外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- エピローグ
『EGF』はいわゆる剣と魔法のファンタジー世界である。
謎エネルギーで駆動するオーパーツ、大木をくりぬいて作った住居、無数の石垣で構成される地下ダンジョン――風見の魔法人形のようにまったく機械的な文明がないわけではないが、それでも少数派には違いない。
だが物事には必ず例外が存在する。
本来なら五階建てのテナントを三つ組み合わせ、無理やり十五階建てのビルにする――世界観へ真っ向からケンカを売る例外が、必ず存在しているのだ。
「来たか。一護」
この男――氷月商人、またはEGFにおいての大商人・あきんどのように。
「……よう。来たぞ。商人」
『歌声よ、天上へ還れ』をクリアした翌日、一護は商人の元を訪れていた。
理由は簡単。
契約の履行と、それに付随する諸々の交渉である。
「まぁ座れ。今、茶でも持ってこさせよう。もちろん有料だが」
「いらん」
「最高級の茶葉だぞ。味わってみたくはないか?」
「ぼったくるつもりだろ。余計にいらんわ。ったく……それよりこの無駄な高さの建物はなんなんだ。また高くなってるんじゃないか?」
「一段追加したからな。当然だ」
「どこまで昇る気だよ」
「仕方ないだろう。“商会”の雇用人数が増えたのだ。スペース確保は急務である」
「……順調そうで何よりだ」
呆れ半分、感心半分で一護は呟いた。
“商会”――『防人商会』。
『商会経営』スキルを極めた商人が頭取を務める、EGF屈指の大組織の名だ。戦闘用ギルドと違い所属プレイヤーは少ないものの、逆に『庭の民』の所属数は圧倒的に多い。
恐らく総構成員数では最大規模の戦闘ギルドにすら凌駕する――というかこの商都サキモリウムが商会の持ち物であるからして、多く語るのは野暮というものだ。
「うむ。それで? 約束の物は?」
促され、一護は投げやりに片手を差し出した。
決して小さくない躊躇いを振り切って、その手へ極上の鋼が握られる。
「…………ほらよ」
天上の一振り。
麗しき紋様の剣。
聖なる杖剣。
一護が取り出したのは、ありとあらゆる賛美を送られた剣――『ヒュペリオンソード』。それ一本で城が建つ、EGFでも最上級のレアアイテムだった。
「ふうむ。噂には聞いていたが、ここまでとはな。性能だけではなく美しさも超一流……高値になるはずだ」
「そうだろうな。渡すのが本気で惜しい」
「ほう。『明星弐連』で物足りなくなったか?」
「まさか。俺のスキル構成じゃこれ以上の武装はないね。単純に意匠が気に入っただけだ……っていうかお前、これが出るって知ってたのか?」
「それこそまさかだ。『風見鶏』のフェローが入手したとは聞いていたが、本気で出るとは思っていなかったぞ。やはりお前達は運がいい」
「いいんだか悪いんだか……こうして取られなければ、間違いなく良かったんだろうけど」
とはいえ契約は契約。
大人しく所有権を手放した一護は、小さく息をつく。
しげしげと報酬を眺める商人は、恐らく金勘定をしているのだろう。いったい幾らの利益を生むのかはしらないが、決して少なくない金額に違いない。
だからこそ――。
「そういえば最上階は苦労したか?」
「そりゃまぁな」
これ以上は渡せない。
想定通りに事が運んだ一護は、改めて気を引き締めた。
「あんなん、今思い出しても反則過ぎる」
「ほう。と言うと?」
「推奨Lv285は伊達じゃないってことさ。むしろ控えめなLv設定だと思う」
「それほどか……ガルーダが出たと噂では聞いているが」
「ん、まぁな」
「その口ぶりでは他にもいたようだな?」
「どうだったかなあ……無我夢中だったし、覚えてないや」
「……一護」
「そういえば」
恨みがましい視線を送る商人は黙殺。
思い出した風を装い、一護の舌が動き出す。
「随分と挑戦者増えてるらしいな。あのクエスト。大半が返り討ちみたいだけど」
「……大規模ギルドは幾つか生還した」
「ああ、お抱えの商会持ちギルドがクリアしたって聞いたな。そういえば」
