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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その3

 迫り来る薄水の刃。

 その一撃は文字通り、戦場を斬り裂いて一護へと到達した。


 回避は愚か、防御すら許さぬ絶殺の一手。

 焦熱地獄を耐え切り、続くユネにも対応した猛者へ贈る餞の一撃――。


『っ!?』


 雪音が息を呑む音が、頭の中へ響く。


 避けようのない完璧なタイミングの斬撃は、やはり避けることは出来なかった。静かなる水の刃が一護の左の脇下から入り、体を横断して逆に抜ける。


「!?」


 だが驚愕に声を漏らしたのは、ユネの方だ。


 必殺の一撃は文字通り、一護の体をすり抜けた(・・・・・)――それだけである。確実に当たったにも関わらず、一切の手応え・ダメージがなかった。


 必殺には必殺で返すのがEGFの流儀。

 ユネの秘技を、一護もまた奥の手で返す。


 奥義級技能『心眼』――その中でも上位に位置する『透徹』。


 莫大な消費MPを使い、無敵を得る秘法。

 効果時間はわずか一秒、されどその一秒だけは、あらゆる攻撃を無効化する無法の一手。


 水の斬撃を心の目でねじ伏せた一護は、見事に死地を切り抜けた。


「しっ!」


 これ以上、あちらのペースに呑まれるわけにはいかない。


 ユネの三段構えを突破した一護は、即座に反撃へ転じる。

 彼我の距離を最短で詰め、牽制の一刀――飛び掛かりながら振り下ろした一撃は、普段のユネなら躱すか受け流すか、いずれにせよ上手く対処出来ただろう。


「くっ!?」


 だが今の彼女にそんな余裕はなかった。


 『ヒュペリオンソード』を振り上げ、ギリギリのところで受け止めるのが精一杯。


「オオッ!」


 反撃どころか一時離脱の隙も与えず、一護は攻勢を更に強める。


 この間合い、このタイミングではユネに勝ち目はなかった。

 長剣を遣う『術法剣士(ユネ)』と二刀を振るう『剣舞士(いちご)』では手数が違い過ぎる。至近距離でこちらに先手を許した時点で、彼女は後手に回るしかないのだ。


「だっ!」

「く……!」


 矢継ぎ早に繰り出される刺突や斬撃は、対処を見誤れば致命と成り得る。


「この! せいっ!」

「う、く、っ!?」


 だがユネはそれらを全て的確に捌いていた。流石に無傷とはいかないが、それでも素晴らしい手並みに一護は苦笑する。


(ホント強いな……!)


