外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その16
あけましt(ry
今年初投稿です。間が空いてしまった分、長くなってますのでご勘弁を。
ランを祭壇まで守り抜き、無事に歌わせれば『キズナ』の勝利。
逆にランを護りきれなかったり、全滅すれば『キズナ』の敗北。
単純明快な勝敗条件――ようやく見えたクリアへ向け、戦士達が全力で奮闘する。
「うおおおおおおおおお!」
「小雪ちゃん、右!」
「師匠……!? うわっ!?」
「どこ狙ってんのさ! しっかりしなょ!」
分析するまでもなく、戦力はヴィシュヌ側が圧倒的だ。
無謀ともいえる二面作戦をなんとか持ち堪えているのは、単純な数的有利とメンバーの卓越した連携による。縦横無尽に戦場を駆け巡る面々は誰一人勝利を疑っておらず、各々が全力を全力以上に出し切っていた。
「ラン、走れ!」
「は、はい!」
だが遠い。
祭壇までの距離が――僅か数十メートルが、絶望的なまでに遠い。
「行かせるかボケェ!」
「くうっ!? しつっこいですねぇ!」
「あうっ、また行き止まり……!」
それほどまでに、ヴィシュヌの妨害行動は的確だった。
前衛職のステゴロで食い止められるガルーダと違い、この神に対してはとりわけ手数が重要視される。連携して繰り出される攻撃はその全てが複数の軌跡を描いていたが、ヴィシュヌはそれらをあっさりと捌き、同時に結界でランを足止めするという離れ業を見せていた。
「行かせろ……っての!」
「カカカ!」
殴りかかりながら、ここまでの戦闘を反芻する。今頃、雪音も必死で考えているだろうが、攻略方法を探す上で、やりすぎということはなかった。
一つ、ヴィシュヌが同時に出せる結界は四つ。
一つ、ヴィシュヌの術式はこちらの結界内部にも構築出来る。
一つ、ヴィシュヌの結界の優先順位は自分の防御→ランの足止め→攻撃。
一つ、ランは壁に当たると立ち往生、消えると再スタートする。
つまり解決方法としてはヴィシュヌに攻撃を集中させ、結界をランのところへ展開させないということになるのだが――。
(全っ然、隙がねぇ!)
困ったことにその隙がない。
今も一護、葵、アカ、小雪の四人、タイミングによっては雪音も入れて五人で攻め立てているのだが、ヴィシュヌに三面を使わせるのが精一杯だった。
「しっ!」
「おっそいのぉ! 亀か何かか!」
「おりゃ!」
「カカカ! 当たらん当たらん!」
特に前衛職――『双剣士』の一護と『暗殺者』のアカは広範囲攻撃がほとんどない。魔法系スキルを使っても威力不足だし、並外れたステータスを誇るヴィシュヌは直接戦闘でも二人を同時に相手取れる実力者だ。
一見すると膠着状態だが、長期戦になればこちらが負ける。
相手は仮にもボス、体力ゲージのケタがこちらとは違い過ぎる。
例え今は互角でも、時間をかければかけるほど不利になるのは自明の理だった。
(……どうする)
解決策は――実のところ、ある。
いや、策とは呼べないほど単純な話だ。
手が足りないというのであれば、単純に数を増やせばいい。如何にヴィシュヌも、増員して一気に攻め立てれば押し切れないことはないだろう。
だがそれにもリスクが付きまとう。
敵は一人ではないのだ。
ガルーダを放置しておけるわけがなく、一人は必ず抑えに残さなくてはいけない。そうすれば損耗は加速度的に上がるだろうし、その一人が倒れた瞬間、詰みが確定してしまう――。
「鷹!」
それでも。
「タイマンでどのくらい保つ!」
それでも、勝ちの目があるだけマシだ。
あらゆるリスクを飲み込んで、幼馴染を切り捨てる選択を一護は下す。戦闘スタイルの相性と単純な戦闘力、そして何より本人の気性を見込んで。
「――――ハ! よく言った一護! 二分は稼ぐ! その間に決めろ!」
「解った! 頼んだぞ!」
「そっちもな!」
背後からの声は喜色を含んでいた。
一護の信頼はちゃんと伝わったようである。幼馴染独特の以心伝心が頼もしいのと同時に、鷹ですらそれだけしか保たないという事実に、『キズナ』全体の気が引き締まった。
