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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その11

 探索は難航を極めた。


 何の目印もない空間は精神力を削り、緩やかなカーブは時間間隔を奪う。それでいて隠されたアイテムは肉眼で判別できない――手っ取り早いのは葵のようにスキルを使うことだが、通路全てを網羅するだけの時間、スキルを使い続けるのは不可能だった。


 ではどうしたかというと、簡単な話。


 ――『壁ドン』である。


 断っておくと、最近CMで有名なアレではない。前に雪音に頼まれてやったことはあるが(可愛らしくはにかまれた)、今回は違う。


 誰しも経験があるだろう。プレイヤーキャラクターを壁沿いに走らせて、隠し扉がないかを確認する力技だ。ゲーム画面だと顔面火傷しそうな絵面だが、EGFではもう少し細かな調整が利く。両サイドに広がった一護とアカが、それぞれ武器を壁にこすりながら進んだのだ。


 泥臭さの極致である。


 華麗さの欠片もなく、一護は葵がこの場にいなくてよかったと心底思った。あの見栄っ張りはこの作戦に反対しただろうが、実際に幾つか隠し部屋を発見したのだから文句は言わせない――。


「……これで何回目だ。雪音」

「えっと……当たりが四回で、外れたのは十五回か十六回くらい……かな?」


 と思ったが、それだけの数で無駄足を踏んでいれば、やはり文句は言われるかもしれない。


 扉を開ける度にほとんどが強制ワープの刑に処され、いい加減、一護の心も折れそうだった。腹いせにゼロをおちょくるくらいしか、ストレスのはけ口がない。


「くそ、流石はゼロと張る性格の悪さだ。厄介な迷宮にしやがって……」

「だからご主人。流れ弾で僕の株を下げないでください。そろそろストップ安ですよ」

「元からさして高くないだろう」

「アカまで便乗しないでください。お姫様が変な印象を持たれたらどうするんですか」

「…………(さっ」

「目を逸らさないでくれませんかねぇ!?」

「良かったなゼロ。ランはしっかり理解してくれたみたいだぞ」

「嫌な方向にですよね!? というかアカ、あなたがちゃんと見分けてくれれば、何の問題もないんですよ! つまり『僕は悪くない』!」

「クマーやめろ。それにそれが出来ないから苦労しているんだろうが」


 無論、隠し扉に色々とスキルは試していた。


 だが扉の機能は一貫して空間転移――違うのは“どこに”飛ばすかだけであり、見分けるだけの違いは元々ない。部屋か通路か、ただそれだけだ。


「それをいうのならゼロ。我がヒカリソウの種を持っていたからこそ、こうして探索が進んでいるのだが? 目印がなければ遭難必至だったぞ」

「むぅ。屁理屈を」

「理屈だと思うなー……?」

「お」


 みんなでゼロをいじめていたら、また隠し扉に突き当たった。


 一応警戒はしたが、扉を開けてみれば、先ほどと同じ転移用の亜空間である。当然だが当たりかハズレか解りもしない、今まで通りの出たとこ勝負。


「さて、行くか」

「……当たりだといいね」

「当たりといえば、当たり部屋にあるスイッチは何なんですかねぇ? 押しても反応しませんでしたし」


 今更ながら、はてなとゼロが首を傾げる。


 一護達が“当たり”と呼んでいる扉は、転移で個室に繋がっていた。部屋の内部にあるのは隠しスイッチが一つだけ、他には何もないとあからさまに怪しい代物である。


「さぁな。全部押すと次のエリアとか、押したら次の扉が開くとか、そういう類じゃないのか?」


 今もって何一つ解らないというのは確かに気持ち悪かったが、議論していても仕方ない。


 今日だけで数十回も感じた浮遊感に辟易しつつ、大人しく次の世界を待ち――続いて広がった光景に目を瞬いた。


「お……ここは……」


 そこは初めての部屋である。

 通路ではない。先ほどまで“当たり”だと思っていた小部屋でもない。


 規模は小さいながらも聖石に囲まれたそこは、強いて言うなら一番最初の神殿に近かった。まさに“大当たり”というべき威容。随所に備わった神々しさは神性と呼ぶべ、き、か――?


