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外伝 - 問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その1

 VRとは仮想であり、架空である。


 広大なネットワークの海に作られた虚構、確かにそこにあるものの、決してたどり着けない隣の世界――そんな世界が広がるEGFのフォルセニア大陸に、一つの“家”があった。


 とはいえ、普通の一軒家ではない。


 現実世界に照らし合わせるのなら、金持ちの豪邸か全寮制の学校、はたまた製造業の大企業――そんな風情だった。


 ただしそれらと決定的に違っていたのは、そのセンスである。


 1km以上もの敷地の中には居住区は勿論、工場・牧場・山・森・果ては射撃場まで乱立し、統一感どころか秩序の欠片もなかった。面積が広いため、いいわいいわで適当に増築したのが丸分かりである。


 さて、そんな建物郡――もといギルド『キズナ』のホームタウン、その中核を成す『談話室』に、今一人のプレイヤーが足を踏み入れた。


「あれ?」


 一言で評するのなら、端正な顔立ちをした黒髪の青年である。

 微笑めば大抵の女性が恋に落ちる程度には美形だった――恐ろしいのはこの顔がカスタムの結果ではなく、元のままということだが、痩身ながらも引き締まった体躯だけは現実のそれよりも鍛えられている。


「なんだ。今日は少ないな」


 彼、伊達一護――プレイヤー名:一護は部屋の中を見て、ある種、落胆と共に呟いた。


 部屋の中にいたのは僅か二人。

 優雅に、ある意味怠惰にソファへ腰掛ける白髪の美青年と、備え付けのキッチンでチョコマカ動き回っている小さな女の子の二人組だけである。


「どうも、ご主人」


 二人のうち、声をかけてきたのは男の方だった。

 一護のフェロー:ゼロ。フェローとはAI制御されたNPC。プレイヤーの相方として、片腕として、獅子奮迅の働きを見せるパートナーである。


「入って早々、僕達にご不満で?」


 パートナーである……はずだが、ゼロはどこか一護への尊敬が薄いように感じた。いつも憂鬱そうに怠けているのも、慇懃無礼な口の利き方も、一体誰に似たのだろうか。


「ただの質問だ。茶化すなゼロ」

「すいませんねぇ。性分でして」

「どんな性分だよ、ったく……で、みんなは? まだログインしてないのか?」

「いいえ。雪音様以外はログインしてますよ、ご主人。それどころか皆様、一度はお顔を拝見しております」

「そうか。じゃ、出かけたんだな」

「ええ。葵様はアカと他ギルドの助っ人。風見様が『工房』で作業中で、イカヅチさんはその手伝い。鷹様コンビは修行だそうで」

「……なるほど」


 ギルメンの動向を聞いて、思わず納得してしまった。


 それぞれが、実に“それらしい”理由である。そういうことであれば、その内に帰ってくるだろうし、焦ることもないだろう。


「ご主人こそ、雪音様はどうされたので? よもや喧嘩でも?」

「いや、あっちの仕事が一段落してから来るってさ。って言っても五分かからないだろうけど――お」


 ゼロの対面。いつもは葵が寝転がる場所へ腰掛けた一護へ、そっとお茶が出された。


 給仕してくれたのは、巫女服を纏ったちっちゃな女の子。

 黒髪のおかっぱで表情はよく見えないが、時折覗く瞳は綺麗なまん丸で、宝石のように光り輝いていた。


 彼女は妹――先ほどから名前の挙がっている雪音のフェロー:小雪である。


「ありがとう、小雪。いただくよ」

「~~~(こくこく」

「出た。ご主人の爽やかスマイル@魅了スキルLv30」

「適当なことぬかすな」

「いやいや、本気ですよ。ねぇユキ? ご主人のスマイルは照れちゃうよねぇ?」

「この子は誰にでも照れるだろ……」

「~~~(おろおろ」


 小雪をからかうゼロに、一護は嘆息した。いやからかっているのは一護なのかもしれないが、どちらにしてもあまり良い趣味ではない。


「だいたいお前は――」

「こんにちは~」


 本格的に説教へ突入しようとした瞬間、挨拶と共に一人の美少女が現れた。


