五等分の妹嫁 その6
唐突だが、伊達家は父親と兄妹の三人家族である。
豪邸というわけではないが、広めの一軒家は結構な部屋数があり、親父なんかは私室の他に書斎まで持っている始末。だが他に使っている部屋といえば、兄妹の一部屋くらいであり、リビング等の共通スペースを除けば、後は物置とかだった。
となると、自然――。
「…………どうすっか」
――寝る場所が限られてしまうのである。
伊達家の寝具は俺と雪音のベッドが一つずつ、親父の布団が一つ。客用の布団を引っ張り出したので四つにはなかったが、それでも二人分足りなかった。
(最悪、俺はソファでもいいんだけど……一人はどうすっかなぁ。ベッドくっつければ、三人寝れたりするか……?)
この難問、しかし考える時間はあまりない。
タイムリミットは風呂に行った雪音達が戻ってくるまで。それまでに完全無欠の解決策を見出しておかなければ、厄介なことになるのは目に見えていた。
「……かけてみるか……」
さっきのことがあるので気まずいが、背に腹は代えられない。
困った時の鷹頼みということで、再度電話をかけてみたのだが――。
「……出ない」
自業自得なので仕方ないのだが、完全にあいつの地雷を踏んでしまった。
経験則からすると、明日までは連絡が取れないだろう。
葵と風見には当然頼れないし、こうなると自分自身で解決する以外の策がない。
「がんばれ俺の脳細胞……! お前はやれば出来る子だ……!」
我ながら意味不明な鼓舞とともに布団をテトリス。
どうにか最適なフォーメーションを見つけ出すため、悪戦苦闘していると――。
「出ったよー! お兄ちゃーん!」
「はぐぅ!?」
真後ろから強烈な衝撃が襲い掛かってきた。
咄嗟に踏ん張ろうとするも、体勢が悪かったため耐えきれない。抱えた布団ごと思い切り倒れ込み、無情にも顔を打ち付ける結果となった。
「ひゃあ!? お、お兄ちゃん!?」
ラグビー代表もかくやという強烈タックルを敢行し、未だ俺の腰にしがみついたままなのは言うまでもなく――。
「……次女。今のはちょっと酷いぞ」
「ご、ごめんなさ~い!」
甘え根性の化身、次女だった。
とはいえ流石に悪いと思ったのか、慌てた様子で身を起こす。この辺りは怒られた時の雪音そのまんまだった。
「もう出たのか……思ったより早かったな」
「あ、うん! 私が一番だよ!」
「おう。みんなは?」
「えっとね――」
「な、な、なにしてるんですかぁ!」
返答を遮る叫び声。
通常ではまずありえない大声に扉を見やると、そこには残る四人が大集合していた。
「何って……次女にタックル喰らって倒れたんだ」
「倒れたっていうか、押し倒されてるじゃないですか!」
「あ、あぅ……」
「……次女ちゃんの抜け駆けですね」
「ずるいです!」
「いいなぁ……」
「アホ×4」
なんか反論するのも疲れたので黙殺。
近くで照れ照れしている次女だけおしおきで軽く小突いてから、ふと気づいた。
「っていうかお前ら……それ全部、俺のシャツじゃねぇか!?」
Yシャツ、Tシャツ、タンクトップ――種類は色々あるが、それらは俺が昔からよく着ているお気に入りの服である。
「…………(((((さっ)))))」
「揃って目を逸らすな。油断も隙も無い……そんなの、わざわざ着るなっての」
「そんなの、じゃないですよ。お兄ちゃん」
「そうです。これ以上なんてありません」
「そんなことないだろ」
「あるもーん」
「えへへ。お兄ちゃんのシャツは着心地がいいですから♪」
「いや、だから――」
「っていうか、普段の私だってお兄ちゃんのYシャツじゃないですか。不公平ですよ」
「……雪音差別です」
「雪音差別ってなに!?」
なんでしょーねーと首を傾げる雪音×5。
徹頭徹尾よく解らなかったが、言っても無駄なことだけは嫌なほど理解できた。
「まぁいいけどさ……文句は言うなよ」
「はぁい♪」
「いらない心配ですよ、お兄ちゃん」
「えへへ。お兄ちゃんの匂いも残ってますしねー♪」
「やっぱ脱げ」
「え!?」
「はう……(てれてれ」
「……お兄ちゃんのえっち。変態」
「違う!」
ああもう! 五人で連携されると手に負えん!
