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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その7

 ガルーダとはインド神話に伝わる鳥である。


 無論、単なる鳥ではない。

 神々ですら圧倒する戦闘力を持って生まれ、その力を見込まれてヴィシュヌ神の乗り物にまでなった神鳥だ。


 EGFの世界においても、当然のようにザコではない。


 それどころか何ヶ月か前のダンジョンでラスボスとして君臨し、『キズナ』を含めた多くのプレイヤーを苦しめた難敵である。間違いなく、こんな最初の小部屋に配置されていいモンスターではなかった。


『麗しき歌声だった。この身に響く』


 アホのような構成に一護が頭痛を堪えている間も、イベントシーンは続く。


 背中の羽根をはためかせ、天空より降臨せんとするガルーダ――ジョージ先生による名演技も相まって、静かながらも不気味な雰囲気が存分に撒き散らされていた。


『だが同時に度し難い。その声、その歌、その力……小さき者へ与えるには過ぎたモノだ』


 着地したガルーダの双眸が、『キズナ』の面々を――否、ランの姿を捉える。


「ひっ……!?」


 瞬間、ランの口から引きつった声が漏れた。

 獣神の圧迫感が歌姫の心身を軋ませる。ただでさえ鋭い猛禽類の眼だが、ガルーダはそれだけで人を殺せそうなほど剣呑な輝きを帯びていた。


「あ……」


 そのまま放置すれば本当にランは死んでいたかもしれない。


 だがここにいるメンバーは誰一人、そんなことを許さなかった。


『……何の真似だ? まつろわぬ者よ』


 視線に割り込んだ『キズナ』の面々に、混じり気のない純粋な敵意が叩きつけられる。


 こういうボス戦の前は未だに緊張した。

 EGFが現実を凌駕したと言われるのは、間違いなくこういったリアリティの追求の賜物だろう。良いか悪いかは別として。


「目標――“ガルーダ”」


 とはいえ、それに怯んでいる場合ではない。


「みんな、戦るぞ」


 『キズナ』メンバーへ一護は戦意を伝えた。


 ガルーダへの応えは無音。

 あえて伝えずとも、溢れんばかりの闘気こそがこちらの意志に他ならない。


『……良かろう。邪魔するならば、是非もない』


 そしてそれは実際に正しかった。


 武器を構え、魔法を準備する面々に戦の気配を察し、ガルーダの闘気もまた膨れ上がる。ボスモンスターに相応しい威風、先ほどまでの群れを遙かに凌駕する王者の気配が場へ満ちた。


 にらみ合う二つの勢力。

 いずれ劣らぬ戦意の激突は、しかし長くは続かない。


『まつろわぬ者共よ、我らが至宝を返して貰うぞ!』


 ガルーダは高らかに吼え、すぐさま開戦を告げた。


 同時に撃ち出されたのは鎌鼬――初見殺しと名高い風の刃が三つ同時に放たれる。


「うわっとと!」

「くっ……」

「あぶないですねぇ!」


 狙われたのが前衛だったので被弾はなかったが、それによって出足が挫かれた。


 ガルーダは近接戦の名手でありながら、精霊クラスの風魔術と火魔術スキルを自在に操る。遠距離砲台である雪音と小雪が疲弊している現状、ロングレンジは不利。


「うおおおおらああああああ!!!!」


 同じ考えに至ったのか、鎌鼬を逃れた鷹が真っ先に敵の懐へ潜り込んだ。


 繰り出す拳撃と蹴撃はまさに弾幕、魔術スキルを発動させる暇を与えない完璧な攻撃――EGFでも屈指の連撃を、しかしガルーダは的確に躱していく。


「邪魔するっすよ、師匠!」

「疾っ!」

「このっ!」


 他のメンバーが加わっても結果は同じ。

 鷹、レイ、アカ、そして一護――『キズナ』の前衛四人がかり、葵の遠距離攻撃まで含めれば五人からの多重多面攻撃を、見事ガルーダは回避しきっていた。鷹ですら及ばない完璧な体捌き、最高レベルのAGI値がボクシングじみた軽快なステップワークに適合することで、凄まじい回避能力と化している。


「埒が明かないっすね……!」

「参る!」


 否。回避だけではない。


『カアアアアアアアアッ!』

「にゅあっ!?」

「ぐっ!?」


 スキルの予備動作に入ったレイとアカが、即座に吹き飛ばされた。


 辛うじて防御したようだが、HPを大きく削られた二人が壁際まで後退する。一瞬で反撃に転じる身体能力と、スキル発動の兆候を見切る眼力、類稀な戦闘勘、そして尋常でない攻撃力――このダンジョンにおけるガルーダの本質を垣間見る絶好の例だった。


