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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その3

 クエストの内容をおさらいしておこう。


 『歌声よ、天上に還れ』。


 公式が推奨するLvは285。EGFのプレイヤーは無数存在するが、Lv280を超えているのは一割以下――その上で人数は8名まで。自然、数の暴力も使えないので、本当に上位ランカー用のクエストと考えるのが妥当だ。


「……しかも時間つきか」


 さらにクエストカウンターで詳細内容を確認すると、『六時間』というのが目に付く。


 これは要するに制限時間で超えると即アウト。

 まだ戦える状態だろうと、クリア目前であろうと強制的にクエスト失敗となる鬼畜仕様だ。一般的には迷宮じみたダンジョンに付加されることが多く、今回もそういうタイプのクエストになるのだろう。


「葵。嫌な予感しかしないぞ、これ」

「ぼやかないの! 一回決めたんだから、さっさと受注してょ!」


 後ろで喚き立てる葵へこっそりため息をついて、電子データへ最終サイン。


 システムが申請内容を確認するノイズが一瞬だけ走り――。


『クエスト『歌声よ、天上に還れ』の発生を確認致しました。奮闘に期待します』


 女性NPCのボイスで、カウンターより正式に許可が下りたことが告げられる。同時に部屋の隅へ現れたのはタウンポータル――都市間を結ぶ次元通路だ。今までの例に漏れず、クエストにはこの通路を通って向かうらしい。


(この時点じゃタイマー始動はなしか……何かキーがあるみたいだな?)


「よーっし、いっくよー!」

「しっかりしろよ。レイ」

「押忍! 師匠!」


 好戦組が我先にとポータルへ群がる中、一護はこっそりとため息をついた。


 まったくもって、うちのギルドには制御できない連中が多すぎる――。


◆◇◆◇◆


 タウンポータルを抜けるタイプのクエストでは、大きく分けて二つの始まり方がある。


 一つはダンジョン内への転送。

 こちらのタイプは非常に解りやすく、いっそ単純ですらあった。スタートまで案内するからあとはご自由にどうぞ。宝箱を漁るのもモンスターを狩るのも自主性にお任せシマス。


 もう一つはイベントの発生。

 出た瞬間、あるいは扉や宝箱をキーとしてイベントシーンへ強制突入。過去のRPGならばADV画面が出てくるようなものだ。


 で、今回はと言うと――。


「……宿屋か」


 明らかに後者である。


 タウンポータルの出口が繋がっていたのは小奇麗な宿屋だった。

 見た目上は何も問題なさそうだが、油断は出来ない。イベント発生でいきなり戦闘も経験上ありうるからだ。


「全員油断するなよ?」

「油断? これは余裕というものだょ!」

「うるせぇぞCCO」


 とはいえ騒がしいのは騒がしいまま、『キズナ』の面々は迷うことなく宿屋へ入り――。


「アンタ達が例のギルドかい?」


 カウンターより出迎えた淑女に、一瞬硬直を余儀なくされた。


 年齢は五十代半ばだろうか。顔立ち自体は整っており、切れ長の眼は刃物の鋭さが垣間見える。傍らに置かれた護身用の細剣も、伊達や酔狂で所持しているようには見えなかった。


 だが一護らが絶句したのはそんなことではない。

 そんなことではなく――。


「ぶっはー! リーゼントだリーゼント! リアルだと初めて見たょ!」

「あ、葵ちゃん!? そんな大きな声で……」

「そもそもここはリアルじゃないだろ」


 そう。彼女の髪型は、あろうことか金髪リーゼントだったのである。男らしいにも程があると思います。


「……失礼な餓鬼共だねぇ」


 ひくひくとこめかみを痙攣させた淑女に、何故か一護が睨まれた。マジ解せぬ。


「だが揃いも揃って怪物揃い。目通りを認めよう」


 しかしそれも一瞬。

 彼女は納得したように頷くと、右手に持った鈴を鳴らした。


 静かに鳴り響く甲高い鈴の音――心すら取り込みそうなその音色が呼び鈴だと気づいたのは、二つの足音が混じってからだった。


「ぉ?」


 宿屋の入り口とは反対側。

 薄暗い通路より姿を現したのは、老年の男と若い少女である。


「リルド。待ちわびていた客人だよ」

「うむ。お主は奥へ」

「解ってるよ。虎の尾を踏む趣味はないからねぇ」


 主の回答に満足したのか、リルド――老人の男は重々しく頷いた。


 そこにいるだけで緊張を強いるような男である。歴戦の重装歩兵を彷彿とさせる黒鎧もさることながら、白髪の隙間より僅かに覗く眼が年経た樹木の如き力強さを放っていた。


「……強いですねぇ」


 おどけた口調で、だが間違いなく感心してゼロが呟く。

 まったくもって同感だ。NPC故にLv確認は出来ないが、並みの遣い手ではないだろう。


「…………」


 もう一人――老人の背後へ控える少女は、逆に不安げに俯いていた。

 美しい緑の髪を華奢な手で撫でつけ、意志の強そうな瞳は泣きそうな色を讃えている。


(……多分、こっちの子がキーキャラだよな)