「それで何やってるの? お兄ちゃん」
「華麗に話を戻したな……」
「もっと引っ張ってもいいんですよー?」
「いや戻そう、うん。あれだ。布団が足りなくてさ。なんかいい方法はないかと四苦八苦していた」
「あ、そっか。お布団四つしかないもんね」
「そういうことだ。理解が早くて助かる」
伊達家の物資を管理している雪音ならひょっとしてと思ったが、布団はやはりこの部屋に集めたのが全部らしい。
「あれ? 確かねぶ――んむっ?」
「ん? どうし――」
「……お兄ちゃん。四苦八苦した結果は?」
「へ?」
「ですから結果です結果。四苦八苦して、いい方法は見つかったんですか?」
次女の口元を押さえる四女に問いかけようとしたら、なんか五女がぐいぐい来た。アグレッシブな姿勢を珍しいと思いつつ、素直に諸手を上げる。
「……あー。見ての通り芳しくない。なんかいいアイデアないか?」
訊いてはみたものの、すぐにアイデアが出るとは思ってなかった。
三人寄らばなんとやら、倍の六人もいればディスカッションの内に良い知恵が生まれるに違いない――。
「あ、私にアイデアありますよ?」
「早いな!?」
と思いきや、雪音の頭は俺の知恵など必要としていなかったようである。
声をあげたのは長女。
小さく胸を張った彼女は、得意満面の笑顔を浮かべていた。
「だけど助かる。どうするんだ?」
「えーっとですね……あ。お兄ちゃんはお風呂入ってきたらどうですか?」
「え?」
「お湯も冷めちゃいますよ?」
「いや、少しくらいは大丈夫だろ。アイデアだけならすぐ済むし」
「ちょっと準備が必要なんです。お兄ちゃんがお風呂の間にやっておきますから」
「準備って……なんか引っ張り出すのか? 力仕事ならやるぞ?」
「……いいから」
「はいはーい、一名様ご案内でーす♪」
「えへへー、こっちだよお兄ちゃん!」
「お、おい!?」
抗議の声も届かない。
何故か三人がかりで引っ張られ、俺は強引な退出を余儀なくされた。
「お前ら……何か企んでるな?」
「んぅ? わかんなーい」
「わっかりませーん♪」
「……疑うなんて酷いです」
正直な話、どこまでも怪しかったが――。
両腕をがっちりホールド、さらに背中を押されていては成す術なんてあるはずない。
「…………」
せめてもの抵抗としてしかめっ面をした俺は、風呂場まで大人しく連行されてしまうのだった。
◆◇◆◇◆
――そうして幾らか時間が経って。
そわそわと落ち着かない気分で風呂に入った俺は、ついでに掃除まで済ませた。
いつも雪音がやってくれる家事の一部ではあるが、今日はまぁあんな調子であるし、鎮まらない心を落ち着かせるために時間が欲しかったのである。
だが、結果的にその時間は――その時間を使って落ち着かせた心は無駄だった。
「……………………」
何故ならば――。
「あ、お兄ちゃん。おかえりなさい」
「……なぁ。長女よ」
「へぅ?」
「俺の記憶が確かなら、アイデアがあるって言ってたよな?」
「はい。言いましたよ?」
「うん。なら、なんで全部連結されてるんだ?」
――そこには、隙間なく敷き詰められた布団があったから。
俺達が普段使っている分もベッドから降ろされ、他とぴったりくっつけられている。
だがそれだけだ。
隠し球的な何かがあるのかと思っていたが、カケラも見えない。
「我ながらばっちりですね♪」
「ど・こ・が・だ!」
「だって寝れるスペース出来ましたよ?」
ほら、と長女が布団を指さした。
その瞬間、他の四人が彼女の説明を補強するよう布団へ寝転がり、実際のスペースを作って見せる。四人分の布団に六人とか、入れないに決まっていた。
「二人分ですね♪」
「お兄ちゃん達の分だよ~!」
決まっていた――はずなのだが、そこには確かに隙間が出来ている。布団自体がわりと大きめの上、雪音が華奢なので奇跡的にスペースが生まれてしまったらしい。
「……まぁ私はどっちでもいいんですけど? どうせなら一緒の方がいいですし?」
「これでみんな、あったかく寝れるね。えへへ♪」
「お前ら……全員揃ってグルになりおって……」
流石は同一人物、意見はばっちり一致しているようだった。
布団問題が解決出来たのはいい。俺だって好き好んでソファで寝たいわけではないし、あったかいのが一番だ。
しかし、だからと言って同じ布団で寝られるかと言えば、それは別の話である。
「お前ら何歳だ。一緒に寝る年齢じゃないだろ」
「およそ三歳でーす♪」
「円周率か! しれっと嘘をつくな嘘を!」
こんな育った(意味深)三歳児がいてたまるか!
