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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その13

 流石というべきか、商人の情報は正確だった。


 最上階のダンジョン構成は単純明快、超巨大な立体迷路。

 ワープホールとスイッチ類を駆使した造りはもはや迷宮と呼ぶべき仕上がりだったが、『キズナ』は十分足らずでその迷宮踏破を成し遂げる。


 いかな迷宮とはいえ、ルートさえ押さえていれば問題はない。


 何の情報もなく挑んでいれば間違いなくタイムアップだっただろうが、そこはそれ、知己を頼るのもパーティーの才覚ということでひとつ。


「お兄ちゃん。誰に言い訳してるの?」

「心を読むな」


 雪音といつものやり取りをこなしている間に、最後の扉が開かれた。


 まず見えたのは広い――最初の大広間にさえ匹敵しようかという広さの空間である。もはやお馴染みになりつつある、神聖さと荘厳さを兼ね備えた聖石をふんだんに使った、この世界で最も尊い場所。


 その、中央に。


「なんじゃあ、随分と待たせてくれたのぉ?」


 孤高なる神霊が玉座に鎮座していた。


 同時に響き渡る、盛大な絶大な膨大な莫大な音の奔流。否が応にも気分を盛り上げるそれは、疑いなくイベントシーンへの導入部だろう。


「――――――」


 だがしかし。

 生憎ながら、そのイベントは一護の脳にほとんど入ってこない。それは恐らく他のメンツも同様。てっきりガルーダが待ち構えていると思っていた一行にとって謎の男の登場は不意打ちであり、そして同時にかつてない衝撃を受けていた。


「まぁここまで来れた奴は初めてじゃからの。ちったぁ大目に見ちゃるわい」

(な……)


 一護が発動したのは『観察』の低級スキルである『スキャンニング』である。


 敵キャラのパラメーターを漠然と把握するスキルで、相手が初見の場合は必ず使うことがEGFの常識だった。それほど精密な値を知れるわけではないが、それでも最大HPの目安や、パラメーターの偏りから敵の傾向は読み取れる。


 だが。

 だが、だが。


「ワシが天界(ここ)の主じゃ。よろしゅう」

(強過ぎる……!!! なんだこいつは!?)


 天界の主と名乗った男は、一護が今まで培った常識を覆すほどの“怪物”だった。


 見た目は単なる優男である。

 髪は発光する青、双眸に宿した獣のような野性味と深い知性は凡百のものではなく、いっそ傲慢なまでに玉座へ腰掛ける姿は――成る程、ただならぬ威厳と神格に満ちていた。


 しかし、この男の真価はそんな目に見える部分ではない。


 『スキャンニング』で確認したステータス。

 この怪物は、その項目いずれもがこの場で最高の値を誇っていた。前衛を究めた鷹も後衛として突出した小雪をも上回り、万能でありながら最強も兼ね備えるという、チート染みた能力値を持っている。