「…………何が言いたい?」
「焦ってるんだろ? 商人」
「……………………」
勝機を逃さず告げると、完全に商人は押し黙った。
感情を悟らせない瞳も冷めた表情も関係ない。既に確信している人間にとって、交渉相手の感情の機微などさしたる問題ではない。
「お前は単体のギルドに肩入れしない。どちらかといえば広く浅く、プレイヤーよりNPCを上手く使って成り上がった。このやり方で街まで持っているのはお前くらいだろうな」
「……それで?」
「でもこの方法には欠陥がある。金になる――それこそ『ヒュペリオンソード』と引き換えにしてでも欲しい情報は、それが最新だからこそ意味を持つ。鮮度が落ちれば価値は薄れ、やがてゴミのようになり、しまいには消えてなくなる」
「……続けろ」
「大手の戦闘ギルド――あいつらのお抱え商人は当然、もう知ってるだろう。お前の知らない、お前の得ることの出来ない情報を。『歌声』の情報もあと数週間ってトコだろうな」
商人に冒険する力はない。
『商会経営』と『都市経営』スキルに全てを捧げてきたからこその『防人商会』だ。今更そのスタイルは変えられないだろうし、仮に変えても遅過ぎる。
どこかを取り込もうとしてもめぼしい戦闘用ギルドはもう存在しないわけで――こうやって交渉のテーブルに乗れるのは『キズナ』のみなのだ。
「さ、交渉の時間だぜ。商人。俺達から情報を買うかどうか、まずそこから決めろ。そんなに時間はやれないから手早くな」
「……意趣返しのつもりか。一護」
「まぁな。ダンジョンじゃ急かされたし、このくらいはしてもいいだろ?」
「ふん。まったくもって無駄な知恵をつけおって……ちなみに誰の入れ知恵だ?」
「さて。何のことだ? 多分ウチの優秀な金庫番と可愛い参謀役だと思うけど」
「イカヅチ代表と伊達妹か。やれやれ、これは手ごわそうだ」
にやりと笑って――だが負ける気などさらさらなく、商人が身を乗り出す。
百戦錬磨、海千山千の交渉上手を前に一護もまた、気を引き締めたのだった。
◆◇◆◇◆
商都サキモリウム。
街そのものをショッピングモールとするべく『防人商会』が全精力を以て作り上げた、商人にとっての理想郷。無数のアイテムを扱う店舗を秩序立てて配置することで、客には解り易さを、店舗の主には競争意識を植え付ける。
元々多くの客を呼び込み――そしてより多くの金を使わせる――ことに注力した街だが、それはこの様子を見る限り大成功のようだった。
「……相変わらず凄い人だな」
交渉を終えた一護は、ぶらぶらと商都を歩く。
道の両端を埋め尽くす商店の群れと、雑多な店を行きかう人々。
流石に歩けないほどではなかったが、それでも入れ食い状態と称していいほどの賑わいだった。
「さて、待ち合わせの店は――」
「お兄ちゃん♪」
「っ」
考え事をしていて反応が遅れた。
聞きなれた声にも関わらず、唐突な音に体が大きな反応を示す――紛れもない失態に、一護は憮然として振り返った。
「……雪音」
「えへへ。お疲れ様」
だが犯人は怯まない。
それどころか彼女の浮かべる笑みが、何故か一護の怒りを解いていく始末。百パーセント自業自得なのだが、雪音に甘い性格はもはや矯正不可能のようだった。
「おいゼロ。お前がついていながらどういうことだ、ああん?」
「いやいやご主人。雪音様を叱れないからって僕に八つ当たりしないでくださいよ。安いチンピラじゃあるまいし。ねぇユキ?」
「~~~(あわあわ」
「うるさい。集合場所はちゃんと決めておいただろ。なんでちゃんと待ってられないんだ」
「いえ、僕たちはちゃんと待ってたんですよ? でも雪音様が、ご主人の交渉が終わったから迎えに行こうって仰いまして」
「ほう。で?」
「雪音様がそう言うなら仕方ないかなぁと。ほら、僕もユキも控えめで従順で三歩後ろからついていくタイプのフェローですし?」
「……相変わらずよく口が回るな。ゼロ」
「はっはっは。おかげさまで」
何がおかげさまなのかは知りたくもないが、とりあえず話は逸れたので良しとしよう。一護としては先ほどの失態さえ蒸し返されなければ、文句はないのだ。