「嘘じゃないですよ? だってほら、私達って五等分ですから。およそ三でしょ?」
「質量は五倍だ!」
「あ、お兄ちゃんそれ酷いです!」
「そうですよ! 重たくなったみたいじゃないですか!」
ぎゃーぎゃーと抗議の声が響いた。
いや雪音は少しくらい体重増えた方が健康にいい――ではなく。
「まぁ全員入れるのはいいことだな、うん。それじゃゆっくり寝」
「確保ー!」
「えいっ」
「てやー!」
「逃がしません」
「……往生際が悪いです」
「ろよ――っておおおおい!?」
三十六計逃げるに如かず。
格言通りに踵を返そうとするも、その前に全身を拘束された。「寝ろよ」という言葉より速かったあたり、完全に読み切られている。
「くっ……はしたないぞ妹達……!」
ちなみに拘束とは前面から五女、背後から四女、右手を三女、左手を次女に抱きつかれている様を言う。
「ふっふっふー。甘いですよ、お兄ちゃん。私達に“脱兎”は通じません」
「いつそんな技名つけた!」
「今です。なんか語呂が良かったので」
「適当だな!」
「……お兄ちゃん。響くので、もうちょっと小声でお願いします(すりすり」
「ああ悪い――じゃなくて、ついでに頬ずりするな五女!」
「五女ちゃん、いいなぁ……(にぎにぎ」
「後で交代してねっ(ぎゅ~」
「ほら長女ちゃんも。私のところ、半分貸してあげますから♪」
「ど、どうも……えへ♪」
「くっ……五人は突っ込み切れん……!」
思いっきり遊ばれていた。
振り払おうにも使えるのは両足のみ。葵ならともかく雪音を蹴り飛ばすとか論外だし、引きずるのも五人は流石に辛い。
ということは――。
(あれ? 俺、詰んでる?)
気づきたくない真実だった。
ついでに言うと、抱きつかれているせいで色々感触が辛い。
わざとテンションを上げ、アホなことをして誤魔化しているが、このままではそれすら出来なくなりそうである。
(くそ、こうなったら……)
最終手段に訴えるしかあるまい。
「ふぇ?」
「ふにー……」
まずは両腕。
なすがままから一変――こっちから強く手を握ってやると、驚いた次女と三女の拘束が緩んだ。
「ふにゃあ!?」
その瞬間を見逃さず腕を引き抜き、そのまま前方の五女を抱きしめると――猫を思わせる悲鳴と共に、瞬間沸騰した彼女が崩れ落ちる。
これで三人。既に包囲網は瓦解したが、まだ長女と四女が残っている。
「は、はう……」
「ひひひひひひ、卑怯ですよ、お兄ちゃん……!」
「お前が言うな」
ということで残った二人をまとめて抱きしめると、彼女らも真っ赤になって沈黙した。
形勢逆転である。自分から来る分には結構恥ずかしいこともする雪音だが、こっちからアクションを起こすと大抵、オーバーヒートしてしまうのだ。
……なんでこれが最終手段なのかって?
自分から妹を抱きしめるとか、こっ恥ずかしいからだよ!
「さー、寝ろ寝ろ。俺もさっさとソファ行って寝るから」
「うぅ……そ、それはだめです……」
「俺の勝ちだからな。好きにさせてもらう」
「ま、まだ負けてないですよぅ……」
「なに?」
自分で言うのもなんだが、雪音達は死屍累々。
真っ赤になって上気した顔で布団へ転がっているので、やばいくらいに色っぽいが、この状態から復帰するのは暫くかかりそうなのに――。
「おにーいちゃん!」
「あー……」
その声を聞いた瞬間、俺は全てを理解した。
「わたしもー! 抱っこ抱っこ~!」
甘えん坊の化身。
オリジナルから“恥ずかしい”という感覚を分け与えられなかった、極めつけのイレギュラー、次女である。
「みんなばっかりずるいよっ。ね、お兄ちゃん♪」
「……………………」
「えへへ~。ぎゅ~~~~~~~♪」
念のため抱きしめてみるものの、効果はまったくなかった。むしろ強く抱き返されて、逃げられなくなる始末。
(……詰んだなー。完全に……寝れればいいけど……)
どこか冷静になった頭で、それだけを思った。




