やはり俺達の青春旅行は間違っている その10
ちょっと長めでっす。
で、ショッピングである。
ショッピング。お買い物。商人と消費者の全面戦争。あるいはデートの定番、家族サービスの大原則――基本的には楽しい楽しいイベントなのだが。
「……なぁ、鷹」
「……あんだよ」
そんな楽しいイベントでぐったりと疲労し、屍のような有様となっているのは、当然だが男連中だった。
「なんであいつら、あんなに元気なんだろうな……」
「俺が知るか……」
朝の散歩と温泉(当たり前だが雪音とは別々)を楽しみ。
バイキングで風見の食いっぷりに恐れをなした店長の土下座を見た後。
食休みする暇もなく、十時にホテルをチェックアウトし――市内最大と名高いショッピングモールへやって来たまでは良かったのだが。
「これどうどう? よくない? ね、ね?」
「お~。葵ちゃん、似合いそう~!」
女衆の体力を侮っていた。
買い物を開始して三時間。既にグロッキー化した一護達と違い、葵を筆頭にした幼馴染(女子限定)はきゃっきゃうふふと遊びまくっている。
「お~! こっちもいいNE! ほらほら、ゆっきっ!」
「え、ええ!? その、ちょっと短すぎるよ!?」
今、雪音達がいるのはカジュアル系ショップだった。
とはいえ先導する葵が自分の好みだけで突っ走っているわけではない。確かに今の店は葵の趣味だが、彼女たちはここまでの全ての店へ入っていた。
(二十軒までは覚えてたんだけどなぁ……)
全てである。細大漏らさずまさしく全て。
一軒も飛ばさずモールを巡る決意が見えたわけでもないが、本当にそうなりそうで一護は頭を抱えた。
「……楽しそうだな」
「……ああ」
しかし――楽しそうに笑う彼女達を見ていると、止めようとも思えない。
お父さんの気分ってこんな感じなのだろうか。
非常に面倒、しかし喜ぶ家族を見ればそんなに悪い気分にはならない――まったくもって今の自分と合致するのが嬉しいんだか悲しいんだか。
「鷹。行って来たらどうだ?」
「勘弁。あんなキラキラした空間に入る趣味はねぇよ」
「そりゃそうだ……」
「お前こそ行って来いよ。雪音ちゃん、チラチラこっち見てんぞ? どれが似合ってるか訊きてぇんじゃねぇのか?」
「大丈夫だ。アイコンタクトで大体伝わる」
「………………」
「冗談だからな?」
「……お前らならありえるから怖ぇんだよ」
「失礼な」
精々、二者択一でどっちが好みか伝えられるくらいだ。もっとも一護の好みは死ぬほど把握されているから、大抵は充分以上に好みなのだが。
「それに雪音の視線はそーゆー意味じゃないぞ」
「あん?」
「アレは俺に褒めてもらいたい目だ。そろそろ切り上げてくれるってことだよ」
「……言ってる側からアイコンタクトかよ。嘘くせぇな。おい」
「ホントだ。ほれ」
言葉の通り、いつの間にか葵を宥めた雪音はこちらへ向かってきていた。
流石は我が妹。ちょっと時間はかかったが、朝の約束を果たしてくれたらしい。
「おっ待たせ~! いやぁ、見た見た。とりあえずは満足だょ。後でもっかい行こーねー!」
「もっかい行くのかよ……」
「勘弁しろ……」
「ぇー。兄貴はあたし達がナンパされちゃってもええのん?」
どうよとばかりに胸を張る葵は、チューブトップにアロハ柄の薄手のジャケット。昨日より露出は少な目かと思いきや、ヘソが出ていた。いわゆるヘソチラである。ジーンズとトップスの間の絶対神域(一護命名)がなんともいえず官能的だ。
「あ、あはは。葵ちゃん、大丈夫だと思うよ?」
隣の雪音は襟付きの白ワンピースに黒ネクタイをゆるく締め、その上に黒いカーディガンを羽織っている。葵ほど直接的なアピールはないものの、タイトなスラックスが彼女の細く美しい足を際立たせていた。ちょこんと被った小さめの帽子もキュート。
「ナンパ~? 美味しいの食べさせてくれるならいいかも~♪」
