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五等分の妹嫁 その5

「……もう夕方か」


 窓から差し込む夕日に俺はぽつりとつぶやいた。

 ドタバタしている日は、時間が経つのが早い。幼馴染で過ごす休日などはその最たるものだが、今日はひょっとして過去最大に疲れた日ではなかろうか。


「……お兄ちゃん。手が止まってますよ」

「はいはい」


 などと適当に考えていたら、お姫様からダメ出しが入った。


 膝の上に小さな頭を乗せているのは、言うまでもなく長女である――拗ねに拗ねた彼女の機嫌を直すため、膝枕(+なでなで)の真っ最中であった。


「えへへ~。おにーいちゃん、こっちもこっちも~」

「はいよー」


 そこに便乗する安定の次女。


 当たり前だが俺の足は二本ある。

 片方は長女専用と化していたが、もう片方は空いている――とのことで、次女~五女を代わる代わる膝枕することになったのだ。俺の両手両足、酷使しすぎじゃない?


「……お疲れですか? お兄ちゃん」

「いやまぁ、雪音と休みを過ごすのはいつものことだからな。別にいいけど……」

「けど?」

「明日どうしようかなってさ」

「んぅ? 明日?」

「学校だろ。どうしたもんかと」


 今日は日曜なので休みだったが、明日は普通に学校がある。

 膝枕をしている間、やることもないのでずっと考えてはいたのだが――。


「上手く過ごす方法が考えつかなくてな。行くのは確定として」

「……行かないって選択肢もあるんじゃないですか?」

「いや、絶対に葵が騒ぐからな。行った方が被害は少ないと思う」


 それはもはや確信だった。

 こういう時、幼馴染のトラブルメーカーは最悪の斜め上を行く。悲しい信頼だが本当にそうなのだから仕方がない。


「となると、誰が行くかだけど――」

「あ、それじゃお兄ちゃん。私が学校行きますよ」

「え?」


 手を挙げたのは四女だった。


「多分、私が一番、元の私みたいに振舞えるかなーって……どうですか?」

「いや……それはまぁ、そうかもしれないけど……不安がある」

「不安?」

「うん。お前、学校で猫かぶれるか?」

「にゃん?」


 ノータイムで首を傾げ、猫の鳴き真似をする四女。

 正直、やばいくらいに可愛いかったが、それ故に俺の返答は決まってしまった。


「却下」

「えぇ? 私、上手くやりますよ?」

「上手くやりすぎてもダメなの。とにかく却下だ却下」


 あえて強く言い切る。


 仮に四女が学校へ行ったとして、社交性の高い彼女は分け隔てなくコミュニケーションを取るだろう。それ自体は非常にいいことだが、普段の性格よりも親しみやすい彼女は、ただでさえ多いファンを倍増させる危険があった。


 あくまで想像に過ぎないが――それはあまり面白くない未来予想図である。


「む~。お兄ちゃんが意地悪しますー」

「意地悪じゃない。むしろ全力で過保護してる」


 若干、兄としての領分を超えてる気がするが、嫌なものは嫌なのだ。都合が悪いことは考えないに限る。


「む~。でも現実問題、私がダメなら誰にするんですかー」

「そうだな……」

「えへへー♪」


 まず、さっきから俺の膝で寝ている次女は却下だ。

 普段の雪音も甘えん坊だが、次女はその成分を抽出して煮詰めたレベルの甘えん坊である。学校で何事もなく振舞えるとは、到底思えない。


 さらに――。


「……私は絶対に嫌ですよ。学校とか行きたくないです」

「雪音の顔でそういうこと言われると、違和感すっげぇな」

「嫌なものは嫌なんです! 人がいっぱいだと疲れちゃうもん!」


 同時に、引っ込み思案の五女も却下。

 雪音が元に戻った後に居心地が悪くなったら本末転倒だし、まぁ妥当な判断だろう。


 となると長女か三女になるのだが――。


(三女は女神すぎて心配だから、しっかりしている長女になるんだけど……うーん)


