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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その9

 閑話休題。


 存分に雪音を愛でた一護は、賢者タイムのような穏やかさでテントの外へ出た。役目を終えたテントをアイテム欄より削除しつつ、外で待ってたメンバーへ声をかける。


「お待たせ。全員準備出来たぞ」

「遅いょ、兄貴」

「悪い悪い」


 謝罪は紛れもない本心だった。愉悦(せいさい)に思いのほか時間をかけたせいで、大分待たせてしまったのである。


 今思えば本末転倒だと後悔しないわけでもないが、雪音のほっぺたは文句なしで気持ちよかったのでプラマイゼロだ(一護調べ。


「ンじゃ、とっとと行こうぜ。流石にやべぇだろ」

「だな」


 鷹の進言に従い、ぞろぞろとゲートへ進む。

 並び順はお馴染みの索敵陣形、ただし少しだけ違う部分があった。


「いやぁ、今度も潜ったら敵ばっかりですかね?」

「どうだろうな。今度もそうだったら、俺は流石にキレるかもしれん」

「あはははは……」


 わりと本気の呟きに、横のレイが苦笑を漏らす。


 これこそが違う部分。

 普段は鷹と並んで二列目を務めるレイが、今回は一護と共に後衛の護衛を担っていた。普段は一護一人でこなせる役割だが、先ほどの激戦から慎重なシフトに変化させたわけである。


「ところで一護にぃ」

「ん?」

「何かありました? 一護にぃも雪音ねぇも機嫌いいみたいっすけど」

「あ! それ、あたしも気になったょ!」

「いきなり背中反らすな! 危ないだろうが!」


 前列を歩く葵が急にエクソシストみたいな体勢をした。

 それでも歩き続けているのは大したものだが、もうちょっと近ければ頭突き発生だったし、何より挙動が気持ち悪い。


「アホか。何もない――」

「レイ、葵様。男と女にそいつを訊くのは野暮ってもんですよ」

「誤解を招く表現をするんじゃない!」

「やっぱり……」

「やっぱりって何!? 別に何もしてねぇよ!?」

「やだなぁご主人。みなまで言わないでくださいよ。みんな赤面しちゃうじゃないですか」

「後ろからバッサリ行くぞコノヤロウ!」


 先ほど無理やり起こした意趣返しか、ゼロは楽しそうだった。


 だがこちらは全然楽しくない。

 後ろの雪音が嬉しそうに照れ照れしているのは気配で解ったが、葵から漂うオーラがそろそろ激色になりそうだった。そうなれば二倍楽しくない。


「ほら、もうゲートの前だぞ。アホなこと言ってないで備えろ」

「煙に巻こうとしているょ!」

「そんなことない」


 図星だったが、実際にゲートは近いのだ。


 しかも今回の転移はダンジョン入り口のようなパーティー単位でなく、一人ずつしか通れない単体型。順番待ちしていた葵はしばらく唸っていたが、やがてあっかんべーをしながらゲートへと消えていった。