『雪音! 鷹に回復かけて、全員に合流の連絡だ! タイミングは――鷹が奥の手を出した瞬間! 後の作戦は任せる! レイ! お前は雪音の指示と同時にヴィシュヌ班へ合流しろ!』
『パーティー管理』スキルで一方的に指示を出した後、一心不乱に双剣を振るう。
テレパシーで伝えられる雪音の作戦を聞きながら、一護はひたすらにヴィシュヌの足止めに専念した。スキルを温存しながらの防衛戦闘は生半な苦労ではなかったものの、二分の勝負時を見据えれば仕方がない。
「――天墜ちて魔となりにけり」
そうしてメンバーは見事に耐え切り。
その時は、ついにやって来た。
「我、魔を降ろし鬼とならん――」
鷹が唱えるそれはEGFにおける一つの到達点。
『身体能力』、『格闘術』、『気功』、『気功拳』、『心眼』の強化系スキルを究めたプレイヤーのみが使用可能な、五元技能の絶技たる言霊である。
「――『天墜・降魔鬼勁』!!!」
咆哮じみたスキル名の猛りと共に、鷹の全身が黒いオーラで覆われた。
『天昇・神威覇勁』が最優のスキルなら、こちらは最強と謳われる単体強化スキルの極致。STR、VIT、AGIの基礎値を引き上げ、そのUP幅は驚愕の2.5倍にも至る。だが引き換えに HPを1秒ごとに1%ずつ削るバッドステータスが与えられ、また、他のスキルも一切が使用不可となる諸刃の剣だ。
――だが、その効果は絶大。
「うおおおおおらああああああああああああああ!!!」
『!?』
100秒限りの力を手にした魔人が吼え、神鳥を真っ向から弾き飛ばした。
空中で体勢を立て直すガルーダに対し、鷹もまたノータイムで跳躍。追撃の飛び蹴りから踵落とし、膝蹴りからの前蹴りにハイキック――リーチの差を覆すためか、蹴り技を主体にした通常攻撃でガルーダを圧倒してゆく。
『カアアアアアアアアアアッ!?』
「ウウウウウウウラァァァァァァァァァァ!!!」
だがそれも当然。
先ほどまでの苦戦はあくまでも基礎ステータスの差によるもの。
『天墜・降魔鬼勁』によってほぼ互角にまで能力値を引き上げた鷹が、鳥如きに負けるはずがない……!
「ほう、やりよるのぉ!」
ヴィシュヌすらも感嘆する猛攻。
『レイちゃん、今!』
だが一護達にとっては予定通りだ。
鷹の稼ぎ出す時間が――これがラストチャンス。例え特攻戦法となろうとも、この機を逃せば次はない!
「いくっすよっ!」
最初に仕掛けたのは合流したレイだった。
彼女が撒き散らすのは白いオーラ。いつの間に習得したのか、『天昇・神威覇勁』を纏う小さな武神が、遙かなる戦神へ果敢に挑む。
「っ!?」
正真正銘の出し惜しみなし。
捨て身のレイを脅威と見てか、ヴィシュヌはまともに取り合わなかった。前面に展開された絶対防御が彼女の突撃を妨害し、ルートを完全に封鎖する。
「カカカカカ!」
「その笑いを……やめるっす!」
だがレイは止まらなかった。元より身軽さで言えば『キズナ』屈指の彼女である。空間固定を破れないと見るや、即座に迂回しての攻撃に切り替えた。
(速いっ!)
スキルでドーピングしたそれは『キズナ』最速の一護すら驚嘆する速さだったが、敵もまた遙か怪物。縦横無尽に四方より仕掛けるレイですら、目晦まし程度にしかならない。
だが――目晦ましには、なった。
『葵ちゃん!』
「うっしゃああああああああああああ!!!」
瞬間、降り注ぐのは、女の子らしくない威勢と共に放たれた矢雨。
発動中は移動を禁じられる代わりに次弾装填を速くするスキル『アンカーガトリング』と、敵味方の区別なく襲い掛かる範囲攻撃スキル『アシッドレイン』――機動弓兵を称する葵にとっては業腹ともいえる裏技が、レイの援護としてヴィシュヌを一気呵成に攻め立てる。
「カカカ! 甘いっちゅーとるじゃろう!」
しかし動かないということは、一方向の攻撃のみということだ。
如何に強化した射撃でも、それなら一面の対処だけで事足りる。
目まぐるしく方向を変えるレイに比べれば、与し易い攻撃といえるだろう。
だが、逆を言えばその方向へは防壁を張り続けなければならないわけで。
『アカ君っ!」
「――――ッ!!!」
そこへ更なる追撃。
今度はアカが仕掛けた。
鷹も使ったスキル『メテオ・ダイヴァー』による頭上からの高速吶喊、レイから目を離せぬヴィシュヌにとっては死角からの決定打……!
