外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その2
結局、『キズナ』の一行がクエストカウンターへ到着したのは、開始時刻直前だった。
アイテムを削ってまで食料を持っていきたい風見と、その他メンバーの仁義なき戦いという、至極くだらない諍いが理由である。
これで参加出来なくなってたら風見には強烈な折檻が待っていたわけだが、ギリギリ間に合ったので良しとしよう。
「うし」
選抜組は完全装備で準備万端。
床に大きく描かれた魔法陣、転送ポータルの上でカウントダウンを聞いていた。
待機組も無事に控え室へ到着したらしいし、もう後戻りは出来ない。まぁ出来たとしても、するつもりもないのだが。
「行くか」
カウント5。
一護が声をかけ。
「おう」
カウント4。
鷹が獰猛に笑い。
「しくじんないでょ。みんな」
カウント3。
葵が挑発を送り。
「が、がんばるっす!」
カウント2。
レイが気合を入れ。
カウント1。
全員が静かに拳を合わせ――。
「「「「っしゃあ!」」」」
カウント0。
異口同音の掛け声と共に、タウンポータルによる強制転移が発動する。
「っ…………うおお。マジか」
転送独特の地面が抜けたような浮遊感が消え失せ、閉じていた目を開いた一護の前に――巨大な岩々が立ち塞がった。
とにかくデカい。
何しろ高層ビルほどもあろうかという岩の塊だ。
それが連なりながら点在しているため、今立っている場所が地面なのか、それとも崖底なのか解らなくなる有様である。
だいぶ突飛な場所だったが、まぁそもそもEGF自体に突飛な設定が多い。
このくらいは許容範囲と思い直した一護は、まず基本操作を試すこととした。
(チャットは……死んでるか。『通信石』はいけそうだけど、簡易マップは反応なし……遭遇戦に注意、と)
とりあえず周囲に敵影はなかったが、油断は出来ない。
スキルを使われれば五感での認識は困難になるし、周囲に仲間がいない以上、自分の身は出来る限り自分で護らなければならないのだ。大方は雪音が想定していた通りだったので驚きは少ないが、鍵となる一護が墜ちれば彼女の策も全て無駄になってしまう。
(さて、追加情報の確認するか。何々……?)
責任重大だと改めて気を引き締め、クエスト開始後にのみ閲覧可能な情報を精読する。フィールド全体で動きがないのは、恐らくプレイヤーが一斉に同じ行動をしているのだろう。
大筋は今までに聞いた流れそのままだったが、それ以外の部分を要約すると――。
・プレイヤーは1,000人参加
・クエスト完了条件は以下の2つ
1.生き残ったメンバーが10ギルド以下まで絞られる
2.制限時間(2時間)を超過する。
※超過した場合は、それまでに稼いだポイントが多いギルドを勝利とする
・エネミーもフィールドには存在する。倒せばポイントは入るが、効率は低い
「……なるほど。隠れているだけじゃだめってことね」
トコトン、運営はプレイヤー同士で戦わせたいらしい。
エネミーポイントでは効率が悪く、さりとて漁夫の利を狙おうにも、ポイント制が邪魔をする。策の一部で隠れるならともかく、ずっと隠れていては失格に――。
『お兄ちゃん、聞こえる?』
運営の意気込みに感心していると、声が聞こえた。
聴き間違えるはずもない、雪音の声。頭へ直接響くテレパシー能力こそ、『連なる絆のペアリング』がもたらす一つ目の特殊効果である。
『雪音か。感度良好だぞ』
『えへへ、作戦成功だね♪』
『ああ。上手くいって良かったよ。そっちはどうだ?』
『うん。モニターでみんなの動きを見てるよ。四分割だから、全員分見るのはちょっと大変だけど……』
『それは……まぁがんばれとしかいえないな。で、合流は出来そうなのか?』
『う、うん。思ってたよりもずっとマップが広くて大変そうだけど……みんななら大丈夫だと思う』
これもペアリングの効果だろうか。いつもなら気にならない程度の緊張も、雪音の声から思わず察してしまう。
『そんなに広いのか……具体的な位置までは解るか?』
『う、ううん。流石にレーダーはないから、細かい指示は出来ないけど……近くにいるかどうかくらいは解りそうだよ』