「……子供か、あいつは」

「あはは。お兄ちゃん、お疲れ様」

「少しは援護射撃してくれ。無駄に疲れた」

「ふに? でも、私が口を挟む方が葵ちゃんは怒ると思うよ?」

「……それもそうだな」


 色々と諦めた心地で一護もまたゲートを潜る。


 先ほどのように戦いがあっても即応するべく、身構えていた一護だが――結果的にそれは杞憂だった。


「あれ?」


 現状を認識し、はてなと声を漏らす。


 ゲートの出口は一言で表現すると小部屋だった。

 広さも高さも五メートル程度、先ほどの神殿とは比べ物にならない。その手狭感といえば、ここぞとばかりに密着してくる妹もいるくらいだった。


 だがまぁ、それは別にいい。

 いや葵の機嫌を思えば決して良くはないのだが、それより不思議に思ったのは――。


「アカ。進まないのか?」


 一護よりも先行していた面々。

 特に偵察役も兼ねたアカが、先へ進もうとしていない事実だった。


「大殿。それが――」

「開かないんだょ、その扉。引いても押しても横にも縦にも無反応」

「俺がやっても動く気配すらなかったしな。単純に力だけの問題じゃねぇと思うぜ」

「なるほど……そういうことか。ようやっとダンジョンらしくなってきたのかね?」


 ダンジョンといえば運営側との智恵勝負。

 仕掛けによる解錠、見えない扉、暗号文の解読等々――入り口の戦闘を力押しで跳ね退けた一護達だったが、今度は力押しが通じないギミックに試されるわけだ。


「あちゃー。それじゃ自分達はあんまり役立てそうもないっすね」

「だな。面倒くせぇ探索スキルなんざ持っちゃいねぇし」

「ウチのギルドは特化型が多いからな」

「うん。こういうトレジャー系のスキルは――」


 全員の目が一組の主従に向く。

 戦闘特化の鷹班ではなく、魔法特化の雪音チームでも、器用貧乏な一護主従でもない、残る一組――。


「(どやぁ」

「……主。その反応は流石にどうかと……」


 機動弓兵(あおい)万能忍者(アカ)

 ギルド『キズナ』の数少ない、『探索』スキル持ちコンビである。


「仕方ないなぁ。ここはこの葵ちゃんが、迷える子ヤギたちを導いてあげましょう」

「子ヤギて」


 思わず漏れたツッコミは華麗にスルーされた。


 “自分しか突破できない障害”というのは葵の大好物である。


 曰く、

『え? 何々? みんなして傍観なの? 見てるしか出来ないの? そっかー。残念だなぁ。あたしは突破出来るのになー。あ・た・し・は、突破できるのになぁー。ねぇねぇ、今どんな気持ち? 人に頼るしか出来ないってどんな気持ちぃ?』


 とのこと。

 思い出しただけでも殴りてぇ。


「ふんふふーん♪ ひっさぁーつ! 葵ちゃん☆アイ!」


 だが今回は時間制限があるからだろう。

 ウザいことも言わず、葵は素直にスキルを解放した。


 無論、『葵ちゃん☆アイ』などというふざけた名前のモノではなく(そもそも存在しない)、恐らく『ハイ・スキャンニング』――隠蔽・偽装を見破る『探索』の中位スキルだろう。


