外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その2
さてクエストに行くことは決めたものの、それ相応の準備はしなくてはならない。
特に今回は情報不足。しかも難易度は極悪予想であるため、一護は準備を慎重に行うこととした。
「雪音。そっちはどうだ?」
「大体出来たよ、お兄ちゃん」
「小雪は?」
「~~~(にぱっ」
一緒に準備をしていた雪コンビが頷く。
各々の最強装備は無論のこと、各種HP/MP回復アイテムに状態異常治療薬、さらに虎の子の秘薬である『神樹のソーマ』まで――装備スロット、アイテム枠には詰め込めるだけ詰め込んだ。気持ち的には戦闘装備ではなく、戦争装備である。
「うし。そんじゃ行くか」
「えっと……」
「行くぞ」
「……は~い」
これで部屋での準備は整ったので、苦笑する二人を引き連れて集合場所へ向かう。
恐らく一護達が最初だろう。
鷹とレイ、葵とアカはこういう細かい準備が苦手だ。一護とて得意ではないが、同じ居住区に家事技能スキル完備の二人がいるからこそ、こうして一番手で出発が出来る。(ちなみに居住区は伊達兄妹+フェローで一軒保有している)
「……ご主人。酷いじゃないですか。同じ家に住んでる僕を置いてくなんて」
「お前が遅いのが悪い」
「あはは……ごめんねゼロ君。お兄ちゃんが出発するって言うからつい……」
「~~~(ふいっ」
「うう……雪音様とユキまで……」
準備が遅い(多分わざと)ゼロをいじめていると、集合場所へ到着した。
『キズナ』ギルドホーム内で最大の大きさを誇る建築物――翼竜の骨を幾重にも織り合わせた外枠に、精霊より生み出された純金属を流し込んだ、頑健無比の『工房』へと。
ここには幼馴染集団最後の一人、八重葉風見がいる。
戦闘力を考えた結果、風見組以外のメンバーでクエストに当たるわけだが、一声かけるべきということで、ここを集合場所へと指定したのだ。
「見張りは……いないな。あいつら来るまで時間もあるだろうし、先に入るか」
重厚な鉄造りの扉を開き、その内部へと侵入する。
名前、そして外見に違わず、中身もまた完全なる工場だった――ただし現実世界では有り得ない素材を使い、相応の成果をもたらす魔道工場だが。
「相変わらず凄い光景だね……」
「~~~(こくこく」
『工房』の内部では、忙しそうに“人形”が動き回っていた。
雑多に積み上げられた素材を運ぶもの、運ばれた素材を選り分けるもの、精霊の生み出した火や水で加工するもの、出来上がったそれらを次の工程へ持っていくもの――デッサン人形のような人型から、骨組みだけのもの、あるいは動物型などなど、多種多様の人形がベルトコンベア型のライン作業を行っている光景は見ごたえ充分である。
「フル稼働だな。風見の奴、これだけ動かすもの作ってるのか?」
「どうでしょうか。まぁ風見様の人形は評判がいいですからねぇ……我らの収入の過半数は、そこからですし」
風見――『キズナ』が誇る『人形師』八重葉風見の奥義スキルが、『魔法人形製造』だ。
読んで字の如く、特定の素材を組み合わせることによって魔法人形を作り出すスキルである。素材と製作者の技術で出来上がりが大きく変わるためギャンブル性の高いスキルだが、風見はフェローのイカヅチと共に生産者スキルを究めることで、EGFでも屈指の作り手として名を馳せていた。(元々人形遣いは戦闘に向かないため、職業としては不人気なのもあるが)
「とりあえず風見は――」
「――――これはこれは。みなさん、おそろいで」
『工房』の主を探していると、別の方向から声がかかった。
振り向くと、ひょろりとした痩身の姿が見える。落ち着いた黒の長髪を靡かせ、柔和な笑みを浮かべる研究者風の男――この工場を取り仕切る風見の片腕:イカヅチである。
「お出迎え出来ずに申し訳ありません」
言葉と共に、ぺこりと頭を下げられた。ちなみにこのイカヅチという男、嫌味に塗れたゼロとは違って本当に礼儀正しい。風見曰く『頼れる大人だと楽出来るし~』とのこと。
「連絡なしで来たのはこっちだ。気にしないでくれ」
「ありがとうございます、一護様。マスターにご用件ですか?」
「ああ。今、会えるか?」
「ええ、ご案内しますよ」
こちらです、と先導するイカヅチに付いていく一行。
「ところで一護様。もしや、他の方々もいらっしゃいますか?」
「可能性はある。表で待ってるかもしれないけど」
「解りました。では、案内用の人形を通用口に向かわせます」
先ほどゼロが言ったが、風見の作る人形は『キズナ』の重要な資金源だった――そのため、『工房』にはホーム最大の費用をかけている。用途毎に分けられた加工場は当然として、単なる素材置場さえもだだっ広く設計してあった。
端的に言うと、案内がなければ工場内のどこに誰がいるのか解らないのである。
その辺を巡回していた人形をイカヅチが捕まえ、一言二言呟いた。恐らく命令コードの上書きだろう――彼が手を放すのと同時、人形は一護らと逆の方向へ歩き始める。
「相変わらず便利だな……」
「料理だけはスキルの都合でどうにもなりませんが、掃除などに使えるメイド型の魔法人形もありますよ。一護様もお一つどうです?」
「イカヅチさん。大丈夫ですよ」
「~~~(こくこくこくこくこく」
「……これは失敬。一護様のお世話は雪音様。ゼロのお世話は小雪の領分でしたね。配慮が足りませんでした」
「いやぁご主人。愛されてますねぇ」
