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五等分の妹嫁 その15

 さて後半戦である。

 あえて義務的に言ったのは、精神な限界が近いからだ。最初の二人も相当だったが三女の溢れんばかりの慕情はそれ以上の衝撃で、俺の精神値を削っていた。


(……それでも、あと二人だ)


 繋いでいた手で顔を覆い、一度だけ深呼吸――残る四女と五女に思いを馳せることで、俺は無理矢理気持ちを切り替える。


「さて、どっちが来るかな……?」


 今まで通りなら四女だろうが、同じくらい五女が来る可能性もあった。理由は簡単で、五女がトリを務めるのを嫌がる姿が容易に想像できるからである。


「……お兄ちゃん? 入りますね?」


 俺がそう結論付けたのと同時、扉が開かれた。

 声と同じく、最小限の音しか立てない控えめさで雪音(よにんめ)が入ってくる。


「……返事くらいしてください。また差別ですか?」


 わずかに俯きながら、拗ねたような毒舌。

 むぅと口をへの字に曲げて、入ってきたのは五女――。


「…………おい。最後まで何やってんだお前は」


 ――ではなく、そのフリをした四女だった。


 半眼でぼやく俺に彼女はうっ、とうめく。

 誤魔化そうか悩んだようだが無駄だと悟ったらしく、あははーと無責任な笑顔を浮かべた。


「うわぁお。即バレするなんて……流石ですね、お兄ちゃん」

「二回目だしな……前は三女だったけど」

「あ、そんなこともありましたね。あの時もすぐバレちゃいましたけど」

「そりゃそうだろ。三女とお前じゃ真逆だし」

「む――どういう意味ですか! 仏の三女、菩薩の四女と呼ばれた私達に向かって!」

「完全な自称じゃねぇか……それよりも、流石にこんなタイミングでイタズラはどうかと思うぞ? ちょっと反省しなさい」

「……ひょっとしてお兄ちゃん、私がお兄ちゃんを驚かすために五女ちゃんのフリしたって思ってます?」

「ああ。……違うのか?」

「ちーがーいーまーすー!」


 頷くのと同時に四女のほっぺたが膨らんでいく。

 結構な勢いのそれに、俺は地雷を踏んだことを否応なく理解した。


「私はお兄ちゃんを元気づけたかったんです! 三人とお別れしなきゃいけなかった、こんなタイミングだから――お兄ちゃんが落ち込んでるって思ったから! だから少しでも元気づけてあげたくて、可愛いイタズラを仕掛けたんです!」