「カ!」
しかし、アカの渾身は大地を叩く。
上方からの奇襲を、ヴィシュヌは見る事もせずに体捌きだけで躱してみせた。
「ぐっ!?」
のみならず、回避の勢いを利用してアカの方が蹴り飛ばされている。地面へ叩きつけられながら吹き飛ぶ忍者はしかし、マスターと同じく転んでもタダでは起きなかった。
「火遁『豪火炎』の術!」
発動するは『火魔術』の中位スキル。
瞬間的に吹き荒れた火炎の渦がヴィシュヌを捉え、逆巻きながら散逸する。
「カカ」
だが魔法においても古今無双の戦神が、その程度で屈するはずはなかった。防ぐまでもないと呵呵大笑、炎の霧の中で泰然自若に聳え立っている。
その油断が。
その慢心が。
その余裕が――命取りだと知らずに。
「……リヴァイアサン」
何故ならば、アカの攻撃はただの陽動。
一撃目はともかく、最後っ屁のスキルには目晦まし以上の期待はしておらず、そしてそれは充分過ぎるほど果たされていた。
「ストリーム!!!」
そうして目晦ましの中発動したのは、『水魔術』でも最大級の効果範囲を誇る上級スキル――『リヴァイアサン・ストリーム』。天空から巨大な龍を模した濁流で対象を圧殺する、雪音の切り札である。
「ぬっ……!」
頭上僅か数メートルまで迫った水塊に対し、ヴィシュヌがたまらず防壁を展開。流石の水龍も格上の結界は突破することが出来ず、その足元を水で満たすのみに留まった。
――だが、それで構わない。
ヴィシュヌに三面を使わせることが、雪音の作戦における下準備。
事ここに至ってしまえば、残りは僅か一手のみ。
「小雪ちゃん!」
「っ!(こくっ」
師の命に従い、『キズナ』最強の後衛術者がついに動いた。
小さな体からは想像も出来ないほどのMPが放出される。
両手を折り重ね、組み合わせた姿は祈る巫女のようで、ヴィシュヌにとっては酷い皮肉だろう。
それはまるで、神を倒すのは仕えるべき人間――そう告げるような仕草だったのだから。
「んなっ!?」
事実ヴィシュヌは絶句し、同時に酷く焦りの顔を見せた。
だがそれもそうだろう。
きっと一護も同じことが起これば驚き、そして焦るはずだ。
己の立つ大地が、地面が突如としてせり上がれば――驚かないはずがない。
「天変地異の秘術じゃとぉ!?」
小雪の発動したスキルは『天地鳴動』。
『土魔術』、『空間魔術』、『祈祷術』、『古代魔術』で構成される四元技能だ。効果は単純明快、フィールドを好きに調整出来ること――本来は毒沼などを回避するために使われるスキルだが、今回、小雪はこのスキルでヴィシュヌの足元を一気に上空へせり上げたのだ。
「ぐう!?」
たまらず足元へ結界を展開しヴィシュヌは圧殺を免れたが、同時に酷く身動きが制限されている。
雪音の水龍も葵のガトリングアローも未だ健在であり、容易く結界が解除できるような状況ではない――。
「お兄ちゃん!」
「応!」
瞬間、一護は駆け出した。
待ちに待った好機。
四面結界を全て防御に回したことで、ランは既に走り始めていたが――彼女の足よりも一護の方が圧倒的に速い。
「うわぁ!?」
追い抜き様に彼女をお姫様抱っこで抱えると、そのまま祭壇へ向けてトップスピードで駆け抜ける!