 その場合、残された四人にストッパーがいなくなってしまう。

 四女は言わずもがな、次女と五女は面白がるだろうし、三女は優しすぎるが故に悪ノリを止められない。


 まさに一長一短。

 リスクを背負わずに済む選択肢はないようだ。


「…………」

「ほらほら、お兄ちゃん」

「…………むぅ」

「四女ちゃんが学校行ってあげますよー?」

「仕方ないな……」

「もしもーし?」

「あいつにだけは伝えるか……」

「うぅぅ……お兄ちゃんが無視します……」

「あ、あはは……(よしよし」


 何故か三女に慰められている四女を横目に、俺は携帯を取り出した。

 これ以上、頭をひねっても名案は出て来ないだろう。


 なら相談するのが賢い方法というものだ――。



◆◇◆◇◆



 というわけで、連絡して暫し。


 わちゃわちゃとした夕食がちょうど終わったところで、折り返しの連絡があった。今から行くとのことだったので、とりあえず洗い物を水につけ、一度、雪音達を二階へ逃がす。


 それと同じか、少しだけ遅れて――。


「ういーっす」


 玄関から聞きなれた声が響いた。

 勝手知ったる他人の家、呼ぶまでもなくリビングに人影が現れる。


「よう一護」


 逆立つ金色の髪に、一部の隙も無く鍛え抜かれた体躯。

 知り合いでなければ十中八九、道を空けるであろう無頼漢は月都鷹――十年以上の付き合いになる幼馴染軍団の実戦担当、俺の親友である。


「おう鷹。呼び出して悪い」

「ハ。鍛錬も終わって暇だったし、お前からってのも珍しいしな。どうしたよ?」

「ああ……ちょっと相談があるんだ」

「相談?」


 とりあえず鷹をソファへ座らせ、俺も椅子へ腰かける。


「実はな。雪音がえらいことになってるんだ」

「そういやー、いねぇな。風邪でも引いちまったか?」

「いやそうじゃない」

「ンじゃ、前みてぇに料理でも作りすぎたか?」

「いや……そうでもなくて」

「愛想つかして――つかすわけねぇか。拗ねちまってやる気出ねぇとかそういう系か?」

「その方が解りやすい分マシっていうか、むしろ元気は五倍増しって言うか……」

「……ギブ。わかんねぇ」

「うん。だと思う」


 というか、解ったら犯人だと疑うレベルである。


「で、結局なんだよ。雪音ちゃんがどうしたって?」

「見てもらった方が早いんだ。おーい。雪音~」

「?」


 百聞は一見に如かず。

 というか言っても100%信じないだろうし、俺は二階で待機している雪音を呼び出した。


「お疲れ様です」

「やっほー!」

「こんにちは」

「おばんですー、鷹さん」

「……どうも」


 ほどなくして現れる我が妹(五つ子Ver)。

 モニ〇リングに出れるレベルの怪奇現象だが、鷹のクソ度胸ならばひょっとして――。


「――――――――――(´゜д゜`)」


 あ、ダメだ。すげぇ顔してるわ。


 幾つもの修羅場をねじ伏せてきた同年代最強の男であっても、流石に雪音が増えるというのは予想外すぎたらしい(当然だが)。


「…………あー。悪ぃ一護。雪音ちゃんが増えてるように見えるんだけどよ?」

「ああ、うん。俺も同じだから安心してくれ」

「あ? マジで? ネタじゃねぇのこれ?」

「ネタだったら呼ばないっての。マジだ。えらいことになってるって言っただろ?」

「そりゃ……まぁ、えらいことだけどよ……あー。ちょい待て。ちょっと時間くれ」


 頭を抱えた鷹が目を閉じる。

 気持ちはよく解るので、落ち着くまで放って――。


「――――コォォォォォォォォォォォォォォォォ……!!!」

「「「「「ひゃ!?」」」」」


 だがその前に、甲高い笛のような音が響いた。

 その正体は鷹の呼気――精神統一の技法である。俺も学んだことはあるが、コイツは肺活量が桁違いのせいで比較にならないほどうるさいのだ。


「ォォォォォォォォォ…………うし。待たせたな」

「いや別にいいけど、する時は言えって……ビックリするだろ」

