外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その15
凄く間が空いてしまいました。申し訳ない。
状況は悪化の一途を辿っていた。
『ケエエエエエエエエエエエエ!!!』
筋力は鷹を凌駕し、速力は一護に勝り、反応は葵をも上回る――理性を失って達人じみた見切りこそ消滅したものの、“スーパーアーマー”という厄介な属性を得た神鳥ガルーダが、鷹を、一護を、レイを次々と跳ね除け。
「カカカカカ!」
参戦から一歩も動かず、アカと小雪、そして葵をも翻弄するヴィシュヌ――あらゆるスペックが最高値にあり、かつ攻撃も防御も全てが不可視。傲慢なる天界の主にして、絶対の覇者には、如何なる攻撃も“遮断”されてしまう。
百戦錬磨、常勝不敗の『キズナ』であっても、この二柱を同時に相手取るのは流石に無理難題だった。
「だーもー! なんなのさー!」
頭の中で冷静に事実をずらずら並べ、我慢出来なくなった葵が吼える。
一言でいえばチート。二言でいえば超チートである。ゲームバランス?なにそれ美味しいの?ってレベルで無茶苦茶だった。
「責任者出て来ぉーい!」
「そりゃワシじゃ!」
「天界のじゃないっ! そんぐらい解れ!」
NPCと間抜けな会話を交わしながらも、葵の弓矢が唸りを上げる――ものの。
(……強度が桁違いだょ)
それまでと同じく、無数の矢はヴィシュヌの“結界”に遮られる。
祭壇を中心に組まれた三メートル四方の超結界は、『キズナ』最大の火力を誇る小雪の全力を受けても微動だにしない謎のスキルだった。破壊や貫通は愚か、綻ぶ気配すらなく、攻撃を遮断されているようにすら感じる。
「あったま悪いのぉ。いい加減、火力が足りんことは認めぇ。貴様ら如きじゃ百年経ってもワシの結界は抜けやせん」
「うっさいやかましい黙れ気が散る」
そんなことは改めて言われるまでもなかった。
小雪のスキルで貫通できないのに、葵の通常攻撃で通じるはずもない。
だが牽制を緩めればガルーダ側の戦闘へ介入するだろうし、ヴィシュヌの防御にも秘密の種あるはずなのだ。本当に全攻撃が無効化されるなら、クリアは不可能――そして『キズナ』がクリア出来ないクエストなら、『風見鶏』であっても無理だろう。
だが事実、あのギルドはクリアしており。
ならばそこに何か秘密が、魔法の種が隠されているはずだ。
(ゆっき早く! あんま保たないょ!)
歯噛みしながら胸中で祈る。
こういう謎解きで解決策を出すのは、いつも雪音だった。
直感力なら葵の方が上と自負しているが、論理的思考は彼女の独壇場――こういった修羅場を切り抜けたことも一度や二度ではない。
葵にとっては些かつまらない展開だったが、もはや突破口は雪音に託すのみ――。
「余所見しとんじゃないわボケェ!」
「あう、ち!?」
意識を割いた瞬間、反撃を食らった。
発動の兆候もなければ軌跡も見えない、完璧な不可視の衝撃。幸い威力は大したことないが、回避出来ないのが厄介である。
「くっそ~!」
数メートルほど後退しながら再び射撃。当然のように弾かれた矢を見据え、ヴィシュヌの薄ら笑いをどうしてやろうと思って――。
(え?)
瞬間、待ち望んだ声を聞いた。
『パーティー管理』スキルによるテレパシーが直接、頭の中へ一護の声を響かせる。葵だけでなく全てのギルドメンバーに語られたのは、ヴィシュヌの鉄壁を貫く方策だった。
嘘か本当かは解らない。
だがあいつを慌てさせられるのなら、試す価値はあるだろう。
「いょし!」
瞬間、葵は動いた。
小雪の発動した『火魔術』スキル『プロミネンス・シャワー』に隠れるよう跳躍、振り返り様の一矢をガルーダへ直撃させる。
「ッシッ!」
ただの通常攻撃――しかも一発だけでダメージはないに等しかったが、その一瞬の隙で敵の猛攻から立ち直った鷹が、ガルーダの顎を思い切り蹴り上げた。
「せりゃあ!」
追撃するレイを視界の端に捉え、二度目の跳躍――そして姿勢制御。
満身のMPを込めてスキルを葵が発動するのと、立ち込める火炎の渦を一護が突っ切ってきたのはまったくの同時だった。
「兄貴!」
「葵ィ!」
呼びかけ――更にはスキル発動まで、合わせ鏡の如く二人の行動がシンクロする。
「『破断一閃』!」
一護が発動したのは『破断一閃』。
『武器錬気』カテゴリに属する、対結界用特化型スキルだ。結構な量のMPを消費する代わりに、あらゆる魔法防御を貫く一撃である。
神々の盾すら壊しうる斬撃を喰らい、ヴィシュヌの絶対防御が束の間綻びた。
だが『破断一閃』はあくまで展開された防壁を砕くもの。
例え一度は崩されたとしても、再展開されれば一瞬後には元通りである。
「カ」
そしてこの結界も同じ部類なのだろう――愚かな人間の抵抗を戦神は笑い、しかし次の瞬間に凍りついた。
「あ?」
『破断一閃』に隠れる形で発動していた『ストロング・ショット』が、ヴィシュヌの右肩を貫いたのである。
「うっしゃあ!」
この攻撃は当然、葵の手によるものだ。
一護が破界するのとほぼ同じタイミングで発動した『ストロング・ショット』が、結界が再構成される前に防御を突破したのである。
例えそれが刹那だろうが、一瞬だろうが関係はなかった。
幼馴染が培ってきた連携の前では、その程度を合わせることなど造作もない……!
