外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その10
ゼロは忠実にして従順な下僕である。
残念ながらあまりそう思われていないかもしれないが、当人は本気でそう思っていた。
『キズナ』は最高である。
嫌なメンバーなど微粒子レベルで存在せず、命すら投げ出せる面々が一堂に会した奇跡のチーム。主人の影響か、好き嫌いがわりとハッキリ存在するゼロとしては珍しい、否、他にはありえない場所だ。
その中でも特に一護と雪音へ抱く忠義は紛れもなく本物であり、他の誰と比べても揺ぎ無いと信じている。
「ああ……やっぱり」
だがそんなゼロを以てしても、目の前の光景には苦笑を禁じえなかった。
「姫様。お気を確かにお持ちくださいね? 決して投げ出しちゃダメですよ?」
「へぅ? え、あ、えっと……は、はい」
気を遣って、思わず隣を歩く姫様に警告までする始末である。
「……不敬だぞ、ゼロ」
「仕方ないじゃないですか」
生真面目なアカにはため息交じりの返答。
ついでに視線を前方にやると、そこには幸せそうな笑顔×2があった。(ゼロ視点)
「えへへー♪」
「こら。くっつきすぎだぞ、雪音」
言葉通り、目の前にはくっつく二人の主人。
一護の腕をしっかり抱きかかえ満足度100%の笑顔を浮かべる雪音と、口では嗜めながらも満更でない様子がありありと見え隠れする一護。
いつものことだが、あえて言おう。バカップルであると!
「あの様子を見て、不敬だとかよくそんなことが言えますねぇ。僕が言わなくちゃ、お二人は益々エスカレートされますよ?」
「……大殿と姫君の仲が良いのは素晴らしいことだろう?」
「薬も過ぎれば毒になりえますんでねぇ。というか今、目を逸らしましたよね?」
「気のせいだ」
「そうですか。しかしアカだって葵様の手前、面白くないんじゃないですか? 僕としてはユキ共々嬉しさ120%ですけど」
「…………」
よからぬことを言いかけたのか、アカが開きかけていた口を閉じた。
残念。普段から中々本音で語らない彼も、葵がいない今なら素直に口を割るかと思ったが、そう上手くはいかないようである。
「あ、あの」
「はい?」
「あの二人って、やっぱり……そういう関係なのっ?」
否。
ゼロも予測していなかった部分、思いもよらぬ食いつきがあった。
(なるほど。これが新しい発見というものですか)
考えてみれば、お姫様といえども一人の女子。
特に雪音達と同世代ともなれば、こういう恋話が好きでも不思議はない。むしろ好きで然るべきだと、どこに憚ることもなく断言できよう。
故に。
「ええ、そうですよ」
ゼロはさらりと言い放った。
決して新しいおもちゃを見つけたからではない。
お姫様からの問いかけともなれば、それに応えるのは民の義務だろう。別に戸籍とかないけど、きっとそうに違いない。
「見てください。あのラブラブっぷり。信頼と実績の笑顔。まさに愛」
「愛……(ゴクリ」
「……否定は無粋か」
「待て待て待て待て。ちょっと待て!」
「なんですかご主人。今いいところなんですけど」
「俺が空気読めないみたいな反応すんな! 何がいいところだよ!?」
「ほら。ご主人と雪音様が一つになった(物理)ように、僕たちも一つになった(精神)じゃないですか」
「その表現嫌だからやめろ!?」
「葵様ならドヤ顔する言葉遊びだったんですけどねぇ。ほら、雪音様には好評みたいですし」
「はぅ……んにゅ……えへへ。一つに……だって。えへへ、お兄ちゃんと……えへへへへ♪(てれてれ」
「ああクソ、無駄に可愛いから手に負えないなコイツは!」
今にも暴れだしそうな一護だったが、片腕を抱かれていてはそうもいかない。
雪音のトリップが今回は長そうだと早々に見切りをつけ、言葉による反撃を試みてきた。
「大体俺と雪音は兄妹だぞ。ラブラブとかいうな!」
「えぇ!?」
「何でそんなに驚くんだよ!?」
だが遅い。
ラン姫が驚愕の声をあげたように、この場において一護の立場は既に決まっていた。ゼロが仕掛けた時点で、勝ち目など一ミリもなくなっているのである。
「雪音が『お兄ちゃん』って俺のこと呼んでただろ!?」
「て、てっきりそういうプレイかなって……」
「どんだけ上級者なんだよ俺達は!?」
「間違いなく廃プレイヤーですよねぇ」
「……至高のな」
「アカまで!?」
「うにゃ!?」
ついにアカにまでダメ出しされて、本格的に一護が崩れ落ちた。
その挙動に引きずられた雪音が、こてんと豪快にすっ転ぶ――EGFの肉体は転んだ程度でダメージはなく、むしろその衝撃でトリップより帰還したようだ。
「…………えっと。お兄ちゃん。起きよ?」
「……ああ。そうだな」
「見てください、あの連帯感。長年連れ添った夫婦そのまんまですよ?」
「で、ですよね。ああいうのって、少し憧れちゃうな……」
「もう突っ込まん。突っ込まんからな!」
「大殿。それは突っ込んでるのと同じです」
「やかましい!」
遊び放題、いじりたい放題である。
いつもならとっくにゼロがお仕置きされて幕引きになる場面だが、ラン姫がいるおかげか、一護の実力行使がなかった。急いでいるというのもあるだろうが、これは中々の見世物である。
「あの……一護くん」
――しかもこのお姫様。
引っ込み思案に見えて結構ズバズバ言うタイプらしい。
「……今度はなんだよ?」
「ずっと気になってたんだけど……」
不機嫌な一護の剣幕に押されることなく、更に一歩踏み込んだ。
「それって『連なる絆のペアリング』……だよね?」
「ぐ」
(おおっ!?)