「お、おう……そうだったのか……」

「そ・う・な・ん・で・す! 別に驚かせたかったわけじゃないですよ! 私だって、てぃーぴーおーくらい弁えてるんですから!」

「……すまん。気遣いが足りなかった」

「お兄ちゃんはそういう目で私を見てたんですね。ショックです。ショックを受けました」

「許してくれ。全面的に俺が悪かった」

「がんばったのに……一緒に学校も行って、がんばって元の私のフリしたのに……」

「悪かったって。もちろん、学校に行ってくれたのも感謝してるぞ」

「お勉強は難しいし、思ってた以上に気を遣うし、葵ちゃんはすごく疑ってきて面倒だったし――とっても、とーっても疲れました!」


 唇をとがらせながら、しかし四女はちらりとこちらを見た。

 同時にさりげなく差し出された頭は、彼女からの要求であり――そして仲直りの合図である。


「ありがとな。ほんとに助かった」

「……えへへ~♪」


 栗色の頭を、俺は出来るだけ優しく撫でた。

 満足げに目を細めるのは昔からの癖だ。もっととせがむ僅かな背伸びも、甘えた声音も元の雪音となんら変わりない。


「しょうがないですね……許してあげます♪ 四女ちゃんは心が広いですから♪」

「ん……ありがとな。それと改めてごめんな。本当に助かったよ」

「えへへ、もういいですよ。お兄ちゃんも少し元気になってくれたみたいですし――私もお兄ちゃんと一緒に学校へ行けたのは、良かったです」

「……行かせた俺が言うのもアレだけど、大変だっただろ? 良かったのか?」

「はい、良かったです。確かに大変だったし、他の四人には申し訳ないですけど……あれは私だけの経験ですから。お兄ちゃんにとっても忘れられない記憶になりましたよね?」

「それは――そうだな。確かに」


 忘れようと思っても難しいだろう。

 今日ほど緊張した学園生活は記憶にない。恐らくこれからも存在しないだろうし、年を取っても間違いなく覚えている一日だ。


「だからいいんです。それよりもお兄ちゃん! 本題――いいですか?」

「……そりゃもちろん」


 気を引き締める。


 今までの三人もそれぞれ望みを――長女は俺と二人きりで過ごす時間を、次女は俺に謝ることを、三女は俺をじっと眺めることを――持っていた。


 四女もまた何らかの願望を持っていても当然だろう。


「私からはお兄ちゃんに言っておきたいことがあるんです」

「言っておきたいこと?」

「はい。ちなみに、これは四女(わたし)だけじゃなくて、オリジナル(わたし)も同意見のはずです」

「端から聞いてると何言ってるか解らんな」

「通じてるじゃないですか。私とお兄ちゃんはツーカーなんで大丈夫です」


 コホンと四女は咳ばらいを一つ。

 どんなセリフが飛び出すのかと、俺が身構えるのと同時――。


「お兄ちゃんは――雪音(わたし)の愛情を軽く見すぎだと思います!」


 彼女は、そんなことを言い出した。


「……………………」


 思考が止まる。否、思考に沈む。


 四女の真意が掴めなかった。

 雪音の愛情を軽く見ている? 誰が? 俺が?


