カンビョオーネ! 4
さて、そんな一幕を終えて夕方。
玄関の扉が開いてからわずか十秒。けたたましい足音が響き渡り、一護が何かもう色々諦めた瞬間に部屋のドアがフルオープンした。
「た~のも~!」
「きたよ~」
「よう。邪魔するぜ」
伊達家は外敵の襲撃を受けたのである。
名前と同じ色の髪に人懐っこい元気娘、ぽややんとした癒し系のぽんこつ娘、強烈な眼光を携えた強面の巨漢――見飽きるほど見慣れた顔は、神楽葵、八重葉風見、月都鷹。
「……お前らな。病人いるんだから静かにしろ」
外敵もとい、勢ぞろいした幼馴染へ一護は呆れて告げた。
ベッドに寝っ転がる雪音も苦笑。学校が終わったら来るだろうとは思っていたが、時間的に予想より遙かに早い。これは定時ダッシュと見るべきだろう。
「お、出たなサボり魔!」
「人聞き悪いな。俺はサボリじゃないぞ」
「そ~なの~?」
「嘘だっ!!!」
「だから静かにしろっつーに」
否定するにしても無駄にひぐらし風にするんじゃない。うるさいだろ。
「大体、サボリは鷹だろうが。俺はちゃんと美濃教諭に言ったぞ」
「しゃーねぇだろ。急にステーキ食いたくなったんだ」
「どこもしょうがなくねぇ」
「鷹ちゃんいいな~」
「いや兄貴。でっかいのは擁護出来ないにしても、兄貴だってのべーが言ってたんだょ?」
「は?」
「“一護は単なる休みじゃねぇ。爛れた時間を過ごすための休みだ”――って。それってつまりサボリってことしょ?」
「……俺、あの人殴り飛ばしていいかな?」
「やめとけ。100%返り討ちだ」
担任教師の理不尽過ぎる言いがかりに一護は頭を抱えた。
休みとか言いつつ、今日やっていたことは雪音が起きていれば話し相手、寝ていれば家事をこなしたくらい。正直、休みという気はほとんどしていないのだが――。
「……ふにゅ」
「あれ? ゆっき、顔赤くない?」
「ほんとだ~」
「まだ熱あんのかよ?」
「だ、大丈夫です。これはちょっと……その、違うというか……」
衝撃から立ち直って声の方を見ると、真っ赤になった雪音が布団へ潜り込むところだった。確かに熱のように見えなくもないが――ちらちらと意味ありげにこっちを見ているから、多分“爛れた時間”とか言われて昼間の顛末を思い出しているのだろう。
(……いかん。思い出すな、俺!)
雪音の体を拭いてやった、なんて言ったらどんな目に遭わされるか予想もつかない。
脳裏に浮かんできた美しい裸体を振り切り、一護は平静を装った。
「……怪し~な~? なんか兄貴も赤くない?」
「ソンナコトナイヨ」
いきなりバレてる!?