『そうなのか?』
『うん。みんなのフィールドの景色が全然違うの。鷹さんは砂漠、葵ちゃんは草原、レイちゃんは雪山だから』
『……なるほど。そりゃ全然違うな。というか、そこまで差別化してくるのかよ……』
そこまで景色が違うということは、わざわざフィールドを区切って連結しているのだろう。作戦にとっては都合が良いが、プレイヤーにとっては面倒なことこの上ない。
ため息を一度だけ漏らし、一護は隠密装備『夜笠』を纏った。
そろそろ他のプレイヤーも動き出すだろう。死角が多いこの場所で長居するのは得策でない。
『そういえば追加情報は聞いたか?』
フリーハンドで通話できるのはペアリングの強みだ。いつでも交戦出来るよう細心の注意を払いつつ、岩山へ寄り添い走り出す。
『うん。さっき確認したよ。ポイント制だよね?』
『ああ。そこも踏まえて、指示があれば追加で連絡くれ。とりあえずみんなには作戦通りって伝えるから』
『了解。あ、お兄ちゃん』
『ん?』
『がんばってね。応援してるから』
『――おう。お兄ちゃんに任せろ』
さて、可愛い妹に宣言したからにはがんばるしかない。
「――――――」
メンバーに指示を出した後、一護はすぐに常人で捉えきれぬ速度と化した。
いや、常人どころか並みの達人でも厳しかろう。元より『剣舞士』はAGIに特化した速度前衛職である。数ある職業の中でも有数の敏捷アドバンテージと隠密用装備の併用は、一護の動きを極限まで引き上げた。
―――故に。
「悪いな」
「「っ!?」」
一護の乱入を受け、プレイヤーが止まったのは道理である。
「邪魔するぜ!」
驚愕はわずか一瞬。
だがその一瞬だけで充分だった。
完璧なタイミングでの強襲が決まる。接近戦のほぼ中央に入り込まれた二人のプレイヤーは、何がなにやら解らぬままに一護の双剣を浴びるハメになった。
「っ!?」
「かっ!?」
翻る『明星弐連』。
首筋を撫でられた一人は急所クリティカル判定により即死。もう一人も腕の部位破壊を喰らってHPが大きく削られたが、致命傷には程遠い。
「き、『キズナ』の一護かっ!?」
「そうだよ!」
短く応えて追撃するも、相手は重装兵――防御職。戦闘自体で負けることはないが、瞬殺することもまた難しかった。
「この程度で……なめるなぁ!」
「っと、それじゃあな!」
「なっ……!?」
よって、急襲の効果が切れたと判断した一護は、あっさりと戦線を離脱する。
気づかぬ内に接敵し、確実に一撃を与えた上で即時撤退――雪音の作戦とポイント稼ぎを両立するには一番のやり方だ。
呆然とする重装兵を置き去り、更なる疾走。道行く連中を同じやり方でなぎ払いながら、他のフィールドへのワープポイントをひたすら探す。
『お、お兄ちゃん。いい?』
『ん? どうした?』
『ゼロ君がどうしても伝えて欲しいって……』
『……嫌な予感しかしないけど、まぁ言ってみろ』
『“い、いやぁ。流石はご主人。清々しいほどの通り魔っぷりですねぇ。惚れ惚れしますよ” ……だって』
『…………』
『わ、私じゃないよ? 私じゃないからね!?』
『解ってるっつーの。ゼロは後で泣かす』
言ってることは完全に正しかったが、それとこれとは話が別だ。
一護とてやりたくてやっているわけではないのだし、あえて口に出すことでもなかろう。
「――っと!」
くだらないことを話していると、進行方向へ魔力砲が着弾した。
あわてて前方を注視すると、巨大な窪地で二十人近いプレイヤーが大乱戦を繰り広げている。先ほどの一撃も一護を狙ったわけではなく、流れ弾が来ただけらしい。
(……さて、どっからいくかな)
美味しいところだけかっさらえれば、圧倒的なポイント稼ぎとなるだろう。バトルロイヤル名物、集中攻撃の可能性も大いに有り得るが、これほどの狩場を見逃すことなど有り得なかった。
『悪い、雪音。ちょっと通信控えるぞ』
『うん。見てるね、お兄ちゃん』
再度の疾走。狙うは窪地――ではなく、その周囲に屹立している岩の上部だ。これほどの乱戦であれば漁夫の利狙いは必ず沸く。死角で隠れて狙い撃ち、なんてのは厄介なことこの上ない。
(いた……!)