さらに普段着の九割がTシャツとGパンの風見までもが、今日は明るい色の肩あきチュニックにチェック柄のスカートと女の子している奇跡。スタイルに関して言えば幼馴染でも随一だけに、ちゃんとした格好をすれば充分以上に可愛く見える。
――いずれ劣らぬ三人娘の可愛さを客観的に認め、一護はため息をついた。
「どういう脅しだ。自意識高過ぎだろ」
とりあえず言ってはみたものの、その未来は99%間違いなく発生するだろう。むしろ一護達がいなければ既にイベント消化済みの可能性が極めて高い。
「ンなことよかメシ食おうぜメシ。もう一時回ってんだろ。流石に腹減ったわ」
「あたしたちの貞操をそんなこと呼ばわりっか!」
「雪音ちゃんと風見ならともかく、お前が大人しくヤられるタマかよ。ナンパ野郎に同情するぜ」
「にゃんだとー!?」
怒りの咆哮をあげる葵だが、一護としては鷹に同意である。
とはいえそれは葵がどうというより、憎まれ口を叩いている鷹が黙っていないからなのだが(前例多数)。
「そういや風見、メシ食ってないのに珍しく大人しいな?」
「……あ!? おなかへった!?」
「あえて言おう! アホであると!」
思い出して腹減ったパターンとか真正のアホすぎる。
「おなかへったよ? へったんだよ? めっちゃへったよ? めがっさ減ったよ? 減った減った減った減ったオナカヘッタヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ」
「お、お兄ちゃん! 風見ちゃんが危険域入ってるよ!?」
「処置!」
「う、うん!」
わたわたと雪音がK.K.(カタカナ風見)の口へお菓子を放り込む。
もっちゃもっちゃとハムスターのような有様のポンコツ娘は、だが一定ゲージを下回る空腹になると暴れ狂うのだ。過去には面白がった葵を殴り飛ばしたこともある。なにそれ超強い。
「とりあえずメシ行くか」
「あ、待った待った。そこにアイス売ってたから待たせたお礼に買ったんだょ。ほい」
「お前今どこから出した!?」
今の今まで空だったはずの葵の手に、いつの間にかソフトクリームが出現していた。
「え? ずっと持ってたじゃん」
「嘘つけ!? 流石に気づくわ!」
こういうどうでもいい部分で超常現象を起こさないで欲しい。
「細かいこと気にしてるとハゲるょ。ほい、兄貴の分。こっちはでっかいの」
「おう。サンキュ」
「……釈然としないが、ありがとな」
納得しないまま、しかしアイスは受け取って一口。
……うん、うまい。腹が減っているせいか、思っていたより遙かに美味だった。
「あ、テメ! 俺の食おうとすんじゃねぇ!」
「アイスは別腹なんだよ!」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「ちょっとだけだから~! 先っぽだけだから~!」
「テメェの大口がそれで済むわけねぇだろうが! つか、一護の方でもいいだろ!」
「や! 雪音ちゃんに怒られちゃうもん!」
以上、鷹と風見の仁義なきアイス攻防戦である。
そろそろ取っ組み合いに発展しそうな両名を眺めつつ、一護は安全圏に退避した。この辺りは慣れたものである。
「葵、風見にも買ってやった方が良かったんじゃないか?」
「みーも食べれる予定だったんだょ。でっかいのじゃなくて、兄貴狙うと思ってたから」
「俺のアイス喰われるの前提かい」
「あたしとしたことが、ゆっきの餌付けを忘れてたょ……完全にもう支配下にあるよね。むしろ洗脳済みだよね」
「そ、そんなことないよ!?」
「いや俺もそこは同意見だぞ、雪音」
「ええ!? そ、そうなの? お兄ちゃん……」
「まぁお前がどうって言うより、風見の性格上の問題なんだけどな。今日みたいに助かる部分もあるから俺はありがたいけど、完全に飼い主だろ」
「うぅ……釈然としないよぉ……」
「まぁアイスでも食べて落ち着け。ほれ、あーん」
「ふぇ? あ……うんっ! あ~♪」
