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やはり俺達の青春旅行は間違っている その9

2日目突入なのですよ。

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 爽やかな朝を連れて来る、涼やかな足音――チュンチュンと鳴く小鳥はスズメだろうか、それともハヤブサ、あるいはウグイス?


「ウグイスはないか……ふあ~あ……」


 バカなことを言いながら一護は体を起こした。


 無理な体勢で寝たせいで節々が痛い。ぼけっとした眼で周囲を見渡すと、惨憺たる有様の室内が目に入った。本来は三人用の和室で五人も寝ていたのだから当然だが、あっちこっち狭い。狭過ぎる。


(……っていうか、性格出るなぁ、おい)


 寝相で見えてしまうのもどうかと思うが、だいたい下のような感じである。


「ひゅか~……」


 まず葵はとにかく派手だ。はだけまくった浴衣と散らかった布団、突き上げた拳が特徴的。あと涎が垂れまくりで女の子的にどうなんだろう。


「zzzzzzz……」


 続けて鷹は豪快な大の字。巨体のせいでスペースを食いまくって仕方がない。ぶっちゃけ一護の体が痛いのはこいつのせいである。


「……すぅ、くぅ……」


 静かに眠る雪音は二人と対照的。一人分のスペース(一護の真横)を綺麗に確保して、小さな寝息を立てていた。


「ぐが~」


 風見はミノ虫。以上。


(……さて、どうすっかな)


 時間は五時過ぎ――目は覚めたが、動き出すには明らかに早い。普通なら二度寝するタイミングなのだろうが、どうにも目がさえてしまった。


(つーか、あの狭さで二度寝する気になれん)


 そういうわけで、一人早い起床確定。

 そろそろっと布団から抜け出そうと動き出す。とにかく他の面々を起こさないように、外で暇つぶしをしてこよう。


「んにゅ……」


 だが、その目論見はあっさりと潰えた。


「おにい、ちゃん……?」


 くしくしと眠気眼を擦る妹。兄のステルス機能に一切惑わされず、起き上がった雪音はしっかと一護の腕を掴んだ。


「どこ行くの……?」

「悲しそうな顔するな。ちょっと――あー……ちょっと待て」


 声が反響しないよう、ぼふりと掛け布団を頭から被る。まだ体温の残る布団の中で向かい合い、にへら、と雪音の頬がだらしなく緩んだ。


「えへへー。おはよう、お兄ちゃん」

「おう、おはよう。ちょっと起きちゃってな……みんなを起こすのも悪いと思って、少し外に行こうかと」

「お外?」

「ん。お外だ」

「……一緒に行っていい?」

「ん? 別にいいぞ。そんじゃ一緒に散歩でも行くか」

「うん♪」


 朝一番から満面の笑みである。

 ただの暇つぶしだというのに、我が妹君は寝不足を嘆きもせずご満悦だった。


(ま、いっか)


 雪音はともかく一護が早起きするなんて滅多にない。たまには兄妹水入らず、ゆったり散歩でも楽しむとしよう。



 それから五分後。

 今度は誰にも見つかることなく抜け出した二人は、ぽてぽてと外を歩いていた。流石の大型高級旅館、フロントに下りて話を聞いたところ、敷地内には散歩コースが設置されているという。


「んー……気持ちいいな」


 あえて土地勘のないところを歩き回ることもない。

 ありがたく散歩コースを浴衣で歩きながら、一護は上機嫌で呟いた。アーチのような樹木の新緑は目に優しく、間を吹き抜ける風が心地よい。太陽の勢力もまだまだ弱いままだし、散歩には絶好のロケーションといえた。


「人、いないね」

「まぁ時間が時間だしな」

「二人きり……えへへ♪」

「間違ってないけど、わざわざ確認することでもないと思うぞ」

「いいの。私が確認したいんだもん」

「さいですか」


 まぁ上機嫌なのはいいことだ。昨日の夜はどことなく不安そうな顔をしていたが、一晩経って収まったらしい。


「♪」


 一護の腕を抱きしめた雪音は、太陽のような眩い笑顔を浮かべていた。


「そういや、今日はどこ行くんだろうな。葵の奴、教えてくれないんだよ。サプライズとか言って」

「え? お買い物って言ってたよ?」

「サプライズはどこいった」

「あ、ご、ごめんなさい!? 言わない方が良かった!?」

「いや別に、そんな楽しみにしてたわけでもないからいいんだけどさ……」


 なんとなく釈然としねぇ。あの青バカ、秘密でもなんでもないじゃないか。


「しっかし買い物かぁ。あいつの長いんだよなぁ……」

「そうかなぁ? よく一緒にお買い物行くけど、そんなことないよ?」

「そりゃ女の子同士ならいいんだろうけどな……男には正直キツい」


 雪音は気を使って早く済ましてくれるし、風見は頓着ないから元々素早いが、葵は目的決めずにプラプラしまくるので長い。ひたすら長い。


 まぁその分、掘り出し物を見つける確率は非常に高いのだが――そういうのは一人で行った時にして欲しかった。


「出来れば早く終わるよう手助けしてくれ」

「あはは♪ うん、わかった」


 よし、援軍確保。

 散歩に来て良かった。葵のえらく長い買い物に付き合うくらいなら、早起きするのもやぶさかではない。我ながら嫌がりすぎだと思うが、本音だから仕方なかった。


(でもそれがご褒美って奴もいるんだよな……俺には解らん)


 多分、一生解らないんだろうなぁと自己完結。急に黙った一護を不思議そうに見上げる妹へ苦笑を返しつつ、携帯で時刻を確認する。


「……まだ五時半か。あいつら何時くらいに起きるかな……」

「八時とかじゃないかな? 朝ごはん、九時前って言ってたから」

「マジか。長いな……流石に三時間も散歩は出来ないし、どうしたもんか……」

「あ、お風呂は? 確か朝は六時からだったよ?」

「お。そうなのか?」

「うん」


 それは朗報である。散歩という適度な運動後の温泉――まさに至高、まさに最高の組み合わせだ。


「ンじゃ戻ったらひとっ風呂浴びるか。眠たくなるかもしれないし」

「私もそうしよっかな。ちょっと汗かいちゃってるし……」


 歩いて暑くなったのか、雪音が浴衣の襟をぱたぱたする。ちらりと覗く淡い色のインナーに一護は慌てて目を逸らした。


(相変わらず無防備な……!)


 余計に体温が上がっちゃうじゃないか。くそう、我が妹ながら最近色っぽいから始末に困る。


「え、えっと……お兄ちゃん。どうせなら……い、一緒に入る?」

「入るか!」

「だ、大丈夫っ。家族風呂があるらしいから!」

「そういう問題じゃない!」


 しかも要求が昔よりストレートだし。


(育て方間違ったかなぁ……いや、間違えたらこんないい娘にゃならんか……)


 答えの出ない問いに頭を悩ます。

 気持ちのいい朝日が、贅沢者を嘲笑うよう一護を強く照らしていた。

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