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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その6

思いのほか長編になっちゃってますが、引き続きお願いします。

 戦況は芳しくなかった。


 圧倒的な物量差があり、先手を奪われたハンデがあり、護らなければならない人がいる――無論、容易く壊滅するようなメンバーではなかったが、それでも戦況の悪化は止められない。


 そう、戦況は悪化していた。現状維持すら出来ていない。


 かく乱していた葵は満身創痍。それを救うために一護が抜けた前線は、鷹とレイが悪鬼のような戦いぶりで食い止めているが――スキルを多用しているからこその戦果であり、MPが尽きれば一気に劣勢へ陥るだろう。


 防御に徹しているゼロとアカも、敵の攻撃が激化して対応に追われていた。徐々にではあるが、それでも捌けない攻撃が増えていっている。


「~~~っ(あたふた」

「小雪ちゃん!?」


 そうして、ついに鉄壁を抜けた魔弾が後衛へ届いた。


 幸いにも弱体化した一撃、しかも魔力防御の高い小雪はほぼノーダメージだったが――この場合は届いたこと自体が問題である。


「『サンクチュアリ』!」


 最早一刻の猶予もなかった。

 退避してきた葵が効果半径にギリギリ入った瞬間、雪音は設置型の回復技能を発動する。『サンクチュアリ』は特定対象でなく範囲内の味方を癒す技能であるため、プレイ人数の多いEGFでは重宝する技能だった。


(これで少しは楽になるはず……)


 あとは――。


「『ブライト・ヒール』!」


 癒しの脈動が戦域に行き渡るのと同時、『神聖術』中級スキルを葵へと重ねがけする。


 舞い散る羽根のエフェクトが青髪の幼馴染を照らし――残り二割を切っていたHPを緩やかに回復し始めた。


「いやー、ありがと。ゆっき」

「……どういたしまして」

「あり? ひょっとしてご機嫌ななめ?」

「うん」


 隠さず認める。

 正直言って、雪音は怒っていた。


 恐らく最初の形――葵が前線をかき回していた形が、恐らくこのステージにおける完成形なのだ。確かに一護も技量的には囮役をこなせるが、弓兵(あおい)剣士(いちご)の攻撃範囲は差はどうしようもない。ヘイトを稼げる量が違い過ぎる。


 葵が調子に乗ったツケがパーティー全体、中でも一護に降りかかっている現状は――雪音にとって我慢ならなかった。


「……葵ちゃん、どのくらいで回復しそう?」

「んー……ちょっちキッツイなぁ」


 ステータス画面をチェックしながら唸る葵。


 彼女の苦笑も無理はない。回復技能の二重掛けとはいえ、Lv288にも達した彼女を癒すには明らかに効力が足りていなかった。


(でも、これ以上は後に響いちゃうし……)


 雪音はパーティー唯一の回復役であり、代わりは誰にも出来ない。


 小雪やゼロが若干の回復技能は使えるがあくまで補助、大規模回復や万一の蘇生などを勘案すると、今多大なMPを割くのは下策といえた――無論“後”というものがあればだが。


「まぁ出来ることはするょ……でっかいの!」

「応!」

「1,2――」

「「3!」」


 作戦会議どころか、視線を合わせることすらない。


 だが前線を張っている鷹は、背後からのカウントに即座に合わせた。幼馴染ならではの超連携で体を横にずらすと、葵の射線をしっかり確保する。


「『スパイラル・ショット』!」


 そうして放たれた一矢が大気を、そして連なるモンスター群を直線で射抜いた。


 『スパイラル・ショット』。『弓術』の上級技能であるこの一撃は、高レベルのアーチャーであれば金属生命体すら貫く。獣ごときの肉体で止まる道理はない。


「はいはいはいはいはいはいはい! 次々いっくよ~!」


 元々、アーチャーは高威力の攻撃が少ない代わりに攻撃範囲、スキルの豊富さに優れた職業だ。まるでバーゲンセールのように『弓術』技能が展開され、矢の雨が敵陣へとこれでもかと降り注いでいく。


 その光景はいっそ壮観ですらあったが――。


(だめ、やっぱり足りない……!)