「ガルーダァ!」
祭壇まであと僅か。
一護のスピードなら数秒も要らない位置で、しかし立ち塞がったのは紅蓮の流星だった。
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
流星の正体は無論、怪物・ガルーダ。
鷹に足止めされているはずの神鳥が何故――そう考えるよりも先に、一護は真横へ跳躍する。敵の突撃は考えを後回しにせざるを得ないほどの勢いであり、掠っただけでHPを大きく削るほどの威力を持っていた。
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
第二撃。
今度は真正面から突撃してくる炎の鳥を見て、一護は真実を悟る。
(犠牲スキル……!?)
鷹の『天墜・降魔鬼勁』と同じく、我が身を捧げることで発動する捨て身技。
ガルーダの全身に燃え盛る炎は先ほどまでの比ではない。
文字通りの火の玉、自らのHPもその炎で焼き焦がしながら、ラン目掛けて迫り来る。
「ゼロ!」
「はいっ!」
それを迎え撃つゼロの『聖天鏡壁』。
魔力攻撃全般に絶大な効果を発揮する多重多層防壁――あらゆる魔法攻撃を防ぐ無敵の壁は、しかしその悉くがあっさりと砕け散った。
「ぐっ、あっ!?」
十二層の結界を抜けてゼロを跳ね飛ばし、それでも尚、火の鳥は止まらない。
「っ!?」
楽観していたわけではない。
だが予想を遙かに上回るガルーダの奥の手に、一護は間に合わないと知りながら地面を蹴――る前に、横合いからの衝撃で大きく跳ね飛ばされた。
「止まんな一護! そのまま行け!」
「頼んだ!」
「応!」
無茶を言ってくれると思ったが、当人もそれだけ余裕がないのだろう。
一護を蹴りで救った鷹は、再び旋回するガルーダの前へ立ち塞がる。そのHPはもう一割も残っておらず、満身創痍というに相応しい有様であるが、それでも任せる他はない。
即断した一護が再び疾駆する――瞬間。
「いち……っ!?」
「っ!?」
膨大な熱量がすぐ傍を通り抜けて行った。
辛うじて体を捻ったからランは無事だが、左腕は回避し損ねた。
魔法防御力がまったく役に立たず、肘の先から消し飛んでいる。
(おいおい、マジか!?)
一護の見立てではもう少し時間を稼いでもらえるはずだったのだが、予想を大きく上回っての追撃だった。それどころか、鷹の声がなければ一護も瞬殺されていたかもしれない。
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
「くっ……!」
動いて躱すには体勢が悪過ぎた。
即座に回避行動をスキルに切り替え、敵の攻撃を体術で受け流す『心眼』スキルの『回天』を発動――しようとしたのだが、ランを抱えているせいか、発動してくれない。
「っそ!」
「ひゃあ!?」
結局、一護は無理やりに片足で跳んだ。
己のHPと先ほど体感したガルーダの攻撃力をざっと試算――直撃でなければ死なないと算定し、神鳥の突撃を左の肩口で受ける。
「ぐっ!」
瞬間感じたのは、予想を遙かに上回る衝撃と熱量。
一護の目論見――あえて肩口で受けることで体を半回転させ、受け流す――は九分九厘成功した。腕の中でランが目を回しているような気もしたが、タイミングとしてはこれ以上ないほど狙い通りである。
だが。
だが――。
(減りが早い!?)
ガルーダの攻撃力は一護の想定を上回っていた。
当初の目算よりも遙かに早く、HPが削られてゆく。
(まさか、HPが少ないほど威力が上がるのか……!?)
致命的といってもいい誤算に、思わず一護は舌打ちした。
そう称したのは比喩でもなんでもない。雀の涙ほどのHPは残る計算だったのに、この速度では間違いなく死に至る――!
(くっそ!)
全員で難関を乗り越えてきた総力戦で、失敗の原因が一護の見立て違いとは――無様にも程がある――。
「っ!?」
しかし、見立て違いは他にもあった。
諦めかけたその瞬間、透明な光が一護の全身を包み込む。
ガルーダの暴威に曝されて尚、揺るがぬその光の正体は『聖ゲイオギルスのアミュレット』――出発前に風見が、もう一人の幼馴染がくれたダメージ遮断アイテムのエフェクト光だった。
「ぐ、ああ!」
風見の作った一秒のロスタイムに、一護は全力で体を回転させる。
予定と違って綺麗に着地できず、地面を転がる結果となったが、それでも最大の難所を切り抜けた。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
寝ている暇はない。
立ち上がり、即座に全力疾走を再開――今の交錯は乗り越えたが、今度こそガルーダに追いつかれれば勝ち目はない……!