「ハ! 面白ぇ!」


 想像を超えた難敵に(バトルマニア)が笑う。溢れる闘気が大気を焦がし、その巨躯が一回りも膨らんだように見えた。


「俺が仕掛ける! 見逃すんじゃねぇぞ、一護!」


 そう言葉を残した鷹は、先にも勝る勢いでガルーダへ襲い掛かる。


 この対戦カードは一番最初の焼き直し。展開もまた似た形となっていたが――追随している一護は、それでも攻め込まなかった。


 気後れしたわけではない。


 鷹が“自分が仕掛ける”と言ったのだ。あの幼馴染がそう言ったなら、必ず勝機は来る。無闇に攻め込んで時を逸すれば、全滅すらありえるのだ――今の自分に出来るのは、鷹を信じて待ちに徹することのみ。


 それは時間にすれば僅か数十秒の逡巡だったが、結果的に一護の判断は正しかった。


「っ!?」

『クァっ!?』


 幾十回目の攻防の果て、ついに相撃つ神鳥と戦鬼。

 先ほどと同じくスキル発動の前兆を狙ったガルーダへ、鷹がカウンターを叩き込んだのだ――言うほど容易いタイミングではないが、そこは『キズナ』最強の戦士。


『カ、アアアアアアアアア!!!』


 腕一本を引き換えにした鷹の『ファースト・インパクト』をマトモに喰らい、慣性でガルーダが吹き飛ぶ。


 それは常識外の回避能力を持つ闘神が見せた、初めての大きな隙だった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 待ち望んでいた勝機に、一護は全力で乗る。

 『身体能力』と『気功』スキルの併用により、速度は一気に全力全開。吹き飛ぶガルーダを背後から追い抜くと、上空から二刀の連撃を叩き込むッ!


『キィッ!?』

「まだまだァァァァァァァァ!!!」


 地面へ倒れ付しては、ステップも翼も意味はない。

 勝負所と睨んだ一護は、続けざまにスキルを開放した。


 『ストーム・ロンド』、『ダンスエッジ』、『クリムゾン・ペネトレイション』――威力よりも手数、とりわけ回転数を重視した連続攻撃。反撃どころか身じろぎすら許さぬスキルの大盤振る舞いと『明星弐連』の特性により、ガルーダのHPが次々削り取られてゆく。


 だがラスボス級が相手とあっては、流石に一人で削り殺すことなど出来るはずもなかった。一護の攻撃は一定の戦果こそ上げているものの、敵の総HPからすれば一割にも満たないだろう。


「一護にぃ!」

「おう!」


 しかし問題はなかった。


 敵の強みが圧倒的なステータスであるならば、プレイヤー側の強みは戦略と数的優位である――絶妙のタイミングで飛び込んできたレイと一護が入れ替わったように、この処刑は『キズナ』前衛のMPが尽きるまで延々と続くのだ。


