外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その4
白銀の世界。
タウンポータルから転移したレイがまず思ったのは、単純にそれだった。
視界を埋め尽くす猛吹雪と、どのくらいの厚みかすら解らない積雪。極限まで強化された身体能力を持つレイでさえ十メートル先を見通すのが精一杯、ただ歩くだけでさえ気をつかうような最悪のコンディション。
(いやぁ、すごいっすねー)
しかしレイはそれなりにワクワクしていた。
修行マニアの彼女にとって、この悪条件は歓迎すべきもの。
元より低い索敵能力を鍛えようと密かに画策していたこともあって、気持ち的にはプラス方向に振り切れていた。
もちろん、尊敬する雪音のプランを違えるつもりはない。
『通信石』で連絡を取り合い最速でメンバーと合流、確実に一次試験突破をする――各自奮戦・手当たり次第に撃破という発想しか出ないレイでは辿りつけない、理に適った作戦だ。
異論などない。
ない。
ないのだが、まぁ――。
(ちょっとくらいの修行ならいいっすよねっ)
その途中での戦闘はやむをえないだろう。
何しろバトルロイヤルだ。
こちらが望まなくても(望んでいるが)、相手から仕掛けられれば応戦するのは仕方ないし、ポイントを集めるという任務もある。
(有名な人いるっすかね? 出来れば全員戦りたいっす)
というのが、レイの偽らざる素直な気持ちだった。
一護が戦闘狂と称するのも無理はないだろう。本人からすると戦いに餓えているわけではなく、“最強”を追い求めるが故の試練を望んでいるだけなのだが、端から見れば何も変わらない。
(うーん。でも思ってた以上に人がいないっすねぇ。もっと派手にドンパチしてると思ったんすけど……)
一護の通信で、このフィールドが無闇に広いことは聞いた。
だが仮にもバトルロイヤルで、戦闘が起きないほど参加者は絞らないだろう。それでは話が進まない。
(…………)
だがしばらく突き進んでも、レイは一度も戦闘しなかった。
プレイヤーは愚か、配置されているはずのモンスターにすら遭遇していない。
(……う~! つまんないっす~~~~~!!)
我慢(?)にも限界があった。
バイキングに来て料理が何もないのと同じである。戦いに来て相手がいないとは何事だろう。一護達風に言うなら運営の怠慢というやつではなかろうか。
まったく、これではフラストレーションが溜まってしまう――。
「!?」
と思った瞬間、レイの全身を悪寒が襲った。
極限まで研ぎ澄まされた闘気が肌を刺す。冷えた体から一瞬で汗が噴出し、先ほどまでの気分は一瞬で吹き飛んだ。
(な、一体誰っすか!?)
驚愕しながらも身体強化技能『鷹の眼』を発動、一時的に視覚を強化する。
(あれ、は)
強化視力が捉えたのは、通り過ぎていく吹雪の遙か向こう。
まるで主のように君臨する影を見て、レイは絶句した。
禍々しい闇が銀世界を侵食している。
まるで雪山を闇色へ染め上げようとしているそれは、EGFで最も有名な男だった。
全身を覆うフルアーマーは黒で統一され、その全てが伝説級以上という廃仕様。素顔を隠すフルフェイスはバイザー部から赤い燐光を漏らし、不気味さと威圧を与える。手にした刀剣もワールド全体で五人は持っていないであろう、究極の一振りだ。
その姿、知らぬはずがない。
知らずにいれるはずがない。
レイとて武の頂を目指す者。
広大無辺のEGFにおいてなお、“最強”と称される姿を見誤ることなどない。
(し、しししししし、漆黒さんじゃないっすか!?)
漆黒――正確にいうのであれば、プレイヤー名:†漆黒†。
ユネと並ぶ『風見鶏』二枚看板の片割れであり、単純な戦闘能力ではワールド最強との呼び声も高い、近接無双の剣神である。
まさに最悪といって良かった。
今回のようなバトルロイヤルで出くわすには、最悪最低の相手である。遠距離から一方的に攻撃できるならともかく、レイは近接特化だ。戦うなら正面から堂々と打ち破る以外の方法がない。
よって、ここは気づかれないようにやり過ごすのが最良なのだが――。
(うわー! うわー! うわああああ! マジっすか! マジなんっすか!)
