五等分の妹嫁 その14
長女に続き次女もあるべき所へ還った。
正直、これだけ連続して別れなくてはならないのは辛い。しかも家族――可愛い妹との別れだ。過ごした時間が短くとも、心に傷跡を刻むには充分すぎる。
さらに一人一人に対して悲しむ暇や飲み込む時間がない上に、この後も三人との別れが確定しているのだ。
「……うし! 次だ!」
無理矢理納得して顔を上げる。
本音は逃げ出したいくらいだったが、あいつらの誰が相手でも、兄貴として情けない姿は見せたくなかった。
「よし、今度こそ呼びに――」
「えへへ。お邪魔します」
歩き始めた瞬間、そんな声と共にドアが開かれる。
これ以上ないほどのナイスタイミングで部屋に入ってきたのは、果たして――。
「三女か」
「はい♪ お兄ちゃん、お時間大丈夫ですか?」
「もちろん」
五人の中で最も穏やかな三女は、今日も微笑みを絶やしていなかった、
俺の許しを得ると嬉しそうに頷いて、真正面までゆっくりと歩いてくる。
「えーっと……その。二人のことは――」
「……はい、解ってます。還っちゃったんですよね、二人とも」
「やっぱり通じてるんだな」
「もちろんです。姉妹――じゃなかった。私達は全員で一人ですから」
「…………寂しくないか?」
気づけば、そんな質問が飛び出していた。
愚問としか言いようのない問いかけに、三女は一瞬だけきょとんとした顔をして――。
「……大丈夫ですよ」
次の瞬間には、胸に手を当てて微笑んでいた。
そこから何かを感じているかのように。それが虚勢ではないと証明するかのように。
「長女ちゃんも次女ちゃんもここにいますから。寂しがって時間を無駄にしちゃったら、逆に怒られちゃいます」
「……そうか。悪い。変なこと訊いた」
「えへへ。変なことじゃないですよ。気遣ってくれたんですから、私は嬉しいです♪」
「いや無神経だったよ。ごめんな」
「……もう。全然そんなことないのに……やっぱりお兄ちゃんは優しいですね」
「どこかだよ。思い切り反省中だぞ、俺」
三女はああ言ってくれたが、訊くまでもなく寂しいに決まっている。
還った二人が三女の中にいるのだとしても――遠からず己も同じ運命を辿ると解っているのだから、寂しさを感じないはずがない。
優しいどころか、無神経の塊と罵倒されても仕方がないのに――。
「だって何とも思ってなければ、そんな質問は出ないですから」
三女は退かなかった。
穏やかに、たおやかに、微笑みながら俺の失言を許していく。
「たった二日しか一緒にいなかった、いられなかった私達を……お兄ちゃんは全力で可愛がってくれて、愛してくれた。だからお別れが寂しくて、寂しいって思ってくれて……私に質問をくれた」
「…………」
「そんなお兄ちゃんが優しくなければ、誰が優しいって言うんですか。まったくもう」
「…………買いかぶりもいいところだな。俺の妹が可愛いのも、別れが寂しいのも当然だろ。優しいとかじゃない」
「……えへへ。そう思ってくれている時点で優しいですけど……これ以上はやめておきますね。私の中の結論は変わらないですし、お兄ちゃんと討論したいわけじゃないですから」
「……そうだな。時間がもったいないし」
「はい♪」
「で、どうする? 何かしたいことあるか?」
「えっと……とりあえず座りませんか?」
「ん。そうだな」
よっこいせとその場に座る。
三女も同じようにカーペットへと腰を下ろした。真正面から向かい合う形となり、三女の笑顔がより一層輝く。
「で、三女」
「はい(じ~」
「あー……なんか話しておきたいこととかあるか?」
「えっと……実はあんまり……えへへ(じ~~」
「……ないんかい」
「ないんです。お兄ちゃんから質問してくれてもいいですよ?(じ~~~」
「……いや、それもどうなんだ……あー、それじゃやりたいこととか――」
「(じ~~~~~~」
「……………………」
いや流石に気になるわ!