 それでもダメだ。

 マシンガンを撃ち込んだところで、大波が止まることなどない。葵の攻勢は迫り来る敵軍に一定の成果は挙げていたが、防波堤となるには致命的に攻撃力が足りていなかった。


 こうなればもう後のことは考えず、今を全力で戦い抜くしか――。


「あ、あの!」

「っ」


 八割方、その覚悟を決めた雪音だったが、動き出す前に声がかかる。


 声の主は背後。戦いが始まってから一言も発していなかった、悲劇の歌姫ことランだった。


「あの、お願いがあるんです!」

「え? え、っと……」

「歌っていいですかっ?」

「え?」

「いえ、歌わせてください! 皆さんのために歌いたいんですっ!」

「こ、こんな時に何を――」

「違うょ! ゆっき、多分これイベントだ!」

「!?」


 形になりかけていた拒否の声を、反射的に押し殺す。


 戦闘中のイベント発生は結果に多大な影響をもたらすものだ。起死回生、一発逆転にもなりうる可能性を、瞬間の気分だけで決めていいはずがない。


 ただし――イベント内容によっては、更なる地獄へ突き落とされる可能性もあるのだが。


(お兄ちゃん……!)


 刹那、雪音は一護へ助けを求めた。

 EGFでは声を出す必要すらなく、刹那の間に意思が伝わる――迷った時は一護に意見を仰ぐ。それは実に彼女らしい不文律だったが、それより速く、明確な答えが場に示された。


「いいょ! 歌って!」

「あ、葵ちゃん!?」

「良くなるなら儲け! 悪くなったら早くリトライ出来てお得だょ!」


 即断即決。短慮とすら言えるシンプルな回答だが、下手に一理あるのが始末に負えない。


「はいっ! 全力で歌いますっ!!!」


 だが、どちらにせよ解は示されたのだ。


 歌を許されたランが、一際強く息を吸う。

 それが彼女の武器ということなのだろう――飾り気のない銀色のマイクを携えた彼女は、ほんの一瞬で強くなったように見えた。


「『猛り狂う英雄の唄』!」


 瞬間、空気を揺らす暴力的なまでの爆音。

 BGMが塗り替えられる。剣戟でさえ遠くなるような音の奔流に巻き込まれた雪音は、己に起きた変化へ目を見開いた。


「こ、れって……!」

「まさか!?」

「うっそ、『武神の加護』じゃん!?」


 他のメンバーに動揺が走る。

 『武神の加護』――それは神位に到達した『聖職者』か『巫女』のみが使えるとされ、実際はイベントのみでお目にかかれる支援技能だ。物理・魔力攻撃と命中率の超大幅UPは加護系統で最強の上昇を誇り、一種のチートと言っていいほどの効果を発揮する。


「ハ。ありがてぇ!」

「全力で行くっす!」


 黄金の威風を纏い、前線の二人が一際高く咆哮した。

 羅刹と称するに相応しい金色の嵐が、凄まじいコンビネーションと破壊力で並み居る敵を次々蹴散らしてゆく。『武神の加護』と自らの『身体能力』スキルを併用し、物理攻撃力を極限近くまで上げているのだ。


(これなら……!)


 鷹達二人でも充分過ぎるほど前線を構築出来る。適正な援護があれば押し返すことすら可能、かく乱役の一護もステータスアップ分を考慮すればさしたる危険はないだろう。


 結果的に、ランへ歌わせた葵の英断は正しかったといえた。


「小雪ちゃん、一緒に『フレイム・トルネイヴ』を――え?」


 ここを勝機と見て大技を放とうとした雪音だったが、違和感へ気づく。


 気づいたのは自分が最初だろう。

 いつもの癖で、一護の姿を目で追っていたからこそ気づけたのだ。自らに起きた変化、そして眼前の敵へ手一杯のメンバーが気づけるはずがない。


 奮闘する兄を無視するが如く明滅する、無数の灯火。


 まるで天へ瞬く星々のような煌きは、遠距離爆撃の発射光だった。


「ぜ、ゼロ君!」


 エフェクトは既に臨界、つまり発射まであと僅か――だったが、その数秒が明暗をわけた。


「お任せくださいっ!」


 雪音の叫びを受け、即座にゼロが展開したのは光り輝く十二層の鏡面結界。


 『結界術』、『空間魔術』、『神聖術』の三元技能(トライ・アーツ)、『聖天鏡壁』による絶対防御である。防御役(タンカー)であるゼロの奥の手の一つ、魔力攻撃全般に絶大な効果を発揮する多重多層防壁だ。


