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中二病でも名が欲しい! 前編

「ずるいと思います」


 開口一番、神楽葵はそうのたまった。

 今日も今日とて青い髪に青い瞳。活発そうな印象に違わず性格はやかましく、その上、猫のように気まぐれで行動の予測がつきにくい。


「……なんだよいきなり」


 そんな暴走幼馴染に問い返したのは、端正な顔立ちの青年だった。


 黒髪黒目――何の変哲もないパーツでありながら、それらが奇跡的な配置で並んでいる。妹分にして幼馴染の妄言に、彼、伊達一護は苦笑しつつ嘆息した。


「主語がない。アホか」

「アホっていう方がアホなんですよ~だ」

「葵ちゃん……小学生みたいだよ……?」


 舌を出すアホへ、控えめな突っ込みが入る。


兄と同じように苦笑しているのは伊達雪音――綺麗な茶色の髪の毛と、表情に愛嬌のある美少女だ。いいぞ雪音、もっと言ってやれ。


「や~い、一護アホだって~」

「お前は黙れ風見」


 子供じみた罵倒を飛ばす八重葉風見をじろりと見やる。

桃色のロングヘアを靡かせて、ぽんこつ娘は変わらず平常運転中だったが、一護もアホにアホと言われて黙っているつもりはない――即座にデコピンで報復した。


「あうう……鷹ちゃん、一護がいじめる~」

「どっからどう見ても自業自得だろーが。頭の出来は俺とお前にゃ言われたくねぇだろうよ」


 その衝撃でごろごろ転がったアホ娘(かざみ)の救難信号を、大男が半眼でぶった切る。短い金髪とやぶ睨みの鋭い眼、総じて威圧的な風貌――幼馴染の実戦担当、月都鷹はぐぬぬと唸る風見をそれきり放置した。


 露骨なため息と共に肩をすくめ、さっさと話を本筋に戻す。


「……で、葵。わざわざ一護らを呼んだんだ。それなりの用があんじゃねぇのか?」


 そう。いつもなら連中を迎える側の一護が、今日は雪音共々呼び出されていた。

 というのも、本日の集まりは鷹の家で行われているからである――具体的には家ではなく、月都家の道場でだが。


 その道場規模は三十畳以上、門下生も五十人は下らない。

 “月都”は格闘界でもそれなりに有名な一族らしく、高名な格闘家も何人か輩出しているそうだが――そんな大層な場所でも、幼馴染にとっては溜まり場の一つ。家主兼道場主とは家族ぐるみのお付き合いをしていることもあり、月に一回は使わせて貰う程度には馴染み深い場所だった。


「何か運動でもするの?」

「違うょ。呼んだのは、これ見て欲しいから!」

「ん?」


 そう言って葵が一冊の雑誌を、道場の畳に叩き付ける。

 表紙の中央には、殴りあう筋肉質な男達。その周囲を舞う大小様々な見出しと、一際目立つ“格闘ジャーナル”というタイトル。格闘専門誌という些かマイナーな種類ではあるものの、れっきとした刊行物である。


「……で?」


 まさか雑誌が気に食わないという話ではないだろう。このワガママ娘ならひょっとして、と思わなくもなかったが、幸いにして葵は一護の先導に乗ってきた。


「ここ、ここだょ!」

「どれどれ?」


 雑誌を開き、彼女が指差した場所――には、見慣れた顔がいる。


 天へ反逆する黄金の髪、物騒な鋭さを讃えた獣の双眸、ふてぶてしいまでの自信に満ち溢れた不敵な表情――。


「……鷹じゃん」

「ほんとだ~」


 二ページの特集に、親友の姿が載っていた。


 とはいえ、珍しい話ではない。“格闘一族”の名に恥じず、鷹は複数の格闘技にまたがって、十回以上も全国優勝を果たしている。しかも同年代に対しては公式戦無敗、生涯無敗説が囁かれるほど図抜けた天才だ。雑誌や新聞、テレビにも度々取り上げられている。


 故に今更、この程度の記事では驚くには値しないのだが――。


「兄貴の目は節穴っかっ!」

「葵ちゃん! お兄ちゃんの目は宝石だよ!」

「お前は何をトチ狂っとる」

「……ま、雪音ちゃんは置いといて、何が問題なんだよ?」

「だからここだってば!」

「ん?」


 よくよく見れば葵の指が一点を示していた。そこはいわゆる見出しの部分、デカデカと踊る文字は鷹の名前と――。


「“天性の格闘家”、“怪物”、“無敗の超新星”……?」

「……二つ名ってやつか」

「そう、それ! でっかいのばっかり、こんなのずるいょ! あたしも何か欲しい!」

「またアホなことを……」


 雑誌にケチつけるよりも酷いじゃねぇか。想像の斜め上すぎるぞ。


(……まぁほんの少しなら解らんでもないけど)