ジト目で見る葵、納得したように頷く風見、苦笑する鷹――完全に何か察していると、幼馴染の勘が告げていた。長年の付き合いって怖い。
「kwsk」
「ggrks」
「誰がカスだー!」
とはいえ、付き合いが長いってことはあしらい方も熟知しているってことで。
一瞬で沸騰した葵はあっさり追及を忘れた。葵さんマジチョロイン。
「怒るな。様式美だろ」
「ようきび? あ、サトウキビ食べたいっ」
「普通の家にあるわきゃねぇだろ」
「あ、あはは……」
「つーかお前ら部活はどうした部活は」
「今日は最初からなかったよ~」
「一身上の都合」
「フケた」
「お前らな……」
普段から活動してるのかよく解らない写真部はともかく、水泳部は立派なレギュラー、鷹に至っては容易く全国優勝する怪物なのだが。
「毎日真面目に努力する人達に謝れ」
「失礼な。確かにあたし達は才能に満ち溢れた選ばれしなんとやら(ドヤァ)だけど、一応は努力ぐらいするょ。ねー、でっかいの?」
「フケた日は道場で自主トレしてっしな。部活よか、むしろ厳しいくらいだぜ」
「鷹ちゃんの家、厳しいもんね~。ちょっと真似しようと思ったけど、無理だったよ~」
「風見は準備運動も終わらなかっただろ。道場の最短記録更新だっておじさん笑ってたぞ」
「え~」
「ま、ンなことはどうでもいい。それよか雪音ちゃんだ。どうなんだよ?」
ようやく本来の目的を思い出したか、それとも些か分の悪い話題と悟ったか。
鷹の言葉に幼馴染の視線が一斉に雪音へ向いた。まだちょっと顔の赤い妹が居心地悪そうに身じろぎする。
「思ったよりか元気そうじゃねぇか?」
「そうだね~」
「あたしも同意。つか、顔のつやとかいつもより良くない?」
「そんなバカな」
仮にも一日看病していたのだ。
朝方は確かに調子が悪かったし、そもそも雪音が仮病なんて使うはずがないが――葵達の指摘もまんざら的外れではなかった。
「……しかし、確かに顔色は悪くないな。薬効いたか?」
もちろん赤いことは赤いが、呼吸が荒かったり苦しそうではない。この場だけ見てしまえば復調しているようにも見えてしまうだろう。
「えっと、調子はだいぶ……良いです。はい」
「お~。良かったね~、病院には行ったの~?」
「いや、家にあった漢方薬だけ。今日で治らなかったら明日連れてくつもりだったけど」
「この分じゃ必要ないんじゃねぇのか?」
「そうだな。あとは明日の体調次第だけど、どうだ?」
「うん。多分、大丈夫。お熱も明日には下がりそうかな……?」
「そっか。良かった」
なでりなでり。
「ふに~♪」
「……心配いらなそうだな」
「だね~」
「とゆーか、この状況だけ見ると薬より、兄貴――ゆっき風に言うと“お兄ちゃん分”を補充したからじゃないの?」
「お兄ちゃん分て」
雪音からは確かに聞く単語だが、葵に言われるとは思わなかった。眉唾物、むしろフィクション成分と断言するのに些かの躊躇いも持ち得ない成分なのだが。
「毎度毎度なんなんだそれ。どういう設定なんだよアオエモン」
「誰がアオエモンか。知らないの? 兄貴。ゆっきにだけ効く万能成分だょ。疲労回復、解熱効果、整腸作用、食欲増進、筋力増大、家内安全、商売繁盛――」
「待て待て待て待て! おかしいおかしい!」
「どこが?」
「全部だよ!? なんで首傾げるの!?」
それが本当だとすれば、“お兄ちゃん分”最強じゃねぇか。仙豆もメじゃねぇぞ。
しかし葵は納得しなかったらしい。あからさまにぶーたれた表情で、雪音へ話を振った。
「ねー、ゆっき。あたし間違ってる?」
「えっと、大体合ってるけど……」
「合ってんの!?」
「流石に商売繁盛はないかなぁ、って……」
「それ以外は!?」
「ちょっと兄貴うっさい。ゆっきに響くでしょ」
「こ、この野郎……鷹! なんとか言ってやれ!」
「パス。めんどくせぇし、あながち間違ってねぇだろ」
「な……か、風見!」
「病は気からっていうよ~?」
「みーが珍しく良いこと言った!?」
「葵ちゃんひどい~!」
「いや、酷いのは俺の扱いだろ」
どう考えても間違ったことは言っていないはずなのだが、なんか一護が一人で反論している空気になっていた。
「……もういい。夕飯作ってくる」
しかもこの雰囲気での復権はほぼ不可能。
ここは逃げの一手が最適手。三十六計逃げるに如かず、明日への撤退だ。
「あ。兄貴あたし大盛りね」
「俺ぁ特盛」
「わたしもわたしも~!」
「ええい、お前らに食わせる夕飯はねぇ!」
だがそれすらも通じず、とりあえず一護は全力で吠えた。
空気を一切合財読もうとしない三バカへ、吠えざるを得なかった。




