やはり俺達の青春旅行は間違っている その7
旅行の醍醐味と言えば温泉である。
人によっては観光というだろう。誰かは食事だというだろう。あるいは過ごす時間こそ大事というだろう――だが一護にとっては温泉だ。誰が何と言おうと温泉だ。
「ふー……いい湯だ」
日本に名湯は数あれど、ここ以上の風呂はないに違いない。
毎回思っているような気がするが、それはさておき、一護は温泉に浸かっていた。
「もうちっと熱けりゃ最高だけどな」
「贅沢いうなって」
半ば強引に鷹に連れ出されたわけだが、これは感謝しなければならないだろう。
大浴場は豪華ではないが非常に広く、掃除が行き届いていた。落ち着いた雰囲気が一護好みで、ついついリラックスしてしまう。
「ま、他に客がいねぇのはいいな」
「そうだな。お前、どうしたって目立つし」
「仕方ねぇだろうが。こちとら鍛えんのが仕事だぞ」
「そりゃそうだけど、威圧が凄いぞ。知り合いじゃなきゃ怖いレベル」
「うっせえよ。授業やら何らがあった学生ン時に比べりゃあ、どうしたって筋肉つくだろ。お前は逆に鈍ったみてぇだけど」
「大学生の不摂生なめるなよ!」
「威張っていうことじゃねぇだろうが。必要ならウチの道場来いって。親父にゃ話通しとくからよ」
「そりゃありがたい。今度頼むわ」
鍛え直そうと思っていたし、ちょうどいい。
どうせなら雪音と二人、伊達兄妹でお邪魔しよう。当たり前だが知らない仲ではないし。
「で、一護。ちっと訊きてぇんだけどよ」
「ん?」
「大したことじゃねぇんだが、俺がいねぇ間、どうだったよ?」
「どう――って曖昧だな」
それこそどうとでも取れる質問だった。
“いない間”ってのは上京してからだろうが、その間の幼馴染といえば――。
「平常運転だったぞ。葵が暴れて風見がのほほんして、雪音が笑ってて――」
「で、お前が振り回される、と」
「おい。否定できないけどハッキリ言うな」
だが一護の抗議はさっくり無視された。
「ま、そりゃ確かに平常運転だな……んで? 女は出来たかよ?」
「へ?」
「女だよ女。大学で遊びまくってんじゃねぇのか?」
「何を根拠に!?」
「あー。入れ食いで困るってメールがあってよ」
「葵か!? 葵だな!?」
人聞きが悪過ぎる!
「流石に解っか。ンで、どうなんだよ?」
「どうもこうもない。確かに色々誘いはあったけど、結果的に何もない」
「へぇ? 言い切るじゃねぇか」
値踏みするような視線。
まさに猛禽のような眼差しを居心地悪く思いながら、しかし一護は目を逸らさなかった。ここで退けば色々勘ぐられる。痛くもない腹を探られるのはごめんだ。
「……ハ。成る程、嘘はついちゃいねぇな」
「当たり前だ。そういうお前はどうなんだよ?」
「あ?」
「一気に有名人だろ。何かなかったのか?」
「あー、まー、赤樹ン時と変わんねぇよ。適当にやってるわ」
「……適当に、ねぇ」
鷹がそう言うってことは、あまり褒められた内容ではないのだろう。
“本気”の相手には一途過ぎるほど一途なくせに、“適当”な相手には誠実ではない付き合い方をする男だ。女遊びまではいかなくても、何度か眉をひそめた記憶がある。
「ほどほどにしとけよ? スキャンダルとか出たら笑うぞ」
「ハ。出たら出たで構いやしねぇよ。別に芸能人ってわけじゃねぇしな」
「そんなもんか?」
「ああ」
破天荒な幼馴染に苦笑が漏れた。少しは大人になったかと思ったが、あれはどうやら勘違いだったらしい。
「さて、そろそろ出っか? 女連中も戻ってんだろ」
「そりゃ賛成だけど、部屋じゃさっきみたいな話するなよ? 面倒くさいことになる」
「アホ」
「やぶから棒に!?」
「お前、この状況で葵が大人しいわけねぇだろ。修学旅行みてぇなモンだぞ」
「え?」
「あんのバカが言い出しそうなことくらい見当つくだろ? なぁ?」
「……あー、なるほど。そういう……」
言いえて妙な例えだった。
男女混合だし色々と間違っているとは思うが、修学旅行の夜の定番といえば――それは言うまでもなく、“恋バナ”である。
「お前まさか、それで前もって?」
「ああ。部屋じゃ話す隙もねぇだろうし、あらかじめ作戦会議しようと思ってよ」
「……えーと、相談して意味あるのか? この場合」
「やんねぇよりマシだろ」
「それはつまり敗北前提と?」
「ハ」
返答は肩をすくめる動作のみ。
男性が女性より弱いのは世の摂理だが、これは幼馴染集団も例外ではなかった。というか、世界最強の男がいて勝てないとは細胞レベルで負けているとしか思えない。
「……まぁ確かにやんないよりはマシだな。結託するか」
「おう。裏切んなよ?」
「ぬかせ」
にやりと笑う裸の男が二人。
男限定幼馴染連合、一夜限りの大結成の瞬間だった。




