はたらくお兄さま! エピローグ
あけましておめでとうございます。
新年初投稿、今年もよろしくお願いします。
後日談というか今回のオチ。
葵率いる十倍姦しい軍団は写真事件に留まらず、他にもまぁ様々な騒動を起こしてくださりやがった。詳しく語れば一冊の自伝を書けるほどの密度だったが――今は語るまい。
いや、ホント勘弁してくれ。思い出したくないんです。
とまぁ、そんな一護の尊い犠牲もあり、喫茶マーブルは記録的な大繁盛となった。
全て片付けた後で支出を計算した(¥〇¥)は、しばらく忘れられそうにない。
「一護くん、ホストとかやらないの?」
「誰がやるか」
そんな冗談も出るような気安い関係になりつつ、なんとかバイトは終わった。
当初の予定よりもオマケのついたバイト代も入ったし、折角なのでお姫様でも連れて外食を――と思ったのだが。
「……お家がいいな」
との一言で即座にのんびりモードに切り替え、一護は自室で過ごしていた。
土曜日が色々な意味でハードだったので、日曜はゆっくり体を休める。理屈としては非常に筋が通っているし、家で過ごすこと自体に文句はないのだが。
「…………」
これはちょっと間違っていると思う。
「んぅ~♪」
閉じていた目を開くと、ご満悦の妹が視界に入った。
雪音が身じろぎする度、きめ細やかな髪の毛が一護の胸で揺れる。こちらもくすぐったいのだが、変に動くとアウトゾーンに手が触れそうで怖かった。雪音の腹部に手を置くのをやめれば問題は解決されるが、生憎と自力脱出は不可能。一護の手は、一回り小さな妹の手によってしっかり固定されている。
端的に言うのなら“あすなろ抱き”。
客観的に述べるなら“一護が雪音を後ろから抱き締めている”――のだった。
(まさかこんなことになるとは……)
事の発端は昨日にまで遡る。
拗ねて拗ねて拗ねまくった雪音の機嫌は、バイトが終わっても直ってなかった。いつもなら三時間もすれば(寂しくなって)収まるのだが、今回はよほど腹に据えかねたらしい。
「…………(ぷくっ」
無表情こそ消えたものの、今度は解りやすい膨れっ面で妹様は絶賛ご機嫌斜めだった。
(……しゃーないか)
ため息と共に覚悟を決める。
今回の件で一護の落ち度は一切ないと思うが、それをぐっと堪えるのも兄貴の度量だ。気分はまさに戦国大名――“拗ねるなら 笑わせようぞ 雪音ちゃん”。センスの欠片もない。
「あー、雪音」
「……(ぴくっ」
呼びかけに雪音の体が一瞬震えた。条件反射で返事しそうになり、理性が抑え込んだらしい。拗ねてはいても、甘え気質は早々変わらないということだろう。
「これ。やるよ」
「これ、って……え?」
「そんなマジマジ見るなって。恥ずかしいだろ」
苦笑に幾分か安堵を混ぜつつ、一護は用意していたブツを渡した。
ひらひらと風に靡く紙切れ一枚。凝った装飾も精密な細工もない、純然たる紙ペラである。だがそれも当然だろう――それは一護の手作り。しかもバイトの片づけ中に作ったものだから、それほど複雑なものが出来るはずもなかった。
「好きに使ってくれ。ただ、他人にあげても無駄になるからな?」
呆然とした妹の頭を撫でながら、夕闇に沈んだ街を見やる。覚悟を決めたとはいえ、流石に顔を見ていうほどの度胸はなかった。
「なんせ“お兄ちゃんの一日優待券”だし。お前以外には意味のない代物だ。当然、売却不可――非売品、Not for sellでお願いします」
それは世界で唯一つ、唯一人のためだけに誂えられた紙切れ。
妹のご機嫌を取るためというのが情けないが、今日一日頑張ったご褒美も兼ねてと思えば、まぁなんとか折り合いはつけられる。
(これで機嫌直してくれるなら儲け物だけど……)
とはいえ、本当に効果があるかは未知数だった。
子供だましといえばその通りだし、雪音の年頃で一般的に喜ばれるプレゼントでもあるまい。なにせタイトルからして意味不明、機能も一護のスケジュールを優先的に空けるだけ。逆に怒られても仕方ないので、内心ドッキドキである。
「……お兄ちゃん」
だが雪音は――出来た妹は全てを悟っていた。一護の性格を本人以上に熟知している彼女は、兄の素っ気無い言葉の裏を読み取っていたのである。
「…………ずるい」
「え?」
だが、雪音は下を向いて呟いた。
惚けた表情に紛れもない歓喜を見て取った一護としては、予想外の反応だ。
「ずるい。ずるいずるいずるいっ」
「えっと……雪音?」
「ずるいもん。だからもう……もうっ!」
「え? え……え? えぇ?」
なんで俺の妹は地団駄踏んでるんでしょうか。
怒っている――わけではない。地団駄といってもたすたすと軽やかな音だし、そもそも表情が思い切り緩んでいる。どちらかといえば、悔しがっている印象の方が近かった。
「……む~! えいっ!」
「っと?」
ぼふんと軽い衝撃。
唐突に抱きついてきた雪音は、こちらの胸に顔をうずめたまま天下の往来で叫んだ。
「こういうことしてくれるから大好きなんだもんっ!!!」
――そうして現在に至る。
「んに~♪(ぐりぐり」
甲斐あって雪音の機嫌は回復してくれたが、甘え根性を侮っていた。
それこそ朝起きてから数時間、ほぼ甘え通しである。元々“一日優待券”を使われては拒む権利もないのだが、家事をあらかじめ済ませてきた(朝五時起きしたらしい)辺り、彼女の本気度が伺えた。
「おにーいちゃん♪」
「……なんだ?」
「んぅ~♪ なんでもないよ~♪ えへへ~♪」
“♪マーク”大活躍である。多分今日一日は活躍しっぱなしだろう。
(……やれやれ。一日は長過ぎたかね?)
雪音の頭に顎を乗せて苦笑する。
実入りも多かったが、色々な意味で高くついたバイトだった。無視できないレベルで疲労が堆積しており、ただ座っているだけでも地味に辛い(筋肉痛的な意味で)。
(……ま、いっか)
雪音のことだからそこまで考えてのことだろうが、一日荷物持ちとかより余程良かった。一護も雪音とじゃれ合うのは嫌いじゃないし、結果的に疲労回復に繋がるのなら歓迎すべきである。
それに――。
「♪」
なんだかんだ、雪音が嬉しそうなら文句はない。
「んぅ? なーに?」
「なんでもない。よしよし」
「……ふに~♪ えへへ♪」
こんな笑顔を見せられて、そう思わない奴はいないだろう。
可愛い可愛い妹を、今日は目一杯甘やかそう――開き直った一護は密かに心へ誓ったのだった。