「はっはー! バーカバーカ! 得意げにふんぞり返ってるからだょ! もう幾らでもぶっ壊して攻撃してやるょ!」
「俺がトリガーなのに嬉しそうだなお前……」
ひゃっほーい、と殊更挑発すると、何故か一護から苦情が来た。葵ちゃんマジ解せぬ。
「やってくれたのぉ……」
だが一応、挑発の効果はあったらしい。
目に見えて激昂したヴィシュヌが、こちらへ向け右手を突き出す。今までは見せなかった攻撃モーションに一瞬だけ肝が冷えるが――。
「雄々ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「っ!?」
その攻撃が葵へ届くことはなかった。
尾を引く鬨の声と共に墜ち来る隕石。
意志持つ星のように天空より突貫したのは、スキル『メテオ・ダイヴァー』を纏ったもう一人の幼馴染、鷹である。
「ぬ、ぐ、う!」
頭上から超高速の突撃を受け、流石のヴィシュヌも小さい悲鳴を漏らした。咄嗟に力場を生成して直撃を避けたのは見事だが、それでも少なくない衝撃が、その身を激しく打ち鳴らす。
(やっぱり……ゆっきの推測が当たったかにゃ?)
一護から伝えられた、雪音の推測は二つ。
一つはヴィシュヌの結界について。
ベースは恐らく『空間魔術』で、そこに『古代魔術』か『理外魔術』を併用。空間そのものを固定化することで、あの桁外れの防御力を有しているのではないか。ただし同時展開は四つが限度で、位置を入れ替えることで悟らせないようにしている――というものだった。
これはもはや間違いない。
葵の攻撃は反則技だとしても、鷹の奇襲はあくまで真っ当なものだ。にも関わらず鉄壁を抜かれているのは、上空まで結界で覆えなかったからだろう。四方は完全にガードしていたのだし、出来るなら全面を覆うはずである。
「カカ! 中々やってくれるのぉ……!」
「チ、バケモンが!」
とはいえ、鷹の急襲も決定打とはなり得なかった。
流石に幾らかHPを削ったものの、ヴィシュヌの膨大なステータスの前では塵芥に過ぎない。連続してスキルを撃ち込んではいるものの、それが途切れれば即座に逆襲を受けるだろう。
しかし、それは死路ではなかった。
雪音の推測はもう一つある。それを裏付けるため、鷹には出来るだけヴィシュヌの注意をひきつけておいて貰わねば――。
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!』
「きゃうん!?」
だが、こちらの思惑を嘲笑うように怪鳥の雄叫びが轟く。
反射的に振り向くと、壁へ吹っ飛ぶ小柄な体。作戦のためガルーダとステゴロを張っていたレイが、ついにガルーダへ屈したのだ。
「ああもう、上手くいかないょ!」
舌打ちしながらも体は淀みなしで動く。
主の危機へ馳せ参じようとするガルーダを矢の雨で迎撃。多少のダメージにも怯まず突っ込んでくる炎の鳥に、雪音の『水魔術』による濁流が激突――家の一軒くらいなら吹っ飛ぶはずの水量を受け、しかしガルーダは止まらなかった。
『シャアアアアアアアアアア!!!』
天空へと異形が羽ばたく。
猛烈な速度で迫るガルーダに対し、葵と雪音はスキル使用直後の硬直中。一護と小雪はヴィシュヌの壁を維持するため攻撃を繰り出しており、壁に吹っ飛ばされたレイはまだ動けない。
となれば、残る手は――。
「無論、僕ですよねぇ!」
『!?』
その声と共に、驀進していたガルーダが止められた。
今の今までランの護衛についていたゼロが、展開した防御結界の内部へガルーダを強制的に取り込んだのである。
「結界は別にあなた方の専売特許じゃありませんよ? ふっふっふ。諦めて大人しく――」
『クウウウウウウウウアアアアアアアアアアアッ!』
「なるわけありませんよねぇ!? ごしゅじ~ん! 早くしてくださーい! そんなに保ちませんよぉ!?」
悲鳴をあげながら逃げ惑うゼロ。
途中まではそこそこ格好良かったのに、なんか色々と台無しだった。
(まぁいい仕事はするけどさ)
そこだけは認めざるを得ない。流石は一護のフェローと褒めてやりたいところだ。
いや、ゼロだけではない。
圧倒的なステータス差のガルーダを足止めしたレイ。多種多様な魔術スキルを絶え間なく繰り出すことでヴィシュヌを抑える小雪――ここにはいないイカヅチだって、そんじょそこらの経営者では太刀打ち出来ない商会経営スキルの持ち主だ。
全員極めて優れたフェローと言える。少数精鋭、身内しかメンバーを認めない『キズナ』が大きく名を馳せた要因を彼女達は確実に担っていた。