「しゃーねーだろーが。コレが一番早く頭冷えんだよ……ンなことより訊かせろや一護。何がどうなってんだ?」

「絶対しょうがなくないと思います……」


 抗議をキッパリ無視して本題に入る鷹。

 早く訊きたい気持ちは解るけど、雪音全員から非難されている事実は受け止めた方がいいと思う。


「……まぁいいけど、実は何も解ってないんだよ。今朝起きたらこんな状態だった」

「ファンタジーじゃねぇか。説明にもなんもなってねぇ」

「返す言葉もない……ただ明日一杯で元に戻るらしいけど」

「あ? 何で戻んのだけ解ってんだよ?」

「親父がそう言ってたんだ」

「唯人さんが?」

「理由は教えてくれなかったから、説明出来ないんだけど……」

「ふーん……ならまぁ、多分そうなんだろうな」

「なにその信頼感」


 言っといてなんだけど、納得されるとは思ってなかったぞ。


「あ、あはは……まぁお父さんだし……」

「そういうこった。ンで、全員雪音ちゃんなんだよな?」

「そうですよ?」

「おう。ちなみに左から長女、三女、四女、次女、五女だ」

「次女です、えへへー♪」

「明日戻るってのに、そこまで決めてんのかよ……」

「呼び方にも困るし、一人ずついるんだから、それぞれ相手しなきゃ失礼だろ?」

「「「「「お兄ちゃん……(ジーン」」」」」

「……あー。とりあえず、相変わらずジゴロな一護に全員ベタ惚れなのは解ったわ」

「どんな感想!?」


 そしてなんで雪音達まで頷いてるんですかね!?

 だが俺の抗議は完全に無視された。鷹が呆れたようにため息をもらす。


「で、わけ解んねぇ話に巻き込まれてんのは解ったけどよ……そこに俺を引きずり込んだ理由は? まさか自慢したかったわけじゃねぇだろ?」

「違う。引きずり込んだのは悪かったけど、協力して欲しいんだよ」

「協力ねぇ……何すりゃいいんだ?」

「簡単だ。明日学校だろ。葵と風見にこの状況がバレないよう、フォローを頼みたい」

「あん? 学校なんざ休みゃいい――あー、ダメか。絶対ここに突撃してくんな」

「そういうことだ」


 認識が同じで何よりだ。

 風見はともかく、葵は間違いなくやってくるだろう。色々と予測し辛い女だが、天然でこちらが嫌がることをする才覚は天才的だ。


「学校は行く。でも接触は最小限、何事もなかったように帰ってきたい」

「無理ゲーだろ」

「だからお前にも協力を頼んでるんだよ」

「つってもなぁ……外見はまんまだから問題ねぇにしても、中身が結構違ぇし。ちょいと話しただけで違和感あんぞ」

「むぅ」

「ま、協力はすっけどよ。あんま期待すんなよ? あの二人、俺の言うことなんざ聞きゃしねーし」

「安心しろ。俺も似たようなもんだ」

「何も安心出来ねぇよ。で、連れてく子は?」

「はいはーい。私でーす」

「(無視)長女か三女かって思ってる」

「かつてないほどに、お兄ちゃんが冷たいです……」

「流石にしつこいからだ。自重しなさい」

「……あー。全員どんな感じかまだ解んねぇし。サシで一人ずつ話していいか?」

「あ。それもそうか。うん、いいぞ」


 俺は半日一緒にいたが、鷹は初対面(?)である。

 ボロが出ないかどうか話して確かめたいというのは、当然だろう。


「ンじゃキッチンの方、借りるわ。他のメンバーは待機っつーことで」

「ん? ここで話してもいいぞ?」

「チャチャ入るかもしんねぇし、お前がいねぇ方が解ることもあんだよ」

「……むぅ。解った」


 微妙に面白くなかったが、実際問題、四六時中、一緒にいるわけではない。目的である普段との違和感をあぶりだすには、いない方がむしろ良いのだろう。


「決まりだな。そんじゃ長女の方から順番に来てくれや。キャラは任せるけどよ、学校行くんなら普段の雪音ちゃんに近い方が点数高いぜ」

「なんか面接みたいですね……」

「ま、ンな感じだな」


 というわけで。

 鷹先生による登校面接、はっじまるよー!