「……見っけたー!」


 暫く目を見開いていた葵は、突如、何の変哲もない壁へと突撃する。いや、正確には壁面すれすれを擦るようにして手を振り下ろした。


「お?」


 ガコン、という音と共に可視化されたのはレバー。

 壁から直接突き出していた見えないそれを葵は掴み、思いっきり下へ引いたのである。


 隠しスイッチというギミック定番中の定番、となると当然、続く展開としては――。


「……隠し扉か」


 こうなるわけで。

 先ほどの扉とは違う場所に、音もなく入り口が出現していた。


「ふうむ。流石ですねぇ葵様、見事なお手並みです」

「ふっふっふー! この葵ちゃんのスゥゥゥゥパァァァァスキャァァァァァァンからは逃れられないんだょ!」

「ネタが古い。あとそれ敵キャラ(しかもザコ)だぞ」


 一応ヒロイン枠なんだけどな、お前。


「まぁいいじゃないっすか。進めるようになったならさっさと行きましょうよ!」

「それもそうだな。とっとと行くか」

「あ、待って待って。功績を讃えてあたしから先へ進みたい」

「……まぁいいけど。それなら早くしろ」

「はっはー。解ってるよん……あり?」

「なに遊んでるんだよ、葵?」

「いや、あの、えーっと……ふん!」


 言うだけ言って、しかし葵は動かなかった。

 先ほど掴んだレバーをしっかりと握り締め、オモチャのようにわたわたと暴れている。


「……おい、まさか」

「………………あー、うん。これ、外れない(てへり☆」

「お約束しやがってぇー!」


 嫌な予感が的中した。

 古のRPGからある罠システム。それが着けたら最後、決して外れない呪いのアイテムだ。少なくとも、解除条件を満たすまで葵は行動不能ということになる。


「お前、探索スキル持ちが固定されるってどんだけの不具合か……!」

「……おい、一護」

「なんだよ、鷹。今は葵の方が――」

「こっちの扉も開くようになってやがるぞ……」

「何ぃ!?」


 葵に説教かまそうとした一護へ、さらなる衝撃が襲ってきた。


 振り向いてみれば、確かにそこには開いた扉が見える。

 先ほどまで頑として閉ざされていた道が突如として開かれた原因は、どう考えてもさっきのレバーだろう。


「……いやぁ、二つの道ですか。どっちが正解だと思います? ユキ」

「~~~(あわあわおろおろ」

「えっと、アカ君。何か見えない?」

「少々お待ちを」


 残念ながら情報が足りない中、アカへ依頼する雪音の判断は正しかった。彼も『探索』スキルを持っているし、なによりも主より慎重だ。


 葵が“嫌な事件だったね”状態になってしまった今、同じ力量でも慎重に動いてくれる相手を選ぶのは、至極当然といえた。


「どうだ? アカ」


 誰もが固唾を呑む一瞬。

 部屋をゆっくり見渡したアカは、ため息を隠さずにつぶやく。


「……小さいですが、各々の扉の上へ文言が見えます」

「文言? 内容は?」

「『戦場』と『踏破』」

「戦場……はあの戦場だよね? 『とうは』って……」

「踏み破る、にて踏破です。恐らくは各々の道の方向性を示しているのかと」

「…………」


 アカの予想は恐らく当たっている。

 『戦場』と『踏破』――それが示す意味もなんとなく解っていた。『戦場』はバトル分が増量された修羅の道、『踏破』は多数のギミックが仕掛けられた困難な道だろう。


 選択肢は三つ。

 『戦場』へ全力をつぎ込むか、『踏破』へ全員へ挑むか、はたまた――。


「どうしますか、大殿」

「……考えるまでもないだろ。両方行くべきだ」


 ――双方へ挑むか。


 一護が選んだのは戦力の分散という下策でありながら、しかしそれなりに理由がある。


 EGFの傾向として、二つに分かれた道の多くは双方が意味を持っていた。

 短期的に見れば、戦力一点集中突破の方が楽なのは間違いない。だが大局的に見れば、ボス部屋でザコが大量に沸いてきたり、不利な仕掛けが作動したりと、後々しっぺ返しを喰らう可能性がかなり高いのだ。


 しかも今回のように道の傾向まで明示している以上、確率はほぼ100%。


 例えボス部屋まで辿りついたとしても、そういったケースに該当してしまうだろう。


「まぁそうですよねぇ。最後はあのガルーダが相手でしょうし、余計な労力を割ける余裕なんて少しもありませんよ」

「~~~(こくこく」

「異存はないな? なら組み分けだが――『戦場』班が鷹、葵、レイ、それから小雪。『踏破』班が俺、雪音、ゼロ、アカ、それとラン姫だ」


 組み分けもまた、選択の余地がなかった。

 まず『戦場』班だが、鷹とレイは戦闘特化なので確定。葵は出来れば『踏破』班に入れたかったが、この場を動けないので自動的に組み込まれる。さらには前衛と後衛のバランスを考えれば小雪を配置するしかない。


「ま、妥当なトコか」

「そっすね! いい修行になりそうっす!」

「うん。プレイヤーとフェローも二人ずつだし♪」

「雪音さん。顔がにやけてますよ?」

「え? そ、そうですか?」

「主。今回ばかりは弁護出来ませぬ。自業自得です」

「解ってるょ! うっさいなぁ!」

「ユキ。あとで会いましょうね」

「~~~(こくこく」


 反応は明暗くっきり分かれていた。


 おおむねは好意的なパーティー構成だったが、約一名納得していない爆弾娘がいる。だが表立って反抗することはせず、どちらかといえば思い切りふて腐れていた。


 春も夏も秋も冬もマシンガン、感情と言葉が直結する葵にしては非常に珍しい事態である。


「うーん。葵がこうまで大人しくなるなんて……いっそ繋いどく方がいいのかもな」

「『アイス・ブレッド』!」


 素直な感想を言ったら魔弾が飛んできた。


 当然のように回避はしたが、どうやらそれもお気に召さなかったようである。葵はさらに不機嫌そうに顔をゆがめると、犬歯をむき出しに威嚇してきた。


「も~! さっさと行け! 風穴空けるょ!」

「はいはい」


 ちょっとからかい過ぎたようである。

 この辺が潮時と感じた一護は、素直に先へ進むことにした。激昂した葵は鷹へ任せよう。アイコンタクトで伝えると凄い嫌な顔されたけど。

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