「お前だって小雪に世話されっ放しだろうが。人のこと言えるのか?」
「言えませんけど、僕はユキと相思相愛ですし。愛されてる分、愛してますよ」
「~~~~~~~~~~~っ!(ぼふん」
「おい。恥ずかしいセリフ言うから、小雪が爆発したぞ」
「……いいなぁ。小雪ちゃん……(じ~」
「そんなに見ても何も出ないぞ」
「じ~~」
「……あー」
「じ~~~~」
「恥ずかしいからあんまり言いたくないんだが」
「私は聞きたいよ?」
「……仕方ない奴だな。感謝してるし、愛してるぞ。雪音」
「…………えへへへへへへへへへへへへへ♪ 私もだよっ♪」
にぱっと極上の笑みを浮かべる雪音。
くそう。恥ずかしいこと言って頬が熱いのに、さらに照れるような笑顔はやめて欲しい。
「えへへ。お兄ちゃん、どきどきしてるね♪」
「やかましい。半分はお前のどきどきだ」
「~~~(にこにこ」
「ユキ、嬉しそうですねぇ……僕は胸焼けで死にそうですよ」
「お前のせいだからな。お前のせいだからな!」
「……仲が良くて大変結構ですね。さ、みなさん。着きましたよ」
若干イカヅチが呆れた声だったのは、気のせいだと思いたい。
それはともかく、じゃれ合っている内に到着したらしい。
周囲に気を配ってみると、そこは『細工場』と呼ばれるゾーン――先ほどの大規模工程の後加工に当たり、出来上がった作品の付加価値を上げる“細工”を施す加工場だった。例えば護符の類であれば魔除けの文字を掘り込むし、動物型の人形であれば毛並みなどを整える。
「しかし風見自身が細工するなんて珍しいな……何か発注があったのか?」
「入れば解りますよ、一護様」
悪戯な笑みを浮かべるイカヅチに続き、一護達は室内へ入り――なんとなく事情を察した。
「おや? アカじゃないですか」
ゼロの言葉通り、部屋の中にいたのは風見だけではない。
真剣な顔で何かを彫っている彼女の脇に、鮮烈なまでの赤を見つけた。闇に溶け合う黒装束とは正反対に、オールバックにまとめた紅蓮が目立つ――葵のフェロー:アカの姿がある。
「……大殿、お歴々。お待ちしておりました」
彼は一護達の姿を見つけると、片膝をついて一礼した。
時代がかった仕草はモロに葵の趣味である。本人曰く『侍とかいいよねっ!』とのこと。職業は暗殺者なのでむしろ忍者だと思うのだが。
「珍しいですねぇ? アカさんが『工房』にいるなんて」
「主の命なれば」
「葵の? ということは……」
「ご明察ですよ、一護様。厄介なクエストに出立されるとのことでしたので、マスター共々、魔導具を作成しておりました」
『魔導具』――通常のドロップアイテムとは違い、スキル『魔導具製造』にて創造されるアイテム群。これによって精製されるアイテムは通常よりも効果が高く、ものによっては遺産級に匹敵することすらあった。
「流石イカヅチさん。気遣いがとめどないですねぇ」
「私はあなたのように戦場ではお役に立てませんからね。まぁこのくらいは」
「いや、ありがとう。本当に助かる」
「ありがとうございます」
「~~~(ぺこり」
「……いやぁ、照れますね。ですがみなさん、お礼であればマスターにお願いしますよ」
「そうだよ~」
イカヅチが苦笑と共に告げた瞬間、のんびりとした声が聞こえた。
振り向けば、そこにはドヤ顔の美少女が一人。
紛れもなく整った容姿ながら、隠し切れないぽんこつオーラと、バカみたいな量の桃色の髪のせいで、どこか残念に見える彼女こそ八重葉風見――プレイヤー名:風見。この『工房』の主たる人形遣いである。
「わたしも頑張ったんだから、お礼はわたしにも~。具体的には食べ物を~」
「……要求されると途端に応えたくなくなるのは、僕が天邪鬼だからなんでしょうかねぇ?」
「お前が天邪鬼ってことも含めて、全面的に同意する」
「あはは……」
安定の風見だった。ここまで期待を裏切らないと、いっそ清々しい。
「マスター。出来上がったのですか?」
「うん~。ほら、これ~。『聖ゲイオギルスのアミュレット』~」
「おお」
風見がドラ○もんのように掲げたのは、ICカード大の護符だった。
『聖ゲイオギルスのアミュレット』――財宝級の使い捨てアイテムで、使用すると一定量のダメージを遮断する結界を作成する。使い捨て型のため財宝級に留まってはいるが、ダメージカット量は遺産級に限りなく近い、かなり有用なアイテムである。
それが全部で八つ。ちゃんとパーティーメンバー分用意されていた。
「サンキュー、風見。しかしよく素材あったな?」
「葵ちゃんと鷹ちゃんが高級素材持って来てくれてたから~。イカヅチちゃんに頼んで、かき集めてもらったの~」
「『ホーリーナイトドラゴンの鱗』と『ウンディーネの涙』を軸に商会と交渉しました。簡単な取引でしたよ」
「なるほどな……」
確かにそれらは高額アイテム。好戦的な二人が取ってきてくれて、文字通り運が良かったというわけか。
「解った。じゃあ風見、悪いけど今回のクエストは相当難しそうだから、俺達で行って来る」
「うん~。わたしのLvじゃ無理だし、任せるよ~」
「ああ」
へにゃりと笑う風見から、護符を受け取る。
これで本当に準備完了だ。アイテムと激励を一緒に受け取った気分で、一護は戦場へ向かうメンバーと共に『工房』の外へ――。
「あ、雪音ちゃん~。帰ったら、たくさんご馳走作ってね~~~~~!」
「……かっこよく決めさせろよな。風見……」
「あはは……」
それが最後のセリフって、どうなんだお前。