「……って、おい」


 息を呑む。

 部屋の中央にただ一つ置かれていた(オブジェ)の中へ散らばった、無数の輝ける炎の羽根を見て。


「……もしかしなくても、ここって」

「あやつの住処……でしょう」


 全員の脳裏には等しく同じ姿が映し出されていた。

 人の体に鳥の顔と巨大な翼。つい先ほど接敵した生きる炎、神鳥ガルーダの姿が。


 そう考えれば、この神々しさも当然である。


 部屋は住民の匂いを真似るという。神殿にて圧倒的なインパクトを植えつけたガルーダが主であれば、むしろこの程度は控えめだろう。


「……というか、ランが歌わなかったら、ここでガルーダと戦うハメになってたのか?」

「あ、あはは……多分、そうだね……」


 一護以下、『キズナ』メンバーに冷や汗が流れる。


 戦闘(バトル)班と探索(トレジャー)班に分けておいた挙句、探索(トレジャー)班にラスボスクラスのモンスター配置とか鬼畜の所業。無理ゲーにも程があった。


「しかし、もぬけの殻とは……あやつめはどこに?」

「そうですねぇ。ユキ達のところへ行ってなければいいのですけども」

「うん……多分、ダンジョン後半だと思うけど――」

「あー、はいはい。そこまで」


 強制的にメンバーの思考を打ち切る。

 一護とてガルーダの動向は気になるが、推測しか立てられない内容を延々議論するつもりはなかった。余計な手間をかけさせられている今は、尚更時間が惜しい。


「推測するのは後で出来るし、今は少しでも進むほうが先決だ。ないとは思うけど、それこそガルーダが帰ってきたら全滅だぞ?」

「……うん。ごめんなさい、お兄ちゃん」

「気にするな。全部ゼロの責任だ」

「今度こそ完全に僕は悪くないですよねぇ!?」

「お約束だろ」

「勝手にオチ要員にしないでください……うぅ、ユキ。早く合流したいですよぅ……」

「あはは……だ、大分弱ってるよね……もう少し手加減してあげたら?」

「お姫様ぁ! 僕の味方はもう貴女だけです!」

「いい加減にしろ、情けない!」


 ランへ縋りつこうとしたゼロをしばいたところで、全員から苦笑が漏れた。


 当人には悪いが、綺麗にオチたところで視線をアカへ送る。

 無言で頷き返した忍は、即座にスキルで部屋全体を見渡した。葵のフェローなのに出来た子である。(失礼


「目に付く範囲に隠しオブジェクトはありませぬ。先ほど大殿がご推測された通り、あの鳥と戦うための場所だと思われますが」

「…………」

「お兄ちゃん? どうしたの?」

「……いや、なんか引っかかってな」


 それは単なる勘だった。


 アカの力量を疑っているわけではない。むしろ安定感という意味では『キズナ』随一の職人、その精度は葵などよりよほど信頼出来るが――その信頼感すら、このダンジョンへの不信感が上回っていた。


「こういう、“如何にも”な部屋に何もないってのが信じられないだけだ。今までが今までだったからな」

「アカ。本当に何もないので?」

「使えるスキルの範囲内で、だがな……すみませぬ、大殿。力不足かもしれません」

「いや、だから確証はないんだよ。それよりこれ以上、時間食う前に――」


 戻るぞ。

 そう続けようとした一護だったが、その前に動いた奴がいた。


「『スパイラルウィンド』」


 呪文と共に風が逆巻く。

 『風魔術』の『スパイラルウィンド』――小型の竜巻を発生させる中級スキルを使ったのは、一護の可愛い妹だった。


「……雪音?」

「とりあえず確かめてみよう、お兄ちゃん。本当に何かあるかもしれないし」

「……お前、俺の言いがかりみたいな直感を信じるのか?」

「えへへ。私がお兄ちゃんを信じないはずがないよ」


 嬉しいことを言ってくれる。


 雪音の操る風はあっという間に室内を満たした。台風と呼んで差し支えない荒ぶる風に押され、大きな軋み音が鳴る。


 当然だ。雪音の完璧なコントロールで一護達は影響を受けていないが、中級レベルのスキルは控えめに表現しても“異常”である。どんなに低く見積もっても、この風の流れは自動車程度なら簡単に飛ばせる風圧まで高まっているだろう。


 ――だが。


「…………これは」


 それは現実世界の話。

 EGFのフィールド、それも上級ダンジョンに属する此処が中級スキルで揺らぐことなんてありえない(・・・・・)。超人や怪物が跳梁跋扈する世界では、その程度の威力で壊れるようなヤワな作りにはならないからだ。


 それが揺らぐとすれば、それは――。


「……そこ、かぁ!!!」


 ――破壊可能オブジェクトのみ。


 渾身をこめた一護の双剣に、入り口とは反対側の壁がひび割れる。二度三度と斬撃を繰り出し、トドメに蹴りを入れると、弱体化していた壁はようやく崩れた。


「……なるほど。こういう仕組みか」


 破壊した壁の向こうには、通路が広がっている。

 恐らくは次のステージへ進む本命、探していた正解ルートだろう。


「…………大殿、申し訳ありませぬっ!」

「いや、まぁこれは仕方ないだろ」


 大仰に謝罪するアカだったが、これは言葉通り仕方なかった。


 『探索』スキルはあくまでも“隠された”ものを見破る技能である。見えないもの、偽装されたものには滅法強いが、“元からある”ものについては通常の視覚と何ら変わらない。


 つまり破壊の可否に拠らず、壁は壁としか認識されないのだ。普通のゲームでも度々見られる手法ではあるが、嫌らしい落とし穴もあったものである。


「気にするなとは言わないから、次がんばれ。期待してるぞ」

「――御意ッ! ご厚情、感謝いたします!」

「こうしてまた忠誠心が高まる、と……流石はご主人、超級フラグ建築士の名は伊達ではないですね(ごくり」

「ゼロ、ちょっとこっち来い。殴る」

「さぁ先へ行きましょうかねぇ! ちゃっちゃと進んじゃいましょう!」


 言葉通りにずんずんと進むゼロは、あからさまに焦って扉の向こうへと消えた。


 見事な早業である。

 誰も追従しないままゲートを通ったわけだが、出先でモンスター大量出現とかしていたらどうするつもりなのだろうか。


「あはは。逃げられちゃったね、お兄ちゃん」

「自分のフェローなのに頭痛いな……あ、そうだ。雪音」

「んぅ?」

「よくやってくれた。おかげで無駄な時間食わずにすんだ。ありがとうな」

「あ……えへへ、そんなことないよぉ……私はお兄ちゃんの言う通りにしただけで……」

「そんなことないだろ。とにかく助かった。だからこれはご褒美(なでなで」

「んぅ~~~~~♪」

「…………う~ん。ゼロくんの言う通り、一護くんってナチュラルボーンジゴロだと思うけどなぁ……?」

「ランにまで言われるとは思わなかった」


 というかNPCの反応設定どうなってるんだ。開発のレベル高過ぎだろ。

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