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
背後から聞こえる怪物の叫び声。
だが、不死鳥の業火が再び一護を灼くことはなかった。
「お兄ちゃんっ!!!」
一護を守るべく展開されたのは、透徹した聖なる結界。
防御術を極めたゼロとも、空間魔術を操るヴィシュヌとも違う系統の結界。『信仰の心得』、『祈祷術』、『神聖術』、『神仙術』――聖なる術を学び修めた者だけが使える四元技能、『魂神殿』がガルーダという死を辛うじて逸らす。
「馬鹿! ゆっき!」
雪音の援護は一護とラン、ひいてはクエスト失敗そのものを回避する絶妙な援護だったが、即座に飛んだのは葵の叱責。
「カ!」
そう。
雪音がこちらの援護に回ったということは、即ち――ヴィシュヌへの魔法攻撃が寸断されたということに他ならない。
「惜しかったのぉ!」
上方の圧力から解放された戦神は、他の誰よりも速く飛んだ。空間固定で空中に即興の道を創り出し、凄まじいスピードで祭壇目掛けて疾駆する。
「ちぃっ……!」
ヴィシュヌとガルーダ。
二柱を同時に敵に回し、勝てるはずがない。こうなってしまえば速度勝負、先へ祭壇へ到達して無理やりにでもクリアするしかないのだが――。
(速過ぎる……!)
頭の冷静な部分は、既に間に合わないと告げていた。
ヴィシュヌの速度は群を抜いており、背後へ回ったガルーダとて一護のそれを上回る。
恐らく祭壇直前で捕まると一護は確信し。
「ここまでだのぉ!」
『ケエエエエエエエエエエエエエエエ!』
その予感は、最悪なことに大正解だった。
「くっ……!」
祭壇まで残り五メートル。
既に障壁を展開し正面から迎撃する構えのヴィシュヌと、背後からとてつもない熱量で迫るガルーダ。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」
前門の戦神、後門の太陽――どちらを選んでも地獄なら、愚直に前へ進むのみ。
「カ!」
一ミリも勝ち目のない前進を前に、ヴィシュヌが嗤った。
だがそれを怒る気にもなれない。
たとえ百回やり直せたとしても、このシチュエーションでは失敗は避けえないだろう。ヴィシュヌだけなら攻略出来ても、その間にガルーダへ焼き殺される――。
「うううううううううううるるるるるあああああああああああああああああ!!!!!」
だが。
そんな諦めを吹き飛ばすような、魂を揺さぶる咆哮が鳴り響いた。
「っ!」
声の正体は『グラビティ・ハウリング』。まるで重力のようにヘイトを集中させる、守護騎士の必殺技――振り返るまでもなく、一護は己のフェローの声を聞く。
『この鳥はお任せを。後は頼みますよ、ご主人』
……ああ、参った。
あの怠け者に、こんなことされてしまったら――。
「クリアしないわけにはいかねぇじゃねぇか!」
笑みを浮かべ、一護はさらに加速する。
勝機は一瞬、決着も数秒で着くだろう。逆に言えばそれ以上かかってしまえば打つ手なし、見事にゲームオーバーだ。
「カカカ」
「おおおおおおおおおお!!!」
渾身の咆哮。
最高速のままヴィシュヌの結界に突っ込みそうになった一護は――。
「え?」
その寸前、右手に抱えていたランを、思い切り放り投げた。
「えええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「なっ!?」
その高さは凡そ四メートル。
三メートル四方でしか展開できないヴィシュヌの結界を文字通りに飛び越えて、歌姫が祭壇へと迫る。
「アホかぁ!」
しかしまだ遠い。
突破されたなら張り直すまで。ランを遮るような配置で張られた結界は、言葉よりも雄弁にそう語っていたが、その程度はこちらも読みきっていた。
「うらあ!」
「っ!? おどれ……!」
『破断一閃』を纏わせ投擲した『明星弐連』が結界を貫く。
二回目の結界破壊は予想していなかったのか、ようやくヴィシュヌの余裕が剥ぎ取れた。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その隙に一護も近接戦の間合いへ入る。
だが武器を投擲した一護は空手、しかも左腕は消失したまま。対してランは着地(胴体着陸?)寸前、数秒あれば祭壇で歌い始めるだろう。
二者択一。
だがその重要度は、脅威度は比べるべくもなく――ヴィシュヌは極めて冷静に対処した。
「お」
そして。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!???」
冷静だったからこそ、敗北した。
確かな手応えが伝わる。
一護ではなくランへ向かい結界を展開させたヴィシュヌの双眸を、左腕の『明星弐連』が斬り裂いた。
(よし……! よくやった、雪音!)