まさに予想通り。
岩山の頂上へ辿り着くと、そこにはプレイヤーが三人ほど伏せていた。互いに戦うわけでもなく、全員が窪地の乱戦を見守っている――どうやら相互不干渉を取り決めて、美味しいところだけいただく腹積もりのようだ。
「ぎゃ!?」
「ぎっ!?」
「かっ……!?」
そうは問屋がおろさない。
全員平等の精神で三人を叩き落した一護は、己もまた乱戦の中へ飛び込んだ。
「ッシ!」
滑空しながら斬撃。
乱戦で傷ついていた弓兵が、背後からの急襲に倒れ付す。
だがその結果を見る前に、一護は横へ跳んでいた――瞬間、獲物を攫われた聖堂騎士の槍が唸りをあげる。轟音と共に突き出された螺旋槍を躱すと同時に『明星弐連』が煌くも、やはり重装兵は一撃で仕留められない。
「ちっ!」
舌打ちと共に後方へ退避。
飛来する矢を叩き落しつつ反転――背後から迫る魔力弾を『明星弐連』で相殺する。相手の位置を確認するも明らかに射程圏外、それどころかさらに煌く光弾が迫っていた。
「いよっとっ!」
「ぬぅ!?」
しつこく追撃してくる騎士の攻撃をひらりと躱し、一護はその体を盾に遠距離攻撃の射線から逃れる。ほどなくして着弾した魔術系スキルが騎士を強かに打ち据えたところで、背後からトドメの一撃を叩き込んだ。
「貴、様……!」
「悪いな。あんま余裕ないもんで」
しゃべりながらも警戒は怠らない。
目まぐるしく戦況は入れ替わり続け、下手を打てば一護とて危険な状態になっていた。派手な乱戦が目を引くのか、周辺のプレイヤーが集まっている――先ほどまで二十に満たなかった人数が、気づけば倍近くまで膨れていた。
(離脱……も考えなきゃいけないか)
甘く見ていたと認めざるを得ない。
無論、負けるつもりはさらさらないが、多少のダメージは確実に受けるだろう。絶好の狩場足りうるだけに惜しいが、合流が最優先のミッションである以上、あまり長居は――。
『お兄ちゃんっ!!!』
「っ!?」
思考に沈んでいた意識を醒ます、切迫した雪音の声。
その悲鳴じみたテレパシーが、文字通り一護を救った。
(やべぇ……!?)