その言葉に一護は詰まり、ゼロは胸中で喝采をあげた。
だがそれも当然だろう。
EGFにおいて、一護と雪音がしている指輪にはそれだけの意味が込められている。
「そうですよねぇ。『連なる絆のペアリング』はオークションでも大体が最高値を記録する逸品。何しろ伝説に謳われた、最高峰の結婚指輪ですから」
特殊クエスト、『アダムとイヴの楽園脱出』でしか入手が可能な伝説級のアイテム、それが『連なる絆のペアリング』だ。クエスト参加条件は男女のペア、クリアに必要なのは“強さ”ではなく“コンビネーション”という異色ダンジョンであり――何故そんな仕様なのかといえば、まぁそういうことであるかららしい。
「いやこれ強いんだぞ!? そういう意味で着けてるわけじゃないからな!?」
「そりゃ僕達は解りますよ? でもお姫様や『庭の民』の方々にとっては、クエスト中の効果なんて二の次ですからねぇ。人気があるのは別の理由でしょう。お姫様、ご存知で?」
「えっと……確か“相手の大まかな位置と感情が解る”、“テレパシーが使えるようになる”、それから“外したら壊れる”……だったっけ?」
「大正解。パーフェクトですよ」
ラン姫が勘違いするのも当然と言えた。
要するに、この指輪は強力な浮気防衛装置なのである。
位置と感情が筒抜けになるというのは、非常に大きなデメリットだ。嵌めるだけで相当な覚悟を求められるこのペアリング、少なくとも兄妹で着けるペアなどまずいないだろう。
「というわけでご主人。何か反論あります?」
「……ある。あるけど、言ってもどうせ聞かないんだろ。お前ら……」
「そんなことはありませんよ。僕は忠実なご主人のしもべですからね――まぁ、雪音様があの笑顔では、説得力皆無ですけど」
「~♪」
ちらりと目を向ければ、雪音はにこにこ笑顔だった。
改めて指輪の意味を思い返していたのだろう。当然のように左手薬指へ嵌められたリングを撫でながら、恍惚の笑みを浮かべている。
「……もういい。開き直る」
その表情を確認した一護が、結局白旗を揚げた。
色々なものを諦めた目で周囲を見回し、やれやれとため息を漏らす。
「それより、これのどこがトレジャーなんだ。延々一本道だぞ」
「……確かにそうだね」
断っておくと、馬鹿話をしながらも警戒は怠っていない。
急な展開にも対応できるよう身構えていたのだが、ここまでは思いっきり肩透かしをされていた。知恵比べどころか、モンスターの一匹も沸いてこない。
「ひょっとして精神力の勝負でしょうかねぇ? いつまで緊張を保てるかっていう」
「それを入れちゃうとクリア出来ないだろ。判断基準ないし」
「……いえ、大殿。我等は既に術中だったようです」
「え?」
各々好き勝手な推論を述べていると、アカの厳しい声が飛んできた。
視線を向けると、彼は地面に屈んで何かを摘んで拾い上げている。光り輝くその物体は、恐らくこの場の全員に見覚えがあるだろう。
「……ヒカリソウの種?」
自ら光り輝く発光植物の一種だ。ヒカリソウはその中で最もポピュラーな種であり、大陸の九割以上で目にすることが出来る。
「珍しい植物じゃ……ないよね? アカ君」
「でも、なんで天界に?」
「某が蒔いておきました。万が一があるかと思いまして」
「は?」
「この通路に足を踏み入れた際、目印にしようと」
「…………それって、まさか」
通路に入ってすぐ蒔かれた種。
それが本当に目の前にあるとすれば、それは――。
「このままでは某達は、同じ場所を永遠に巡ることとなります」
「……なるほど。こう来るか」
例えば四角形。例えば円。例えば三角形。
そのうちのどれか、あるいはもっと複雑な形状は知らないが――自分達が歩いてきた道は、いわばそういう類なのだろう。一本道に見せかけて、その実は周回通路。永遠に抜け出せないシンプルな迷宮だ。
「嫌らしく、時間稼ぎには最適な造りですねぇ。よっぽど根性が曲がっているようで」
「お前といい勝負だろうな」
「ご主人。僕、泣きますよ?」
「泣くな。鬱陶しい」
「いつになくご主人が刺々しい!?」
「あはははは……」
どうやらかなり根に持たれているようだ。
ここは名誉挽回、自分が役に立つと再認識してもらわねばなるまい。
(やれやれ。忠義者というのも大変ですねぇ)
己のやったことを棚にあげつつ、しかしゼロは本気でそう思っていた。
取り急ぎ、(アカにがんばってもらって)この迷路を踏破しよう――。