(うん!)
心の中へ伝わる歓声。
失くしたはずの腕を再生させたのは雪音だった。
交錯の一瞬、一護の狙いを読み切った妹は、ここしかないというタイミングで『神霊回帰』を使用――ありとあらゆる状態異常を癒す回復スキルがまず一護の腕を元通りにし、同時に復活した『明星弐連』が油断しきったヴィシュヌの隙を突いたというわけだ。
「ぐ、あ……おどれぇ!!!」
視界と共に打つ手を封じられ、ヴィシュヌが唸る。
ランの前に展開されていた結界は、一護の攻撃と共に霧散していた。
『空間魔術』とは文字通り空間に作用し、奇跡を起こすもの。高等スキルほど正確に空間を把握することが求められ、それが出来なくなれば途端に瓦解してしまう。
如何にヴィシュヌといえど、五感の一つを封じられた状態で、あれほど高密度・超高度の結界を維持展開は出来なかった。
「……まったくもう。私、一応、お姫様なんだけどなぁ……」
そして――それは即ち、こちらの勝利と同義であり。
ぶつくさ言いながら、祭壇へ辿り着いたランが笑う。
一護の暴挙によって全身が汚れていたが、それでも笑う彼女は――成る程。姫らしい気品とカリスマ性に満ちていた。
「それじゃ、還すね……私には過ぎた声を、私には過ぎた歌を」
空気が変わる。
祭壇で歌う彼女を中心に、金色の光が舞い乱れる。
それがランに与えられていた魔力なのだろう。神々の気紛れによって与えられ、そして悲劇を生み出してきた――人の手には過ぎた、呪いの声。
「…………ちぃっ。なんやつまらんのぉ」
最早止められないと悟ったか。
回復技能で自身を癒したヴィシュヌは、憮然と呟いた。先ほどまでの鬼気迫る神格は既にゼロ、やる気なく突っ立っている。
「お前らの勝ちじゃ。もうワシらは追わん。後は好きにせぇ」
心底つまらないといった表情で、ヴィシュヌが手を振る――同時に空中へエフェクトが舞い起こり、そこに“STAGE CLEAR”との文字が浮かび上がった。
……凝った演出ではあるが、ラスボスがそれを表示させるのってどうなんだ、おい。
「ああ、ついでにこいつらもくれちゃる。持ってけ」
更にヴィシュヌは指パッチン。
すると気持ちよく歌うランの傍へ、厳重に封がされた宝箱が出現する。ここから見える限りでは多分十個前後、クリアの報酬だろう。
「ほんじゃのぉ。気が済んだら出てけ。帰るで、ガルーダ!」
『はっ!』
主の声に従い、バーサーカーモードから復帰したガルーダが、ヴィシュヌと共に掻き消えた。
「展開の都合上、しょうがないとは思うんだが……」
「んぅ?」
「どこへ“帰る”んだろうな、あいつら。ランの歌と同じで、帰るとしたらここになると思うんだけど」
「……えへへ。そうだね」
どうしようもない部分が気になる兄に、駆け寄ってきた妹が笑う。
見慣れたその微笑に、ようやっと肩の荷が下りた気がした。麗しいランの歌も相まって、いつものファンファーレの数十倍は達成感を感じる。
「そんじゃ俺達も“帰る”とするか――」
「うん♪」
――『キズナ』のホームに。
俺達の、家に。
・クエスト:『歌声よ、天上に還れ』
・ギルド名:『キズナ』
・挑戦者 :一護、雪音、葵、鷹、ゼロ、小雪、アカ、レイ。
・攻略時間:5時間48分
――――――――クエスト・クリア。
次回エピローグで、この外伝は終了です