 流石は『風見鶏』二枚看板の片割れ。解ってはいたが、こうして手合わせすると実感もひとしおで――本音を言えば、今すぐ離脱したいくらいだった。


 このクラスの戦いでは僅かなキッカケで攻守が逆転する。

 これが例えばトーナメント、倒さなければ話が進まないのであれば全力を尽くすが、この戦いはバトルロイヤル――しかも勝者の枠は一つではないのだ。


「…………ふう」


 気づいてしまえば熱が冷めるのも速い。


 ため息とともに一護は猛攻を止めた。怪訝な顔をしながらも距離を取るユネを見据えつつ、声をかける。


「提案。ここまでにしないか?」

「……どういうことですか?」

「単純な話だよ。俺達が戦っても益がない。むしろ他の連中を喜ばせるだけだ。そうだろう? 最終的に勝った方も、まず重傷は確定だ」


 それはあまりよろしくない未来だ。慎重派の一護としては、勝敗の解らぬ戦いは出来るだけ避けていきたい。


「ってわけで、一時休戦。ここは痛み分けってことに――」

『お兄ちゃん。ユネちゃんと組んだらどう、かな?』

「え?」

「え?」

「ああ、違う。ちょっと待っててくれると嬉しい」

「は、はい? え? 待つって……何を???」


 我ながら何を言っているんだという感じだったが、ユネは素直に聞いてくれた。きょとんとしながらも油断なくという矛盾した状態で、待っていてくれている。


『で、雪音。どういうことだ?』

『うん。不戦条約を結ぶなら、いっそのこと同盟しちゃえばいいんじゃないかなって。『風見鶏』と一緒なら心強いし』

『……受けてくれるか? 一応は競争相手だし、ユネちゃんはフェローだぞ?』

『大丈夫だと思うよ、多分』

『その心は?』

『お兄ちゃんだもん♪』

『“だもん”じゃない。“だもん”じゃ』


 まぁ確かに『風見鶏』のメンバーなら、誰であろうと戦力増強にはなる。仮に主要メンバーだとしたら、その瞬間に予選突破が確定されてもおかしくはないほどの怪物揃いだ。


 少なくとも、言ってみる価値はあるだろう。


「あーっと。お待たせ、ユネちゃん。待った?」

「え? あ……いえ。あまり」

『なんかデートっぽい……う~』

『唸るな。気のせいだから』


 いっぱいいっぱいなんだから、余計なことを考えさせないでくれ。


「ちょっと移動していいか? 提案があるんだけど、ここは目立つから」

「……解りました。先導してくれますか?」

「もちろん」


 一護を先に立たせるのは妥当な判断だろう。後ろから油断させてズドン――なんてやる気はないが、警戒はして当然だ。


「ユネちゃん」


 幸いにして岩陰は腐るほどある。


 遠距離攻撃の的になりづらそうな場所へ引っ込んで、一護は改めてユネへ向き合った。


「『キズナ』のギルマスとして提案だ。同盟を結ばないか?」

「同盟……ですか?」

「ああ。知らない仲でもないし、お互いに予選通過の確率はぐっと上がると思う」

「…………」

「どうかな? そんなに悪い話じゃないと思うけど。受けられないにしても、ギルド同士の休戦は結びたい。なんならヒビキに確認してもらっても――」

「――いえ。それには及びません」


 答えと共にユネは武器を仕舞った。

 先ほどの鋭い視線はどこへやら、微笑んだ彼女はぺこりとお辞儀する。


「マスターからは許可を貰ってますから。その話、お受けします。よろしくお願いしますね」


 回答もこちらにとっては最高の内容だ。

 ひとまず安堵しながら、しかし僅かな引っ掛かりがあったので聞き返す。


「許可、か。同盟を想定してたってことか?」

「はい。そういうお話があった場合、条件付で受けていいって言われてました。マスターは、その……戦場には来れませんでしたから」

「ああ……まぁ、それは仕方ないな」


 ユネがマスターと呼ぶ人物は一人だけだ。


 彼はEGFきっての切れ者・くせ者ではあるが――どう表現しても弱い。プレイ時間は間違いなくトップランカーにも関わらず、通常戦闘では最弱クラス。むしろ最弱まである。


 今回のような単騎の強さが重要視されるバトルロイヤルなど、とても参加できないだろう。いや参加は出来るだろうが、モブとしてあっという間に干されて終わりだ。


「で、その条件って? 俺達が合格出来そうな感じ?」

「あ。一護さんはもう合格してますよ。条件っていうのは、私の攻めに耐え切ることですから」

「……あー。そりゃ確かに難題だ」


 既にお分かりだと思うが、ユネの戦闘力はハンパない。

 単純な強さはもちろん、緻密に組み立てられた攻撃の精度は、全滅したプレイヤー群を見ればおのずと解るだろう。


 彼女のマスターが同盟にそんな条件をつけたのは、単純に十把一絡げのギルドはお呼びじゃないってことなのだろうが――ちょっとばかし厳し過ぎる気もした。


 少なくとも一護が知る“あの男(リアリスト)”には全然似つかない。


(……とくれば、別の意図があるんだろうな)


 例えば。

 己のフェローへ対する過保護な気持ちだとか、一種の独占欲とか――そういった類の“何か”があるのなら、充分過ぎるほどに理解できる。


 そもそもフェローはプレイヤーの相棒であり、弟子であり、味方であり、ある種の理想だ。特に異性で設定されるフェローは多かれ少なかれ、プレイヤーの願望が含まれる。


 ユネにしても、現実世界では有り得ないほどの美人だ。


 腰まで届くほど長く、美しい薄金色の髪。長い睫に彩られた双眸は紅色で炎の激しさを秘めており、華奢ながらもしなやかさな肉体は強靭かつ可憐。総じて派手さはないものの、気高く咲き誇る野の花を連想させる佇まい――猫っ可愛がりしてしまうのも、解らないでもない。


「ユネちゃん」

「はい?」

「愛されてるねぇ」

「え?」

「なんでもない。それより、そろそろ行こうか」

「……は、はい。なんか釈然としないですけど……」

「気にしない気にしない」

「気にしますよ……はっ。これがアレですか。流される都合のいい女ってやつですか?」

「フェローにどういう教育をしてるんだ『風見鶏』は……」


 まったく、ウチのフェローを見習ってほしいものだ。


 怠け者(ゼロ)引っ込み思案(こゆき)武士(アカ)詐欺師(イカヅチ)戦闘狂(レイ)――いやごめん。ウチも相当酷いわ。


「……まぁともかく、適当に蹴散らしながら他のメンバーを探そう。そっちの方がより確実だし」

「賛成です。連絡の方法とかはあるんですか?」

「一応ね。『通信石』があるから、ウチのメンバーなら連絡は取れるよ」


 無駄だとは思うが、ペアリングの存在は伏せておく。


 アレは一護にとって切り札となりうる存在だ。『風見鶏』は知っている可能性が高いとはいえ、積極的に吹聴する内容ではない。


(まぁ同盟も結べたし、上首尾だよな。幸先が――)


 良い――と思ったのだが。


『お、お兄ちゃん!?』


 脳内へ響く雪音の声。

 切迫したその音色は、また厄介事だと告げていた。

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