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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その12

 攻略自体はおおよそ順調だった。


 探索(クエスト)班は無事に戦闘(バトル)班と合流。再び九人体制となった一護達は残るフロアも堅実に踏破していった。アイテムは残り少なくなっているものの、脱落メンバーはおらずコンディションは良好。


 ダンジョンの難易度と制限時間から換算して、恐らくは今が最上階だろう。初挑戦にしては上首尾な結果である。


 ただし――。


「おい一護。やべぇぞ」

「だね。アウトじゃない?」

「……解ってるよ」


 ただし――時間が不足しているのを、除けばだが。


 このダンジョンに課せられた制限時間は六時間。

 最初の大広間での激闘と回復、班を分けさせられてのダンジョン探検、その後もクイズ染みた知恵比べやらスネークばりの隠密行動やらアクション映画のような罠の数々やら――諸々の意地が悪過ぎるダンジョン構成に、時間は確実に削り取られていた。


 一護達はここまで五時間で四階層を突破してきたが、それはつまり単純計算で75分/階ということであり、残り一時間ではどう足掻こうと間に合わない。


(流石に最上階は簡素だろうけど……ボスバトルがな……)


 こういったゲームの例に漏れず、EGFにおいてもボスは硬かった。


 一階で対戦したガルーダを仮想ボスとして考えると、恐らく最短でも倒し切るまで十五分。しかもそれは『キズナ』メンバー全員でガルーダ単体へ挑んだ場合であり、眷属やらザコ敵がいる場合、軽く倍はかかる。


 つまり最低で四十五分、出来れば十五分で最上階を踏破しなければならないわけだが――。


「……無理だな」

「うん。無理だと思う……」

「同意」

「無理ですねぇ」


 一護の呟きに『キズナ』の知能班(雪音、アカ、ゼロ)も同意を返した。


 経験上、この三人がダメと断言するものは、ほとんどがダメである。

 極々稀に大丈夫なこともあるのだが、今回は常識的に考えても難しいので、まず可能性は0だろう。


「……仕方ない。あいつに頼るか」


 とはいえ攻略を諦めるつもりもなかった。


 もう一度このダンジョンをプレイするのが面倒くさいというのもあるが、それよりランと接した時間を無駄にしたくはない。たかがNPCキャラとの会話と思うなかれ。一護達にとって、彼女は既に戦友といえる立ち位置である。


「みんな、いいよな?」

「うん」

「いいょ」

「ああ」

「どんとこいっす!」

「もちのろんですねぇ」

「~~~(こくこく」

「如何様にも」

「え? え? え?」


 全員の同意(ランのみ戸惑い)を得て、一護は『ウィスパーチャット』機能を起動。


 それはエリア違いの相手と連絡を取れる、数少ない手段だった。

 感覚としてはメール機能に近い――文字だけの羅列になるため状況が伝えにくいのがネックだが、プレイヤーなら誰でも無料で使えるアドバンテージは大きく、一般的な通信手段としての地位を確立していた。


