外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その14
血潮が燃える。心が沸き立つ。
待ち望んでいた死闘。魑魅魍魎、人外化生が跳梁跋扈するEGFだが、その中でも疑いなく最強クラスの敵を前にして、鷹の全身全霊は強く熱く滾っていた。
『ケエエエエエエエエエエ!!!』
「ハッハァ!」
ぶつかり合いの度に笑みがこぼれる。
ガルーダは強かった。鷹、レイ、葵の猛攻に曝されて尚健在。護るべき主という弱点を抱え、数的不利の状況にあってようやく互角――。
(相変わらずEGFは最高だぜ!)
現実世界ではまず味わえない、鷹一人では勝ち難い敵。
奥の手を使わなければ単体では超えられぬ壁を前に、血は騒ぎっぱなしだ。この敵を打倒した時、己はまた一段と強くなる。そんな予感さえするほどに。
「レイ!」
「押忍!」
鷹の気性をよく理解している弟子は、呼びかけに最適解で応えた。
葵の『ストロング・ショット』を飛翔して躱したガルーダに対し、二人は上下から同時強襲を仕掛ける。
『ぬ、う!』
放ったスキルは『天龍脚』と『地龍脚』。
ギルド内では『双龍脚』と呼んでいる合体技を、しかしガルーダは真っ向から受け止めた。流石の反応速度、流石の手練である。あの体勢、あのタイミングで防がれるなど、一体誰が予測しようか。
「次ィ!」
「押っ忍!」
『!?』
故に二人がすぐさま追撃へ移ったのは、徹頭徹尾予定調和だった。
元よりガルーダが相手では、死力を尽くしてなお不足――驚嘆どころか感嘆すら禁じえない超反応も、力の一部でしかない。むしろあの程度で仕留めたら拍子抜け、落胆の極みに他ならない。
「ラアアアアアアアアアアアア!!!」
「ハアアアアアアアアアアアア!!!」
だが嬉しいことに、あるいは厄介なことに、ガルーダは変わらず強壮だった。
『両雄撃』、『ツイン・インパクト』、『双龍螺旋掌』――間をおかず叩き込んだ技は全部で四つ。いずれも中級以上のスキルによる同時攻撃であり、並みの敵であれば一撃で塵と化すほどの連撃である。
『ケエエエエエエエエエエ!!!』
しかし――そのいずれもをガルーダは捌ききった。
反撃こそ行う隙を与えなかったが、完璧にガードされてダメージもほとんどない。お返しとばかりに振りかぶられた拳が、正確にレイの脳天を――。
『!?』
否。
それを許すほど、『キズナ』の狩人は甘くなかった。
「喰らえぇ!」
隙間を縫うよう飛来したのは、今まででも最強の一矢。
弦を引き絞り、その状態で溜めた時間の分だけ威力が強化される『チャージ・スナイプ』――鷹とレイが稼いだ時間を目一杯使った必殺の一撃が、ガルーダの翼を見事に射抜く。
「いよっしゃあ! やっちまいな、でっかいの!」
「応!」
「うは、師匠やる気っすね!」
幼馴染が作った最大の勝機に、鷹もまた全力で応えた。
今の今まで封印していたスキルを解放。瞬間、当人の闘気と呼応するように白いオーラが吹き上がる。
「行くぜェ!」
『天昇・神威覇勁』。
鷹の奥の手――『格闘術』、『気功』、『気功拳』から成る三元技能。
肉弾戦闘においては最優と囁かれるスキルで、その効果はSTR・VIT・AGIの1.5倍UPであり、『武神の加護』すら上回る。MP消費が激しく長期戦には向かないが、短期決戦においてその有用性は計り知れなかった。
『ギイイイイイイイイッ!!!』
「遅ぇ!」
脅威度を正確に把握し、こちらに体を向けたのは見事。
だが葵の不意打ちが致命的。バランスを崩していたガルーダは迎撃しきれず、大砲にも等しい拳の弾幕が総身を蹂躙した。
「うおおおおおおおおおらああああああああああああああああああ!!!」
殴る。殴る。ただ殴る。
反撃、防御、回避、その全てを許さず、体勢を整える暇すらも与えない。それはスキルですらないただの暴力だったが、鷹の本来持つ格闘術と組み合わせれば、緻密さも濃密さも並大抵のものではなかった。
「ララララララララララララララララララァ!!!」
事実、地面へうつ伏せで叩きつけられたガルーダは、一切の身動きを許されない。
満遍なく全身を撃ち抜かれ、反撃を試みればその部位を優先的に潰される――元より戦闘技術は鷹の方が上、さらにステータスもほぼ互角まで引き上げた。MPが尽きるまで一分もないだろうが、それまでの間は状況をひっくり返すのは不可能――。
「っ!?」
だが次の瞬間、鷹を襲ったのは衝撃と浮遊感だった。
己が吹き飛ばされたと自覚するより速く、鍛錬を積んだ肉体は自動的に復帰行動を取る。地面を一回転して起き上がると、元いた場所から数メートルほども離れていた。