「あー、と……三女。ちょっと見すぎじゃないか?」
「そんなことないですよ♪(じ~~~~~~」
「いやあるから。どちらかと言えばありじゃなくて、あり寄りのありだから。むしろありしかないから」
「でもお兄ちゃん、これが私のやりたいことですよ?(じ~~~~~~」
「な――んだと……黙って眺めているだけとか退屈だろ?」
「いいえ、全然ですよ?(じ~~~~~~」
「えぇ……まさか楽しいとか言わないよな?」
「はい♪」
「そんな満面の笑みで!?」
これは困った。
三女のやりたいことなら、出来るだけ好きにさせてやりたいが――雪音は美少女である。しかもただの美少女ではなく、“とんでもない”美少女だ。
妹とはいえ、そんなとんでもない美少女に見つめられるのは心臓に悪い――っていうか恥ずかしいのだ普通に。
「……………………♪」
三女は何も言わない。
本当に楽しいのか、にこにこと聖女の如き微笑みを浮かべていた。
「………………」
対する俺はどんどん眉間にしわが寄っていることだろう。
さっきから顔も熱かった。三女の顔をまともに見てもいられず、既に視線はあらぬ方へ逸らされている。
「…………ちなみに、どんなところが楽しいんだ?」
その状態で数分間。
耐えきれなくなった俺は思わずそう口走った。口を動かしてさえいれば、少しは三女の視線も弱まるかもしれない――という意図だったのだが。
「こうしていると、お兄ちゃんへの気持ちを確認出来るんです」
その質問もまた、思いっきり逆効果だった。
「ちょっとした仕草とか照れた表情とか……お兄ちゃんをじっと見ているだけで、私がどれだけお兄ちゃんが好きかって再確認できるんで、すごーく楽しいんです♪」
投げ込まれ続ける愛の爆弾。
藪をつついてヤマタノオロチ。
好奇心が猫じゃなくて俺を殺した。(錯乱中
「お兄ちゃんが好きだなぁって……ずっとずーっと好きなんだって、心がぽわーって温かくなるんですよ。エネルギー充電、ふるぱわーです♪」
「解った。ごめん、俺が悪かった。もうそれ以上言わないで。許して」
「はい♪ 許しますね♪」
くそう、さっきから全然勝てねぇ。
ある意味でオリジナル以上に無敵だった。雪音も好意はわりと明け透けだが、それでも照れとか恥ずかしさが入る分、三女よりもマイルドである。
「……私とこうしてるの。お兄ちゃんは楽しくないですか?」
しかし無敵の彼女も、流石に不安になったらしい。
照れているせいで俺の態度はお世辞にも良いものじゃなかったし、それも当然だろう。
「……一緒にいるのはともかく、今の状態が楽しいか楽しくないかで訊かれれば……まぁ楽しくはないな。ただひたすらに恥ずかしい」
「そう……ですか」
一瞬しょんぼりした三女は、だが胸のあたりで拳を握る。
「でも、あの、こう……えっと、なんかぶわーって湧き上がる感じとかないですか?」
「ぶわーっと、ねぇ」
「はい。ぶわーっと、です!」
「んー…………」
「それが私達への気持ちです! こう、ふつふつと沸き立ってきたりしませんか……?」
三女らしからぬ熱弁は、俺の肯定を期待してのものだろう。
「…………ないとは言わんけど。俺は違うと思うぞ。三女」
同じ気持ちを共有してほしいという可愛らしい願いを、しかし俺は却下する。
「だって、そんなのはとっくに出尽くしてるからな。さっきも言っただろ。お前達が可愛いのも大事なのも当然だ。今更、ちょっと眺めたくらいで変化するようなモンじゃない」
俺と雪音は生まれた時から一緒にいるのだ。
想いは時間で変化していくものだとしても、二人の年月は――積み上げた重みは、こんな短時間で変化するほど軽くはないと思う。
気持ちを新たに持ち続けるという三女の心を、否定するわけではない。どちらが上とか下ではなく、俺の感じ方が違うというだけだ。
「悪いな。共感してやれなくて」
その謝罪は本心だった。
俺の否定に傷ついたのか、ぽかんと放心していた三女は――。
「……いえ」
だが次の瞬間、今までで一番嬉しそうに微笑んだ。
「本当に、本当に…………お兄ちゃんは私を喜ばせる天才ですね。もう……記録更新しすぎですよ……」
「……いや、いきなりそんなわけわからんこと言われても――」
「お兄ちゃん」
遮るようにそっと手を握られる。
小さく、華奢で、それでいて柔らかい――慣れた感触の、妹の手。
「……お兄ちゃん。好きです。大好きです」
だがその手は、何故かいつもより熱かった。
彼女の言葉に込められた想いのように――あるいは周囲へ漂い始めた、黄金の光が熱を放っているかのように。
「優しいお兄ちゃんが……穏やかなお兄ちゃんが。綺麗であったかくて純粋でかっこよくて――私達のことを考えてくれるお兄ちゃんが、好きで好きで大好きです」
「……………………」
「私からはそれだけです……えへへ。個性がなくてごめんなさい」
「…………いや、個性たっぷりだったぞ」
そう返すのが精一杯だった。
これだけ熱烈なラブコールはちょっと記憶にない。恥ずかしさも限界を超えると冷静に戻るというのを、俺は初めて知った。
「そう、ですか? えへへ……だったら良かったです……」
「…………眠いか?」
「ちょっと……だけ……あったかくなりすぎちゃったせいかもしれないです……」
俺の手に頬ずりしながら、三女は幸せそうにはにかむ。
周囲を舞う光の勢いは増すばかりだが、不思議と眩しくはなかった――光までも優しいとは、実に彼女らしい。
「んぅ……あったかいですね……お兄ちゃんの手……」
「……今のお前には負けると思うぞ」
「えへへ……そんなことないですよ……あったかいですもん……あったかくて、安心する……」
既に光は臨界だった。
先ほどまでは熱いくらいだった三女の温かささえ、今はもう感じ取れない。
「……私達を……愛してくれる、お兄ちゃんの……手……です……から……」
瞬間、光が弾けた。
最期まで俺の手を離すことなく――本当に幸せそうに微笑んでいた三女が、光となって周囲をわずかに照らす。
「…………まったく。俺の反論くらい聞けっての」
思わず愚痴が漏れた。
まぁ何を言おうが三女に勝てるはずがないので、言ったところで無意味だっただろうが――それでも、言い逃げはずるいだろう?
「あったかいのはお前の方だよ……ありがとな、三女。それから……おやすみ」