「というかご主人。ペアリングの効果で雪音様の場所も解るでしょ? 驚く必要ないじゃないですか」
「意識しなきゃ解らんようになってんだよ。二十四時間・四六時中、認識し続けるのなんて無理だ。頭がショートする」
「そうなんですか? 雪音様」
「え? あ、うん……そ、そう……だよね? あはは。ずっとは難しいよね、うん」
「……ご主人。愛が足りないですねぇ」
「お前は何を言っている」
流石の雪音もそこまでは――出来……ない、と思う。多分、きっと。
「……まぁいい。で、他のメンツは?」
「えっと、葵ちゃんとアカ君がお買い物。後で合流するって」
「風見様とイカヅチさんは商談のようで。なんでもお得意様がいらっしゃるとか」
「鷹とレイは?」
「~~~(しゃ~!」
小雪のジェスチャー(鳥のポーズ)で一護は全てを悟った。
『歌声』クエスト後、毎日のように鷹は同じクエストへ行っている。
理由は単純明快。
クリア時に自分だけやられたのが心底気に食わないから、単独でガルーダを倒せるよう修行に出ているのだ。
「……あいつも頑固だからなぁ。当然のようにお供しているレイも大概だけど」
「あはは……」
「まぁ鷹様達はお土産に期待しつつ――ご主人の首尾はいかがだったので?」
「上々だったな。『神樹のソーマ』が10個に『精霊エレメント』が各種5個、ランダムガチャチケが50枚にHP・MPポーション諸々、それから財宝級の素材と――」
「~~~(ぽかーん」
「お、大盤振る舞いですねぇ……流石はご主人。あこぎな商売も得意でいらっしゃる」
「全然違う。どうしてお前は俺を持ち上げるフリをして突き落とすんだ」
「いやぁ、そんなつもりは全然――」
「ゼロ君?(にこっ」
「すいませんっしたぁ!」
雪音が微笑んだ瞬間、ゼロが勢いよく頭を下げる。
素晴らしい判断力、そして変わり身の早さだった。流石は我がフェロー、笑顔で怒る雪音の怖さをよく知っている。
「ま、正確には情報の対価プラス、これからのことも合わせての支払いだったからな。相場より多いのも無理はない」
「こ、これからのことと言いますと?」
「簡単に言うと契約だ」
「……? どういうこと? お兄ちゃん」
「俺達と――『キズナ』と単独契約を結びたいんだとさ。あまりにも最新クエストの情報が入りにくいもんで、ついに商人も音を上げたってわけ。お前自身が言ってたことだろ?」
今回の件で『キズナ』は『防人商会』の致命的弱点に気づいた。
最新クエストの情報不足、それはワイルドカードを握られたに等しい情報。最大の情報源となりうる『キズナ』が情報を出し渋った瞬間、『防人商会』は致命的な出遅れが確定してしまう。
少なくとも交渉は不利な状況からスタートせざるを得ないわけで――。
「そっか。不利な条件で交渉し続けるより、私達を抱え込んだ方がメリットが大きいって考えたんだね?」
「ああ。で、手土産の代わりに大量のアイテムを寄越したってわけ。納得したか?」
「~~~(こくこく」
「まったく、皆様色々考えますねぇ……僕みたいな間抜けには理解出来ない世界ですよ」
感心したように頷く小雪と、苦笑するゼロ。
まぁ実のところ、その辺は一護も同意見なのだが。少なくとも単独では商会の弱点に気づけなかっただろうし、ずっと都合の良いコマの一つとして扱われていただろう。
そうならなかったのは、ひとえにギルドを――信頼出来る連中を作ったからだ。
「さ、そんじゃ集まって飯にするか。みんなに連絡取れるか?」
「うん。今メールしたよ。とりあえずお店も指定しちゃったけど……いい?」
「もちろん。よくやった。よしよし(なでなで」
「えへへ~♪」
「いやぁ仲睦まじくていいですねぇ(なでりなでり」
「♪(てれてれ」
「やってることはお前も一緒だろうが」
一護主従が雪音主従を撫でるという奇妙な状態で、彼らは商都を歩く。
たとえ別世界でも自分達は変わらないとでも言う様に――。
問題児達は、今日もEGFを闊歩している。
過去最長シリーズ、ひとまず完結でございます。気が向いたらまたEGF世界を書きたいと思いますが、期待せずお待ちください。




