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べん・とー 後編というかエピローグ

 そんな感じで、昼食会は幕を閉じた。


 ちょっと強引過ぎたと反省しなくもないが、最終的には大成功だったと思う。雪音や一護もなんやかんやで楽しんでくれていたし、リリや千穂は終わった後に抱きついてくるほどの感謝っぷりだった。


 もちろん、エリカとしても目的が達成できたので文句はない。


 一護と雪音の人となりはなんとなくだが把握出来た。例の案件に対し、充分過ぎるほどデータ取りが出来たといえよう。


 ただし――。


「……いやぁ、あれは無理っしょー」


 ――そのデータはあまり良くないモノだったわけだが。


 時刻は既に夕方。

 青かった空が夕焼けに染まり、オレンジ色に彩られた教室でエリカは呟く。


「まさか、あそこまでとはねぇ……」


 その眼下には帰途に着く伊達兄妹の姿があった。

 おしゃべりしながら、時にじゃれあいながら、二人はゆっくりと歩いている。互いが互いの歩調に合わせたその様は、もはや二人でいるのが当然といった貫禄だった。


「まぁ、どう控えめに言っても夫婦だよねぇ……」


 あまりにも的を得た表現に苦笑する。


 一護と雪音。

 外見的にも内面的にも、この組み合わせを超える相性のカップルはそうそういないだろう。


(……一護先輩、か)


 前々から存在自体は知っていた。


 エリカとて普通の女子である。

 惚れた腫れたの話は大好物だし、男性にも人並み程度に興味はあった――そしてこの赤樹学園で普通の女子生徒であるならば、彼の話は必ず耳にする。


 なにしろ人気投票男性部門第1位(新聞部調べ)の男だ。


 容姿端麗で気遣いは抜群。運動神経も並み以上で頭脳も悪いわけではなく、さらに性格は気さくとくれば――どこのハーレムラノベ主人公だと思う程度には好意を向けられるだろう。


 あえて欠点を挙げるとすれば、一つだけ。


「……シスコンってことくらいだよねぇ」


 まぁ、そういうことである。

 恐らく本人は必死になって否定するだろうが、今日の昼食会だけでも妹びいきの発言が多々見受けられたし――会話の節々に、どうも雪音を基準にしての判断・受け答えをしているように感じたのだ。


「あー、もー……どうしたモンかなぁ。こりゃ」


 元よりエリカが雪音にちょっかいをかけたのは、恋愛相談に端を発している。彼女の友人が一護へ惚れてしまい、相談を持ちかけられたのだ。


 どうにも断れず、敵を知ればなんとやらと思って行動してみたわけだが――計画自体は大成功なのに、結果としては大惨敗。勝ち目などない相手がいると解ってしまったわけである。


「雪音ちゃんが基準じゃねぇ……無理無理。学園全体でも何人相手になるやら……」


 彼女もまた、兄と同じく才色兼備の超人だ。

 今日は絶対にクラスでは見られない面を多々見れたが、それすらも可愛らしい嫉妬だったり負けず嫌いだったりと隙がない。


 少なくともエリカの友人では100%勝てないだろう。

 告白するだけ無駄なレベルだ。余計なキズを負うだけで、いいことなど一つもない。


「まずったなぁ……大見得切っちゃったのに……どう説得しよ……」


 完全な自業自得ではあるが。

 決して解けない難問に、エリカは頭を抱えたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 一方、エリカが頭を抱える原因となった伊達兄妹といえば。

 見られていることなど露知らず、いつもと同じように絶賛下校中だった。まぁいつものようにとは言っても、兄の歩幅に合わせようとする雪音と、無意識に速度を落とす一護――これ以上ないほどに息を合わせてはいたが。