「えーと。そんなことはないと思うけど……」


 雪音の愛情は非常に深く、見方によっては重い。

 それは母性本能、あるいは家族愛という枠で括れないほどだが――その恩恵を一番に受けている俺が、その深さを知らぬはずがない。


「いいえ。軽く見てます。まるで空気みたいに」

「えぇ……俺以上に雪音の愛情を重たく受け止めてる奴っていないと思うんだけど……」

「だからその言い草が軽いんですってば!」


 重ねて否定すると、四女のほっぺたがまた膨らんだ。


「そりゃお兄ちゃんも少しは考えてくれてると思いますよ? でもだめです。だめだめです。だめだめだめね、だめな人ねです」

「なぁこれシリアスな場面? すっげぇ懐かしいフレーズ出てきたんだけど?」

「シリアスですよ。決まってるじゃないですか――例えばお兄ちゃん、昨日の時点で私が学校へ行くの反対してましたよね?」

「……ああ、うん」

「なんでですか?」

「なんでって……そりゃ誤魔化せるのか解らなかったからだよ」


 社交性の高い四女が学校へ行くことで、ただでさえ多い雪音ファンを増やしたくなかった――などと言えるはずがないので、俺は当り障りのない理由を述べたのだが――。


四女(わたし)の振る舞いで雪音(わたし)のファンが増えると思ったから、ですよね?」


 隠された理由は至極あっさりと暴かれていた。


「……おまえ、それ、どこから……」

「鷹さんに聞きました」

「……あの野郎……」

「私が無理矢理聞き出したんですから、鷹さんを怒るのは筋違いです……それよりお兄ちゃん。心配してくれたのは嬉しいです。ファンを増やしたくないって嫉妬もグッドです」

「……いや別に嫉妬したわけじゃ……」

「でもそれって、私が周囲に愛想を振りまく前提ですよね? 例えばこうやって!」

「!? こ、こら! 何やってんだお前は!」

「お兄ちゃんの腕を抱っこしてます! あと、かなり意識して胸に当ててます!」

「ンな冷静に……!」

「冷静じゃないですよ!」


 腕をホールドされているのだ。当然、彼女の顔は至近距離にあるが――よく見れば、その顔は首筋まで真っ赤になっていた。


「怒ってます! かーなーり、怒ってます! お兄ちゃん以外にこんなことするわけないのに、ちょっとでもそう思われたのが腹立たしくて!」

「…………あーっと、その」

「なんか段々悲しくなってきました! 言うつもりなかったですけど、もうこの際言っちゃいますね――今日、私、実は告白されました!」

「は!?」

「もちろん断りましたけど!」

「いやいやいや、恐れてたこと起きてんじゃん!? 俺正解じゃない!?」

「正解なわけないじゃないですか!!!」

「はい、すいません!」

「……告白はされましたよ? でも誓って、そこに私自身の意思は介在してません!」


 腕を抱く力が強くなる。


「酷いこと言いますね。その人が私のどこを好きになってくれたのかは解らないですけど――それは私が望んだことじゃないんです」

「…………」

「だって私が愛想を振りまくのは――本気でアプローチするのは、お兄ちゃんだけなんですから」


 今この瞬間こそが私の意思だと伝えようとしているように。


「だから鷹さんの話を聞いた瞬間、怒りました。同時に悲しくなって、雪音(わたし)の愛情の深さを教えてあげなきゃ!って思って……その……」

「……あー、うん。解った。俺が悪かったから、もうそれ以上は何も言うな」


 テンパってきたのか、段々と支離滅裂になってきた妹をなだめる。凄い剣幕だったが、それがそのまま彼女の受けたストレスを示していた。


「ごめんな。全力で過保護したつもりだったのに、逆効果になっちゃってたか」

「……そうですよ。逆効果もいいとこです……」

「…………(なでなで」


 無言で頭を撫でる。

 経緯はどうであれ、悲しませてしまった責任は俺にあるのだから。


「……う~。本当は言うつもりなかったんですよぉ……」

「ん、お前は悪くない。お前の愛情を見誤って適当なことを言った俺が全部悪い」

「……そうですよ……見誤ったお兄ちゃんが悪いんです……ふんだ」


 微妙な悪態をつきつつ、しかし四女は腕を離そうとはしなかった。


 むしろ決して離さぬとばかり、より一層の力を込めて抱きしめてくる。


「…………お兄ちゃん。もう一つ聞きたいんですけど。私と元の私、どっちの愛が大きかったですか?」

「……また難しい質問を」

「もし難しければ、私以外の四人でもいいですけど。どうですか?」

「……そうだな」


 答えながら、この二日間を思い出す。

 長女と一緒に買い物へ行き、次女を甘やかし、三女の優しさに癒され、四女と遊び、五女と共に過ごした――まるで特別なイベントのように、忙しくも楽しかった日々を。


「……お前に怒られたばっかりで申し訳ないけど……俺には選べない。元の雪音もお前達五人も、同じくらい、俺のことを慕ってくれたと思うから」


 あれだけ自分の愛情をアピールしたのだ。四女は自分の方が大きいと言ってほしいのだろうが――俺にはもったいなさすぎる愛情を、俺ごときが優劣をつけられはしない。


「…………えへへへへ♪ 良かったです。ちゃんと伝わったみたいで」


 だが答えを聞いた四女は笑う。

 先ほどまでの怒りが、悲しみが、負の感情全てが報われたと言わんばかりに。


「そうです。私達の想いの大きさはきっと同じくらいで、一人が持てる限界値で、その全部がお兄ちゃんに向いているんです」


 ふわりと舞うように四女が俺の手を離した。

 俺の答えに満足したからか――全身から立ち昇り始めた光をお供に、軽やかにくるくる回る。


「だって私は五分の一に過ぎなくて。本当だったら元の私より遥かに小さな愛情しか持っていないはずなのに。それでもお兄ちゃんが同じだって言ってくれるレベルで……」


 まるで舞踏会のようだった。

 彼女は息を呑むほど美しく舞い、聖句のようにフレーズを歌い上げていく。


「それって凄くないですか? 凄いですよね? えへへ、流石は私です♪」


 だがそれも長くは続かなかった。

 魔法が解ける前に――彼女に与えられた時間、そのカーテンコールの幕が引かれる前に、四女は俺の側に立って。


「だから私達の――雪音(わたし)の愛情は無限なんだって、覚えていてくださいね、お兄ちゃん。二度と忘れちゃだめですよ?」


 そうして笑った。

 最後の最後、とびきりの笑顔で微笑みを残して、四女の姿が掻き消える。


「……………………無限、か。そりゃ重いとかそういう次元じゃないよな……」


 実に彼女らしかった。俺を元気づけたいと最初に言っていた通り、今までで最も明るい別れ方――なのに落としていった爆弾も一番大きいのは、愛嬌というものだろうか。


「…………怒らせちゃってごめんな。覚えておくよ。おやすみ……四女」


 当然のように答えはない。

 だが――無限の愛情を持つ彼女であればきっと、頷いて許してくれるだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぉぉ…四女、四女が還った。四女は学校に行ったり、一護と一緒にいる機会が多かった。多かったこそ、四女だから言える言葉がある…。 四女推しになりそうな位に良かったです [一言] 五女、最推し…
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