ひな鳥の小さな口へアイスを入れてやる。先ほどまでのしょぼん顔はどこへやら、満面の笑みで雪音はアイスを嚥下した。
「……こっちはこっちで飼い主だし。腹立つなぁ、もう」
「何言ってんだ。まったく……しかし美味いな、これ」
鷹達はしばらく終わらんだろうし、ゆっくり食べるとしよう。取り急ぎもう一口――。
「ア、手ガスベッター」
「ぶっ!?」
ぐにゅりとしたなんともいえない感触。そして肌に触れる冷たさの嵐。
「お、お兄ちゃん!?」
一瞬何が起こったのか解らなかったが、悲鳴じみた雪音の声で悟った。自分がどうなったのか、そして下手人が誰なのかを。
「あひゃひゃひゃひゃ! 何してんのさ、兄貴! 顔にアイスついてるよ!」
「お前のせいだろうが! 食おうとした瞬間に頭を押すんじゃない!」
葵の暴挙に吼える。温厚な一護といえど、流石にアイスへ顔を突っ込まされては怒らずにはいられなかった。
「ひー、ひー、アイスマンだ、アイスマンがいるょ! あひゃひゃひゃひゃ!」
「……あ~お~い~!」
「葵ちゃん!」
「っとと。ゆっきまで怒んないでょ。可愛いイタズラじゃん?」
「笑えないイタズラは可愛くもなんともない!」
「もー。落ち着いてょ。ほら、アイス取ったげるからさ」
「へ?」
不意の接近。
止める暇も隙もなく、ふわりと葵の顔が近づく。狩りだったら100%捕獲されていただろう完璧な接近に、一護も雪音も反応出来ぬまま――。
「ぺろっ」
「――――――――な」
「っ!!!???」
ぺろり、と。生暖かい感触が鼻の頭に触れた。
「な、な……何してんだお前!?」
こ、こいつ――人の顔をなめとりやがった!?
葵の暴挙に呆然とする。
あまりに唐突で不可解な行動に、一護は手にしたアイスを握り潰してしまった。先ほど以上の量のアイスが溢れ出し、割れたコーンと共に掌を侵す感触がなんともいえない。
「へっへー。ごちそうさま、あーにき♪」
アイス以上に、そんな一護の様子に満足したのか。
ぺろりと舌を出した小悪魔が、にやりと笑った。ご満悦の表情には反省も何もない――というか変に似合いすぎというか、サマになってるから困る。
「………………もういい。二度とすんなよ」
色々と諦めた一護はため息をついた。こうなった葵には説教も効果がないし、無駄な努力はしないに限る。
「にひひー。そいつぁ保証出来ないな~?」
「っ、コノヤロ――」
「はむ……」
「!?」
だがそれすら嘲笑う葵に憤りを感じた瞬間、一護が感じたのはこそばゆさだった。
しかも並大抵のこそばゆさではない。
凄くこそばゆい。物凄くこそばゆい。キングオブこそばゆさである。
「くちゅ、んちゅ、れろっ……んっ、ちゅぅ、ちゅぷっ、ちゅるっ、んっ……」
視線を下せばそこには雪音の顔。見たこともないほど真剣な表情で、笑えないほど恍惚の表情で、一心不乱にアイスのついた一護の指を――。
「って、お前まで何してんだ~~~!!!」
「うにゃっ!!!」
流石に我慢出来なかった。
一年に一回あるかないかの兄チョップ。ちょっと強めにしたせいで自分の指にもダメージが来たが、それでも我慢出来なかったのである。
「何してんだお前は! 何してんだお前は!」
「え、えう……」
「大事なことだから二回言ったぞ! 解るか!? そんぐらいわけわかんないってことだよ!」
「ち、違うの! 私の中のあまえんぼ担当がね? 葵ちゃんに負けるな、お兄ちゃんに甘えろって……」
「なんだその理由!?」
衝撃の新事実、雪音の中は色んな担当がいるらしい。間違いなくカバー範囲最大だろう。
「……何バカやってんだ? お前ら」
「美味しかった~♪」
先にバカやってた二人に呆れられるのは、非常に腹立たしくはあったが――。
「…………なんでもないよ、くそう」
明らかに自分達の方がバカ騒ぎをしていたとあっては、そう言うしか、なかった。
次回で一区切りの予定です