「くうっ! 強烈ですねぇ!」


 だがそれでも着弾時、ゼロが苦悶の声を漏らす。


 敵の攻勢はそれほどまでに激しかった。最初の一斉砲撃よりも規模は上だろう――気づかぬまま着弾していれば、少なくともランは護れなかったに違いない。


「もー! 兄貴、何やってんのさー!」


 葵の非難も当然といえた。

 『武神の加護』が決定打となり、敵の総数は減少している。だがそれでも砲撃が増えているのは、一護の陽動が機能していない証拠だ。


(でも、そんなはずないのに……!)


 今の一護は鷹に匹敵する攻撃力と、葵を凌駕する攻撃速度を併せ持った前衛である。


 いくら攻撃範囲が狭かろうと、これほどのヘイトを集め損なうなんて――。


「っ! 主!?」

「へ? うおわっと!」


 身を翻した葵の側を駆け抜けるユニコーン。

 咄嗟に躱したものの、体勢を崩した彼女に向けて巨大な馬蹄を――向けなかった。


「無視すんにゃー!」


 葵が憤慨するほどの綺麗な無視を決め込み、純白の神馬が迫り来る。


 最終的には借りをキッチリ返す女・葵の矢に倒れはしたものの、ユニコーンは雪音と小雪の間、一メートル足らずにまで詰め寄った。


「……まさか」


 そう。

 HPを使い切って倒れるまで、ユニコーンは葵も雪音も小雪も無視したのである。


「!?」


 天啓を得た雪音は顔をあげ、そして見た。


「くっそ! 調子狂うぜ!」

「こっちっすよ~! そっちじゃないっす~~~!!!」

「く、止まれッ!」


 殴ろうが蹴ろうが斬ろうが魔法を当てようが、止まらないモンスターを。

 前線で奮闘する鷹とレイ、アカの三人をすり抜けようとする、無数の敵の姿を。


(やっぱりヘイトが集まって……!?)


 目に見える数値ではない。

 憶測に過ぎなかったが、雪音はそう確信した。


 今の状況は、“ランが歌うと天界の住人がやってくる”という事前の話とも符合している。恐らくは『武神の加護』の反作用だろうが、運営側も厄介なデメリットを設定してくれたものだ。


「っ、小雪ちゃん!」

「~~~!?(びくっ」

「鷹さん達のところへ全力射撃! お兄ちゃんのところは私が撃つから!」

「~~~(こくこく」


 もう他に手はない。

 MPの温存を諦めた雪音は、『聖天鏡壁』が切れると同時に『水魔術:ウォーターカッター』を発動した。さらに『術式制御:性質強化』、『術式制御:超過駆動』も発動――MPのおよそ六割をつぎ込んで超強化した水の刃が、進行方向の全てを容赦なく斬り刻む。


(うん!)


 回復役(ヒーラー)である雪音にとって、それは目を見張るほどの戦果だったが、正直、前座にしかならなかった。


 この後。

 ギルド『キズナ』が誇る最強火力――小雪の究極術式こそが本命である。


「太陽、地底、海原、大気を統べる達共」


 滅多に聞くことのない、澄んだ高い声音。


 小雪の詠唱に呼応するように明滅する粒子が、戦場を翔ける水の刃を包み込んだ。


 特定のスキルを発動する際に舞うMPのエフェクト、さらには赤・青・緑・橙――それぞれ『火魔術』、『水魔術』、『風魔術』、『土魔術』を示す波動が広がっていく。


「葵ちゃん!」

「あいよ! 全員ッ! すんごいの行くから退避~!!!」

「応!」


 味方が全員退避し、小雪が大きく手を挙げた瞬間、四つの波動は一気に収束した。


「地底の覇者よ!」


 橙色の粒子が干渉した『土魔術』により、まず大地が陥没。戦闘領域のおよそ半分になろうかという範囲の地形変化に対応しきれず、地を駆けるモンスターの大半が飲み込まれる。