◆◇◆◇◆



 ――それから、約一時間後。


「あー。全員と話させてもらったけどよ」


 一人ずつ十分程度、個別に話をしていた鷹が戻ってきた。

 疲れた顔をしているのは気のせいではないだろう。リビングから眺めていたら結構な百面相をしていたので、確実に疲労していると思われる。


「完全に四女だろ」

「やったー♪」


 導き出された答えに、四女は小さくガッツポーズを取った。

 あれだけしつこくアピールしていたので、そのリアクションも当然だろうが――。


「いや、鷹……」


 ――その結論は俺にとっては歓迎できない。出来れば撤回して欲しいほどに。


「あーっと、なんで四女なんだ?」

「次女は演技出来ねぇし、五女はハナっから拒否。長女はいい線いってたが、大人びた感じは葵とあんま相性良くねぇ。三女は逆にすっげぇ大人しいから、葵に押されまくってハマんだろ」

「ぐ……」

「四女はそれなりに近ぇキャラを演じてたし、葵のアレコレも適当に受け流せるくらいの器用さがありそうだかんな。ぶっちゃけ、お前が何を迷ってたのか俺にゃ解んねぇ」


 みっともなく言い募る俺を、鷹が切って捨てた。

 並べられた理由はどれを取っても納得せざるを得ないほど確かなもので、揚げ足を取る部分さえ見いだせない。


「……ちょっとこっち来い。鷹」

「あん?」


 故に俺は盤外交渉を選んだ。

 先ほど鷹が面接をした時のように、キッチンまで引っ張っていく。


「四女な。社交的すぎないか?」

「あ?」

「いや軽いというか、親しみやすいというか……」

「何が言いてぇんだよ」

「……あの性格の雪音が学校へ行ったら、男連中がみんな惚れたりするんじゃないかなー……って」

「…………………………おい一護。まさかたぁ思うが……それが理由か?」

「お……おう」

「頭腐ってんのかテメェは」


 鷹の目がアホを見るそれになっていた。


「なに心配してんのかと思ったら……大体、雪音ちゃんがモテんのなんて昔っからだろーが。アホか? ドアホか?」

「そ、そりゃそうだけど……ほら、スキンシップ的な」

「ねぇよ。ンなこと、お前以外にあの子がやるか。くっだらねぇ」

「ぐ」


 取り付く島もない。

 心底呆れたため息と共に、鷹がひらひら手を振った――この動作は、もうこれ以上は聞かないという意思表示である。


「協力して欲しいなら四女連れてこい。いいな」


 それだけ告げると、こちらの答えも聞かずに親友は帰っていった。

 いつもに比べ明らかに冷たいのは、本気で呆れたからだろう。四女に対する俺の考えが相当気に食わなかったらしい。


「あはは。鷹さん、ご機嫌ななめだったね」

「お兄ちゃん、怒らせちゃったの?」

「……なにを言ったんですか?」

「いや、まぁ……うん。ちょっとな……」


 そんなことしか言えなかった。

 思い返してみると、そもそも鷹にするべき話ではない。悩んでいたとはいえ、我ながらデリカシーが絶滅していた。


「まぁいいですけど。鷹さんの判定に、私は大満足ですし♪」

「……そうだな。これで行きたがってた、念願の学校へ行けるぞ」


 ああまで言われてしまえば、流石に四女以外を連れて行く度胸はない。


 アレだけ熱望していたのだ。さぞや極上の笑顔で頷くかと思ったら――。


「ほぇ? 別に私、学校へ行きたいわけじゃないですよ?」


 何故か四女は、そんなことを言い出した。


「は? それじゃお前、なんであんなに……」

「もー。そんなの決まってるじゃないですか。お兄ちゃんの役に立ちたいからですよ」

「へ?」

「お兄ちゃんとしては『伊達雪音』が学校に行った方がいいんですよね?」

「あ、ああ」

「だから行くんです。それだけですよ?」


 彼女からすれば、それは自明の理なのだろう。

 他の四人も当たり前に頷いている辺り、どうやら解っていなかったのは俺一人らしい。


「それにどうせ行くんだったら、上手く出来る子の方がいいでしょ? だから四女ちゃんにお任せなのです♪」

「……解った。全面的に任せる」

「はい、任されましたー♪」


 そう言うしかなかった。

 この件については鷹に言われた通り、俺の頭が腐っているようだ。もはやアレコレ考えず雪音達に任せた方が良い。


(…………だめだなー。俺は…………)


 せめて反省して、クールダウンすることにしよう――。

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