 これぞ『キズナ』名物、戦力一点集中連続運用(エンドレス・アサルト)――タコ殴り? ハメ技? 世間ではそうとも言うらしい。


「ハ。いい感じじゃねぇか」


 とはいえ効果があるのも事実だった。

 成す術なくHPを失ってゆくガルーダを見て、鷹が笑う。


 千切れかけていた左腕は『軟気功』で補修したようだ。代わりに大きく失ったHPを雪音の技能で癒し、MPポッドを消費することで戦力を回復させている。


 鷹の攻撃力を考えるなら後ろで大事を取るよりも、真っ先に打撃戦へ入って欲しいくらいではあるが――。


「何いってんのさ、でっかいの。そろそろでしょ」

「だな」


 経験上、そうもいかなかった。

 しばしHPとMPの回復に専念していると、やはりというべきか、戦況が大きく変わる。


『オオオオオオオオオオオオオッッッ!!』

「がっ!?」


 突如の咆哮。

 戦場が揺れるほどのけたたましさでガルーダが吠え、その衝撃で辣腕を振るっていたアカが吹き飛ばされた。それは乾坤一擲、無秩序に放った風魔術――。


「あーあ。始まっちゃった」

「ウゼェんだよな、これ。そのまま決めさせろっての」


 ――に見せかけて、実際はイベント進行による強制的な“移動”だろう。


 EGFではよくあることだが、改めてため息が漏れた。ボスは変身するの法則、運営側は盛り上がりを重視しているのだろうが、必死なプレイヤーからすると面倒この上ない。


『あくまでも天意に叛くか!』


 だがイベントが始まってしまった以上、文句を言っても覆らなかった。

 連撃から逃れたガルーダが天へと羽ばたく。そのHPは元からすればおよそ八割まで減っており、瞳に宿した怒りの炎は先までの比ではなかった。


『なれば是非もない! まつろわぬ者共よ! 小さき者の前に神罰を与えてやろう!』


 苛烈な宣言と共にガルーダが変化する。

 とはいっても別に姿形が変わったわけではなく、変わったのは動きの方。翼を目一杯広げ、顔の前で両腕をクロスする不思議なポーズを取り、周りには揺らめく炎のエフェクトを――。


「……ゼロ」

「解ってますよ、ご主人。雪音様達の守護はお任せを」


 以前のダンジョンでは見られなかった動きに、メンバーは最大限の警戒を見せた。どのゲームでも同じだが、ボス戦は油断が死を招く。体力の回復やステータスアップならまだ御の字、油断しているところに全体攻撃を喰らってリタイアする例も後を絶たない。


 イベントまで差し込んできた以上、ガルーダも間違いなくその辺りを行うは、ず――。


「な」


 結論から言おう。

 一護の推論は的を得ていた。経験を元にした判断だから間違えるはずもないのだが、あれは確かに“全体攻撃”へ該当する。


「ど、どどどどどどういうことっすかー!?」

「なんという……」

「……(あんぐり」


 違っていたのはその規模。

 全員が絶句し、驚愕した――ガルーダが呼び寄せたのは、フィールドの空全てを埋め尽くす、百メートル級の隕石だったのだから。


『神罰覿面! 拉げて潰れるが良い、愚か者共よ!』


 呆然とするメンバーとは対照的に、ガルーダは得意満面だった。


 だがそれもそうだろう。いくら全体攻撃とはいえ、ゲームバランス的に本当の意味で“全体”になることは少ない。エアスポットないし、発動を防ぐ方法があるものだが、今回はそれが見当たらなかった――要するに、一護達はあの攻撃を甘んじて受けるしかないのである。


『では、然らばだ。存分に後悔して消えるがいい』


 勝利を確信してか、ガルーダの姿が掻き消えた。


 同時に隕石が少しずつ落ちてくる。

 落ちきった瞬間、全滅が確定する断頭台――思いのほかゆっくりなのは、運営の最後の良心なのかチクショウめ。


「……さて、あのうるさい鳥は消えたけど。置き土産がヤバいね」

「お兄ちゃん……ど、どうしよう?」

「……次のステージに移るゲートは……」

「ありませぬ。脱出は不可能かと」


 事実確認で諦めの空気が漂ってきた瞬間、あっけらかんといいのける男がいた。


「なら、砕くしかねぇわな」


 天下無敵の単純バカ、月都鷹である。


「た、鷹様……本気でおっしゃってるので?」

「当たり前だろーが。アレがどんだけの威力なのか知らねーが、少なくとも後衛に耐えられるモンじゃねぇだろ。姫さんがいりゃ尚更だ」

「…………ん~。確かにそだね」

「それしかないなら仕方ない、か」

「……うん。やるだけのことは、やってみよう」


 だが単純とは即ち、余分がないということであり。

 まさにシンプルイズベスト。今回はそれこそが最適解だった。


「やれやれ……仕方ないですねぇ。がんばりましょうか。アカ、小雪」

「言われるまでもない。大殿達が言われるのであれば、是非もなしだ」

「~~~(こくこく」


 覚悟を決めたプレイヤー達に釣られ、フェローも皆、意識が変わる。

 まったくもって主人に良く似た連中ばかり。真っ直ぐなバカばかりで嬉しい限りだ。


「ごめんなさい。私のせいで……」

「いいさ。その代わり、歌ってくれ。俺達のために、勝利の凱歌を」

「…………はい!」


 押し潰されるまで、もう三十秒ほどしかないだろう。

 だがその前に準備は整った。後は全力を出して打ち砕くか、それとも文字通り玉砕と散るか二つに一つ。


「うし、全員!」


 BGMには天上の歌姫。

 『武神の加護』を始めとしてありったけのバフ系スキル、攻撃力UPをつぎ込み、一護は吠えた。


「絶対……壊すぞ! 総攻撃、開始―――――!!!!!」

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