やはり俺達の青春旅行は間違っている その5
さて、それからどうなったかというと。
一行は無事に次の目的地――水族館へと到着していた。
名古屋水族館。大都市の名を冠するだけあって、そこには雄大なまでの異世界が広がる。普段は決して見られない水の世界、魚を始めとした数百種類もの生き物たち、その中でも特に人気の高いペンギンやイルカなどの愛らしい面々――。
「まったくも~……酷い目にあったょ」
――は見ごたえ充分だったが、無理やり連行された葵の不満を晴らすほどではなかったらしい。
「でっかいの、なんか奢れ」
一通り回った後の休憩スペースで、ワガママ娘は未だにぶーたれていた。
あれから優に二時間以上は経っているわけだが、一向に気が晴れる気配がない。苛立たしげに足を組みながら、ズゾゾゾゾと激しい音でシェイクを飲み干している。
「旅行自体が奢りだってのに偉そうだなお前……」
雪音の拗ね方は可愛い(兄馬鹿)が、葵の拗ね方は周りにオーラを撒き散らすし、どうしたものか。
「葵。いい加減にしとけ」
「正義は弾圧に屈したりしないょ!」
「誰が正義だ」
「あたし。もしくは兄貴。でも後世に伝わる正義は、勝った方だけだょ!」
「何そのDOフラミンゴ」
完全にわけがわからない。いや、確かに一面から見ればそうなのかもしれないが、別に正義の所在とか重い話をするような場面じゃないぞ。
「とにかく、あたしは断固抗議する! この横暴を許すわけには――」
「わーったわーった」
「え?」
どう説得したものかなぁ、と頭を悩ませる一護をよそに、苦笑していた鷹があっけらかんと告げた。
「適当に何か買ってやんよ」
「うそ!? やっはー!!!」
「いやいやいやいや待て待て、鷹。どう考えてもコイツが悪いだろ!?」
「兄貴があたしに冷たい件について」
「葵ちゃん、今回は当然だと思う……」
「兄貴だけじゃなかった!?」
「いつから味方がいると錯覚してたの~?」
「生まれてこのかたずっとだょ!?」
「やかましい、ちょっと黙ってろ。葵」
話が進まんだろうが。
「おい鷹。お前、ますます甘やかしに拍車かかってないか?」
「そうか? 俺ぁ昔からお前らにはダダ甘って思ってるけどな」
「そりゃそうだけど、限度があるだろ。昔ならキレてただろうし」
そこは自覚があるのか、一護の言葉に鷹が苦笑を深くした。
「ま、ムカつかねぇわけじゃねぇけど殴っちまったのは事実だし、これ以上、拗ねられんのは流石にウゼェ。金で解決出来んなら、そっちの方がいいだろ」
「お~。鷹ちゃん、大人だ~」
ぱちぱちと拍手を送る風見に同意するわけではないが。
これが社会人というものか。誰よりも心配だった男は、いつの間にか一歩先のステージへ進んでいたようだ。
「ンじゃ見てくっか」
「わーい!」
「ああ、葵。買ってやるにゃ買ってやるけどよ、俺が選ぶのが条件だかんな?」
「いいょいいょ。人のおごりなら基本なんでもメシウマだからね! ヒャッホーイ!」
俺の幼馴染がこんなにゲスいわけがない。
白けた目の一護に気づかないまま、葵は上機嫌で鷹と連れ立って行く。併設されたグッズショップへ向かったのだろう。
「……折角だし、俺もちょっと見に行くか」
「あ、お兄ちゃん。一緒に行っていい?」
「別に構わないぞ。風見は?」
「一護……わたしにはやらなきゃいけないことがあるんだよ……」
なにやら儚げな微笑を浮かべつつ、遠い目をする風見。
その視線を追っていくと、“ホッキョクグマも満足! 巨大カキ氷!”のポスターが見えた。何があってもブレない女、安定の八重葉風見である。
「……まぁがんばれ。行くぞ、雪音」
「あはは。うん、それじゃ後でね。風見ちゃん」
留守番は風見に任せ、いざグッズショップへ。
「うお、凄いな」
軽い気持ちで来たわけだが、そこは別世界だった。
まず目に付くのは、入り口付近に詰まれたご当地の菓子類。少し奥に目を移すと、海の生物を模したキーホルダーなどの小物類、凝った細工のコップやオルゴールが所狭しと並べられている。定番のぬいぐるみも、ファンシーなものからリアル系まで多種多様に取り揃えられ、独特の威圧感を放っていた。