(あんだ今のは……)
攻撃であることは間違いないが、その出所が判然としない。
確かに鷹はガルーダへの攻撃に全精力を注いでいた。だがそれでも最低限の注意は払っていたし、そもそも他の『キズナ』メンバーが呆けている以上、何かしらのトリックがあったと考えるのが当然だろう。
そして恐らく、それは。
「ったく。情けないのぉ、ガルーダ」
黙って成り行きを見守っていたこの男の仕業だ。
理屈は単純。そんな芸当を出来る奴は他にいない。仮にイベントによる強制分離だとしても、ガルーダの手によるものなら必ず気づく。
(チッ……三割ってトコか。もっと削るつもりだったのによ。しょっぺえ戦果だぜ)
だがどちらにせよ、割り込みのタイミングとしては絶妙だった。
あのまま殴り続けていれば、『天昇・神威覇勁』が切れる前にもう少しは削れたはずである。一回のダンジョンで一度しか使えぬ虎の子がこんなことでご破算とは、まったくもって業腹だった。
「相手はたかだか数人やぞ? そこまでやられるとは、どういうつもりじゃ?」
『……返す言葉もございませぬ』
「カカカ。なんじゃ、ぶち素直じゃのぉ――ふぅむ」
ちらりとヴィシュヌの双眸がこちらを向く。
それは獲物を見つけた捕食者の笑み。
絶対強者のみが持ちうる、嗜虐の顔だった。
「まぁ気持ちは解らんでもないのぉ。ちっとワシも興が乗ったけぇ。遊ぶとするか」
「……随分と早い心変わりだな? 神様ってんなら自分の言葉には責任持とうぜ?」
「ワシは最初から参戦しないとは言ってないじゃろう? カカカ。それに神なんてもんは、元来気紛れのかたまりじゃぞ? ワシなんぞ優し過ぎるくらいでのぉ」
笑いながらヴィシュヌが跳ぶ。
いつの間に現れたのか、次なる腰掛けに選ばれたのは祭壇だった。それ自体が淡く発光する聖石の産物――この世界で最も尊い場所を自ら蹂躙しながら、天界の主は高らかに告げる。
「さぁて。そんじゃあ狂えや、ガルーダ」
『……は。しかし』
「この期に及んで繰言はやめぇ。ワシまで引っ張り出したんじゃ。相応の責任は取ってもらわんとのぉ?」
『……御意。それでは暫し、見苦しい姿を御見せ致します』
「カカカ」
正直、言葉の意味は解らなかった。
だが何か良くないイベントが進行中であることは理解出来たし、次の瞬間には言葉の意味さえも十全に理解する。
「……うわぁ」
「何の冗談ですか、これ……」
――いや、理解せざるを得なかったと言う方が正しいか。
端的に言えば、ガルーダの肢体が膨らんだ。
一回り身長が高くなっただけでなく、痩躯だった肉体が筋骨隆々の鎧へと変貌、纏っていた炎の体毛も猛然と燃え盛る。
「見てくれ通り、こいつは元々神獣じゃ。神には違いないが、本質は獣じゃけぇのぉ。理性へ割り振っていただけの力を解放すりゃあ……この通りじゃ」
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
理性を失くして猛るガルーダの大音声が、ステージ全体を激しく揺さぶった。
先ほどまでも充分過ぎるほど怪鳥に相応しい吠えっぷりだったが、比ではない。五月蝿いとかそういうレベルをとっくに超越し、ト○コでいえばゼ○ラ級の破壊音と化していた。
「それじゃ第二ラウンド開始と行こうかのぉ! 精々楽しませてくれよ? カカカカカ!」
『ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
「うおっしゃあ!」
飛び込んでくるガルーダにあわせ、鷹もまた地面を蹴る。
イベント中にありったけのアイテムを使い、MPの回復は済ませてあった。未知数の相手に一当たりして実力を測るのは前衛の役目、ましてそれがパワーアップしたガルーダとなれば、他の奴には決して譲れない獲物――。
(や、べぇ!?)
だが接敵の刹那、鷹はあっさりと押し負けた。
その圧力たるや、巨大な竜種にも匹敵しようかというレベルである。
これは突撃の推力だけでは賄えるものではなく、恐らく単純なSTRも遙か高みにあるだろう。
「ハ!」
吹き飛んだ先で横へと跳躍。ガルーダの追撃を回避しながら、鷹は呆れて笑った。
STRだけでなくAGIもずば抜けている。まったくもって怪物のステータス、流石はインド神話最強の神鳥だ。
まさに――このクエストの締め括りに相応しい!
「行くぜバケモン!」
手加減は不要。躊躇もまた不要。
確実に己よりも強い相手を向こうに回し、狂戦士もまた狂ったように吠え猛る。