「だいぶ日も短くなったな……ん~、と……ふぁ」


 呟きながら体を伸ばす。

 ごきごきと小気味よい音と共に凝り固まった体がほぐれると、今度は欠伸が漏れた。


「あはは。お疲れだね、お兄ちゃん」

「ああ。疲れた……」


 無論、疲れの元は昼休みの下級生懇談会である。


 いや正確にはアレの後、呼び出しに応じなかった葵の癇癪だとか、省エネ運転で乗り切ろうとした午後の授業で当てられまくったとか――まぁ懇談会だけが原因ではないのだが、発端がアレにあったのは間違いない。


「なんだったんだろうな。今日は。あの後、なんか言ってたか?」

「んーん。何もなかったよ。なんだったんだろうね?」

「だからそれを聞いてるんだっつーに」

「えへへ。それもそうだね」

「……まぁいいか」


 にこにことご機嫌な雪音を見ていたら、なんかどうでもよくなった。


 当然だが、彼女たちにはそれぞれの思惑があったのだろう。

 あのグダグダな昼休みにそれが達成できたかは知らないが、自分の周囲に影響しない限り、気にする必要はないと思い直す。


 それより今は目の前のこと、差し当たっては夕飯の買い物こそが重要だ。


「で、商店街とスーパー、どっち行く?」

「ふぇ? でもお兄ちゃん、疲れたって……」

「そりゃまぁ疲れちゃいるけど、買出しをサボるつもりはないぞ」

「えっと……いいの?」

「当たり前だ。バカ者」


 厳しい言葉とは裏腹に、一護の手は雪音の頭を撫でていた。機嫌の良さに比例して距離を狭めてくる妹に苦笑しながら、暫くそのままにしてやろうと欠伸を一つ。


「ちなみにメニューは?」

「うーん……そうだなぁ……お兄ちゃん、お腹減ってる?」

「めっちゃ」

「えへへ。それじゃあお腹にたまるものにするね。えっと……ピザとかどうかな?」

「お。久々だな?」

「そうだね。食べすぎちゃうと体に良くないから、いつもはあんまり作らないようにしてるし」

「成長期だから大丈夫だ、問題ない」

「お兄ちゃん、そういうことじゃないの。ね?」

「冗談だ。食事管理してくれてるのはありがたく思ってるよ」


 いささか厳し過ぎると思わなくもないが、食事全般を取り仕切ってもらっている以上、文句など言えるはずもない。


「でも、今日はいいのか? 解禁日?」

「う、うん。そんな感じ……かな。あはは」

「……なんか怪しいな…………まさかとは思うけど、ちーちゃんのサンドイッチに対抗してるとかないよな?」

「っ!?(ビクゥ」


 思いつきの指摘に雪音が震えた。

 くっついているせいで、一護にも揺れが伝播しまくりである。


「……負けず嫌いめ」

「ち、違うよお兄ちゃん! 今のはちょっと寒気がしちゃって――」

「ほほう? お兄ちゃんに嘘をつく気かな?」

「あ、う……えっと……その……」

「別に隠すことでもないだろ。実際、サンドイッチ美味かったしな。お前がライバル視するのも仕方ない」

「……ライバルとか、そういうのじゃないもん……私はただ、お兄ちゃんに美味しい料理を食べて欲しいだけだもん……」


 今度はぷくりと膨れっ面だ。

 それでも握った手を離さないのは流石だが、兄としてはもう苦笑するしかない。


(美味しい料理、ね)


 まったくもって無用な心配だ。

 少なくとも一護が記憶している中で、雪音の料理が不味かったことなど一度もない。千穂の料理と比較しても、間違いなく一護は雪音に軍配を上げるだろう。


(ただ、こういう向上心が料理上手にするんだろうなぁ。うん)


 微妙に無責任なことを考えながら。

 ヘソを曲げてしまった妹の機嫌をどう戻すか、思案に入る一護だった。




 ……ちなみにまったくの余談ではあるが。

 最終兵器ちーちゃんの味を、雪音にゃんは一週間でコピーして見せたそうな。

 よほど悔しかったらしい。負けず嫌い、ここに極まれりである。

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