彼方より飛来するは大火炎、眩き紅蓮の炎の槍。
火魔術技能の中でも攻撃力と効果範囲に優れた、優秀な殲滅用スキルである。先ほどまでの低級・中級スキルとは一段階、否、一次元違う攻撃だ。
「く、う……!」
「止まれェ!」
凄まじい炎の波濤に気づいたプレイヤーが、次々とスキルを発動する。
二十以上ものプレイヤー・フェローによる迎撃は迫り来る『イグニス・ジャベリン』を相殺し、減衰し、あるいは結界で妨害し――見る見るうちにその勢いを削いでいくが。
「だ、だめだ! 押し切られ……!?」
四連装の『イグニス・ジャベリン』は、低級・中級スキルで相殺できるような甘い火力ではなかった。
「あああああああ!!!」
数多の迎撃を受けながらも消滅せず、ついに炎熱地獄が顕現する。
直撃を受けたプレイヤーはもちろん、紅蓮に渦巻く炎は攻撃範囲のプレイヤー全員から容赦なくHPも奪っていた。さらに、当たり判定によっては『延焼』のバッドステータスが付与される――乱戦に叩き込むには、凄まじく効果的な攻撃だ。
(えげつねぇな……)
眼下の惨劇に冷や汗を流す。
気づくのが速かったこともあり、一護は無傷だった。
他プレイヤーが時間を稼いでいる間に、身体能力技能の『ハイ・ジャンプ』で上空へ飛翔、攻撃範囲から逃れたのである。
(にしても、どんだけMPつぎ込んだんだ?)
多連装の『イグニス・ジャベリン』は恐ろしい威力だったが、それだけに術者のMPも大幅に減退しているはずだ。序盤でMPを消費したくないという当たり前の思考を逆手に取った、圧倒的火力での殲滅――理に適っているが、それはあくまで一撃のみ。
高レベルの後衛術者であろうと、あれだけの攻撃がノーリスクのはずがない。
故に、今が仕留めるチャンスなのだが――。
「ちっ!?」
それは回避を選ばされたこちらも同じ。
漁夫の利を狙う連中から放たれた光弾が、空中で身動きを取りづらい一護へ直撃した。バトルロイヤル初ヒット――致命的には程遠いものの、それなりにHPを削られる。
だが一護は回避を選択しなかった。
スキルを使えば避けられたダメージでありながら、それをしなかったのは、つまり――その程度とは比べ物にならない脅威。
全身が総毛立つ“本物”が潜んでいると、感じたからに他ならない。
「ぎゃっ!?」
「痛ぇ!」
そうして一護の予感の通り。
焦熱地獄にさらなる悲鳴が木霊した。
「この!!!」
すり抜けるようにプレイヤーを斬り捨てる影。
その太刀筋は流麗にして美麗にして壮麗。
腰まで届こうかという長髪を残像のように靡かせながら、至高の剣を手にした彼女は、戦場を端から端まで駆け抜ける。
(っ、おいおい。マジか……!)
手強い難敵の姿を認め、着地した一護は小さく歯噛みした。
『ユネちゃん!?』
雪音が思わず叫ぶ。
一護もまったく同じ気持ちで、彼女の名を思い返した。
ユネ。
『EGF』最強との呼び声も高いギルド『風見鶏』に所属するフェローで、突出した戦闘力を誇る術法剣士だ。その万能性は他の追随を許さず、全フェローで五指に入ると評されるほどの遣い手である。
「一柱宿れ!」
「っ!?」
悠長に思考する暇もなかった。
文字通り戦場を駆け抜けたユネが、口上と共に刃を抜き放つ。
神の手による白銀の刀身が、複雑な魔術紋様と共に解き放たれた。
「打ち寄せる波は断罪の牙なり!」
その詠唱には覚えがある。
『術法剣』と『水魔術』の二元技能『グレイシャル・スカージ』。水を刀身に纏わせることで攻撃力を上げつつ、攻撃範囲を極端に広げる秘技だ。
(――来るッ!)
ユネほどの遣い手の場合、その斬撃範囲は二十メートルにも及ぶ。
捻られた体勢から放たれた水刃は、当然のように一護も射程範囲に収めていた。
焦熱地獄を耐え切り、戦場を縦断するユネにも対応した猛者へ贈る餞の一撃が、一護を両断せんと神速を以て迫り来る。