 極上の絹糸のように滑らかな茶髪と翡翠色の大きな瞳。

 兄と同じく愛嬌のある笑顔が、異性を容易く恋へ落とす――そんな少女である。


「ほ、ほらご主人。雪音様がいらっしゃいましたよ?」

「……運のいい奴だな。覚えてろよ」


 妹、伊達雪音――プレイヤー名:雪音の姿を認めた一護は、ゼロへ唸りながらも拳を収めた。入って早々、嫌な気分にさせることもない。


「~~~♪(ぱたぱた」

「あ、小雪ちゃん。こんにちは」


 主へ嬉しそうに飛びつく小雪を微笑ましげに眺めて、直後に己のフェローとの落差にちょっと泣きたくなったのは内緒である。


「お兄ちゃん。隣、大丈夫?」

「……もちろん」

「えへへ。失礼しま~す♪」


 小雪を膝へ抱っこしたまま、雪音は一護の隣へ腰を下ろした。

 まさしく理想の主従。もしくはペットと飼い主――仲の良さでいうならギルドトップの二人を慈愛の目で眺めていると、己の従者からの視線を感じた。


「……何か言いたそうだな? ゼロ」

「いえ。なんかこう、バカバカしいほど仲の良い親子を見ているようだなぁと」

「は?」

「ふぇ?」

「ご主人が旦那で雪音様が奥方。ユキが子供――ほら。ピッタリでしょう?」

「……いや、まぁ解らんでもないけど。それはあくまで客観的な視点であって、実際は兄妹だぞ」

「聞かなければ解りませんよ、そんなもの。『連なる絆のペアリング』までつけておいて、何を言ってるんですか」

「そ、それを言われると弱いが……」

「ほら。雪音様のお顔を見てくださいよ。もうとろっとろじゃないですか。ベタ惚れにもほどがありますよ」

「え、えへへへ♪ 旦那様とか、奥方とか……えへへへへへへへへ♪」

「~~~(びくびく」

「落ち着け雪音。小雪がちょっと怖がってるぞ。ゼロのいつもの皮肉だ」

「十割ほどは本気なんですがねぇ」

「それじゃ全部だろ!?」

「だから本気なんですって」


 いよいよ呆れたようにゼロが呟いた瞬間、扉が勢いよく開いた。


「戻りましたー!」

「うーす」


 入ってきたのは、一護にとっての救世主――ではなく、長身とちびっ子の凸凹コンビ。


「あん? 二人とも、ようやく来たのかよ」


 天へと反逆する金色の髪と、やぶ睨みの鋭い目つき。

 極限まで鍛え上げられた長身は相変わらず段違いの完成度で、現実世界のそれよりも凄みを増しているように思えた。


「あ、ホントっすね。お疲れ様です、一護にぃ、雪音ねぇ!」


 その傍らに侍る少女は、逆に小雪と張るほどの小柄である。

 動きやすそうにまとめられた金髪のポニーテールと、人懐っこい笑顔が今日も印象的だった。


 月都鷹――プレイヤー名:鷹と、そのフェロー:レイのコンビである。


「お帰り。今日はどこ行ってたんだ?」

「……ご主人。命拾いしましたね」

「やかましい」


 確かにゼロが言うような側面がないわけではなかったが、気になったのも本当だった。


「れ、レイちゃん。大丈夫? すごいボロボロだけど……」

「~~~(あせあせ」


 そう。トリップしかけていた雪音が心配する程度には、二人がズタボロだったのである。


 本人だけでなく、装備も結構なダメージを負っているように見えた。流石に神話級・伝説級の防具だけあって破損はしていないようだが。


「いやー、ちょいと失敗しちゃいまして。恥ずかしい話、師匠にも迷惑かけちゃいました」

「ホントだぜ、ったく……修行が足りねぇな。また鍛え直しだ」

「押忍!」


 なおこの二人、主従関係であると共に師弟関係でもある。体育会系でとても暑苦しい(葵談。


「えっと……鷹さん。ちなみに今日はどこで修行を?」

「ん? ああ、あそこだよ。なんか白いオオトカゲのいる――」

「……トカゲじゃありませんよ、鷹様。ホーリーナイトドラゴンです」

「おう。そうそう、そこだ」

「前衛二人で行くトコじゃねぇ」


 ホーリーナイトドラゴンが登場するのは、確かLv265で8人推奨のクエストだ。必要Lvは大きく超えていても人数が四分の一、しかも回復スキルなしで挑むとか正気の沙汰ではない。


