外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その8
今日で休みも終わりですね。嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!(迫真
己の領地を見捨てたガルーダの流星は、破滅的な威力を有していた。
石造りの大神殿は根こそぎ破壊され、原型を留めていない。それまでの戦闘痕も相まって、神殿どころか廃墟のような有様である。
その廃墟――もとい神殿跡地は、しかしただの廃墟ではない。
壊れ果てた世界の中枢。
そこにテントが鎮座していた。
サーカスでも来たのかと思うほどの大きさもさることながら、何よりも薄く明滅する不思議なテントである。深い濃紺色はまるで息をしているかのように鼓動しており、生き物と言われれば信じてしまいそうな雰囲気だ。
「……あー、酷い目に遭った」
その中から這い出た一護が唸る。
この巨大なテントはEGF内で『キャンプ』と呼ばれる設備で、内部にいるキャラクターのHP/MPの回復促進効果があった。戦闘中には使えず、適用されるのも自動回復のみと制約はあるが、パーティー全体の回復を早める非常に有用なアイテムだ――お値段も相当張るので、使いたくなかったのが本音だが。
「くそ。痛いな……」
制限時間を確認すると、残りは四時間半。
回復で一時間以上も使ってしまった。紛れもないロスだが、しかし先ほどの惨状を考えれば仕方がないと思い直す。
結果から言えば、ガルーダの置き土産は壊せなかった。
叩き込んだのは限界まで底上げした、全員の最強攻撃。
EGF最強クラスのスキルが乱舞する大盤振る舞いを経て、しかしあの隕石は決して壊れなかったのだ。
ガルーダが勝利を確信して退いたのも、無理はないだろう。
だが一護らの奮戦は無駄だったかと言われれば、決してそうではない。
隕石そのものは壊せなかったが、攻撃を与え続けた結果、隕石は一部が破損したのだ――いわば個体ではなく群体。硬い壁を釘が掘り進めるように一点集中攻撃で削り取り、無理やりに弱緩衝地帯を作ったのである。
あとは運営の良心任せ。
正直分の悪い賭けだったが“削り”が功を奏し、結果的にはなんとかなった。流石『キズナ』しぶとい(褒め言葉。
「ん~……っぷぁ! やっぱじっとしてると肩凝るょ」
「そっすね。さっきまでビンビンに高まってたから、余計にだるいっす」
「あん? もう外にいたのかよ、一護」
「寝起きで元気だなお前ら……」
一護に続いて出てきたのは元気印三人衆。誰かはもう言うまでもないので割愛します。
「他のみんなは?」
「まだ寝っ転がってるょ。多分マジ寝はしてないけど」
「ゼロは?」
名指しで聞いたのには理由があった。
隕石落下の際、ゼロが『シャドウ・サクリファイス』のスキルで後衛のダメージを一部引き受けてくれたのである。おかげで基礎能力で劣るメンバーも無事に危機を乗り越えられたが、代わりにゼロが重傷になってしまったのだ。
まさに盾役の鏡である。本来なら一番低い損害で済むはずのところをあえてそうした意志は、賞賛に値した。
それなりに心配するのも当然――。
「大丈夫だろ。簡単にくたばるような可愛い奴じゃねぇよ」
「そっすね。さっき起きたみたいですし、問題ないっすよ!」
「寝るの好きだから寝てるんだょ、多分」
「鬼だなお前ら……」
――と思ったのだが、鬼畜メンバーのスパルタ具合は素晴らしいの一言である。ある見方では信頼していると言えなくもないが、なんという詭弁だろうか。
……まぁこれからしようとしていることを思えば、一護も同じなのだが。
「おーい」
ため息と共に、一護はテントの中へ出戻りした。
今更考えるのもバカバカしいが、巨大なテントである。
広さは三十メートル近い。布団の代わりに分厚い絨毯が敷き詰められ、ランタンが天幕を暖かく照らしていた。
「あ、お兄ちゃん」
入ってきた一護に気づき、雪音が駆け寄ってくる。その前に彼女が寝ていたのはさっきまで一護が寝ていた場所のようだったが、多分気のせいだろう(希望的観測。
「ゼロの様子は?」
「うん。さっき起きて、今は小雪ちゃんが看てくれてるよ」
「そか。傷の具合は?」
「ほとんど塞がったかな。あとはHPだけど……」
「そっちはまぁ仕方ないだろ。それより、お前は大丈夫か?」
「うん。元気もりもりだよ♪」
「ん。よろしい」
「えへへ♪」
労をねぎらうべく頭を軽く撫でて、一護は歩を進めた。
にこにこと上機嫌オーラを振りまく雪音と共に向かうのは、言うまでもなくゼロのところである。
「ああ……ご主人」
聞いていた通り、ゼロは既に目覚めていた。
ただしそれは目が開いているという意味であり、体は寝転がったままだ。絨毯を布団に小雪の膝を枕にして、傷ついた体を癒している。