「おおお。出ましたねぇ」

「ここからだろう」

「大気の王者よ! 太陽の使者よ!」


 そこへ顕現したのは、戦場を呑みこまんばかりの巨大な竜巻だった。『風魔術』の粒子が結集して出来たその中を、紅蓮の炎竜と成った『火魔術』の粒子が駆け回っている。範囲の広い『風魔術』を攻撃力に優れた『火魔術』でブーストした合成スキルが、敵集団のHPを容赦なく削り取った。


「海原の大神よ!」


 ここまでで三手。

 脱出不能の鳥篭に囚われた敵へ、残る一手がトドメとばかりに解き放たれる。


「古の盟約に従い、我が呼び声に応えよ! 破壊の申し子となりて敵を滅ぼせ!」


 小雪の手の動きに合わせて降り注いだのは、スコールの何千倍という超密度の水撃だった。しかも一粒一粒を刃物近くにまで研ぎ澄ました暴虐の雨、圧倒的な質と量が共演する夢の舞台――。


「……~~~(ふう」


 ――そうして小雪が大きく息をついた。


 そこはかとなく満足げなのは、見間違いではないだろう。あれだけ群がっていた敵を一網打尽にしたのだ。その達成感は並ではあるまい。


「す、凄い……」


 なにせ、歌い終えたランが呆然とするくらいだ。

 『火魔術』、『水魔術』、『風魔術』、『土魔術』、『古代魔術』から成る五元技能(クイント・アーツ)――『天魔繚乱』。単発でも強力な魔術系スキルを、『古代魔術』で統合・強化した威力は推して知るべし。


 まさに“消滅”と言うのが相応しい、圧倒的な破壊力だった。


「……相変わらずザコにゃ最適だな。ちっとハメ技っぽいけど」

「そう? 明らかにオーバーキルだょ。ミニゆきのMP、もう半分もないじゃん。火力足んなくない?」

「仕方ないですよ。あと数手遅ければ、押し切られて僕らの負けだったでしょうし」

「だな。雪音も小雪もよくやった。よしよし」

「んう~~~♪」

「~~~♪(にぱっ」


 思いがけないご褒美だった。

 まさに似たもの主従。一護のなでなで攻撃に、雪音も小雪も頬が緩みっ放しである。


「……いいっすね。師匠、自分にも何かご褒美はないんでしょーか?」

「あん? 気合なら入れ直してやるぜ?」

「い、いえ! なんでもないっす!」

「何アホなことやってんのさ。制限時間あるんだし、さっさと次行くょ、次」

「御意」


 コント染みたやり取りに辟易したのか。

 ランを連れて足早に次へ進もうとした葵とアカ。意外と真面目な二人のコンビは、しかしその目的を果たすことは出来なかった。


『……まさか、な』


 フィールドを出るよりも遙かに早く響き渡った、重苦しい声。


『此の地まで至るとは思わなかったぞ。小さき者よ』


 物理的な圧迫感すら感じさせるそれに天空を振り仰ぎ、そして一護らは絶句した。


「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」


 光のような。

 あるいは光そのものがそこに在る。


 人語を解す嘴は黄金よりもなおも光り輝き、筋肉に彩られた肉体と巨大な翼は紅蓮に燃える炎に包まれていた。獣の凶暴性を滾らせた猛禽の双眸が、『キズナ』メンバーの視線を浴びて、更なる憎悪へ包まれる。


「が、ガルーダ……」

『如何にも』


 呆然とした呟きに応える怪鳥。

 誰に憚ることもなく、『神鳥ガルーダ』がそこにいた――。

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