――そんな理性的な判断をレイが出来るはずもなかった。
それどころか大興奮する始末である。
憧れのアイドルを目の前にした熱狂的ファンのごとく、彼女のテンションは一瞬で最高潮まで達した。
即座に地面を蹴って飛翔。
十メートル級の大ジャンプを二回行い、漆黒の真正面へスキージャンパーのごとく着地する。
「……誰かと思えば。『キズナ』の仔兎か」
それなりに派手な登場だったはずなのだが、漆黒は平然と対応した。それどころか刀に手をかけているあたり、もう少し近かったら着地と同時に両断されていたかもしれない。
「こんちわっす! 漆黒さん!」
「お、おう? 元気のいい奴だな……」
ワクワクが止まらないので、挨拶もでかくなるというもの。
“仔兎”呼ばわりは正直やめてほしかったが、前からそうなのでもう諦めた。
「で、何の真似だ? わざわざ我の正面に立つとは」
「え? そりゃー、漆黒さんと戦いに来たに決まってるじゃないっすか! 折角のバトルロイヤルですし!」
「……そ、そうか。ご苦労なことだが、我を知りつつ挑むのは勇敢であり愚かだぞ。ククク」
「そうっすかね?」
「せめて背後から来い。あえて真正面に立つ必要などないだろう」
「バカにしないで欲しいっす! 後ろからなんて考えもしなかったっすよ!」
「……真っ直ぐにもほどがあるな。フェアプレイも結構だが、弱肉強食の理は変えようもないこの世の摂理。実力で劣るのなら、それを埋めようと画策するのが強者への礼儀だろう? それを弁えないとは……ククク。師が師だけに、弟子もただの戦馬鹿か」
「―――む」
その言葉にはカチンと来た。
レイが漆黒に及ばないのは本当だろう。
だがそれとこれとは別である。敬愛する師匠を引き合いに出されては、到底聞き流せるものではなかった。
「背後から襲って、それで勝っても修行にはなんないっすからね。当然っすよ」
「……ほう。大きく出たな、仔兎ごときが」
殺気の嵐が降り注ぐ。
勝てると思われたことさえ気に食わないのか、挑発の“こうかはばつぐん”だった。
「我を誰だと思っている。漆黒だ。我こそは暗き闇の底より死を誘う、漆黒の黒騎士なりっ!」
「ええっと……誰かって訊いておいて、すぐに答えちゃうのはどうなんすかね……?」
「それはそれとして!」
「誤魔化したっす」
「(無視)その漆黒様に誰が勝てると?」
「……まぁ、実際厳しいのは間違いないっすけど」
殺気の渦に負けぬよう、こちらもまた戦意を全開にする。
散らばっていた線を一本へ束ねるイメージだ。
意識が、視界が、感覚が急速にクリアになっていき、レイの全身が戦闘モードへと切り替わる。
「負けるつもりでは戦れないっす。師匠に怒られちゃいますからね!」
「……だから戦馬鹿というのだ。気持ちで埋められる戦力差などタカが知れている。我が刃の前には貴様など――」
「ふっ!」
戦闘モードに入ったレイは、相手の隙を見逃すつもりはなかった。
未だに御託を並べていた漆黒には悪いが、先手必勝は立派な戦術である。身軽さと速度においては師にも匹敵する踏み込みで、レイは初撃を撃ち込まんと拳を振りかぶり。
「!?」
瞬間、全ての攻撃を諦めた。
ほぼ天啓に等しい悪寒を全面的に信じ、恥も外聞もなく大きく転がる――姿勢制御もロクに出来ぬまま雪上を滑り、数メートルほど離れた場所で顔をあげる。
「……ほう。避けたか。仔兎」
振り返れば、そこには刀を振り切った漆黒の姿があった。
冷や汗が止まらない。
夜闇を象ったとまで言われる神話級の魔剣が薙いだのは、間違いなく直前までレイの首があった場所だった。
(いつ、の間に……!?)
先手必勝に対する、後手必殺の一閃。
要するにただのカウンターだ。
しかし片や不意打ちの突撃を見切られ、片や剣閃を捉えることすら許さなかった時点で、彼我の力量差がどれほどかは察して余りある。
「……やばいっすね。ここまで差があるなんて、思ってなかったっす」
圧倒的な恐怖と興奮に笑いそうになりながら、レイは立ち上がった。
より深くより強く。
さらに全身を研ぎ澄ませて、ワールド最強を仰ぎ見る。
「いいや、喜ぶが良い。今日、我が一刀を避けたのは貴様が初めてだ。狩る価値もない小物だという認識は、少々改めるとしよう」
「……この周囲に参加者がいないのは、やっぱり漆黒さんが?」
「ククク。どいつもこいつも刀の錆にしかならん雑魚だったがな。まぁ多く倒すのが有利というルールなら仕方がない」
「…………」
「さて。今一度、名乗るとしようか。仔兎――いや、“子鬼”よ」
呼び方を変えたのは、彼なりに認めてくれたということなのだろうか。
どちらにしても子供――子ども扱いというのは変わりなかったが、それを非難する余裕などない。
「我が名は漆黒。破滅した天を捨て、奈落へ至った一柱。暗き闇の底より死を誘い、遍く万物を斬り伏せる――漆黒の黒騎士なりっ!!」
それどころか、雪音の作戦すらレイの頭にはなかった。
何しろ究極の戦士が眼前に立っているのだ。全力で挑み、死力を尽くして打倒する以外はすべて余分な考えである。
「師匠の弟子。そして『キズナ』のレイっす。行くっすよ!」
己の全てをこの一戦に。
獣のように吠えたレイは、黒き死神へ再び挑む。