 センスがなさすぎるのは問題外だが、二つ名とか通り名とか、通称とか――いわゆる中二病的なアレコレに憧れるのは全男子の宿命である。邪王真眼まで行くとついてけないけど。


「というか、お前だって本気で水泳やれば雑誌くらい載るだろーに」

「やだ。めんどい」

「葵ちゃん……それは流石に酷いと思うよ……?」

「いいょ。熱血ってあたしのキャラじゃないし」

「ハマリ役だろーが」

「うんうん」

「だーもー!! 人の話を聞きなさあああああああい!!」

「誰よりもまずはお前が聞けよ……」


 本日のお前が言うな大賞が決定しちゃったじゃないか。


「とにかくずるい!」


 しかし暴走する葵が一護の忠告なぞ聞くはずもなく、そのまま声を張り上げた。


「ずっこい! ひどい! アウト! NG! 主にあたし的に! ゆぅぅぅぅるせなぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!」

「すごいテンションだね……」

「何故に若本」

「結構似てる~」

「無駄に芸達者だよな、コイツ」

「ええい、話を聞きなさいって言ってるでしょーが!」

「今の発言のどこに聞く部分があったんだ。街中のデモ行進と同レベルの酷さだったぞ」

「そんなことないょ! 兄貴の耳は馬か! 馬耳東風っか!」

「葵ちゃん! お兄ちゃんの耳は爽やかなそよ風だよ!」

「何があった雪音!?」


 そんな意味不明なことを言う子じゃないだろう!?


「……話が進まねぇから葵。能書き垂れてねぇで、さっさと用件言え用件。何がしてぇのかサッパリ解んねぇよ」

「う~~~!」


 感情が共有できないのが悔しいのか、あくまで唸る葵。


 だが分が悪いのを感じ取る直感はあるので、大人しく彼女は背後から紙袋を取り出した。中を検めてみると、A4サイズのホワイトボード(100円/ヶ)と専用のペンが4つずつ――全部袋に入っていることからして、どうやら新品らしい。


「……俺、雪音、鷹、風見、葵。1個足りなくないか?」

「いいの。あたしがやりたいのは、“命名ゲーム”だから!」

「命名ゲーム?」


 聞き返されて気分がノったのか、ひゃっほぅと葵が立ち上がった。どうしよう。俺の幼馴染が情緒不安定過ぎる。(※いつものことです)


「説明しよう! このあたしの考えた命名ゲームとは、各自の語彙力・言語的センスが試される高等遊戯! 極限まで脳細胞を酷使し、究極の一言を搾り出すマッドゲーム!」

「大きく出たな……」

「内容はよく解らないけどね……」


 雪音と仲良く苦笑していると、葵のテンションがさらに上がった。そのせいで説明へ余分な装飾がつき、解りにくさが加速度的に上がる――ので省略しつつ簡単にまとめると、次のようなことをやりたいらしい。


 【命名ゲーム:概要】

  ・対象者を一人選定。他のメンバーが各自ホワイトボードを持つ。

  ・各自がその対象者に合う二つ名(キャッチコピー)を提案する。

  ・対象者が気に入る、もしくは他メンバー全員が賛成した二つ名(キャッチコピー)が採用される。


 ……死ぬほど単純だった。

 先ほど葵が言っていた通り、単に全員で二つ名を決めるゲームというわけだ。


「……まぁ何となく解った。それがやりたいのな?」

「うんうん。やろうやろう!」


 嬉しそうに頷く葵。苦笑いしつつ、しかし周囲も特に異論はないらしい。


 こうして今日の遊びは決定した。いつも通り唐突ながら、しかし新しい試みという意味ではそう悪くない。


「それじゃ始めるとして――鷹からか? お手本もあるし」

「パス。これ以上、余計なモンはいらねぇよ」


 だが一護の提案を、鷹はひらひら手を振って拒否した。まぁこいつの場合はああいう紹介だけでなく、街中の舎弟共に色々異名をつけられているらしいし……いい加減、お腹いっぱいなのだろう。


「鷹ちゃん~。ああいうのって自分で考えてるの~?」

「ンなわけねぇだろ。顔も知らねぇどっかの誰かが勝手に言ってんだよ」

「そうそう。自分で考えてたら痛過ぎるょね」

「無理やり他人に考えさせるのも同類だと思うけどな……」


 顔を背けるな。お前のことだお前の。


「葵がやりてぇって言ってんだし、葵からでいいじゃねぇか」

「……それもそうか。じゃ、そうすっかね」


 断る理由もない。トップバッターに選ばれた葵を見やると、なんか凄い嬉しそうにポーズを取られた。色々と間違っているのだが、完全にモデル気取りである。


(しかし……どうすっかなぁ)


 アホ娘を眺めつつ、内心、一護は悩んでいた。


 葵はそんじゃそこらの奴より個性の強い奴だが、今回のお題は想像以上に難しい。しかも難しいと相場が決まっているトップバッター、経験のないゲームだけに尚更だ。


「えっと……葵ちゃん。こんなのがいいってある?」


 そんな一護を慮ってか、雪音が問いかけた。流石は我が妹、ナイスタイミングである。


「強い感じとか、かっこいい感じとか……考えるヒントになるかなって」

「うーん。いい質問だね、ゆっき! ほら、アレだょアレ。可愛い感じのがいい! 立てば炸薬、座ればボカンみたいな?」


 節子、それ単なる爆弾や。


(――いや、待て)


 アホ娘がアホなことを言ってくれたおかげで閃いたぞ!


