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やはり俺達の青春旅行は間違っている その2

 その車の名前を一護は知らなかった。

 ファミリーカーというには、あまりに無骨すぎるフォルム。どんな荒れ道でも走破するでかい車輪に、頑強そうな車体。


 約束の日に鷹が乗りつけた車は、どう見ても外車でありどう見ても高級車に分類される一品だった。


「兄貴、車車ってしつこいょ。轟くわけじゃあるまいし」

「お前は一体何が言いたいんだ……っと、意外と乗り心地いいんだな」


 見た目ほどではなかったが、乗り込んでみると充分にスペースがある。

 椅子の柔らかさもちょうどいいし、映画なんかでよく見るガチガチに固まったモノとは明らかに違った。しかもあまり揺れないし。


 うん、鷹にしては外見だけじゃなくて中身もいいのを選んでるな。拾い物だ。


「風見ちゃん、これそっち置ける?」

「うん~。貸して~」

「で、この車どうしたんだ? 鷹」


 今更ながら問いかける。

 あれよあれよと出発した後、一足早く運転席に納まった鷹は一言。


「買った」


 とだけ答えた。


「か、買ったって……鷹さん、これ高いんじゃ……?」

「五百万くらいだったな。葵が車で旅行してぇってうるさかったし、ま、帰ってくるにも便利だかんな」

「にしても五百万はないだろ。社会人二年目じゃ、普通買えないぞ」


 まぁ、鷹の場合はいわゆるスポーツ選手だから、一般常識は当てはまらないのかもしれないけど――それにしたって高い買い物だ。


「格闘家って儲かるの~?」

「ピンキリだな。俺は試合しまくって全部優勝したからファイトマネーやら賞金やらの臨時収入が多かったんだよ。空手と柔道は本部で指導員もしてるから、そっちは普通に給料出るし」

「へー」

「賞金って全部もらえるのか?」

「ンなわきゃねぇだろ。ピンハネされて、半分も貰ってねぇよ。ま、優勝したらテレビの話とかも来るようになったし、そっちの方は結構いいギャラ貰えるぜ」

「うわ、マジでそういうもんなんだ。単純!」


 噂(というか鷹の弁)によると、ド新人格闘家の年収は小遣い程度らしいが、出る大会全部に優勝していれば箔もつく。特に鷹は年末大晦日で特番を組むような大会でも全試合KOという圧倒的勝利を達成したのだから、テレビ的にも美味しい素材なのだろう。


「えーっと、今更ですけど鷹さん。私達と遊んでて大丈夫なんですか……?」

「全然構いやしねぇよ。逆に今の方がワガママ通りやすいしな。たまにゃ羽根伸ばさねぇと、息が詰まって腐っちまう」

「そうそう。そういうわけで、でっかいのの慰安も兼ねての旅行案なんだょ。みんなのことを考えてるあたし、マジ天使」

「……宿泊資金が全部鷹のポケットマネーでなければ、そう思うのかもな」

「兄貴も便乗してるから同罪だょ」

「いや、まぁその通りだけどさ」

「……やっぱり払う? お兄ちゃん。私達二人分くらいなら、やりくりできるけど……」

「必要ねぇよ、雪音ちゃん」


 良心が咎めたのか、それとも一護が悪く言われたからか――小さな声で提案した雪音に鷹が苦笑を返す。


「こん中で稼いでんの俺だけだしな。丸々ひっくるめても三十万くらいなら、全然問題ねぇ。逆に気ぃ遣われると妙な気分になるから、今回は甘えといてくれや」

「……悪いな、鷹」

「……ありがとうございます。鷹さん」

「わ~い、鷹ちゃんデブだ~!」

「みー。それじゃただの悪口だょ」


 太っ腹って言いたいんだろうな、多分。


「バカは放っといて、出発すんぞー」

『おー!』


 運転席の鷹に元気よく応え、出発。

 ちなみに助手席が一護、女性陣が後部座席という並びだ。ナビゲーション(と椅子取り合戦の回避)を兼ねた席順である。


「鷹。とりあえず高速に向かってくれ」

「あいよ。つーか、旅行プランはどうなってんだ? 葵が任せろっつーから、何も考えてねぇけど」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれましたー!」


 ぱーぱらっぱーと頭悪そうな掛け声と共に、葵が手提げバックの中から本を取り出した。めちゃめちゃ分厚いガイドブックで、その表紙にはデカデカと地名が――。


「名古屋? 葵ちゃんにしては近い場所だね?」

「ゆっきの中のあたし像を確かめてみたくなったょ……」

「無理ないだろ」

「うんうん」

「鉄砲玉みたいなモンだろうが」

「なんだょもー! みんなしてー! あたしだってそりゃー沖縄とか行きたかったょ! でも微妙なシーズンだし、時間も限られる一泊だし、そこそこ近くて見るところが多い場所を選んだの!」


 散々に言われて葵が吼えた。

 ちょっと涙目になっている、珍しい。


「ンじゃ、とりあえず名古屋向かえばいいんだな?」

「でっかいの、フォローくらいしてょ!」

「めんどくせぇ。そういうのは一護の担当だろ」

「う~! 兄貴っ!」

「いや、悪い悪い。つい悪乗りした」


 葵は地団太を踏みかねない剣幕だったが、一護の一言を皮切りに隣に座った雪音と風見がなだめ始める。無駄に役割分担が出来ていた。


「しかし名古屋か。飯は着いてからか?」

「だな。十二時っくらいにゃ着くだろ。どこで飯食うかは――」

「はいはいはい! 味噌カツがいい! 絶対!」

「雪音。ちょっと飯処、調べといてくれ」

「は~い」

「味噌カツ!」

「あ、ゆっき。携帯で調べなくても、このガイドブックに結構載ってるょ」

「味・噌・カ・ツ!」

「そうなの? じゃ、ちょっと借りるね、葵ちゃん」

「ういょ~」

「MISOKATSU!」

「……流石にうるせぇな」

「ああ」


 飯の話題で風見が騒ぐのは想定内で全員慣れたものだったが、それでも近年まれに見る騒がしさだった。心なしか目が血走ってるし。


「風見。そのくらいでやめないと、懐石とかにするぞ。美味いけど量が全然ないやつ」

「うん、黙る~」

「……ったく。解りやすいやつだ」


 鷹が苦笑。

 まったく同意見、一護も含めていつも通りの騒がしい一行だった。

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