの漆黒は、何故か一瞬で沸騰した。
先ほどの戦闘中を遙かに上回る殺気が場に満ち溢れ、横のレイが小さく息を吐く。
「葵ねぇ。そんな挑発しなくても……」
「は? あたし別に挑発なんてしてないょ? ただ気になってたことを口にしただけだし……いい大人なんだから、もうちょっと現実見なっていうのは、流石に可哀想だからやめたしね」
「よし、斬る。絶対斬る。神が止めようとも、いや神その人であろうとも!」
「うわあ……葵ねぇは人を怒らせる天才っすねぇ……」
さらにヒートアップしていた。マジ解せぬ。あとレイは失礼。
「ったくもう。ちょっと質問しただけなのに、何でそんなキレてんのさ。意味解んない」
「貴様はアーサー王か。人の心が解らないにも程があるだろう」
「風評被害はんたーい。あたしほど誠実な人柄は中々いないょ? いやマジで」
「……言っても無駄か。刃に訴えるしかないとはな」
会話を引き伸ばして時間稼ぎするつもりだったのに、そんな雰囲気ではなくなってしまった。
最早一刻の猶予もないと殺意を滾らせる漆黒の姿は、レイと葵にも戦闘態勢を無言で強いる。
だが――。
「……構えないのか、山猫。一瞬で終わるぞ?」
即座に反応したレイと違い、葵は肩をすくめるのみだった。
「さっすがゆっき。いい仕事するょ」
「……何?」
何故ならば、己の役目はもう済んでいる。
漆黒に付き合う必要も、誰かのサポートに回る必要もなくなった。
「貸し一だょ。でっかいの」
「――ああ」
この男が来た以上。
全ての盤面は、最初へ還るのだから。
「ツケにしとけ。今度返す」
巨漢が大地を踏みしめる。
降りしきる吹雪をものともしない、圧倒的な武威と熱。黒き刃の戦慄にすら匹敵する威風を以て、『キズナ』最強の怪物が到着した。
「し、師匠……」
「……貴様か。“戦鬼”」
“戦鬼”を認めた漆黒が、完全なる警戒態勢で呟く。
あれだけの無双を誇った剣神がそうせざるを得ない程度には、両者の力は拮抗していた。
「……葵ねぇ。師匠が来ること、解ってたんすか?」
「ん? まーねー。あたしってば器用だし」
呆然としたレイの問いかけに、ドヤ顔で答える。
『探索』技能を使い、葵は同じフィールドの仲間を感知できる状態にしていた。先ほど雪山に鷹が入ってきたのが感知できたので、会話による時間稼ぎに踏み切ったのである。
「思ったより早くて助かったょ。ゆっきのナビ?」
「ああ。多分、最短ルートだと思うぜ。で、レイ。負けたのか?」
「は、はい……面目ないっす……」
「何発入れた?」
「…………一発だけっす」
「ハ――」
弟子を見ることもせず、師が笑う。
その意味を勘違いしたレイは怯えるように震えたが、葵には鷹が喜んでいるようにしか見えなかった。
「お前の腕で一発入れれたんなら上出来だ。壁、一個越えただろ。その感覚を忘れんなよ」
「は、はいっ! 葵ねぇ葵ねぇ、師匠にほめられたっす!! ひゃっほーい!!!」
「はいはい。良かった良かった。しっかしでっかいのは遅れてきたくせに偉そうだにゃー」
「うるせぇ。勘弁しろ。これでも急いで来たんだよ」
「で。急いで来て、どうするつもりだ?」
「そりゃまぁ戦るに決まってんだろ……っていいてぇとこだが、一応訊いとくわ。ウチの大将がユネ公と会ってな。同盟を結んだって連絡があったんだけどよ――」
漆黒のからかうような問いかけを、鷹もまた、からかう視線で問い返す。
「――テメェが泣いて詫びるってんなら、戦るのは勘弁してやってもいいぜ?」
「話にならんな。詫びる理由など欠片もないし、そもそも本当にユネがそんな約束をしたのかも疑問だ。せめてここに来なければ、信には足りん」
「……ま、そりゃそうか。思った通りの返答で嬉しいぜ。葵。雑魚共が寄ってくるかもしんねぇし、露払いしてくれや」
「あたしに命令する気? でっかいの、何様ょ」
「突っかかんな。頼むわ」
「ちぇー。まぁ援護よりはいいけどね」
「おう。レイはよく見とけ。巻き込まれて死ぬんじゃねぇぞ」
「お……押忍っ!」
それで言うことはなくなったのか。
鷹が一歩踏み出し、戦場の闘気が一段と濃くなる。
まさしく“戦鬼”の名に相応しい武威は雪山の悪寒よりも強く、直接的に葵とレイの五感を揺さぶった。
「待たせたな。さぁ戦ろうぜ、黒いの。人の弟子を鍛えてくれた礼に、ちっとばかし稽古をつけてやるよ」
「ほう、大口を叩くではないか」
だが相対する漆黒に乱れはない。
先ほどまでの慢心は消えていたが、漲る自信は失われていなかった。
「貴様はかつて我が刃の前に沈んだだろう。稽古をつけてやるなどと、思い上がりも甚だしい」
「ああ、そういやンなこともあったな。どうでもいいからすっかり忘れてたぜ」
「ほう? 敗北をどうでもいいとぬかすか?」
「正直、負けたと思っちゃいねぇからな。ありゃ“運”だろ。もう一回同じ状況になったとして、テメェは俺に勝てるって百パー言えんのか?」
「無論だ。我は貴様よりも強い」
「そうかい。じゃ、試してみろよ。最強野郎。すぐに解るさ」
「……いいだろう。ならば思い出させてやる。今度こそ忘れられぬ敗北の味をな!!」
「ハッハァ!」
共に最強を自負する二人。
頂上決戦を語るに相応しい本日最大の戦いが、今、幕を開ける。