「盛況だな。雪音、はぐれるなよ?」
「う、うん。大丈夫」
「そうは見えないから言ったんだが……ほら」
「ふぇ?」
「行くぞ」
「…………うん。えへへ♪」
仲良く繋いだ手を揺らしながら、ファンシー世界へと足を踏み入れる。
外から見ても充分な品揃えだったが、実際に目の当たりにすると予想以上だった。同じ棚に詰め込めるだけ詰め込んだと言わんばかりの量、手前と奥の品物が違うというのもザラである。
「こんだけあると、何が何だか解んないよな」
「そうだね。一応ジャンル分けはあるみたいだけど……あ、これ可愛い」
「ん? ……イルカのマグカップか」
「うん。どうかな?」
「んー……可愛いは可愛いけど、俺はやめといた方がいいと思う」
「ふに? どうして?」
「……将来、悪い男に騙される気がしてな」
某望む永遠的な意味で。
まぁ雪音はどっちかっていうと事故に遭う方だと思うけども。
「???」
「いや、まぁ本当に気に入ったならいいと思うぞ? 単なる先入観の問題だし」
「……えっと、よく解らないけど……私は大丈夫だよ?」
「ん?」
「将来。騙されたりなんかしないもん。そりゃお兄ちゃんが悪い男の人っていうなら、そうなっちゃうかもだけど……」
「……俺は悪く見えるか?」
「んーん。でも油断ならない人だとは思います」
「なんだそりゃ」
よく解らない問答だったが、とりあえず購入はやめたらしい。
マグカップを元の位置に戻し、一護達は冷やかしでぐるりと大きく店内を一周することにした。小物類、菓子類、写真パネルのコーナーを見て、続く鮮魚コーナーはスルー。“新鮮!”とパネルに書かれた刺身が本気であってたまるか。
「へぇ。いい毛並みだな」
「えへへ。可愛いね、お兄ちゃん」
そして最後はぬいぐるみコーナーへ。
適当な人形をもふもふすると、想定外の感触が返ってきた。気持ちいいはいいんだが、イルカなのにふさふさしているとか新生物すぎるだろ。
「しかしこうやって見ると種類多いな」
サメ、イルカ、ペンギン、カメ、クジラ、エイ、マンボウ、タコ、イカ――このぬいぐるみ並べるだけで水族館出来るんじゃないか? 世界初、無機物水族館とか面白いかもしれない。客層が予測出来なすぎるけど。
「あ、鷹さん達だ」
「ん? お、ホントだ」
ちょっと奥まったところで気づかなかったが、あの蒼と金の組み合わせは間違いない。何やら言い争いをしているのは多分、鷹の選択が葵の好みに合っていないんだろう。
「……近づくとやぶ蛇になりそうだな。そっとしとこう」
「う、うん。そうだね」
(ん?)
苦笑しながら振り向くと、慌てた様子の雪音と目が合った。
それは瞬きほどの違和感だったが、長年の勘が――兄貴として妹を見守ってきた直感が妹の気配を敏感に察する。
「欲しいものあったのか?」
「ふに!?」
「そうだなー……んーっと。これでもないし、こっちでもないし……」
「え、えっと、あの、お兄ちゃん?」
「お。あったった。うん。多分、これだろ?」
「ふにゃあ!?」
なんて小気味いいリアクション。
一護がぬいぐるみを引っつかむと、雪音は大きな瞳をまん丸に見開いた。
「ど、どうして……?」
「何年兄妹やってると思ってんだよ。お前の好みくらい、百も承知だ」
実は二つに絞り込むのが限界だったんだが、そこは言わぬが花だろう。
「というか、お前にだけは言われたくないぞ。俺とあいこじゃんけんしたら的中率90%超えるじゃないか」
「そ、それはそうだけど……」
「はっはっは。兄貴の力を思い知ったか」
「う、うん。参りました……」
「うむ。よろしい」
非常に満足した心持で一護は歩き出す。唐突な動きだったので、手を繋いだ雪音はついて来れず、引っ張るような格好になった。
「え? え? え?」
いや、これは単純に混乱しているのかもしれない。
何に混乱しているのかはイマイチ不明だったが、まぁ好都合と言えば好都合だった。
(さて、さっさと買っちまいますか)
この引っ込み思案の妹が遠慮する前に。
日ごろの感謝を込めて、プレゼントといきますか――。