「そんくらいじゃねぇと修行になんねぇだろ。なぁレイ」

「押忍。勉強になりましたっ!」

「いや、そういうことじゃなくて、最初から無茶だと――」

「いえいえ一護にぃ。無理ではあっても無茶ではないっすよ。確かに自分は負けましたけど、ドラゴン自体は師匠が倒しちゃいましたし」

「「「!?」」」

「あ、あれをソロで倒したんですか鷹様……」

「ソロじゃねぇよ。八割くらいまではレイと削ったしな。そっからなら一護もいけんだろ」

「いや、出来るかもしれないけどやりたくはないな……雪音、とりあえず癒してやれ」

「は、は~い」


 一護の指示に従い、雪音が魔法陣を展開させる。

 詠唱破棄にて実行された回復技能は『サンクチュアリ』――設置型回復呪文の恩恵を受け、ものの数秒で二人の傷は完全に塞がった。


「サンキュー」

「ありがとうございます、雪音ねぇ!」

「どういたしまして。あ、小雪ちゃん。確か『シセドの茶葉』があったよね? 二人でお茶入れようか」

「~~~(こくこく」


 世話焼きの主従が台所へ向かう。一護の分は小雪が入れてくれていたので、鷹とレイの分を用意しに行ったのだろう。


「葵はまだ戻ってねぇのか?」

「ああ。他ギルドの手伝いだろ? どっか面倒なクエストにでも行ってるんじゃないのか?」

「あいつが入った方が面倒な気もすっけどな」

「師匠。それは葵ねぇが可哀想じゃないっすか?」

「いやいや、レイ。鷹様の仰りようは真理ですよ。葵様は自分勝手というか唯我独尊というか自由奔放というか……とにかく捉えどころのない御方ですし」

「ゼロ。当たってるけどその言い方だと悪口だ。葵に聞かれてたらタダじゃ――」


 すまない。

 そう続けようとした一護だが、それよりも早くに“何か”がドアを破って飛び込んできた。


「破ァ!」


 正確にゼロめがけて突き進む謎の物体を、反射的に動いたレイが叩き落す。神速の拳撃を喰らい、砕けたのは拳大の石ころ――どうやら下手人はこれを投擲し、その結果として進路上のドアが貫かれたらしいが。


「ちぇー。ちみっ子、余計なことしないでょ」


 直後に現れた犯人には、少しも悪びれたところがなかった。


 独特の跳ね方をした青色のショートヘアー。猫のようにきまぐれな瞳は暇つぶしの種を捜し、今日もまた爛々と輝いている。


 神楽葵――プレイヤー名:葵。『キズナ』最大のトラブルメーカーの帰還だった。


「悪い子へのおしおきを止められたー! 遺憾の意を表明するっ!」

「お前が示すのはまず謝罪の意だ。どうすんだよこれ」


 壊れたドアを指し示す。


 黒木で作られた分厚い扉なのだが、先ほどの投石で見事中央部にぽっかりと穴が開いていた。流石は弓兵(アーチャー)といえなくもないが、こんな場所で特性を発揮するものではない。


「いーじゃん。ゴロゴロなら直せるっしょ? てか、兄貴らも止めなかったんだから同罪だょ」

「同罪じゃねぇ」


 確かに一護と鷹は動かなかった。

 狙われていたゼロとレイは防衛行動を取ったが、彼らよりも戦闘力が上の二人は微動だにしなかった――が、それにはちゃんと理由がある。


「こういうアホなことすんのはテメェしかいねぇだろうが」

「だな。レイは反射的に止めたけど、そもそもホーム内は『攻撃禁止区域』だし」


 『攻撃禁止区域』――読んで字の如く、戦闘行為の一切が禁止された区域だ。結界で覆われた街中や、プレイヤーが建築したギルドホームの居住区がこれに当たる。


 いわばスキルとMPの無駄遣い。例え先ほどの攻撃がゼロに届いたところで、ダメージなどないのだ。襲撃者も自然、絞られるというもの。


「いーの。あたしに失礼なことを言ったんだから、相応の報いがあるべき!」


 だが葵もそんなことは解っているのだろう。

 言ってみれば、先ほどの攻撃は陰口への報復というよりは、警告や八つ当たりに近い。


「……申し訳ありませんでした、葵様。肝に銘じます」

「よろしい。あ、ゆっき。あたしにもお茶ちょーだい」

「は~い」


 とはいえサッパリとした気性の葵だ。

 ゼロが謝るとあっさり許し、ずずずとお茶を飲み始める。


「そういやアカは?」

「部屋に戻ったょ。準備してくるって」

「準備?」

「これ」


 そうして放られたのは、一枚の紙だった。


 いわゆる『依頼書』――人によっては受注書と呼ぶ紙である。EGFのクエスト広報には幾つか方法があり、メインはもっぱら電子掲示板ないし公式アナウンスだが、VR空間を利用したアナログ広報として、紙媒体での連絡も一部では執り行われていた。