 神速で手が動く。先ほどまでの気負った感じは一瞬で消え、一護のホワイトボードに文字が悠々と躍った。


「出来たぞ! これでどうだ――“自爆娘”!」

「な・ん・で・だー!!」

「おぐっ!?」


 頭を叩かれる。素晴らしいネーミングだと思ったのに、葵はいたくご立腹だった。


「なんなのさ自爆娘って!? 今の流れでどうしてそうなんの!?」

「いや、今の流れだからこそなんだが……」

「へぅ?」

「あ、あのね。葵ちゃん。さっきのやつ、“立てば芍薬、座れば牡丹”っていうのが正解じゃないかと思うんだけど……?」

「What?」


 何故に英語。

 日本語も満足に話せないのに外人気取りですか。


「だからね? 立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花……美しい人を例えることわざなんだけど……葵ちゃんのだと、その……」

「完全に爆発物だよな」


 立ったら炸薬で座ればボカンだし。


「えーと……あーと、今のなし! なしなしなし! なしったらな~し!」

「……あんだよ。じゃあこれダメか」


 駄々っ子モードに入った葵を見て苦笑い。鷹から差し出されたホワイトボードには、“自爆テロ子”と書かれていた。


「折角書いたのに~」


 “あおいぼか~ん”。


「私も……」


 “カグラ・ボム・アオイ”。


「なん……だと? みーはともかくゆっきまで!? なんでそんなに息が合うのさ!?」


 幼馴染だからさ。

 という冗談はさておき、脅威の連帯感だった。流石は付き合いが長いだけある。


「で、これでいいか?」

「いいわけないでしょー!?」


 えー。


「考え直しかよ……面倒くせぇなぁ、おい」

「当たり前だょ。断固拒否する!」

「どっからどう考えても自業自得だ」

「みんな揃って意地が悪い!」

「だから自業自得――」

「出来た~」


 ひとしきり葵をいじっていると、風見が手を挙げた。ぎゃーぎゃーやってる間に書き上げたらしい。ポンコツ娘にしては珍しく機敏である。


「はい。“C子ちゃん”」

「どういうこと!?」


 否、やっぱり風見は風見だった。


「AとBはどこいった……というか、なんだそりゃ?」

「えっとねー。こないだ見たアニメでね、葵ちゃんそっくりの子がね――」

「待て風見。大体解ったから、みなまでいうな」


 外見はともかく中身は別物だし。あの子のがいい子だぞ。あとこいつはあの夏でもこの冬でも絶対待ってない。


「ん~……三番手なのが気に食わないからダメ!」

「そんな理由なんだ……?」

「と・ゆーか! みんな真面目に考えてょ! 可愛い感じって言ってるじゃない!」

「可愛い感じねぇ……」


 吠え立てる幼馴染に、一護は嘆息した。


 そもそも葵は“可愛い”ではなく、“かっこいい”タイプの女子である。並大抵の男を寄せ付けない運動能力と己の正義を譲らぬ強い意志。少々自分に素直過ぎるのが玉に瑕だが、爽やかで後腐れのない性格は性別問わず受け入れられ、特に後輩女子の人気はかなり高い。


 そんな葵を“可愛い”と称するキャッチコピーは……正直、かなりの難題だった。


(しゃーないなぁ。もう)


 とりあえずカキカキ。半ばやけっぱち、無表情で一護はホワイトボードを公開する。


「“お姫様(仮)”」

「(仮)は余計だょ!? GFじゃあるまいし!!」

「“お姫様(笑)”」

「あたしは! 殴るのを! やめない! でっかいのが! 死んでも!」


 いやそこはやめろよ。

 というか、そもそも殺すな――とは言わない。言葉通り殴りかかった葵だが、何しろ相手は日本最強の男。


「おー怖ぇ怖ぇ」

「チョコマカ逃げるなー!」

「やなこった」


 バーンナックルばりの攻撃も鼻歌交じりで回避し、余裕の表情である。


 広い道場なのが幸いした。

 所狭しと暴れまわる二人の攻防は、じゃれ合いと言うより乱取りの域だ。もしここが伊達家なら、既に幾つか家具が破壊されていただろう。そして怒られる俺。マジ解せぬ。


「……えっと。どうしよう、お兄ちゃん?」

「暫くかかりそうだな……」


 経験則からすれば五分くらいだろうか。

 とりあえず待つしかないのだが、その間に葵が満足するような案でも考えておこう――。

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