だが、それでも――。
「グ!?」
耳へ届いた悲鳴へ思考を中断。
連続スキルでヴィシュヌを圧し留めていた鷹が、ついに吹き飛ばされて宙を舞う。姿勢制御した瞬間に不可視の攻撃を浴び続け、まるでピンボールのように巨体が弄ばれていた。
「っの野郎……!」
「カカカ」
文字通り遊び半分のヴィシュヌが笑みを浮かべる。
圧倒的な戦力を取り戻した戦神は、最後の一撃を繰り出すべく右腕を振り上げ。
「な――」
そして驚愕で固まった。
「――んじゃとぉ!?」
「油断大敵」
いつからそこにいたのか。
誰も気づかぬほど密やかに、気づけぬほど完璧に忍び寄っていた影。
『隠密』と『暗殺術』の二元技能・『透影』を使いこなし、ヴィシュヌの脇に忽然と現れた暗殺者――精強揃い『キズナ』の中にあって尚、葵が最強のフェローと信じるアカの奇襲。
「そうであろう、軍神よ!」
「ぬ……!?」
鷹をも囮にした正真正銘、本命の一撃だ。
無防備に振り上げた戦神の右脇へ、アカ渾身の掌底――『格闘術』と『身体能力』、さらに『暗殺術』の三元技能である、『絶衝勁』が突き刺さる。
「う、お、お……!?」
明確な攻撃態勢が災いした。
受けることも防ぐことも出来ず、ヴィシュヌが無防備に吹き飛ぶ。無様に叩きつけられることこそなかったものの、着地したのは十メートルほどの彼方だった。
「……カ」
不気味な笑みを讃え、天界の主がついに大地へ降り立つ。
値踏みするような視線をこちらへ向け、次いでその双眸が嬉しそうに歪んだ。
「気づきよったか。中々に目敏いのぉ」
「………………」
対する『キズナ』メンバーは無言。
一護の指示に従ってフォーメーションを展開し、城壁にも似た防御網を作り上げる。
ヴィシュヌと相対するは葵、一護、アカ。ガルーダへ向かい合う鷹とレイ。後方支援の要たる雪音と小雪――そして、息を呑むランと彼女を守護するゼロ。
その立ち位置は最初の通りのようでいて、確実に違っていた。配置は同じだとしても目的が違えば、自然と動き方は変わってくる。
「正解じゃ。ワシらを倒すのは不可能。となりゃあ、方法は一つじゃろう」
「……そうだ。俺達はアンタ達を倒すために来たわけじゃない」
『歌声よ、天上に還れ』――元々、ヒントは示されていたのだ。
最近殺伐としていたからまるっと勘違いしていたが、そもそも今回のクエストは討伐系ではない。ランの悩みを解決するのが目的で、ヴィシュヌやガルーダはオマケもオマケ、放置でも構わないのだ。
「ランの国が襲われる要因を取り除く。そのためには――」
「そこの祭壇で歌えばええ。それで歌声は還され、ワシらは戦う大義名分を失う……無論、関係ないとつっかかる手もあるがのぉ」
「それはもう神様じゃないょ」
「その通りじゃけぇ。ぶちくだらんが、ワシらはそういうモンじゃ。自分からつっかかるような阿呆は出来んからな。見守ると言やぁ聞こえはいいかもしれんが、所詮は見てるだけじゃけぇ。カカカ」
「…………それで? 貴公は今も見守ってくれるのか?」
「まさか」
眦が限界まで引きあがる。
狐にも似たそれがヴィシュヌの笑みだと知り、葵の背に冷や汗が流れた。
「確かに小娘を祭壇で歌わせれば、お前らの勝ちじゃがのぉ。逆に言やあ、歌わせなけりゃワシらの勝ちじゃ。こんな面白い戦いを終わらせるのは勿体無いけぇ、ぶち全力で邪魔させてもらう」
『カルルルルルルルル……』
眼前のヴィシュヌだけでなく、背後から獣の唸り声が聞こえる。
二面作戦といえば聞こえはいいが、実際は神の主従による挟み撃ちだ。仮にこれがデスマッチなら敗北は不可避だろうが――。
「全員、やることは解ってるよな?」
そんな不安は、一護の声が斬り払う。
彼の声は決して大きくないのによく響いた。
『キズナ』、そして幼馴染が誇る唯一無二のリーダーの鼓舞に、全員のコンディションが否応なく高まって行く。
「ランを護る。簡単なようでクソ難しいお題だけど、俺達なら必ず出来る。『キズナ』に不可能はない。全員、お互いをガッカリさせるなよ! いいな!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
「カカカカカ。いいのいいの、よいよ最終局面じゃ……気張れや、ガルーダ!」
『クオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
二組十名の咆哮が、そのままラストバトルのゴングとなった。
制限時間、残り僅か。
長かったダンジョンの終わり――最終局面、戦闘開始。