「お。反応早いな」


 今回のように、ケチが服を着ているような相手なら尚更である。


 故にシステムポップアップを確認した一護は、反射的に『ウィスパーチャット』を開こうとしたのだが――。


「……え? 通話?」


 一護への返答はメールではなく電話。

 それなりに希少なアイテム、『ストーンフォン』による音声通話の告知だった。


「マジで? でじま? マジでじま?」

「なに考えてやがる、あの野郎……」

「……お兄ちゃん。気をつけてね?」

「ああ」


 当人が聞けば憤慨しそうな言われ様だったが、完全に自業自得なのでフォローはしない。


 覚悟を決めた一護は、一つ息をついて通話へ出た。


「……もしもし?」

「随分と楽しいミッション中のようだな」


 最初から不意を打つ声。

 あまりにも現実と同じ声音に、ぼんやりとくすんだ銀髪を幻視する。作り物めいた冷ややかな瞳を愉しげに歪ませている姿まで垣間見えて、一護は苦笑した。


「いきなりご挨拶だな、商人」


 氷月商人、プレイヤー名:あきんど。


 現実世界では同じ学校へ通う知り合いであり、EGFでは重要な取引相手――世界でも有数の商都を築き上げた大豪商である。


「ストーカーかお前は。人の動向を把握してるんじゃない」

「俺に情報が入るような行動をする方が悪い。お前達クラスのギルドならクエストへ行くだけで噂になるからな。知られたくなければ、もっと周囲の目を気にするべきだ」

「それじゃクエスト行けないだろうが。お前の情報網がおかしいんだよ」

「褒め言葉と受け取ろう。それで? 目的は『歌声よ、天上に還れ』の情報か?」

「ああ。ダンジョンの最上階までは来たけど、時間がない。攻略データはないか?」

「あるにはある……が、対価は?」

「100万」

「安過ぎる」

「200万」

「話にならん」

「……500万」

「一護。時間がないのではないのか?」

「…………何が望みだ」


 根負けした一護が唸る。

 そもそもがこちらの依頼である上、交渉事における地力が違い過ぎた。あっという間にペースを握られた焦りは、しかし次の瞬間に吹き飛ぶ。


「俺の希望は唯一つ。『ヒュペリオンソード』だ」


 商人の要求はあまりに壮大で、幾らなんでも相場と釣り合わなかった。


「……おい! それはボりすぎだろ!」


 『ヒュペリオンソード』。

 実装されたばかりの神話級武装であり、術法剣士の一つの答えとまで言われる長剣。性能はもちろん、コレクター魂をくすぐる意匠で非常に高い人気を誇っているが、最高難度のレア報酬アイテムのため、所有者は十人にも満たない。


 それ一本で城が建つという戯言を、笑い飛ばせないくらいの逸品だ。


「アレが報酬なら、最低でもダンジョン構造と敵リストと探索内容を網羅した教本じゃないと釣り合わん」

「ふむ。一般論としてはそうだろうが、今回は実装直後のダンジョン。しかもクリアしたギルドは『風見鶏』だけという極悪仕様だ。賭けてもいいが、お前達の伝手で有益な情報を持っているのは俺だけだろう」

「…………」

「それに、その難易度のクエストなら他にも良い品は出ているだろう? 商売に携わる人間としては1か0の賭けに出るより、0.5を得ておいた方が良いと思うがな」

「好き勝手いいやがって……」


 それでいて、それなりに納得出来るからタチが悪い。

 確かに商人の言う通り、ドロップは出ていた。伝説級が1つに遺産級が4つ、財宝級以下は10以上――流石は最難関ダンジョン、結構な大盤振る舞いである。


「……先に聞かせろ、商人。お前の情報の内容は?」

「最上階のルート案内だ。残念ながらボスは『風見鶏』も情報を出し渋って不明だが、充分だろう?」

「……クエスト失敗か、『ヒュペリオンソード』が出なかった場合は?」

「無料で構わん。その時は俺の見込みが甘かったということだ」

「…………珍しく殊勝だな?」

「一度に全ての林檎をもぐ商売人はいない。お前達なら、まぁ妥当な投資だろう」

「……………………解った」


 黙考の果て、一護は小さく頷いた。


 一方的に要求を呑んだような形だが、実はそれほど不利な条件ではない。『ヒュペリオンソード』の出現率はかなり低く、幸いにして『キズナ』で術法剣に特化したメンバーはいなかった。精々コレクションとして飾るか、イカヅチに売り捌いてもらうのが関の山である。


 まぁ商人のことだ。そこまで読んでの提案だったのだろうが――。


「契約成立だ。データをくれ」

「すぐに送ろう。吉報を待っている」


 ともあれ、ここに契約は成った。

 あとは最上階を駆け抜けて、まだ見ぬボスを撃破するのみ。


「あたし達の戦いはこれからだ!」

「勝手に打ち切るなよ!?」


 もうちょっと続くんじゃよ? いや、ホントに。

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