 そんな風に考えていると、リルドが一歩踏み出した。まるで少女を庇うような立ち位置は、真実その通りなのかもしれない。


「某はリルドと申すもの。諸君はギルド『キズナ』の面々に相違ないか?」

「ああ」


 こちらが応えるのは一護。

 リルドと同じく一歩踏み出し、格好としてはお互いにメンバーを背負うような形である。ギルマスとしての責任感を感じつつ、それでも柄じゃないなと苦笑した瞬間――。


「御免」


 驚くほど滑らかにリルドが動いた。


 左足で踏み込み、右腕を振り切る――流れるような動作のそれは、俗に言う抜刀術――。


「…………」


 対する一護は動かなかった。

 動けなかった、のではない。動く必要がなかったのだ。


「ぬ、う」


 襲撃に失敗した老兵が悔しげに唸る。恐らく必殺なのであろう一撃は一護に傷をつけるどころか、発動することもなく終わりを告げた。


「手癖の悪ぃ爺さんだな」


 リルドの渾身を止めたのは鷹。

 音速で抜刀体勢に入ったリルドの刃が抜き放たれる前に、前蹴りを以て剣の柄頭を押さえたのである。


「……某にすら見えぬとは……」


 確かにリルドは図抜けた手練だ。しかしそれは『人類』――あくまでもNPCとしてはであって、『人間』と称されるプレイヤー・フェローで見れば二流程度でしかない。EGF内だけでなく、リアルでも最強レベルの人間である鷹にとっては何ら問題なく御しえる相手だ。