「なんや黙りよって。つまらんのぉ。神たるワシが名乗っ取るんじゃ、お前らも名乗るのが筋ってもんじゃろうが」

「……『キズナ』の一護だ」


 冷や汗を流しながら、イベントに乗っかって一護は応えた。


 答えない選択肢もあったが、今は混乱を立て直したい。変にイベント中断で戦闘開始、となるより問答で時間を稼ぐ方が遙かに有意義だろう。


「ここには依頼で――」

「ああ、御託はいらんぞ? 用向きは解っとるけぇ。のぉ、ガルーダ?」

「御意」


 主の呼びかけに応え、唐突に天空から鳥人が舞い降りた。


 一護達へ一瞥すらくれることなく、膝を折って頭を垂れる。

 一階であれほどの気位を見せた獣も、主を前にしては忠節を尽くす騎士のようだった。


「そこな娘は我らが“歌声”の所持者。我らの警告に従い、馳せ参じた次第です」

「……そうだ。お前達が返せって言うから、この子は歌を返しに来た。出来ればそれで手打ちにしてくれると助かる」

「そうか。そりゃご苦労じゃったな」


 一護の言葉に、王は傲然と頷いて。


「でも別に要らんわ。んなモン」

「な――」


 ――とんでもないセリフを吐いた。


「その程度の奇跡、この世界にゃゴロゴロ転がっちょる。少なくとも、一度くれてやったもんを積極的に取り返そうってほどのモンじゃないけぇ」

「ま、待て! それじゃ、何で!」

「いや、これが傑作でのぉ! そこのガルーダは忠義者やけぇ、宴の席でワシが冗談半分で取り戻すか言うたら、本気にしよってな! 勢い勇んで飛び出していきよった!」


 腹を抱えて男は笑う。

 子供のように手を叩き、口元に醜悪な笑みを浮かべて。


「まぁ止めるのもたいぎぃからのぉ! 放っといたら、お前らみたいなイキのいい奴らが来たっちゅーわけじゃ! ご苦労なことよ! 傑作じゃろう! うわはははははは!」

「そ……それじゃあ、私達の国が襲われたのも……」

「ん? おお。勘違いじゃ。すまんの」

「……いやぁ。ここまで腐ってくれてると、何も言えないですねぇ」

「外道が……」

「本当にそう思ってんなら土下座しなょ。クソ野郎」

「ああ。そんで、ついでに死ね」

「――貴様ら」


 一瞬で空気が沸騰した。


 男の態度は一護達にとって看過できないものだったし、ガルーダも主への暴言は許せないのだろう。だがその程度の緊張は、男からすれば気にするほどのものでもないらしい。


「何をそんなに怒ってるのか解らんのぉ。かばちたれんなや、阿呆共」

「……なんだと?」

「ワシとお前らじゃ、文字通り世界が違う。なんで天界の主たるヴィシュヌ様が下界なんぞを気にかけなきゃいけないんじゃ? んなこと知るかい。自分らの世界じゃけぇ、自分達でなんとかすんのが当ったり前やろが」

「……だからって、壊していい道理はねぇよ!」

「強いモンが弱い奴に何してもいい。それこそ道理じゃろが。甘ったれたことぬかすなや」


 男――ヴィシュヌの言うことも、確かに一面の真理はあるだろう。


 何しろ古来から伝わる最もシンプルな“法”だ。秩序だっているとはいえ、人間世界も大枠ではその理からは抜け出せまい。


「雪音」


 だが。


「葵、鷹、ゼロ、小雪、レイ、アカ」


 それで納得出来るほど、一護は。

 一護達は、大人ではなかった。


「――闘るぞ。こいつは殺す」

「カカカ。やれるもんならやってみぃ」


 瞬間、動いたのはほぼ同時。

 ヴィシュヌに殺到する鷹、レイ、葵――特に血の気の多い三人衆に相対するは、その護衛たる鳥人ガルーダである。


『ケエエエエエエエエエエエエ!!!』

「ハ、今度はそう簡単にいくと思うんじゃねぇぞ!」

「そうっすよ!」


 その構図は最初の遭遇戦のようでいて、しかし明らかに違っていた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

『ぬう!』


 あの時、ガルーダは四人の前衛を捌き切るという神業を披露したが、今回は鷹とレイの二人を相手に余裕がない。葵の援護も含め、反撃する機を一切見出せずにいた。


 理由は二つ。


 一つはこちらの陣営がフルステータスであり、アイテム消費を気にしなくなったことによる精神的な優位性。ダンジョン入り口だとどうしても無意識でブレーキが働くが、ラスボス戦で出し惜しみするはずもなく、思うままに力を振るえる。


「はっはー! ほらほら、ちゃんと護らないとダメだょ!」

『き、さまぁ!』


 そしてもう一つが――攻守の逆転。


 主たるヴィシュヌを護らんとするガルーダは、動きを大幅に制限されていた。ヴィシュヌを狙った葵の攻撃は正確無比で、いっそ悪辣とさえ言っていい。


「そいやっと!」

『ぬぐっ!』

「ハ! 集中足んねぇぜ!」

『グ!?』


 主への攻撃を防いだのは見事。

 だがそれで体勢が崩れ、鷹の一撃をモロに貰ってしまう――その隙を逃さぬ追撃を受け、徐々にガルーダは追い込まれていた。


 戦況は有利。

 一護達も本格参戦すれば、恐らくガルーダを一気に叩ける。


「ほおう。中々やりよるのぉ。んで、お前らは行かんのか?」

「…………」


 そう解っていながら、しかし他のメンバーは動かなかった。

 ヴィシュヌ自身は泰然自若、動く気配もなかったが、それでも図抜けた怪物だ。警戒はとても解けない。


「……アンタが怖いからな」

「カカ。まぁ正しい判断じゃが、心配はいらんけぇ。しばらくワシは観客じゃ」

「観客?」

「おうとも。こんな面白い見世物、滅多にないけぇのぉ。楽しまんでどうする」

「雪音。どう見る?」

「……多分、本当だと思う。“しばらく”って言ってるし、パラメーター的にも本格参戦されたら、ゲームバランス崩れちゃうから」


 一護も同じ意見である。

 先ほどの言動を見る限り、ヴィシュヌに置く信は一片たりともなかった。奴は動かないと言っておきながら、気分次第であっさりと前言撤回するだろう。


 だがゲームとしてなら話は別だ。

 バトル有りのゲームで、圧倒的な戦力差はクソゲーである。『風見鶏』がクリアしていることも考えれば、彼女の判断は妥当なところだろう。


「ゼロ。お前は現状維持」

「はいな。お任せください、ご主人」

「他は戦線へ加わる。雪音、全体の指示出しは任せた」

「……うん。気をつけて、お兄ちゃん」

「おう!」


 これがラストバトル。

 遅ればせながら最後の戦いに、一護もまた参戦した。

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