「いい身分だな……小雪とラン姫を侍らしてるようにしか見えないぞ?」
「~~~(かぁっ」
「そ、そんなことないよ! これは、その……ただのお礼で……」
「役得というやつですねぇ。すみません。こういうのはご主人の立ち位置なのに」
「アホか」
いつもの皮肉を受け流しつつゼロの負傷具合を観察すると、雪音の言う通り、生々しかった傷跡はほぼ消え失せていた。そこはかとなく顔色が悪そうだが、それはいつものことだし。
「大分良さそうだな。安心したぞ」
「そんなことないですよ……いえ、ご主人。むしろ僕はもうだめです……置いていってください……」
「てい」
「へぶぅ!?」
「い、一護くん!?」
「~~~(あわあわ」
「ちょ、ご主人!? ノータイムで蹴り入れないでくださいよ!?」
「お前がくだらんこと言うからだろ。いくらダメージ受けたからって怠け過ぎだ」
「い、いやご主人? 僕、本気で結構キツいんですよ? まだフルステじゃないんですよ?」
「そんなのは見れば解る。解ってて言ってるんだ。おら、立て。キリキリな」
「ノー! ご主人が鬼畜になられた!?」
「~~~(がしっ」
そのまま引っ立てようとしたら、小雪が足元にしがみついてきた。代わりにゼロが支えを失って後頭部を強打していたが、一直線娘には見えていないらしい。
「~~~(うるうる」
「う……」
それは許しを請う小動物の目だった。
基本この目に屈しない奴はいない。
ある意味での『キズナ』最強を前に一護は怯んだが、彼が何か言うよりも早く後ろから声がかかった。
「大丈夫だよ、小雪ちゃん。お兄ちゃん別に怒ってないから」
「………?(くりっ」
「い、いーや怒ってる。烈火のごとく怒ってるぞ」
「~~~(ぎゅ」
「あはは。大丈夫だよ♪」
「……雪音。少しは俺の言うことを信じてくれ」
「ふに? 信じてるよ?」
「いやそんな純真な瞳で見られても。今現在、信じてないじゃん」
「うに……そりゃお兄ちゃんが本当にそう思ってたら、私も信じるけど……」
「けど?」
「でもお兄ちゃん、ゼロ君が頑張ってくれたことに感謝してるよね? 本当なら寝かしといてあげたいんだけど時間制限があるし、悪い人のふりして無理やり起こしに来たんでしょ?」
「お前すごいな!?」
全部バレバレじゃねぇか!?
そしてある意味、ドSである。へたくそな演技の思惑を全部言い当てられるとか、罰ゲーム以外の何物でもない。
だが、ここで認めるわけにはいかなかった(半分白状したようなものだが。そんな風に思われるのは恥ずいし、言質さえ取られなければセーフである。
「で、でもハズレだ。いや時間制限は本当だけど、それ以外は――」
「……良かった。一護くんが酷い人じゃなくて」
「~~~(くいっくいっ」
「はいはい。そんなに袖を引っ張らなくても解ってますよ、ユキ。従者としてはご主人に恥をかかせるわけにはいきませんからね」
「――って聞けよお前ら!?」
誰一人として一護の言い分を聞いていなかった。
ランは胸を撫で下ろし、ゼロと小雪はいそいそと戦支度を始めている。本来なら目的達成、文句のつけようもない状況だが、ものすごく釈然としない。
「いいか、雪音の言ったことは忘れろ。心配してなかったわけじゃないけど、別に感謝なんてしてないんだからね!」
「流石ご主人。この場面でまさかのツンデレですね。そこに痺れる憧れるぅ!」
「~~~(にこにこ」
「素直じゃないなぁ」
「お兄ちゃん、照れ屋さんだから……」
「ぐ……」
確かに変な口調になったけどさぁ!
そんな生暖かい目で見なくてもいいじゃない!
「雪音~~~!」
「ふみゃ!?」
完全なる自爆だと理解しながら、しかしやり場のない怒りを八つ当たりで発散する。
ターゲットは妹。
自分に矛先が向くとは思ってなかったのだろう。一護にほっぺたをわしづかみされた雪音は、あからさまにうろたえた。
「楽しいか。お兄ちゃんをいじめて楽しいか」
「お、おにいひゃん?」
「そうかそうか。楽しいかこいつめ(むにむに」
「ひょ、ひょんなひょとにゃいひょ?」
「こいつめこいつめ(むにーん」
「あう……ひゃ、ひゃの……」
「くそう、柔らかいほっぺたしやがって! 気持ちいいじゃないか!(むにむにむにむにむに」
「ふみー……」
流石は雪音のほっぺたである。
もち肌というのすら躊躇われるやわっこい感触。シミもニキビも何もない、すべすべできめ細やかな肌。一護の好きな触り心地ベストスリーに入る気持ちよさだった。
「な、なんか一護くん、性格変わってない?」
「お姫様。アレは勢いで誤魔化そうとしてるんですよ。まぁ触り心地が良いのも本当でしょうけど」
「~~~♪(にこにこ」
うるさい外野は無視。
すっかり本来の目的を忘却した一護は、たっぷりと雪音のほっぺたを蹂躙したのであった。
……ストレス解消って大事ダヨネ!