「……それで」


 だが攻撃は攻撃。

 実害がなかったため流しかけた一護と違い、大層ご立腹のメンバーがいた。


「お兄ちゃんに攻撃しようとした理由はなんですか?」

「うわぉ。ゆっき大激怒モードだ……MPが迸ってるょ……」

「葵様。雪音様は極端な例としても、僕達だって面白くないですよ」

「同感だ。大殿は我らが旗印――攻撃自体、侮辱と受け取る」

「許せないっす!」

「~~~!(ふしゃー」


 雪音、そしてフェローの面々である。


 全員が既に戦闘態勢だったが、その中でも雪音は激烈だった。『カレイドスコープ』に紡がれた光は、こんな宿、根こそぎ吹き飛ばしてもお釣りのくる威力の灯火である。


 しかし――PKならともかく、クエストのNPC相手にその選択はよろしくなかった。


「全員落ち着け。特に雪音、それは流石にやりすぎだ」

「……お兄ちゃん。でも」

「俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫だから。な?」

「…………うん。解った」


 納得はせずとも理解はしてくれたらしい。

 ちょっとだけ拗ねた表情で、しかし素直に雪音は臨戦態勢を解いた。一番怒っていた雪音が退いたことで、自然他のフェローも押し黙る。


「で」


 この隙を逃すこともない。誰かが動き出す前に、一護は自ら声をあげた。


「リルドとか言ったっけ。この状況、どう説明する? まだ戦うつもりか?」

「……で、あれば?」

「今度は止めないし、止まらない。それだけだ」

「…………ご無礼をした」


 睨み合ったのはほんの一瞬。

 剣の柄より手を放し、リルドは降参宣言と共に頭を下げる。


「信じていただけるかは解らぬが、某に貴殿らと事を構えるつもりはない。不遜にも仕掛けたのは全て、貴殿らの力を確かめたかったため」

「……それで?」

「紛れもなき強者揃い。貴殿らであれば問題ありますまい……全てをお話致します」

「ああ。頼む」


 静かに頷く一護だったが、内心ほっとしていた。

 NPCとはいえ人と同じ形をした相手と戦うのは、精神衛生上よろしくない。


「改めて名乗りましょう。某はリルド――国家『フロレス』で大将軍を務めております」

「フロレス?」


 聞き覚えのない地名だ。

 背後の反応からして、全員知らないようである。EGFの地名は大体網羅していると思ったが、どうやらイベント用に起こされた新規国家らしい。


「小国家ですし、貴殿らが知らぬのも無理からぬこと。そして、この御方が――」

「ら、ランです。よろしくお願いしますっ」


 リルドの声に合わせ、翠の髪をした少女がぺこりと頭を下げた。どこか緊張した様子だが、それは先ほどまでのやり取りのせいだろう――見た感じ、元々は活発な印象を受ける。


 ランの挨拶に満足したのだろうか。孫を見守るような慈愛の瞳で彼女を見ていたリルドが、再び気を引き締めて言葉を発した。


「――この御方が、我らがフロレスの姫です」


 恐らく彼にとってそれは、秘中の秘、衝撃の事実たる内容だったのだろう。


 ではそれを受けて、以下『キズナ』メンバーの反応です。


「へー。ほーふーん。姫? 姫って……あの姫なの? へー?」

「他に姫はねぇだろ」

「はー。お姫様っすか。凄いっすね!」

「~~~(ぱちぱち」

「言われてみれば召し物が高価だ」

「僕としてはむしろ宿屋のマスターが気になりますねぇ。あの方は何者で?」


 なんということでしょう。心底驚いているのは一人もおりません。


「……某が言うのもなんですが、驚かれないのですな」

「まぁ色々経験してるんで」


 一護とて、非常に反応が薄いのは認める。


 だが勘弁して欲しい。EGFをプレイし始めて数年――将軍やら賢者やら王やら天使やら悪魔やら神やら、ありとあらゆる存在に目通りしてきたのだ。新キャラとはいえ、今更肩書きで驚くような可愛い神経はしていないのである。


「……頼もしい限りですな」

「あはは」


 不遜にも取られかねない態度だったが、幸いにも二人の重鎮は好意的に解釈してくれたようだ。呆れただけかもしれないが、そこは考えないようにしよう。


「さて依頼の内容ですが。仲介役から概要は聞いておいでか?」

「多少はな。天界がどうとか、歌声がどうとか」

「如何にも。ラン姫は生まれつき天分を持っておいでです。万人を、万物を、あまねく全てを癒し、慰め、鼓舞し、従わせる“歌”――人ならざるモノより与えられた天分を」

「……随分と盛りましたねぇ」

「脚色などしておりませぬよ。ラン姫の歌声を求め戦を起こした王が、姫の歌を聞き、悔いて退いたこともあります」

「へぇ」

「ちょっと聞きたい! 歌って歌って!」

「え? え、えっと……」

「なりませぬ」


 葵の要請は、しかし断固たる意志にて拒否された。


「ぇー。ケチー」

「そういうことではありませぬ。“歌わせない”というより、“歌えない”という解釈をしていただきたい」

「……訳ありか?」

「然り。我が国の預言者が天啓を受けました」

「…………」

「姫に遣わせた歌声は、人の世では混迷を呼び込む。良かれと思っての措置だったが猶予なし。我らへ歌を返還せよ……と」

「……それがどうして“歌えない”に繋がるので?」

「歌うと……天界の人達がやってくるんです」

「天界の?」

「……はい。フロレスで酷いことになっちゃって……」


 “酷いこと”というのが、どの程度のことかは解らない。

 だが顔を伏せ、涙で頬を濡らすランからは――とても詳細を聞きだす気にはなれなかった。ただ責任感の強そうな彼らが他者(ギルド)へ依頼してきたのだから、相応の悲劇が起こってしまったのだろう。


「……済まぬが、詳細は伏せさせていただきたく」

「ああ、それはいいよ。それじゃ俺達への依頼っていうのは――」

「私を天界へ連れて行って欲しいんです」


 リルドへの問いかけだったのだが、応えたのはランだった。


 活発でありながら引っ込み思案。そんな印象を持っていただけに、彼女が積極的に話し始めたのは正直意外である。


「お願いします。これ以上、私のせいでフロレスの人達を傷つけたくないんです……みなさんには迷惑をかけちゃうんですけど、私を連れて行ってください。お願いしますっ!」


 そうして彼女は頭を下げた。


 仮にも王族。軽々しい振る舞いなど許されていないだろうに、ランはひたすら頭を下げ続けた。それは“傷つけたくない”という想いが、プライドを大きく超えている証だろう。


「……」


 視線を外し、一護は背後を顧みる。

 黙って成り行きを見守っていたギルドメンバーは、全員が笑っていた。言葉が必要ないほどの声援に、一護も笑って頷く。


「解った」

「あ……」

「安心してくれ。ラン姫の護衛――請け負おう。あんたは必ず、俺達が天界へ連れて行く」


 この瞬間、『キズナ』は本当の意味でクエストを受注した。

 興味本位でもなく、遊びのためでもなく、か弱き一人の少女のために――絶対にクエストを成功させると、そう誓ったのだった。

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