 紙自体は珍しいものではないが、その内容はと言うと――。


「『歌声よ、天上に還れ』……?」

「……聞いたことのないクエストだね。新規?」

「どんな内容だよ?」


 一護同様、みんな初めてのクエストのようだ。

 紙媒体ゆえに書かれている情報には限りがあったが、とりあえずそのまま読み上げる。


「『地上を豊かに、との計らいで、善なる天使によって“聖なる歌声”を与えられた姫がいた。だが至宝である“声”を失ったことで、天界が荒れている。姫と共に天界へ赴き、その声を以て争いを鎮めよ』推奨Lvが……285」

「……そりゃまた難題ですねぇ」

「人数は?」

「8人。これはまぁウチにとってはいいんだけど……」

「どう? 面白そうっしょ?」


 ドヤ顔の葵だったが、一護としては判断の難しいレベルだった。


 『キズナ』の平均Lvは約280。Lv285を突破しているのは葵と鷹しかおらず、残りのメンツはLv280前後――公式の推奨Lvはかなり辛く設定されているので、苦戦は免れないだろう。


「攻略情報は?」

「んー、ぶっちゃけあんまない。現時点でクリア確定してるのってリッチーのトコくらいで、それも少し前って話だったし。他の大手がどんくらい進んでるかは謎だけど」

「『風見鶏』以上はない、か。それはまぁ解るな」


 何度か一緒にプレイしたが、『風見鶏のとまりぎ』はEGF最強のギルドである。


 『キズナ』とて個人の戦闘力であれば負ける気はしないが、こちらが身内だけでやっている以上、ギルドとしての完成度は遙かに劣る――その『風見鶏』ですら苦戦したということは、公式発表以上の歯応えがあると見た。他の大手ギルドも手こずっているに違いない。


「どうする? お兄ちゃん」


 正直、ギルマスとしては積極的に受けたい依頼ではなかった。

 しかし己の権限だけで提案を取り下げるのも、葵の性格を考えれば得策ではない。


「……多数決を取ろう。賛成多数で受注、その場合は最大戦力(フルメンバー)で出撃だ。逆に反対多数だったら平均Lvが上がるまで見送りにする」

「ぇー」

「文句言うな。デスペナだって軽くないんだぞ。ギルマス権限で止めてもいいんだからな?」

「ま、妥当なところですかねぇ」

「ちぇー」

「じゃ、クエスト受注に賛成のメンバーは手を挙げてくれ……葵、鷹、レイか」


 予想通り、好戦的なメンバーが賛意を示した。

 逆に慎重派の雪音と大人しい小雪、ついでに面倒くさがりのゼロが反対票ということで――。


「同数か。それじゃ議長の俺次第だな」

「チッチッチ。甘いょ、兄貴」

「なに?」

「さっき、レッドが部屋で準備してるって言ったっしょ? つまり、レッドは賛成なんだょ。これで賛成票が4――出撃決定だね?」


 にひ、と葵が笑う。


 癪に障るその笑みに、葵の手の平で転がされたことに気づいた。

 一護の思惑ではこの場での多数決は同票、議長票で否決――という流れだったのだが。


(こいつ、最初から過半数確保してやがった……!)


 鷹とレイが賛成するのは容易に予想がつく。

 あとは“この場にいない”メンバーを抱きこむことで、こちらの思考を狭める。一護は見事、その策に嵌まって出し抜かれたというわけだ。


「……してやられましたねぇ。ご主人。どうされますか?」

「~~~(はらはら」

「お兄ちゃん……」


 反対派メンバーの声が聞こえる。

 一縷の望みを懸けたその声に、しかし自分は応えられない。


「……解った。クエスト『歌声よ、天上に還れ』――ギルド『キズナ』で請け負おう」


 知略で負けた一護としては、そう宣言するしかなかったのだ。

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